- A-9.コメント(H.11.2.1) ダムに対する誤解と偏見・水力への投資動機
私の方は考えることいろいろで、まだ、まとまりや表現方法について道明かりが見 えてきません。
一つは、ダムに対する誤解や偏見が広まっていると思われる風潮を如何に理解を求 めていくかということです。もう一つは、如何にして水力に対する投資を誘導するか ということです。問題にはいろいろな側面があり、どこをたぐれば糸口を見いだせる かと云うことも気になります。
ことの本質を把握できればよいとも思えますが、そもそも、ことに「本質」なんて あるのか?とも考えます。“性弱説”も分からぬではありませんが、むしろ、性が強 くて”生き残るための方便”とも考えられませんか?それにしても、”建前と本音”は理解できますが、最近の日本人の”本音”の次元とレベルが低くなって来たようにも思えます。
先日、外務省が”これからの援助は新しい哲学が必要”ということから外部に研究を依頼すると云うような記事を新聞で見ましたが、私も同感です。
鈴木さんの”電力会社の理解が乏しい云々”は理解できますが、彼らにのみ希望を託するのは無理なような気がします。技術もありバックグランドもあるのですから、 彼らが走り出すような施策を講ずる方が有効だと思っています。それをやり易いのが ”役所”だと思います。 最近の”PFI"も、民間は如何にしてリスクを回避するかで 公に縋り付こうとしているようにみえますし、役人側は従来と同じような発想で マネージしているとしか見えません。もう少し自由度を上げて、事業が成立しやすいように糸みちだけつけるというような方法はないのでしょうか。
地球環境の保全と世界経済のカンフル剤として、水力開発にかっての”利子補給” の国際版は成立しませんか?現在のODAの額を民間投資誘導のインセンティブとすれば、はるかに多くのプロジェクトを推進できると思います。役所の人たちの仕事は減 るかもしれませんが。
以前、拙文でゼネコンを元気づけるために世界の水力開発をと書いたとき、皆さんからあまり賛成をいただけませんでしたが、”ゼネコンを救う”なんてことは、地球環境の悪化に比べたら罪が軽いようにも思えます。この点で今の日本人の考え方は、マスコミに限らず我々一般も少し近視眼的ではないでしょうか。世論を気にしすぎて いるといえませんか。
追: 今読んでいる本、OECDによる”2020の世界経済”には、水力は同年で約2倍 になっているとの予測がありました。途上国での開発が多く、三峡と印度のナルマダが大きく貢献すると書いてあります。全部読んではいませんが、何かあれば報告します。
貯水池の森林埋没については、ダム年鑑より水没面積の大きい発電所のついて調べ ています。簡単に素人わかりするような説明方法についても考えています。
また、先日ミヤンマーへいきかっての知人に会い、水力プロジェクトについて協力 を求められ若干検討しています。元ビルマ電力で水力信奉者ですが、ODAが人権問題で駄目なので”IPPorBOT”の可能性を思考しています。アメリカ・イギリスは人権問 題で公式経済支援をストップしていますが、現在民間ベースで最も投資額の多いのは 、英国・シンガポール・タイ・アメリカ・フランスの順で日本は数分の一です。彼ら のダブルスタンダードがよく分かります。
- A. 筆者所見 (H.11.2.1)
以前米州銀行の頭取が述べていたことを思い出しています。彼は水力のような公益的なインフラストラクチャーの開発がうまく進まないのは銀行屋の責任であると。
確かに火力や原子力は燃料の不安はあるが、15年で償却してしまう。水力は燃料の心配は無いが40年だ。これでは投資家がどちらに魅力を持つか明白である。我が国の電源開発調整審議会は役目を終えて、目下廃止の対象になっているが、これは巨額の長期・低利の所要建設資金を公の機関で計画的に調達する方法を保障するのが当初の大きな目的の一つであった。そして此の方法は成功したのであつた。
私は一つの考えとして、日本が85%も海外に依存する化石燃料が枯渇したときに、日本はまるで丸裸になってしまう。これに対しアジア経済ブロックと言う中でエネルギー問題に関し共存を計り、更にアジア(または世界)の水力の開発に投資資金の誘因・動機の引き金を用意しておくことがあっても良いのではないかと思う。
電気事業は過去2回の大変革があったのはご承知と思う。第一回は昭和13年の国家管理で軍部の圧力で国家に統合され管理された。第二回は昭和25年の電力再編成でこれは民主的な国会で決められず米軍総司令部(GHQ)によりポツダム政令で強行された。これらはいずれも独占形態がベストとされてきたが、昨今の世論は自由化の波が電力業界に吹き荒れ、既に一角が崩されている。過去の思想から見て考えられない事だ。この際民主的な時代になっているのだから、専門知識を持ち力のある電力業界が自らの改革でベストと思われる体制を考えて実行して欲しいと言うのが私の意見です。
大胆な思い付きを許してもらえるなら、例えばアジア経済ブロックと言う中でエネルギー問題に関し共存すると言うことは超高圧送電線(D-8.西沢論文)とかガスパイプライン(D-4.平田論文)で大陸とつなぐことであり(A-6.一針論文)、又小売り自由化で託送料が問題点として浮かび上がって居ることから、思い切ってエネルギーの輸送幹線部門を独立した一つの会社にする考えは無いだろうか。第三の電力再編成となる。
しかし強力と思われる日本の電力会社でも、原子力は民間の手に負えない、限度があると言う話を聞くし、コスト高の新エネルギーや中小水力は補助金を拒否して自力の開発をしないし、海外協力でもPFIやIPPでのリスクを恐れている。
役人は全く意気阻喪で元気がないと言うより、むしろ一歩前に出ることの躊躇いがある。小粒でピリリと辛い政府と力強い巨大な民間と役割分担して、その役割には完璧な責任を持つことによって新しい世代を乗り切る方法を考えるべきと思うがどうか。
よくよく考えると大々的な世界の水力の開発には為政者の或いは金融資本の強力なバックが必要なのか。しかし石油産業・石炭産業・防衛産業等々○○産業があるが残念ながら水力産業と言うものがない。そういうことを承知の上で水力の応援団を出来るだけ多く集めなければならないようだ。
関連意見は A-8 を参考にして下さい。
ナルマダ・ダムについては鷲見一夫編著「きらわれる援助」築地書館に詳しい。
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- A−10.コメント (H.11.3.21) 不確かな情報が環境論者に利用されては困る。
中国にダムが8万もあるとはさすがに大きな国と驚きましたが、そのうち3,000以 上が壊れているとは、またまたびっくりです。小さい溜池程度が多いようですが、添付の後半"Costs Versus Benefits"をご覧下さい。
これはIRNのホームーページで見つけました。真偽の程は分かりません。しかし、いい加減 ですね。このような情報が環境屋に利用されては困ります。
- 筆者所見.(H.11.3.21)
目次
【1】.IRNのホームページの概略
【2】.世界大ダム会議の数字
【3】.IRNとは
【4】.新しい開発のあり方を求める者たちのスタンス
《徳山ダムのこと》
《プロジェクト決定のこと》
《ペナルティのこと》
《環境論者との対話提案のこと》
A.水力と炭酸ガス
B.水力と自然界の恩恵
【1】.IRNのホームページの概略
コメンテーターが見たIRNの報文は1977年12月6日に発表された古いもので、大変散漫な文章で、特に数字的に整合性が無いので訳しにくいが、概ね次のとおりとなる。
1990年迄に中国で建設されたダムは83、387ヶ所で、その内訳は
360ヶ所が貯水量1億トン以上
2499ヶ所が貯水量1億トン〜1千万トン
80000ヶ所が貯水量1千万トン以下
40年間で約8万ヶ所のダムを建設したが、洪水対策、灌漑、水力電気、都市用水、上・工業用水等重要な役割を果たし、評価は出来るが、1973年頃までに建設した4501ダム(貯水量1万トン〜1百万トン)は特に低規格の設計で、地質や堆砂の問題を抱えている。
1981年までに公式に認められているダムの崩壊数は3200ヶ所(全体ダム数の3.7%)で年平均110ヶ所に達し、最悪の年は1973年で554ヶ所のダムが崩壊したと述べている。人的被害は9937名。(ただしShimantan、Banqiaoの2大ダムの決壊による死者23万人を除く)
中国政府の某有力者は、大・中の危険なダムに対し50億元程の修繕費を必要とするが調達のメドが立っていないし、誰もが不可能と思っていると述べている。
中国におけるダム決壊の情報は全くなく、1991年Viennaで開かれたダム崩壊に関する会議でも何一つ報告がなかった。この会議に参加した外国のエキスパートは、8万ヶ所ものダムを持つ大国の中国がダムの崩壊のケースが一つもないと言うのは不思議であると中国の参加者に述べたと言う。
【2】.世界大ダム会議の数字
1998年世界大ダム会議(ICOLD・本部パリー)のWorld Register of Dams資料によると、ダム保有国でアメリカが6375で最大、次がインドの4010、第三位が中国の1855でスペインが第四位で1185、日本が第五位で1077となっている。ダムの数字が著しく異なるので、定義が違うのではないかと思う。
次に大ダム会議の資料に基づいて中国の1855ヶ所のダムの高さと建設年代のクラフを紹介する。

Dams of China
ダム高さ(m) ダムヶ所
0〜14 0
15〜29 23
30〜59 1495
60〜99 288
100〜149 38
149〜 11
Dams Construction in China
西暦年度 ダムヶ所
〜1900 4
00〜09 1
10〜19 2
20〜29 1
30〜39 5
40〜49 3
50〜59 177
60〜69 479
70〜19 583
80〜89 220
90〜99 143
00〜09 7
このグラフを見ると ダムの高さは50m前後が一番多いが、大ダムの定義は概ね10m以上とか15m以上と定義している場合が多い。日本は15m以上としている。又年代的に見ると大躍進期・文化大革命の時代の1950年から1990年の40年間に大建設が行われている。上記IRNの解説では、1973年迄は技術者や知識人を排斥する反右翼運動が強く、ダムの開発に技術的な問題を残しているという。
コメンテーターが述べているように、大ダム会議とIRNでダムの数がそれぞれ1855と83387で45倍も違うので分析しょうがない。皆さんのお情報をお借りしたい。
大ダム会議で調べて貰ったところ、日本のケースについて次のとおりであった。(財)日本ダム協会と言うのがあって「ダム年鑑」1999年版を発行している。それによると日本のダムの数は2613ヶ所となっている。大ダム会議の資料(ICOLD)ではこれに対し1077ヶ所となっている。
ICOLDの登録は、5〜15mダム高のものは貯水量300万立方m以上のものを対象にしている。従って2613−1077は高さ15m以下(ただし貯水量300万立方m以上のものを除く)ものとなる。これを敷衍すれば中国の場合の差額83387−1855は高さ15m以下(ただし貯水量300万立方m以上のものを除く)ものと推定される。それにしても数が大きいし、又年平均110ヶ所のダムが決壊していると述べているのは信じがたい。
テレビ朝日の3月20日朝のニュースで、アメリカが日本からの鉄鋼を輸入制限する法案が下院を通過したとの報道について次のように伝えている。「アメリカの鉄鋼業界、労組は自分に都合が悪くなると直ぐダンピンクだとか失業が増えたとか騒ぎ立てるが、彼らは極めて悪質な嘘つきで、例えば失業が1万人増えた等と言うがアメリカの新聞社が手を尽くして一社づつ調べてみると千人位しか無かったと言う。一事が万事だ」。と延べ日本もよく考えて対策を採る必要があると論評している。
そう言えばIRNもアメリカのカリフォルニアが発祥の地だ。そのまま言いなりになってよいものかどうか読者に訴えたい。
【3】.IRNとは
IRNはInternational River Networkの略で、1985年カリフォルニアに設立された完全にボランティア団体である。
その目的は全世界で行われている有害な河川開発を阻止し、健全な河川運営を促進する事にあるとしている。巨大な水力発電、灌漑用水、洪水調節、舟運は河川やその沿岸の住民に危機をもたらしている。その開発の手法は旧式で、プロジェクトの情報や決定には一般の参画が妨げられている。
カリフォルニアには、経済・環境・社会的に不健全な大ダムが数多く経験されているので、その情報を広く世界に知らせ、注意を喚起しようとしたのが、IRNの興りである。
1989年、IRNは経済・バイオロジィ・技術・水理水文・環境の常駐スタフ12名を置き活動を強化したが、宗教・政治・慈善団体とは無縁の関係を保っている。
財政的支援は、米国・欧州の会員及びドナーベースで賄かなわれ、年間約70万ドルである。
アメリカでは多くの有力な技術者、建設会社、2つの多国間開発銀行がベースとなって情報のアクセス、プロジェクトの決定機関への圧力を掛けている。現在36ヶ国に関係している。
IRNは世界の90ヶ国以上の河川開発に関する情報を収集整理保管しており、約1000の地域組織と関係を持っている。年4回のnwsletter”World River Review”を発行するほか、E−mail(inrweb@irn.org)等でも交信出来る。情報交換は英語・仏語・独語・スペイン語・ポルトガル語が可能。
又IRNは問題プロジェクトを分析・批評するばかりでなく、代替案も作成提案する。小さいプロジェクトは除くが年間約30件位援助している。検討対象としては、生態系・経済性・環境・社会的インパクト、将来の水管理決定の手法、将来の先例となる計画などがある。
世銀・米開銀・アフリカ開銀・アジア開銀その他国際開発援助機関や民間銀行が不適切な河川開発推進に重大な役割を果たしているが、IRNはこれらを探知し、質問し代替案を提出するものである。
IRNは又季刊のnewsletter”Bank Check Quatery”を世界中の2200以上のNGOに配布している。
【4】.新しい開発のあり方を求める者たちのスタンス
「生命と地球の歴史」*によると地球は過去5.5億年の間に少なくとも5回の大量絶滅事件があつたと言われる。特に2.5億年前に火山の異常な爆発で96%の生物が絶滅したと推定されるが、回復に1000万年要したと言われる(恐竜が絶滅したと言われるのは、6500万年前、直径約10Kmの天体の衝突が原因で回復には数万年〜数十万年以下を要した)。即ち自然治癒力の範囲内であれば、色々な人間活動による地球改造も自然回復が期待されるのだが、この19〜20世紀の人間の仕業は自制するすることなく、大量生産・大量消費・大量破棄と言う快適な文明を追求し省みるところが無く、20世紀末になって漸く問題が起きつつあることに気が付いたと言うわけである。 *岩波新書 丸山・磯崎共著
また同著によると、地球上の生物種の総数は現在300万〜3000万種にのぼると予測されている。ところが国際自然保護連合会の1996年のまとめによると、産業革命以降の過去400年で少なくとも600種あまりの動物が絶滅したとされる。このような型の絶滅はこれまでの地球上で起きた大量絶滅事件とはタイプが異なる。人類は食料の安定供給を目指して次々と文明を発展させた。これは脳が異常に進化した人類だけに許されることであった。
いま、私たち人類は、自らを含めた生命と地球の未来をどうしていくか問われているのである。
こう言う訳だから、近年環境論者の激しい告発を否定するわけには行かない。しかし人口がこのまま或は規制しても100年後は現在の50億の人口が100億前後になる事は確からしいとすれば、人口の都市集中、途上国の水準の向上は目に見えているから、限られた資源の再配分は避けられない事情である。
私のHPが水力の開発を100年の単位で考えたのも其処にある。また水力は地球の自然を利用する循環型資源であり、時間を掛ければ地球の自然に馴染んで行く性格の構造物です。かつて電力の鬼松永安左右衛門が「仏教伝来の時期に、白木の神社の日本の社会に、色を塗った奇妙な形の仏閣が入ってきた時はさぞ気味が悪かっただろうが、1000年も経つとどうだ、しっかりと周囲の地形に馴染んで、国宝になったりしているではないか。ダムでも同じだ。時間が経てば違和感はなくなる」と語って居た。
ある建築家が車窓から見え隠れする木曽川筋の水力発電所を見て「まるで神殿のようだ!」と言ったという。(土木学会誌)
水力は自然の地形や降雨と言う恩恵によりエネルギーを無限に受けることが出来る。今や開発のやりっぱなしですむ時代では無くなっている。環境と共生の道を探りながら、自然界の恩恵に対し何らかの形で報いをしなければならない。
《徳山ダムのこと》
「徳山ダムの着工は見合わせよ」と言うH.11.3.12朝日の社説を分析するとつぎの2っである。
1.水資源の必要性
2.治水の必要性
朝日新聞の解説によると、
水資源については、愛知・三重両県も水が余るほど確保している。4年前には長良川河口堰が完成したものの、水の売り先に困り、自治体は堰建設費の負担に悲鳴を上げている。
治水については、四国の吉野川河口堰、九州の川辺川ダムなど、当初の目的が薄れ状況が不利になると建設省や公団は「必ず治水を持ち出す」。ダムの治水効果は否定できない。治水とは本来、堤防の強化や浚渫、森林保全など総合的に組み合わせて実現する。ダムの場合には、貯水湖が土砂で埋まれば成り立たない。
マスコミに「必ず治水を持ち出す」などと足下を見透かされては、立つ瀬がない。ピアード米開拓局長官が「ダム建設の時代が終わった」と宣言したのと同じくらいのショックだ。私のHPのその後の情報C-4に述べたように、米国でのダムの計画・建設の手続きにば不明朗な点があつたようだ。だから旧式でなく新しい手法で河川管理を行うべきと主張するのがピアード米開拓局長官である。旧式・新式とは何かよく分からないのだが。
前記IRN発祥の地カリフォルニアには有名な1000Kmを超すカリフォルニア水路が建設されている。これは北方のサンフランシスコ方面は豊富な水資源があり、南方のロスアンゼルスは砂漠地帯であることから、北方の多雨地帯にダムを作り南の乾燥地帯へ水路を引く計画が建てられ、何年もの歳月と数多い裁判を経て漸く完成した大土木工事である。この計画は、山を越すために複数の揚水発電所を併置した素晴らしい構想を持つ水資源導水計画である。この様な計画をもつ地域で何故IRNが生まれたのか判らない。
私もこのプロジェクトを飛行機から遠望して感動し、帰国後直ちに日本国内に日本海地区と太平洋地区を結ぶ幾つかのプロジェクトを計画立案し、「広域多目的連続揚水発電計画」と呼称し、世に問うた事がある。話題にはなったが、勿論着工に到ったものはなかった。しかし後になって知ったが、ある電力会社の電気技師がこの構想を盗んで特許を取ったと言う。訴えようと思ったが、面白い案だと評価して貰っただけでも有り難いと事だと考え直し、思い留まった。閑話休題
今や、徳山ダムは建設の必要性が失われているとされている。当初、即ち約30年前、電調審で木曽川の水力調査河川指定を受けていた(株)電源開発が徳山ダム着工を計画し、10年以上も前から調査を進めていた。当時ダムの工事費は約300億円であっから電力を主体にしてやればとっくに完成していたに違いない。現在ダム工事費は約3000億円になってしまったが、未だに着工に至っていない。まだどれだけ値上がりするか判らない。これではとても電力では開発不可能な状態になってしまっている。
約30年前の同時期、(株)電源開発は徳山ダムの他に、石川県に徳山ダムとほぼ同規模の多目的の手取川ダム(ダム高153m、有効貯水量2億トン、37万Kw)を計画しており、電源開発促進法6条の費用負担方式により、(株)電源開発が同時着工する計画を進めていた。建設省は治水の加わるダムは國が施工するとして、徳山、手取川両ダムを建設省が施工すると主張し、電力需給上ピーク電源の開発を急いでいた水力の主管官庁である通産省と真っ向から対立して計画がストツプしてしまった。たまたま、後になって、木曽川は水資源開発促進法で水系指定された事もあって、やむなく電力側としてはは無念の思いで徳山ダムを放棄、その代わり手取川ダムは(株)電源開発が開発を進めることになり、直ちに諸準備を整え1974年11月着工、1977年完成した。
もともと、徳山ダムも手取川ダムも通産省の第四次水力調査(1956〜1959)で始めて立案・報告された計画で、前者は福井吉三郎技官(故)が、後者は筆者が手がけたものである。立案・報告後約20年ほど経て漸く日の目を見ることになったにも拘わらず放棄せざるを得なかった徳山ダムに「無念の思い」を重ねたのである。その徳山ダム計画がかくも無惨に環境論者やマスコミに叩かれ、さらし者になっているのは「悔しさ」を通り越す思いがある。閑話休題
この手取川ダム計画は将来の石川県民の宝物として何としてでも完成しなければならないと当時の中西石川県知事が全面的に応援し、また地元の原谷北陸電力会長(当時)も入社早々の時に開発に拘わった水力が大ダムによって改廃されるのは痛ましいが数倍の規模の新しい水力発電所に生まれ変わることは大変感無量で全面的協力をすると約束され、石油ショックにかかって値上がりしたものの300億円の工事費を500億円に納めて完成し、既に20年以上発電を行って総て順調に稼いでいる。勿論この手取川ダムは、治水、上水道、工業用水から費用の負担を受け(株)電源開発が施工した発電を主とする多目的ダムである。
徳山ダムがどうしてこんなに遅れてしまったのか、色々信じられない風評を耳にするが、いま此処では議論する立場にないので割愛する。
《プロジェクト決定のこと》
最近の経済戦略会議で議長の樋口広太郎氏は、「企業は精々5年先の見通しで戦略を練る。勿論長期についても視野にいれるが、それもあくまでシナリオであって、精々10年〜15年位を考えている」と言う趣旨の事を述べている。このような経営者の視点から見ると公共事業の考え方とは全く相容れないところがあるようだ。
水力計画を造るときの経験を述べると、規模の決定・経済性・代替案・水没の規模・完成の時期などプロジェクトの計画策定について全くおなじ悩みを持つのだが、たとえ話でよく議論したのは東京駅の規模である。即ち今日にしてみれば、もっと豪壮な建物にしても良かったのではないかと言う意見に対し、当時としても既に大きすぎたのであって、本来経済的構造物と言うのは、陳腐化と物理的劣化のために法定の耐用命数に基づき減価償却するのであるから、減価償却が終わって時期がくればその時点の情勢に応じて再建計画を練り建て替えればよいのである。
近時公共事業の「ハコ物」と言う物が問題になっている。元来公共事業と言うのは不特定多数の用に供する物で無利子の税金で賄うのが普通だが、最近は民間からの負担金やら起債や財投など有利子の資金をどしどし調達するので歯止めが利かないのが実状ではないかと思う。公共的事業は国家財政の製薬を受けるが、長期的或いは超長期的に絶対に必要だと信ずるから、又役所が中心だから有無を言わせず強行する嫌いがある。これを繰り返して行くと、為にする工事になって行ってしまうのではないか。これがピアード米開拓局長官が言う旧式の手法と言うのか。
河川管理のために河川工作物の許認可権を持つ役所が河川工作物を設置するのであるから歯止めが効かない。最近問題になっている財政と金融を完全分離する事でもめている。同じ事である。適当な表現ではないかも知れないが、評論家の佐高信がこの度のIOCスキャンダルの結末に付いて「盗人が十手を握っている」と述べているが、同じ意味である。
ピアード長官は今後は人口が増大し、世界の各地で都市集中が進むので都市用水の確保が絶対必要になって来ると言っている。ただしダムを造らない方法でやれると断言している。此処で彼の言う事がよく分からない。河川には豊水期と渇水期があってダムを造らなければ、渇水期には河川の流れが減って水の奪い合いで血の雨が降るに違いないと思うのだが。
名古屋付近周辺も何時水不足に襲われるかもしれない。建設省や水公団の立場は今はともかく、将来は必ず必要だという立場なのだろう。私はかって、大蔵省の予算折衝で将来の必要性を強調したときに、担当官から「隣で瀕死の重病人が居るのに20年も先の事を考える馬鹿がいるか!」と一喝されたことがある。国家予算の少ない時期でしたが。
翻って、環境論者は必要性或いは必要性の度合いと環境保全を両立させる考えはないのだろうか。必要性を全く認めないと言うのだろうか。必要性を何処までなら認めようと言うのだろうか。環境保全の許容範囲と言うものを考えているのか。全く考えていないのか。是非知りたいものである。それにしても必要性の精度と定義をしっかり確立して置かねばならない。しかしその定義などを正しくジャツジするのは誰か。
《ペナルティのこと》
電力の自由化でIPP(独立電気事業者)と言う制度が出来た。ご承知の通り、一般企業は誰でも発電所を建設して電気を電力会社に売る事が出来るようになった。或るIPPが某電力会社と契約を結んで計画を進めたが、環境対策に費用が予想外にかかりコストが高騰して契約した料率で売電不可能と予想されたので電力会社に契約破棄を申し入れたところ、約140億円のペナルティを要求されたと言う。
上記同じ電力会社が大石炭火力を計画し、着工寸前で電力需要の低迷で急遽着工を延期すると、地元からそれでは予定していた地域振興計画が全く狂ってしまうと強い苦情が寄せられたと言う趣旨が新聞に報じられている。これもペナルティが考えられるが、要求したとも支払ったと言う話もない。
権力者或いは國はペナルティを要求することはあっても、支払うことはない。本来國は間違った事をする筈がないし、予算もそれに基づいて施行されるので正しい筈である。水は要らない、既に支払った負担金は利子を含めて返せと言っている地方自治体の言い分をどう取り扱うのか誠に厄介な問題である。あまりにも金額が大きすぎ、当事者の許容限度を超えてしまっている。
《環境論者との対話提案のこと》
河川利用に関するIRNの活動は広範囲で・強力で・しかも執拗で怖ろしいものがある。ダム等の工事資金源を断つべく国際的な開発銀行・各国の民間銀行・公的海外援助機関に反対の活動を広げている。このままでは本当の意味での地球の将来は無い。当事者は何とか知恵を出し合って理解を一致させなければならない。1,2のアイディアの案を参考に供したい。
A.水力と炭酸ガス
畏友杉木清君(水力技術者・関電OB)は彼の論文「世界の水力共生投資論」(未発表)で、水力と炭酸ガスの関係について、次のような新しい観点から分析を行っている。著者の杉木氏の了解を得たのでここに紹介する。
ダムによって森林が水没する。一般水力のダムは大量の水量を必要とするので流域(集水面積)の大きい所に造られる。そのとき森林が水没する貯水池の淡水面積は、流域面積に比較して遙かに小さいと言うことが出来る。
更に、森林による炭酸ガスの吸収は6tC/haと言われている。一方化石燃料を使用する火力発電所の炭酸ガス発生量は
およそ0.2tC/1000Kwhである。水力発電所を造れば、その分火力を造らなくてすみ、炭酸ガスの発生を少なくすることが出来る。
著名なダムについて試算してみると次のようになり、経済的に成立するダム式水力発電所の、火力代替による炭酸ガス削減効果は、そのダムによって水没する森林の吸収効果より遙かに大きいのである。
ダム名 水力の抑制炭素量tC/水没森林推定炭素量tC
佐久間 63 倍
田子倉 20
奧只見 18
黒部 77
御母衣 22
三峡 26
この表から判るように、水力の発生電力量が火力を代替し、炭酸ガス発生を抑制する効果は、ダムによって水没する森林の炭酸ガス吸収効果に較べて数十倍になる。この傾向はダムの大小に寄っても変わらない。
B.水力と自然界の恩恵
原子力立地のため、或る電力会社が地元に巨大なサツカー場を寄贈したと言う新聞報道があった。原子力はどうしても必要なのだから其処までする必要があるのかと言う意見も若干あるようだ。安全性や廃棄物処理に十分な理解が得られないと言うきらいがあるが、フランスなど供給電力の80%が原子力と言うのだからもっと頑張れないのかなと思う。
水力は「量的」と「コスト」の問題の他に「景観等の破壊」と言う問題がある。前2者は既に別に論じているので、後者「景観等の破壊」について次のような考えは如何だろうか。
広義で言えば「環境破壊」だが、水力の場合は炭酸ガスを排出しないクリーンなエネルギーなので破壊と言っても、地形的な物理的破壊が大きいので「景観等の破壊」と言う表現とした。
水力は自然の地形から与えられた落差や貯水池のポケットと天からのもらい水でエネルギーが得られ、人間社会の文化・文明に貢献している。そう言う自然界の恵みに報いるために、傷つけた地形には修復を、雨水の貯留や土壌安定のために流域内に水源涵養林を広げるなど、流域の保全・管理に水力によって得た利益を自然界に還元する。
水力は減価償却を終えて耐用命数が来ても、維持管理を適正に行えば殆ど永久に運転を続けることが出来る特性を持っている。従って燃料が不要だから、減価償却を終えた後は大変安いコストになる。日本の電力会社について分析した筆者の試算によれば、新設の火力・原子力の発電原価が約10円/Kwhであるのに対し、既設の水力は約2円/Kwhである。即ち水力の方が8円/Kwh安い。
この8円/Kwhを自然界への還元の原資の一部当てることとする。勿論此の差額は今まで電気料金低減に役立つていた訳であるからこれを他に回せば電気料金は値上がりする。そこで提案だが、1/3づつを電気料金低減・新エネルギー・自然界への還元に当てようと言うものです。
日本の既設水力は年間900億Kwh(内9電力会社は600億Kwh)であるから、年間の自然界への還元原資は次のとおりである。ただし理論的には自家発電やその他電気事業者の分も対象にすべきものと考える。参考までに平成8年度の電源開発促進税は3464億円/年であった。
900億Kwh*8*1/3=2400億円/年
世界の規模で考えると、現在既設水力は2.4兆Kwhだが、今後100年で開発を進め世界の包蔵水力の70%に当たる10兆Kwhに達したときは
10兆Kwh*8*1/3=26.7兆円/年
を毎年自然界に無償で還元する。又同額の資金が無償で新エネルギー開発援助、電気料金の低減に投入される。
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