- A−16. コメント(H.12.1.24)
(その1). こうすれば地球持続は可能である
年頭所感 2000年問題も想像通り“大山鳴動ねずみ1匹”で終わりそうです。 然しこの問題に関する、アメリカのPR手法には、全く恐れ入りました。アメリカの本心は、やはりcomputerの誤作動によるロシアの核の暴発が怖かったのであろうと思います。
我々の今後の活動も、やはり世間一般へのPRを如何に具体的に実施するのかが問題ではないかと考えます。
本日岩波新書の”地球持続の技術--小宮山宏著”を読みました。水力の問題も取り上げており、面白く読みました。貴兄や他のHPを併せて纏めれば、 この程度の本を、2,3冊できあがるのではないかと思いました。2000年は、益々PRの時代となって行くように思われます。
(その2).水力エネルキ゜ーをグローバルで考える場合の疑点
水力についての認識は甚だ薄い。理由として次の諸点が考えられる。
世界の包蔵水力の値が認識されていない。仮に認識されていても、地域的に分散しているため、利用上の不便が生じる。そのため、我々は直流送電によるグローバルなネットワークを提唱しているのであるが、これについても下記の諸問題が存在する。
(1)多国間の、電力の融通を考える前に、国内で賄う考えが優先し、実現までの諸問題の解決に時間がかかりすぎるため、力を注ぐ気力が湧かないのではないか?
(2)水力の場合、計画から工事完了までの期間が長く、即効性がすくない。
(3)電源地帯と需要地間のナショナリズムや南北問題に如何に対処するか?下手をすれば、先進国の資源の収奪等と言われかねない。
(4)石油や天然ガスは、すでに大量輸送のパイプラインの敷設計画や工事が実施されている。 水力送電網との違いは、生産地が集中しているか、分散しているかの差であり、水力の特性とはいえ、生産地の分散はプロジェクトの実現までの種々の困難性を示していると考えられる。
(5)以上を別の見方で表現すれば、国境を越えた多国間の取引の難しさに要約されるのではなかろうか。
その他種々問題点が考えられるが、地球環境とエネルギー問題を考える場合、直流送電によるグローバルなネットワークをめざし、世界の世論を喚起していくことが必要ではなかろうか。
- A−1.筆者所見(H.12.1.24) (その1)こうすれば地球持続は可能である
新しい1000年紀を迎えた新年のせいか、過去への決別と不安な将来に期待を込めて、新しい道を求めようとする論調が多い。そんな中でコメントにあつた”地球持続の技術--小宮山宏著”は近来にないユニュークで新鮮なアッピールに満ちあふれた著書であった。
先ずこの著書から入って行きたいと思う。
【1】.前提条件
【2】.基本構想
【3】.こうすれば地球持続は可能
【補項】 小宮山氏の卓見
【筆者参考意見】.原子力について
【4】.筆者の総括的意見
【1】. 小宮山氏は先ず2050年を狙って、次の3つの前提条件を置く
@.途上国の人口は増え、その近代化は否定できない
A.ライフスタイルの転換による節約と、技術開発による効率の向上を計る
B.2050年時点で自然エネルギーが化石燃料を全面的に代替えする可能性はない
【2】. 基本構想(炭素換算)
@. 現状は化石燃料60億d、非化石燃料の水力・原子力・薪炭15億dで合計75億dと考える。下図の現状。
A. 2050年には途上国の人口が増え、アメリカを除く先進諸国並みの消費に達すれば185億dの化石燃料を必要とする事になる。そのうち10億dを現在と同じバイオマスで賄う。もし先進諸国のエネルギー消費が現在と同じであるとすれば、先進国は水力・原子力と化石燃料で50億dで、途上国の185億dとの合計235億dとなる。内訳は化石燃料220億d、非化石燃料15億dとなり、現在の3倍を超えるエネルギーを必要とする事になる。これが下図の2050(a)である。
B. 小宮山氏は2050年までにはエネルギー効率を3倍高める。即ち1/3のエネルギーで同等の活動を維持出来るようにする訳である。更にCO2の事を考えれば、現在と同じ化石燃料を使用しているのでは、温暖化の抑制が利かない。そこで現在使用している非化石燃料と同量の自然エネルギーを導入することとする。即ち総量は現状と同じで、中身は非化石燃料が30億d、化石燃料が45億dとなり、化石燃料は現在の3/4となる。これが図の2050(b)である。
C. ビジョン2050(b)が実現したとして、21世紀後半以降は更にこの方向を推進して行けば、現在よりも更に多量の自然エネルギーと、遙かに少量の化石エネルギーで地球の環境を維持出来(2100以降)ると断じている。これがした図の2100以降である。ただし、非化石燃料の数字は作図のため便宜上100としたが、不定数(30+α)である。
- 【3】.こうすれば地球持続は可能(2100年以降)
上記の諸施策を突き詰めると、@.エネルギーの使用効率を3倍にすること、A.物質循環(リサイクル)のシステムを確立すること、B.自然エネルギーを2倍にすることに集約出来る。そして彼は次のように結論づけている。
即ち、@とAは技術的には可能だが、何せ多領域にまたがる問題だから社会的な仕組みと市民の参加がないとうまくいかない。又単に市場原理だけで任せてすむとは限らない。一方ではまた、寧ろ市場を誘導するような施策が必要で、ビジネスチャンスを与えるようなことも必要となる。
廃棄物からの再生(リサイクル)が進むにつれて、資源の消費は減少に向かう。つまり自然からの収奪を減らし、循環型に移行する事が出来るのである。こうして鉱物資源や紙・木材などは枯渇性を免れる事が出来るが、エネルギーの未来だけはどうしようもない。
そこでBの自然エネルギーを2050年に現在の2倍にすることについて、CO2の為にも是非必要であるが、どのようにして確保するか。小宮山氏は具体的に詳細に渡って説明しているが、2050年における結論として次のように集約している。
即ち、@.水力は現在全エネルギーの5%を狙っているが、これを倍増する。即ち現在の化石燃料の5%。
A.未利用のバイオマスは現在世界に20億d相当のものがあり、そのうち約半分を利用する。現在の化石燃料の15%。
B.太陽光3%。都市建築の屋根などを利用するので控えめにし、時間をかけて、技術進歩と相まって将来に期待する。
C.風力・地熱など2%。
以上合計25%で、化石燃料15億d相当の新たな自然エルメギーの開発が想定出来るとしている。これが図の2050(b)
である。
4. 2050年で2050(b)の状態を実現出来れば、更にその状態を押し進めて、21世紀後半からは、持続可能な完全循環型社会の建設に進むことが出来る。更に進んで自然エネルギーの使用を増加する事が出来れば、我々の生活は一層発展することが可能である。図の非化石燃料100は不定数(30+α)である。
- 【補項】 小宮山氏の卓見、ほか。次に特別注として3件取り上げよう。
(特別注.1).エネルギーの量を表す方法には石炭換算、石油換算などがあり、標準的な石炭や石油を選び、その重量当たりの発熱量を基準にして、それぞれの発熱量を換算するのである。石油換算(TOE=ton-oil-equivalent)が多く利用される。
原子力・水力の表し方にも幾つかある。これらは総て電気として利用されるが、大きく分けて電気を熱量として直接換算する方法と、その電気を発生させるのに必要な熱量として表現する方法がある。
後者は次のようにして計算される。火力発電の場合、電気を発生させる為の化石資源は、電気を発電効率で割った量、即ち発電効率が40%であれば、2.5倍使っているわけである。従って原子力や水力の電気を直接
熱量に換算すると、化石資源と比較し場合に過小評価する事になる。この著書では世界の平均的な火力発電所の発電効率を0.33としている。(私のHPでは日本国内は0.381としている)
筆者参考意見.世界のエネルギー統計資料で水力が過小評価されているのに気が付き、よく調べてみると水力熱量換算がKwhと言う電気の熱量になっていた。即ち前記の後者の方法によっていないのである。原子力は何故か後者の方法によっているので1/3の差が出てくるのである。このことは、私のHPのその後の情報 G−6(水力は1/3も過小評価されている)に訴えている。また私は昨年ある学会でのレクチャー同 G−7で水力の過小評価の6件の一つとして述べている。小宮山氏は実に明快に解説されており、我意を得たりで、愉快である。
(特別注.2).化石資源を表現する方法にも、炭素換算と言う表現方法がある。これは天然ガスのように炭素の他に水素を多く含んでいるから、炭素当たりの発熱量が大きいものと、ほとんど炭素だけである石炭とを同列に扱えないと言う欠点を持つ。一方、地球温暖化はCO2によっておこるから、化石資源を炭素換算で表すとその影響を直接表現出来る。小宮山氏はエネルギーの精密な値を問題にする場合は石油換算を用い、その他の場合は炭素換算で話を進める事としている。
(特別注.3).この著者の「あとがき」は1999年11月になっているので、9月30日の東海村臨界事故は知っている筈だが、このことには一言も触れていない。そして「原子力に期待が持てるか」と言う項では、代替えエネルギーの候補は核エネルギーか自然エネルギーに限られるが、この両者のどちらに将来を託すべきであろうかと設問している。
そして、氏の論文では、原子力を非化石資源として水力・バイオマスとおなじ分類に含めている。しかし、現在の原子力は枯渇性の資源を用いた技術であり、そこでプルトニウムによる燃料サイクルで資源量が一挙に数十倍になると言う高速増殖炉を期待したが、日本を含め世界的にも高速増殖炉の実験が中止されているとしているとしている。
核融合と言う話もあるが、「30年後に実証炉を建設する」と言う計画が、30年以上も前から続いているが、全く目鼻が立っておらず、21世紀に想定することは難しいと断じている。
又、核の技術に関しては、「安全性に対する不安が大きい。現在世界の全エネルギーに占める原子力は5%であるが、これを拡大することは現実的ではない。もし仮に現在使用している世界の全エネルギーを原子力で賄うとすれば、100万KWの発電所を1万基開発する事を意味する。事故やテロの問題、そして半減期が数千年もあるような放射性廃棄物の問題をどのように解決するのか、現在の人類の能力を超えているように私には思えてならない」と小宮山氏は述べている。
【筆者参考意見】.原子力について
@. 将来の原子力については、小宮山氏の著書では増強について殆ど触れず、カウントもしていない。
A. 私のHPの出典は日本エネルギー経済研究所の世界のエネルギー長期計画の分析(1995年頃作成)から来ている。(図−3.2)この場合も2100年で1990年に比し、水力、原子力はそれぞれ1.76倍、1.32倍となっていたので、拡大すべきではないかと言う提案に対して検討して頂いた事がある。そのとき示されたものが水力2.3倍、原子力5.2倍であった。図−水力、図−原子力参照。即ち日本エネ経研は、100年間で原子力1.32倍と言うことは原子力の評価を全くしていなかった事になる。私は水力・原子力とも 5倍増を提案していた。(図−3.2’)
B.1999年9月米国ヒューストンでの第17回世界エネルギー大会では原子力のテーマは全くなく、21世紀の繁栄を維持するに十分なエネルギーはあるので心配無用と言うのが結論であつたという。D−11のA−2筆者所見及びD−16.コメント参照。そして技術と資本によって克服出来るとし、2030年迄の技術開発投資の結果によって、以降のエネルギー政策の方向付けが決まるとしている。
世界は既に「脱原発」に傾いているが、日本の原子力政策も東海村の臨界事故以降は批判的空気が強くなっている。原子力安全委員会で、絶対安全と言う言葉は止めようとか、原子力の無い場合の需給も検討すべきと提案する委員もあったと言う。A−14 参照
C.化石燃料の枯渇する時代に原子力がどう拘わるかは、原子力の維持・運営についての安全技術の確立如何による。
- 【4】.筆者の総括的意見
1. 100年後のエネルギー事情をテーマにして勉強してきたが、なかなか満足するに到らず、疑問が湧き出るばかりで、絶望感にさいなまれる日々であった。
繰り返すが、省エネ、再生可能エネルギーの促進、人口抑制、炭素税の導入を考慮した100年後の需給バランスを想定して、石油・天然ガスが枯渇すると、水力・原子力を5倍増にしても、再生可能エネルギーは現在の世界の総供給エネルギーに等しく、石炭も現在の約3倍も必要になってくる(図3.2’参照)。バイオマスも量的には可能というフレイビンの論文があるが、日本では具体的な研究発表が少ないではないか。また、石炭もクリーンコール・テクノロジーの研究が進むとしても、輸送問題にぶつかるし、鼻の穴が真っ黒になってしまうのではないかとか、又消耗資源だからいずれは枯渇する等と割り切れない思いをしていた。
従って、小宮山氏の著書を読んで、目が洗われる思いがしたわけである。
省エネをやる、利用効率を3倍にする、資源のリサイクルで循環型社会によって資源の利用を1/3で済ませる。しかし鉱物資源はリサイクル出来るが化石燃料のエネルギーはダメ、それなら自然エネルギーの増加策しかない。そしてこれらは技術と資本でやり遂げる。一口で言うとこうなるが、この本にはミクロの問題とマクロの問題がギッシリ詰まっている。10年の歳月を掛けて幅広い人脈の討論の末のまとめであるから、いちどの通読では、頭がコンガラかつてしまう。
この著書で取り上げられている技術項目を順序不同で列挙すると次の通り。
ハイブリッド自動車、燃料電池自動車、ヒートポンプ、地下熱交換型冷暖房システム、コジェネレーション、複合サイクル発電、金属のリサイクル法、古紙のリサイクル法、太陽熱発電、太陽電池、バイオマス利用システム、極地の風力発電など。
一瞬こんなにうまく行くのかな、と思うがこれだけの積み重ねの検討の結果であるとすると、むげには振り切れない。是非このテーマをマスコミの場で、政治の場で、行政の場で、民間シンクタンクの場で諤々の議論をして欲しい。政府筋の學・協会などはどしどしリードして貰いたい。
日本学術会議は、平成11年2月22日、第17期日本学術会議社会・産業・エネルギー研究連絡委員会において、「21世紀を展望したエネルギーに係る研究開発・教育」につい て審議し報告している。ホームページは下記のとおりで、参考にして欲しい。この委員会に小宮山氏が参加されているので、、相当程度氏の意見は反映されていることと思う。
URL http://www.scj.go.jp/data17-t5.html
また、最近の情報では、与党は平成11年11月「循環型社会の構築に関するプロジェクトチーム」を発足させ、環境庁が中心となって関係3省と協力して「循環型社会基本法案」造りに取りかかっており、今国会に提出する予定だと報じられている。是非長期的な理念の本に実効性のあるものにして欲しい。
また、前にも述べたが、昨年超党派議員が組織する「自然エネルギー促進議員連盟」が発足し、「自然エネルギー法案」の立案に努力している。エネルギーに関して、世の中の仕組みを根本から変えるものであるから、実行は漸進的であるべきだが、強力で国際的な縛りが必要であり、100年先の究極の理想を掲げたものであって欲しい。、
2. 氏は世界の人口について、次のような見解を持っている。即ち「地球の将来にとって、人口が重要な要因になる。人口増大は途上国の所得の向上によって止まる。2050年に93億人が物質的に豊かな生活水準を達成するならば、世界の人口は恐らく減少に向かうであろう」
最近身近の問題で少子化対策が騒がれているが、本当は100年の地球資源、環境のあり方を追求した上で、人口をこのまま減らすのか、維持するのか、増加させるのかを決めて少子化対策を立てるべき所を目先の問題に拘り、本末転倒のきらいがある。最近米国のWorld Watch研究所レスターブラウン所長は地球の収容能力は70億人〜90億人位(?)だと述べている。人口学者の古田隆彦氏も彼の著書で、地球上の食料・資源・エネルギーの供給量や環境容量は80億人が限度と言う説も3ると述べている。
3.勿論日本一国だけの問題でなく、解決策を世界に発信しなければ意味がない。
4.小宮山氏の著書で水力に関する記事が2〜3あり、些か重箱の隅を突っつくきらいはあるが、認識を改めて貰う為にあえて実状を説明しておきたい。
その1.(147頁)
「水力発電の資源量は、水の量と高さだけで決まる。例えば、世界各地の平均的な降雨量は年間1メートルほどである。この雨が平均1000メートルの高さから降り、その高さに水を集めたとすると、水力発電の資源量は現在の世界のエネルギー使用量の2倍を超える。
しかし、こうして計算した値は、いわば地球の空全体にビニールのシートでも張って雨を集め、それを落として発電すると言った形でしか実行するすべのないものである。*陸地に降った分だけと言うことにすると、世界のエネルギー使用量の約半分と言う値となる。一方、各地の川の水量や高度等の調査結果から積み上げると、全エネルギー使用量の5%を狙っている**現在の水力発電と同程度、乃至多くて約2倍の未開発水力資源が残っていると言う結果になる。地球上に未発見の大河がまだ残っている等とは想像し難い事を思えば、こうした積み上げによる値を判断の根拠とすべきであろう」
筆者注.
<*陸地に降った分だけと言うことにすると、世界のエネルギー使用量の約半分と言う値となる>と言う表現を数字に直すと、これは理論包蔵水力に当たるが、約20 兆Kwhとなる。これは下記48.2兆Kwhk約1/2.5である。
<**現在の水力発電と同程度、乃至多くて約2倍の未開発水力資源>と言う表現を数字にすると現在の既設水力発電量は1991年で約2.2兆Kwhであるから、残っている未開発水力資源は2.5兆Kwh〜5兆Kwhと言うことになる。
現在世界エネルギー会議で公表されている世界の理論包蔵水力量48.2兆Kwh、開発可能包蔵水力19〜14兆Kwh、既開発水力は2.2兆Kwhと言う数字と較べると、小宮山氏が頭に描いている開発可能包蔵水力の量は、可成りどころか1/4以下である。広範な知識を集積された先生でも水力についてはこの程度の情報しか持っていないのかと暗然とする。私が世界の理論包蔵水力及び開発可能包蔵水力を共通の基準で統一的に世界レベルで実行すべきだと提唱する所以である。
その2.(149頁)
「水力は電気に100%変換出来、クリーンであり、優れた自然エネルギーである。この利点は、広い面積から集まってたまった水を利用する事から来ている。密度が薄く時間変動か゜大きいという太陽エネルギーの欠点を、水の循環が解決してくれているのである。
だが、水力発電の開発に際して、貴重な土地の水没と言う問題がある。例えば、中国の三峡ダムは1765万kw、現在の日本の発電量の15%にも相当する巨大なダムであり、1998年工事が開始された。水没面積は660平方キロメートル、移住する人の数は113万人と言われている。この問題を軽減する方法は、小さなダムを階段式に多数作る事である。水力発電の出力は水の位置のエネルギーであり、水の量と高さの積で決まる。従って、流れる水量とその水が落ちる高さだけが問題であり、大規模ダムに流れ込む流域に多数のダムを造って同じ水量を集めれば、同じ発電をすることが出来る。その方がコスト的にも安上がりである」
筆者注.
水力資源の開発規模、特にダムの高さ決定方法は単に技術の問題だけではない。:経済・社会的に、多領域にまたがって重層的に検討を重ねて決まる。環境も水没も大事な問題だ。今、公共インフラも経済インフラもこのことの共生が課題なのである。
鹿島建設の社長鹿島守之助は法学博士の外交官であつたが、鹿島家の養子になり、事業家として大成した。ある時社員のダム技術者に「ダムの高さはどうして決めるか」と言う質問が鹿島社長からあつたそうである。さすがに的確で鋭い質問であると驚いたと言う話を聞いたことがある。
三峡ダムについて言えば、洪水制御が最大課題で、これだけでは容量不足で更に上流でもう一つ巨大ダムが着工される。又ダムの最高水位は舟航上の理由で上流の重慶まで水位を上げるよう重慶市から要請されている。また中国としてはエネルギー消費の75.5%が石炭であり、石炭の輸送と公害に悩まされ、クリーンで経済的な大水力の開発に舵を採らざるを得ない事情にある。南水北調、即ち渇水に悩む黄河との用水の融通の問題もある。
しかし一般的には、中小水力は環境負荷が少ないので、自然エネルギーとしては優等生とされているが、ダムは水資源の有効利用には欠かせない構造物であることに間違いない。つぎの世紀は世界的規模で飲料水や灌漑用水で紛争が懸念されている。これらの解決には、有効なダムの開発が不可欠なのだ。
ダムの高さはあくまで時代の要請と経済性にかかつている。カスケード状に小さなダムを造る場合も勿論ある。あくまで、水系を一貫して最も有効に共生出来る計画が望まれるのである。
その3.( 178頁)
「水力は、現在既に全エネルギーの5%を狙っている。仕事への転換効率が高く、水没地域などを大きくしないなどの配慮さえすれば、エネルギー資源として理想的なエネルギーである。そこでね現在と同じ程度の規模の水力を新たに開発する事を目指す。そのためにはアルミニウム製造などの需要開発を行い、途上国の電力需要の増大に対処して開発する。アイスランドの水力がアルミニウム生産を対象として開発されていることがモデルとなろう」
筆者注.
必ずしもアルミニウムに限定しなくても、世界の或いは地域の主要な電力需要地を超高圧の直流送電で結ぶネットワークを建設しておけば、どんな奥地の水力も最小限の送電線でこのネットに結び世界の隅々まで電力を送ることが出来る。この様に送電ネツトが有れば、僻地の大水力も経済性が増し、開発が促進される。直流送電は1万qまで送電が可能である。1万キロメートルと言うのは地球の半分の広さであり、東京とナイアガラの滝の距離に当たる。D−8参照
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- A−2.筆者所見(未完)(H.12.1.24)
(その2) 水力エネルキ゜ーをグローバルで考える場合の疑点
このコメントは怖ろしい問題を含んでいる。と言うのはこの問題を押し進めて行くと「おまえは戦争をするつもりか」と言われてしまいそうだからだ。
<多国間の電力の融通を考える前に、国内で賄う考えが優先し>と言うコメントは、二つのケースが考えられる。即ち化石燃料の枯渇感が広がりコストが上昇する場合(その場合でも既設の水力は低原価で稼働している)の多国間融通をどう考えるか。又、化石燃料が無くなったしまった場合(その場合でも既設の水力は低原価で稼働している)をどう考えるか。
Y2Kでは、来ることが判っているのに危機を迎えてしまった経験がある。これは1960年代コンピューター立ち上がりの時、容量から考えて2桁にするアイディアを技術者が思い付いたのがキッカケであったと言う。この時代にはそれなりに正解であり社会から受け容れられたのであるが、技術者は後始末の責任を持たなかったのである。
化石燃料の枯渇は必ず来るのは判っているのだ。皆先送りしている。Y2Kの問題と同じだ。技術者が後始末の責任を負うているのだ。技術者は2100年の世界のエネルギー問題をもっと議論してしかるべきと思うのだが。
(仮説)もしアジアでエネルギーの枯渇が起きたらどうなるか。
1.85%を輸入に依存している日本は、輸入量が減り価格が上がるので配給制になる。
2.枯渇がひどく、価格が高くなり簡単に入手出来なくなると、経済力のある國が資源をとりこむ。そのときは経済力のある日本が、取り込み、貧乏国は不足に悩み、日本は悪者視される。
3.次は軍事力を持つ国、例えば中国、が政治的・外交的に資源を確保するようになろう。アメリカが域外から口を出す。
4.もう一つの考えは、高い人件費、強い規制、高い公共・サービス料金の日本は 総てにおいてグローバル化を迫られている。経済的に見れば企業としては国際的に自由化が進んでいる訳だから、条件の合う所へ出て行けばよい事になる。そうすると日本は空洞化してしまう。人間も流出する。当然社会的不安が興り、危機が訪れる。
5.そして、エネルギー資源が枯渇すれば、経済力も政治・外交力も軍事力も役に立たない。地球が持続可能にする手だてが別途にどうしても必要になる。
6.地球持続の可能性については、小宮山理論を具体的に詰める一方、いまはやりの「國の形」をどうするのか。國のあり方というか、國としてどのような付き合い方を世界にアピールするかを考える時期に来ている。
最近問題視されているフィリピンへの廃棄物輸出がある。こはこれから先の日本の國のあり様を示唆する重要な問題を含んでいる。と言うのはこの問題の発端は古紙再生の為の選別廃棄物の処理を巡っておきたものである。
エネルギー問題を解決するための重大なテーマの一つとして、廃棄物の再生・資源化即ち循環型社会移行がある。 この様な高邁な理想を持った廃棄物処理業者であれば問題ないが、今度のフィリピンの事件は、今まで日本には古紙の余剰が有るので、フィリピンその他古紙廃棄物の不足する國に送くっていたところ、この悪徳業者は法を犯して不法にも医療器具その他を含む焼却以外に方法のない廃棄物を古紙と偽って他国に送り込んだのである。このような悪徳業者は人類の敵であり、地球の敵である。即刻「縛り首」にすべきである。
資源のない小国日本が、グローバリズムの広がる世界で、WTO等を横目で見ながら、大国に追従して行くのか、アジアのブロックの一員で行くのかなど、色々な意見を集約してみたらどうなるか、どういう答が出てくるか詰めてみたい。これがコメンテーターが投げかけた怖ろしい問いかけに応えられるかどうか、いま少し時間を下さい。
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