TV朝日開局45周年記念企画「忠臣蔵」


第一回 第二回 第三回 第四回 第五回 第六回 第七回 第八回
−前置き−
  インストアイベントの時と同じくまたしても心配性の私です。素直に松平さんの内蔵助の熱演を楽しめればいいのに。こう長いことファンをやっていると、悲しいかな、心配ばかりが先に立つんですよね。お見苦しい表現が多々あることをお許し下さいませ。

この作品は松平さんにとって芸能生活30周年にして、初めての"連続"(一話完結でないという意味)時代劇主演作品です。25年以上『暴れん坊将軍』の主演を続けることにこだわりをお持ちだったのか、他の連続テレビ時代劇の主演を全く経験されなかった松平さん。舞台公演や単発時代劇作品を通じて様々な顔を見知っている我々ファンからすれば、今回の『忠臣蔵』もその延長線上として、素直に大石内蔵助の役作りを受け止めることができるでしょう。

しかし一般視聴者にとってはどうでしょうか?『水戸黄門』と並んで、今や国民的時代劇の代名詞ともなった『暴れん坊将軍』のイメージを脳裏から消し去って、この松平版大石内蔵助を受け止めて下さるでしょうか?ましてや作品は時代劇の古典中の古典『忠臣蔵』です。いや、逆に言えば、挑んだ作品が『忠臣蔵』だからいいのかもしれません。もともと"過去作品と比較する"事自体が、忠臣蔵を鑑賞する最大の面白さであるからです。全くの新作時代劇であったならばこうは行かないでしょう。松平さんの時代劇俳優としての新たな魅力を確立させるには障壁が高すぎます。

『暴れん坊将軍』のシリーズ終了から2年が経過したとはいえ、CS時代劇専門チャンネルでは毎日のように暴れん坊過去作品が放映され、さらには新宿コマ劇場で、かつてなかったほどの注目を浴びて『暴れん坊将軍』ミュージカルが上演されています。「暴れん坊将軍の松平健・健在なり!」と世の中に強烈に印象づけています。うまく一般視聴者が「暴れん坊」のイメージをぬぐい下さって『忠臣蔵』ご覧になって下さるか、くどいようですがとても心配です。

その意味では、超硬派の『暴れん坊将軍』と超名作『忠臣蔵』の間に、マツケンサンバIIのブレークがあり、明るく陽気に弾けた「マツケン」キャラクターが世間一般に浸透したことは大変喜ばしい事だったかもしれません。マツケンサンバIIでの弾けキャラが上手い具合にクッションとなって、松平内蔵助の硬派キャラをかえって視聴者に受け入れやすくして下さったような気がするのです。ともあれ松平さんご本人はもちろんの事、ファンにとっても念願の大石内蔵助をどんな風に魅力的に熱く演じて下さるのか、不安にかられるところはあるものの、期待に胸膨らませる気持ちの方が遙かに大きいのには間違いありません。どうかこの松平版『忠臣蔵』も後世に語り継がれる名作時代劇になりますよう祈って止みません。



私は『忠臣蔵』と言えば、お恥ずかしながら大河ドラマ三作品(『元禄太平記』、『峠の群像』、『元禄繚乱』)と、松平さんの単発作品と『赤穂浪士』(しかも初回・第二回のみ(^_^;))、そして杜けあきさん主演の宝塚雪組公演ぐらいしか、まともに見ていませんでした(^_^;)。フジ系の北大路版やテレ東の吉右衛門版は断片的に眺めたくらいなので、いわゆる定番『忠臣蔵』の筋がどのようなものか理解しているとは言い難いです。その点、勉強不足あるいは独りよがりな解釈があることお許し下さいませ。

第一回は2回見ましたが、2回目に見る時、私は鑑賞の姿勢を大きく変えました。それは25年前の『赤穂浪士』での松平さん演ずる浅野内匠頭の残像をすっかり消し去る事でした。この作業をする事で、この作品に対する感想が全然違うものになりました。特に沢村一樹さん演ずる第一回の主役とも言える浅野内匠頭の役作りに対して。沢村さんは宣伝番組の中で「浅野内匠頭は始め、名君というイメージがあったが、それは周りの人々や家臣に支えられたからであって・・」と語っていらっしゃいました。今回の脚本はまさにその通りに描かれていました。内匠頭は見た目もそうでしたが(笑)神経質で、内に悩み秘めるタイプのお殿様。妻の阿久里も夫と同様か細そうで、夫婦共々吹けば折れそうな、誰かの支えなしには生きていけないようなナイーブな人間性。そんな感じでしたから、松の廊下で不覚にも上野介を打ち損じてしまったのは仕方ないことにように思えてきたのです。沢村さんはそんな悩み多き神経質な青年藩主を上手く表現されていたと思います。か弱き存在の内匠頭に対して、近くに仕える側近衆の主君に対する有能ぶり忠誠ぶりは大変際だっていました。(余談:江戸家老はあまりに無能に描き過ぎ。小沢象さんという大ベテランを配してたのにあれではヒドイ、可哀想)側近筆頭の片岡源五右衛門の羽場裕一さんはやはり素晴らしかったですね。定番の「桜の木の下での別れのシーン」は二回目に見た時にたっぷり泣かせていただきました。

初回のもう一方の主役とも言える吉良上野介役の伊東四朗さんについては、不思議なことに良いとも悪いとも感じませんでした。これまでの(少なくとも私が見てきた)吉良像を良い意味で全く裏切らなかったからです。違和感なく見せるということ。これは実は簡単なようで実は大変難しいことにように思えます。NHK大河『新選組!』の八木源之丞役とまったく違う役所を、こうも自然に演じられるというのは並々ならぬことで今後、赤穂浪士と敵対する役柄をいかに憎々しく演じて下さるか期待するところ大です。

大石内蔵助の出番は第一回はほとんどありません。短い場面の中で、内蔵助がいかに主君に対する忠義心が熱いか、また内匠頭の内蔵助に寄せる信頼がいかに厚いかを見せなくてはいけません。この辺は一年間かけてじっくり描く大河ドラマの忠臣蔵に慣れていたためか、かなり物足りなさを感じました。松平さんは(あるいは演出の指示でしょうか?)だからこそラストシーンで、舞台のような時代がかった演技を見せるしかなかったのでしょう。
連続ドラマで大切なのは、当然の事ですが次回への期待をいかに繋げるかに尽きると思います。その意味で今回のラストの描き方は良かったと思います。松平さんの時代がかった演技によって、良い意味でも(涙を誘う演技)、悪い意味でも(芝居が大げさ過ぎる)強い印象を残し、さらに慟哭の演技が続いているにも関わらず、敢えてカメラを引いて、篝火にスポットを当てながら「お許し下され・・この内蔵助を・・・」のセリフをかぶせる。追い打ちをかけるように重厚で悲壮感漂う主題旋律流れる中エンドロールまで流れる。えっここで終わってしまうの?と思われた方も多いのではないでしょうか?逆にそれは、画面に映らない松平さんの声だけの演技が、十分な余韻を残して次回への展開に繋げることに成功したからに他ならないからと思います。

その他感じたことをつらつらと・・・
・ CGを駆使したオープニングの凄いこと!!個人的にCG多用は好まないのですが、今回ばかりは例外的に大絶賛させていただきます(笑)。松平内蔵助さまのプロモーションビデオと化した今回のオープニング映像。松平さんの目の魅力が最大限に活かされていて、その美しい事、美しい事!!ファンのお馬鹿モード全開でDVDをリピートしまくっています(*^_^*)。討ち入り装束姿というのがミソなんですよね。何故って?兜を脱いだら・・(以下略・笑)。毎回毎回このOPを見るのが楽しみで仕方ありません。

・ 脇坂淡路守役の村上弘明さんは美味しすぎ!!まさしく第一回の特別出演に相応しい華のある演技を全開させていましたね。第三回の赤穂城受け渡しにおける松平内蔵助との対峙シーンが益々楽しみです。このお二人の対決と言えば思い出されるのが、大河『元禄繚乱』、そう松平・色部又四郎と村上・柳沢吉保の対面シーンです。本当なら忠臣蔵でこんなシーンはあり得ないのですが、大河ならではのサービスカットでしょうね。とっても楽しませていただいた事を思い出します。

・ 出番は少なかったけれど、松重豊さんの清水一角も存在感ばっちりでした。吉良家の剣客となって、旧友の安兵衛と討ち入りの際にどう対峙するのか、宇梶剛士さんとの"超ビッグ"な対決楽しみにしています。


第一回のラスト、過剰とも思える内蔵助さまの熱演に、さすがの私も少々引き気味だったのですが(^^;)、今回の第二回の内蔵助さまを拝見していて、あれは殿の悲報に接した内蔵助の慟哭の叫びだったのだと理解することができました。第二回の本編冒頭にほとんど泣き状態で発したと思われる「お許し下され・・」のセリフが加わっていましたね。お顔が見えなかったのが残念だったのですが、お顔もきっとくしゃくしゃだったと思います。(見たかった)

それにしても、第二回の松平内蔵助さまの演技は最高でしたね(*^_^*)。ただただ松平さんの演技にため息をつかんばかりに、見惚れてしまいました。抑えるところは抑え、感情のほとばしりを見せるところは見せて、実にメリハリのある演技で、見ていて一種の爽快感を味わうことができました。特に何度か見せた背中の演技。冒頭、赤穂城で散りゆく桜の花をうつろに眺めながら「主税、殿はおいくつであったかのう」「35才、花の盛りであらせられたのう・・」とつぶやくシーン。主君を失ってしまった内蔵助の悲しみが痛いほど伝わってきました。また、赤穂城収城史に内匠頭の幼なじみ、脇坂淡路守が決まった事を知った内蔵助が、「公儀のやりくちの非情なことよ・・・・非情なことよ・・」とつぶやき、その後に続く3回の高笑いは、もう何と言っていいのでしょうか?公儀に対するやり場のない憤りがありありと背中から伝わってくると共に、本心では何を考えているか決して余人には分からない不気味さをも感じさせてくれました。

そして大評定。ただじっと座り目を閉じているだけなのに、何とも言えない美しさと色気がそのお姿から漂ってきます。もちろん周囲を圧する威厳とオーラの大きさは言うまでもありません。岡野金右衛門役の要潤さんが「時代劇マガジン」のインタビューで「松平さんの発する一言一事に伝わってくるものがある」とおっしゃっていましたが、まさしく大評定での内蔵助さまのセリフは一言一言に重みがありました。さらにそのセリフ回しの朗々たる事。長セリフを長いと感じさせない抑揚の加減の素晴らしさ。どれをとっても超一流で、やはり大石内蔵助役というのは、時代劇の大スターにしか演じることが許されない大役なのだと実感することができました。 次回はいよいよ「内蔵助の望みはただ一つ。怨敵吉良上野介の首ただ一つでござる!」の名セリフがありますね。なんかまたお芝居がかっていたような気もしますが(^^;)、内に秘めていた感情を一気に噴出させる大事なシーンなので楽しみにしています。

何だか今回は『忠臣蔵』の感想というより、松平さんの演技の賛辞に終始してしまいましたが(^^;)、その他の方々も今回はそれぞれ役に嵌っていると感じることができました。特に瑤泉院役の桜井淳子さんや主税役の山崎裕太さん。山崎さんはまだお若いのにあの難しい時代劇のセリフ回し・所作を違和感なくこなされているのにびっくりしましたし、桜井さんの瑤泉院も高貴な武家の奥方の雰囲気が体全体から伝わってきました。赤穂藩士では相変わらず片岡源五右衛門役の羽場裕一さんが冴えた演技で場の緊張を高めて下さり、ベテランの大出俊さんや佐野浅夫さんがぴりっと場を引き締めて下さいます。俳優さんの達の演技に全く違和感を感じることなく、正統派の時代劇の世界にどっぷり浸かれるなんて・・・・何年ぶりでしょうかね(苦笑)。討ち入りにいたる最終回まで、これからも怒濤の展開が続きますが、期待感と緊張感を持って視聴に臨みたいと思います。

余談:下城途中に刺客に襲われるシーン、あれは松平さんの華麗な殺陣を見せるためのサービスシーンなんでしょうが、私的には「いりません!!」の非難囂々状態でした(笑)。せっかく暴れん坊将軍のイメージを消し去って、内蔵助の世界に没頭しようとしているのに!あんな強い内蔵助がいたら(しかも赤穂藩士随一の剣豪、堀部安兵衛の太刀筋とも比較にならないくらい華麗で切れ味鋭い立ち回り・・あれはまずいでしょう(^^;))、吉良屋敷に一人で乗り込んで行きそうな勢いですよ(苦笑)。もうやらないで欲しいです。でも祇園遊興のシーンで再び刺客に襲われそうで恐いです(苦笑)。後はお庭番(笑)・・もとい吉良方の間者が人相悪すぎ。もうちょっと何とかならないのでしょうかね。暴れん坊将軍といえば、爽やかな上様の笑顔が印象的ですが、内蔵助役ではこんな爽やかさは決してお目にかかれないでしょう。ひたすら忍耐と苦悩の人に徹する松平内蔵助さまの渋い表情にも注目したいと思います!


第二回の「大評定」に続く今回は、志を同じくする家臣にだけ"内蔵助の本心"が明かされ、引き続いて、赤穂城明渡しが粛々と行われるという展開でした。松平さんの演技は前回にも増して素晴らしいものでした。いや、素晴らしいとか上手いとか・・そういう陳腐な誉め言葉を超越してしまう凄みが、今の松平さんにはあると思います。内蔵助の本心を明かす場での演技はまさしく内蔵助の魂が松平さんに乗り移ったかのようで、「内蔵助の望みはただ一つ。怨敵、吉良上野介の首ただ一つでござる!」に、自分も赤穂浪士になったが如く震え上がるような感動を覚えました。ただ演技は良かった・・・のですが、話の半ば強引とも言える展開には少々落胆してしまいました。

大河ドラマの『忠臣蔵』を見慣れているせいか、視聴前の最大の興味は、赤穂城収城使である脇坂淡路守に対して、松平内蔵助さまがどのような迫真の演技で浅野家お家再興の嘆願をするのか(補足:3回嘆願するとお手討ちにあっても文句は言えないという決まりがあった)、すなわち松平さんと村上弘明さんがどんなに激しい演技バトルを展開して下さるのかという事でした。ところがその期待は、内蔵助の「浅野家再興の儀は方便」との言葉によって虚しくも崩れ去ってしまいました(T_T)。この展開はいくらなんでもマズイと思います。

吉良上野介を討ち取るという本心は、今回の松平版『忠臣蔵』に限って言えば、初回のラストシーン、内蔵助に託された「殿お肉通しの刀」と「無念である」との内匠頭の遺言から、吉良の生死あるいは吉良家の断絶如何に関わらず、内蔵助の中にすでに存在していたという事がわかります。ただ赤穂義士の最終目標である"殿の無念を晴らす仇討ち"本願達成の前に"浅野家再興"を最初から方便として振り落としてしまうのはいかがなものでしょう?それこそ第二回における内蔵助の長セリフにあった「絶えたるを継ぎ、滅びたるを興してこそ家臣の勤め」に反するとは思えないでしょうか?また心に鎧をまとって本心を隠し通すためにも表向き(実現は限りなく不可能に近いが)"浅野家再興"を掲げる事こそが"忠臣の本分"であると同時に "効果的な戦略"であると私は思います。

いずれにせよ"浅野家再興"が方便であると言い切ってしまった以上、内匠頭の心の友である脇坂淡路守に対して"偽りの嘆願"は(脚本上)できなくなってしまったのでしょう。内蔵助と淡路守の対決シーンは「内匠頭幼少時の戯れ彫り」を使うことで一切の緊迫感が削がれ、予想もしていなかった情緒豊かで感傷的な展開になりました。いやそれはそれで良かったとは思います。「大石にまたがりて海内一の弓取りになる」「類い希なき主従の絆よ」。お二人のゆったりとしたセリフ回しと神妙なる表情が、内匠頭と内蔵助の主従の絆の深さを、そして内匠頭と淡路守の友情の深さを的確に物語っていたと思います。期待していた演技バトルはなかったものの、こういう静かな対峙シーンもいいものでした。叶うことなら淡路守の出番を最終回まで引っ張っていただきたかったのですが(笑)。村上さんの出番は今回限りということなので諦めます(^_^;)。次週は上杉家江戸家老・千坂兵部との"静かなる対決"がありますが、大河ドラマ『元禄繚乱』で2回ほど展開された松平・色部と勘九郎・内蔵助の対決シーンとは全く趣が違うようで(^_^;)、こちら東映版では重厚な展開が期待できそうですね。もっとも史実的には千坂兵部はこの時すでに他界しているので、上杉家江戸家老として色部又四郎が出てくる方が自然なのですが(しかも古田さんの過去作品は二作とも色部として登場)、5年前に色部を演じたばかりの松平さんを前に、色部が出てくるのはやはり違和感が残るとの配慮なのでしょうか?

今回は松平内蔵助のみならず、様々な人物像にもスポットが当てられていて、連続時代劇ならではの人物像の細やかな描写を堪能することができました。

・ 天野屋利兵衛の侠気に溢れる気っぷの良さ。さすが藤田まことさん、町人を演じても武士を演じても天下一品の浪花魂を体現なさってくれますね。大河ドラマ『武蔵』での降板騒動(脚本にクレームをつけたが聞き入れられず、これ以上仕事はできないとNHKと決別した)がまだ生々しい印象として残っているのですが、東映でのお仕事(脚本)はどうお感じになったのか気になります(^_^;)。

・ 「主従は七世」と追い腹を志願する寺坂吉右衛門の忠義心。大河ドラマで、ここまで寺坂を全面に出した演出はなかったと思いますが、こういう描き方なら、48番目の義士として生き残りを命ずる内蔵助の心情も納得できるような気がします。梨本謙次郎さん演ずる寺坂が雨の中で必死に嘆願する姿に思わず涙してしまいました。−かつてワイドスクランブルで山本監督によるマツケンサンバ特集が放送された時に、このシーンが宣伝映像として取り上げられていましたね。雨の降らし方にも工夫があるとか。あそこで松平さんの演技を見た時、うわっ重い!とちょっぴり心配していたのですが、実際に放映された映像を見たらそんな印象全然持たなかったので安心しました(^_^;)。

・ 内蔵助の妻りくの、息子を"死出の旅路"へと送り出す気丈さ。りく役に求められるのは主役としての"華"よりも堅実な演技力と落ち着いた日本人女性のたたずまいだと思うのですが、まだ出番は少ないながら田中好子さんのりくはそれを見事に表現なさっていると思います。自分的には松平さんの妻役というのが、まだしっくりこないのですが(^_^;)、「山科永遠の別れ」でのお二人のシーン、楽しみにしたいと思います。

・ 矢頭右衛門七の殉死を志願する健気さ。主税役の山崎裕太さんのセリフ回し・立ち居振る舞いの立派さにも感激したのですが、冨田翔さんも時代劇初とはとても思えぬ、冴えたセリフ回しや白装束姿での所作に、ご本人の努力はもちろんの事ですが、「東映」の底力を垣間見たような気がして、まだまだ時代劇も捨てたものでは無い!と感激してしまいました。松平内蔵助の右衛門七に見せる優しげなまなざしがまた良かったですよね。

今回は脚本上ではちょっと・・思える箇所もあったものの、やはり圧巻は松平内蔵助さまの白装束姿での朗々たる長セリフでした。感動があまりに大きかったので、あの場面のセリフを書き起こすことにしました。(子供の頃『草燃える』を見たときに、よくやっていたんです(*^_^*)。DVDもビデオもない時代、録音テープを聞きながら、松平義時さまのセリフを喜々としてレポート用紙に書き取っていた事を)セリフを"読み"ながら、今回の内蔵助の決意表明シーンの感動を再び呼び起こして下さいね(笑)。こうして改めて見ると、日本の古い言葉の美しさに感動すると共に、松平さんがおっしゃるように、やはり時代劇は後世に語り継いで行かなければならない素晴らしい日本独自の文化なのだな・・・と実感することができました。

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各々方に申し上げる。本日ここにお集まり願いたるは、内蔵助、まことに手前勝手ながら、各々方の真のお心内を拝見したかったがためでござる。殉死つかまつるつもりは初めから毛頭ござらぬ。
ここに恩顧の家来この期に及んで心を翻し逃げ去る中で、ここにお集まりの56名の方々こそ、この内蔵助にとりまして掌中の玉。その信義に応えて、今こそ嘘偽りなき、みどもの本心を打ち明け申すでござろう。
内蔵助の望みはただ一つ、怨敵吉良上野介の首でござる!
亡き殿よりみどもに託されたるお肉通しのお刀、無念であるとのお言葉を耳にしてより、この内蔵助は揺るぎなく・・揺るぎなく、その一念にて今日まで参りました。しかしながら復讐は極めて困難。ことに大勢をもってこれを行おうとすれば、いつはかりごとが漏れるやもしれませぬ。これを防ぐには同志の結束、互いの信頼こそが最も大切な事。籠城、殉死、あるいは金の分配と、方々をふるいにかけるがごときご無礼をいたしたのも、そのためでござった。
(では大学様お採り立ての儀は)
それも方便。内蔵助のわがまま許してくれましょう。
(我らもとより命は差し上げております。共に・・共に亡き殿のご無念を!)
(怨敵上野介討ち取り、その首を殿の墓前に供えて後の殉死こそ我らが本当の望みにございました!)
各々方、戦いはすでに始まってござる。この後はめいめい一個の痩せ浪人となり、ただただ時節を待ち続けねばなりませぬ。敵を欺き、味方をも欺き、天下にこの一事を隠し通すことこそ、我らが本当の合戦にござる。
心に鎧をまとわれよ。この内蔵助も昼行灯に灯を入れてくれましょう。
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第四回は赤穂城開城から半年後、内蔵助が江戸での残務処理をするために江戸下向するところから始まりました。赤穂城開城の前に「内蔵助の本心は仇討ち」「浅野家再興の儀は方便」と言い切ったものの、内匠頭の親友である脇坂淡路守に「浅野家再興の儀、力の限り手助けする」と言われた手前、その行く末を少なくとも一年間は見守らざるを得なくなった内蔵助の苦悩が続きます。今回は江戸町民の様子や、安兵衛ら江戸急進派との合流、南部坂の瑶泉院の隠遁宅への挨拶、泉岳寺の内匠頭の墓参と不破数右衛門の帰参、そして上杉家江戸家老・千坂兵部との対決と、盛り沢山の内容でしたが、演出のテンポが良くて1時間があっという間に過ぎました。ただ時間の関係上とは言え、安兵衛らがいつの間にか内蔵助と和解している事や、お家断絶後しばらく単独行動していたはずの片岡源五右衛門ら側近衆がいつの間にか安兵衛達と行動を共にしていたのには、多少の違和感がありました。

将軍役を演じ続けてきた松平さん。挨拶と言えば常に上座で受ける側に立ち、茶会と言えば、常に招く側に回ることが多いので、逆の立場(瑶泉院への挨拶や、千坂兵部に茶を招かれるシーン)での所作は非常に新鮮に映りました。と同時に松平さんの美しく気品のある立ち居振る舞いに改めて演技力の次元の違いを感じてしまいました。瑶泉院との会見シーンでは、野際陽子さん演ずる腰元・戸田局とうまく演技のバランスが取れていて、違和感なく見ることができたのですが、赤穂浪士達の前(特に不破数右衛門と安兵衛)だと一人殿様のように浮く感じがしたのは少々残念でした。内蔵助が殿様のように見えるのは、メイクや衣装にも問題があるからかもしれません。特に今回の内蔵助は"紫"の衣装を着ることが多いのですが、紫というのは元来、聖徳太子の「冠位十二階」や江戸初期の「紫衣事件」に象徴されるように、高貴な身分の方が着用になる色です。『暴れん坊将軍』での将軍吉宗さまもよく着ておられましたよね。私的には内蔵助のカラーは"茶"だと思っていたので、あえて吉宗色で勝負しているのは何か理由があるのでしょう。これが田中Pのおっしゃっていた"若々しく重厚な"内蔵助という事なのでしょうか?(注:当初BBSの方でこう書いて、後で気づいたのですが、歌舞伎の『仮名手本忠臣蔵』の主人公大星由良之助の衣装の色は紫だった!)

今回の最大の見せ場はやはり千坂兵部との対決シーンでした。千坂の「吉良殿の仇討ちはしないのか」との挑発に対して、「いや実はこの内蔵助、織田信長公の故事に習い、吉良殿の生首を床の間にすえ、阿呆の首よ、それ見たことかと、勝利のうま酒に酔いたいものと常々考えておりましたが・・いやあ、なかなかに・・そうはいかぬもの。ならばいっその事、一介の痩せ浪人になり果てたのを幸いに、浮き世の憂さをかなぐり捨て、酒とおなごに身を持ち崩すも一興かと・・そのように、良からぬ事を企ておる毎日でござる」と千坂を嘲笑するかのように、嘘とも本音とも思えぬ言葉を投げかける内蔵助。松平さんのように綺麗な顔をした方が、少しばかりの笑みを浮かべながらあのような冷酷なセリフを言うと、底知れぬ恐ろしさを感じてしまいます。こういう時、私いつも思うんです。松平さんって悪役(と言ってもステレオタイプの悪役ではなく屈折した心理構造を持つマクベスのような役)を演じても天下一品なんだろうな。ある種の正義のヒーローである大石内蔵助を見ながら悪役が似合うって感じるのも変な話ですが、『草燃える』での美しくも冷酷な北条義時の演技を見て以来、松平さんの悪役を見てみたいという思いが心の奥深くに根付いていたためか、内蔵助のあのセリフを聞いた瞬間に悪役願望論がふつふつと湧き起こってしまいました。

話は戻りますが(^^;)、この会談を機に千坂兵部と内蔵助は互いの人物像の大きさを認め合いながらもハッキリと敵味方に決別することになりました。今後二人の情報戦がどう展開されるのか、結末は分かってはいても、そこに至るまでの両巨頭の頭脳戦のせめぎ合いを堪能したいと思います。余談ですが、大河『元禄繚乱』での松平さん演ずる色部又四郎と勘九郎さん演ずる大石内蔵助の対決シーンでは、今回の『忠臣蔵』と同じく剛速球を投げかける色部に対して、内蔵助はのらりくらりとかわすだけ、本音はおろか言葉もろくにかけてくれませんでした。これを見た時、勘九郎さんがまるで松平さんを馬鹿にしているかのように思えてきて、私はすっかり勘九郎内蔵助さんが嫌いになってしまったのですが(^^;)、今回この『忠臣蔵』での対決シーンを見て、あの時の勘九郎さんに謝りたい気持ちになりました(^^;)。あれはあくまで役作り。視聴者にそういう感情を持たせたとしたらそれは勘九郎さんの役作りが大正解だったのであって、勘九郎さん個人を嫌いになるのは筋違いも甚だしいと。でももし今回も千坂を応援する側として見ていたら、きっと大石に「石投げたろか!」と前よりも激怒していた事と思います(笑)。もう一つ余談、千坂兵部を演じる夏八木勲さん。松平さんとは共演作品が多く、ファンにとってはお馴染みのお顔なんですが、私にとって一番印象的なのは、日本テレビで平成2年に放送された山本周五郎原作の『風流太平記』での夏八木さんでした。この時夏八木さんは、花田三兄弟の長兄を演じ、松平さんは末弟を演じていました。松平さんは何せミュージカル『王様と私』を演じていらした最中でしたから、とにかくほっそりすっきり顔。やんちゃな末弟を魅力的に演じていて、風格のある長兄役の夏八木さんと非常にバランスのとれた兄弟だったと思います。それが10数年後の今日、『忠臣蔵』の大石と千坂として、対等に渡り合う役を演ずることになったのですから感慨もひとしおです。


時は元禄15年春、刃傷事件からすでに一年ほどの年月が経過しています。第四回は刃傷から半年後の話でしたから、いきなり話として半年が飛んでしまったわけです。唐突な経年変化ですね(>_<)。第四回のラストシーンでも、一力茶屋で舞い踊る内蔵助の様子が映し出されましたから、延々と半年も放蕩を重ねていたという事でしょうか(笑)?それでは浪士達が怒るのも当然ですよね。赤穂藩断絶から一年もの間、浪士達は(堀部安兵衛のように剣で身を立てるものは別として)無禄で生活は逼迫しているのですから。

内蔵助の真意は第三回のレビューでも書いたように、浪士達の前で「内蔵助の本心は仇討ち」「浅野家再興の儀は方便」と断言した時から変わっていません。ただしその一方で、脇坂淡路守らによる浅野家再興の嘆願の行く末を見定めるまで1年の時を要する、だからそれまで"仇討ちは"待ってくれ、と瑶泉院の前ではっきり宣言しています。堀部弥兵衛らのセリフにあった「大夫は殿の一周忌を期して仇討ちを決行するおつもりである」との大いなる勘違いが生まれたのも、"仇討ち"の本願達成の前に"浅野家再興"を方便として振り落としてしまった脚本の矛盾が露呈した結果のような気がしてなりません。内蔵助が「時節を待て」という本当の理由(浅野家再興願いの見定め)が、何故瑶泉院にだけ打ち明けられたのか。先に打ち明けてしまった事によって、師走の討ち入り直前に瑶泉院を訪れ、吉良方のスパイに悟られぬように浪士血判状を残していく有名な「南部坂雪の別れ」のシーンの感動が薄れてはしまわないか心配になってきました(^_^;)。

ともあれ第五回での内蔵助さまはサブタイトルにあるようにひたすら祇園・一力茶屋での放蕩三昧ですから、演技的にはまったくしどころがなかったと言ってもいいでしょう。印象に残ったセリフは「小雀の命のはかなさよ。主税、迷うでない。この父の思いは変わらぬぞ」「残り少ないこの命、悔しがっている暇などないわ」だけでしたから。(注:番組公式HPのあらすじでは"残り少ないこの命"に大高源吾らが内蔵助の仇討ちの真意を悟り、ハッとなる。と書いてありましたが、本編を見る限りではそうは見えませんでした(>_<))

遊興シーンの華やかさはそれなりに描かれていたと思うのですが(特に目にも鮮やかな赤を基調とした茶屋の造り、花車や太夫達の衣装など、細部に至るまでの美術の素晴らしさは特筆もの)、第四回のラストと今回の冒頭、中程、そしてラストとシーンが分散していたため、全体に散漫な印象に終わってしまった感がします(おまけにその肝心の踊りのシーンに2回ともエンディングロールをかぶせるし(>_<))。私としては『仮名手本忠臣蔵』の七段目のような派手な演出を想像していただけに肩すかしをくらったような気持ちです。さらに浮橋太夫役にせっかく池上季実子さんを配しているのに、内蔵助と心を通わせるシーンやセリフがまったく無かったのも不満と言えば不満でした。おそらく今回の『忠臣蔵』のテーマの一つとして夫婦愛や家族愛が盛り込まれているため、言ってみれば内蔵助の浮気(!)を描くのはポリシーに反するという事なんでしょう(笑)。

『忠臣蔵』には枝葉となるエピソードが沢山あって、全9回という限られた時間の中でどこを取り入れどこを切り落とすか決めるのは大変な作業ですが、それが脚本家の手腕の見せ所だと思います。今回に限って言えば薩摩浪人・村上喜剣が内蔵助の体たらくをなじる(間接的には内蔵助の敵方を欺く戦略の手助けをする)エピソードは正直言って無駄だと思いました。あれでは内蔵助をなじるというよりは、単なる狂言回し、笑い取りに行っているとしか思えません。その分、貧苦のあまり遊女と心中した橋本平左衛門の話をもっと視聴者の涙を誘うように描き込んで欲しかったです。尤も世を儚んで心中してしまった平左衛門の苦悩を、主税が代弁するシーンはとても良かったです。今回の『忠臣蔵』はホームドラマ的な要素を盛り込みながら、家族の絆について問いかけるシーンが多く描き込まれているので、内蔵助の妻りくや息子の主税のドラマにおける比重が重くなっています。主税役の山崎裕太さんはそういう大変な難役をよくこなされていて、今回も元服前の主税の少年らしい一途さが良く現れていると思いました。このドラマにおける内蔵助と主税の関わりを見ていると現代とは全く違う父と子の有りようについても考えさせられます。(ここで突然全く違う事を思い出してしまいました(^^;)。フジテレビ系で過日放送された『僕らの愛しい人』での一人娘を溺愛するマイホームパパと、『忠臣蔵』での厳格な父親としての内蔵助・・・・歴史というものは親子関係をかくも変化させてしまったかという驚きと、松平さんの変幻自在な役者ぶりに感動!)大石りくのまさしく賢夫人とも言える内助の功ぶりも良かったですね。田中好子さん、時代劇は10年ぶりとの事ですが、さすが松平さんのアドバイスを受けただけあって(^o^)武家の奥方らしい所作が美しく決まっていました。

主役・内蔵助にストーリーテラーとしての動きが無いのに対して、今回は堀部安兵衛と清水一角(学)に関わるサイドストーリーが大きく動き出しました。未だ"安兵衛を忘れられないでいるお信に対する恋心"と"主君への忠義心を見せつけられた安兵衛に対する対抗心"、男として人間として立ちゆくために、吉良家の剣客となった清水一角。松重豊さんはその表情の変化だけで微妙な心の揺れを表現していて、まさにニヒルな一角を演じきっていらっしゃいます。対する宇梶剛士さんの堀部安兵衛は、従来の"喧嘩っぱやい大酒飲み"の安兵衛とは違って、(『忠臣蔵』ではこれまたお馴染みのエピソードである中山安兵衛の「高田馬場の決闘」シーンを省いているからかもしれませんが)剣の腕は立つけれども忠義心に溢れたどちらかと言えば思慮深い人間に描かれています。定番忠臣蔵に慣れている人には違和感があるかもしれませんが、私的にはこの安兵衛の描き方は気に入っています。そしてもうひとつお馴染みのエピソード、岡野金右衛門と大工の娘お艶との「恋の絵図面取り」の話も動き出しました。若手有望株の要潤さんの町人髷姿もなかなか・・・期待していますよ(*^_^*)。


Shibakoの歴史ドラマの小部屋