• A−22.(H.13.3.19)  21世紀末に「脱化石燃料」は可能か  (筆者の試算)
        
     (H.13.4.14 )全面修正

     OECDの決定で設けられたIEA(国際エネルギー機構)と言う機関がある。その中に再生可能エネルギー部会の1セクションとして水力部門が設置されてから約5年になる。その日本側のチーフとして活躍されていたM氏か3月末のスペインの会議を前に突然心臓疾患でドクターストツプがかかり、手術する事になり、小生に代行を依頼された。

     なお、IEAの水力部門の経緯に着いては村上氏が電力土木誌5月、7月号に詳細を報告するので参考にしてほしい。

     会議のスケジュールの中に、プレゼンテーションとして、各国のエネルギーに関する最近のトピツク、及び将来の展望(Global Perspective)ついて述べる課題があった。トピックはともかく、エネルギーの超長期の将来の展望など誰も検討していないではないか。日本国内で正式に議論されたものはない。

     そもそも私のHPの立ち上げは、水力を主体とした世界の超長期エネルギー論であつて、その無力な答えしか出てこないのに失望を訴えていたところである。その間、各方面から袋たたきに近い反論も有るかと思えば、大学の先生の冷静な分析を戴いたりして、色あせた私のHPもアツプデートしたいと思っていた矢先であつた。

     この問題の難しさは2っある。その第一はそれぞれのキーワードを決めるのに、ことごとく未知の要素の積み重ねであること。即ち非常に信頼感を抱き難いこと。第二は巨大で強力なエネルギー産業(例えば石炭・石油など)の盛衰に影響すると言う、既成組織に影響を及ぼす極めて重大な政治的問題をはらんでいること。だから責任のある政治家や為政者は火中の栗を拾おうとしない。ましてせいぜい10年先を考えるのか斉一パイと言う経営者はそこまでは考えたくないし、そんなことをしていては足下が危ない。

     それで、国際機関でどのような検討しているか調べて見た。

    日本: 2010ないし2020年程度の見通しでエネルギー問題をとらえているので、当面、エネルギーセキュリテイの為には石油の備蓄を日本のみならずアジア地区にも確保する必要があること。またCO2の排出削減のためには原子力の増強確保が先決であるとしている。

    IHA: 2050年の需要増に対するOptionは現実的でない。

    IEA.ANNEXV: 消費そのものは、国や政治の問題であるので、ここでは考慮しない。

    Whight Paper: 2020年の計画しかない。(WCDに対する反論)

    WCD(第5章): @.エネルギー資源については、見通しの着く将来に地球規模の供給危機が発生するお

                   それはなさそうである。
                A.再生可能と化石燃料をあわせると、世界のエネルギーは抜本的な技術進歩発展がな
                 かったとしても、今後50〜100年間の年間電力生産を賄えると推測される。
                B.本報告書では、需要側管理(DSM)とは、消費者の電力消費を抑制することで、発電
                 必要量を減らし、ダム建設のニーズの発生を押さえこむ方法を指している。

    WEC(第17回ヒューストン): 21世紀を通じて、経済の発展にとって地下資源は制約条件にならないだろう。化石燃料資源も引き続き世界のエネルギーの              大部分を十分供給するが、その割合はシナリオによって変化する。

     十分な分析とはいえないが、WCDとWECを除いては、資料の不確実さと政治的な理由で超長期な検討を避けている。WCDは根拠もたいしてないのに将来のエネルギーは心配ないとしているが、水力ダムのニーズを抑制することが狙いであることは明らかである。またWECもアメリカの石油基地ヒューストンでの会議だから、業界のバツクを受けてお祭り騒ぎの嫌いがあり、会議出席の日本人は帰国報告会で一斉に不快感を示していた。

     このように世界の一次エネルギーの見通しは全くわからない。いろいろな参考資料を読んでも悲観論・楽観論が交錯している。ただし言い得ることは21世紀半ば頃まではまだ技術によっては採掘可能な化石燃料がありそうだが、問題は適当なコストを維持しつつ出来るだけ化石燃料の寿命を長引かせたいという生産者の息づかいが伝わってくるだけである。

        藤 和彦著「石油神話」文春新書

     人類の文明や生活を左右するエネルギーの供給がこんな不安定な状態にゆだねることは出来ない。代替案としてメタンハイドレードなどか最近話題になっているが、20世紀で懲りたことをまた繰り返すのも知恵がないと言うものだ。

     そこで私としては、多少独断的なところも承知で、21世紀末に「脱化石燃料」の時代は可能か、と言うテーマに挑戦してみた。これによって初めて世界の包蔵水力の存在意義を浮き彫りに出来ると考えたからである。キーワードは人口・食料・エネルギーの3っである。

    • COS6144.gif  図のEOTはTOEの誤り

      @.先ず世界の人口について想定する。図式を単純化するため数字は丸めたものにして説明する。

       現在世界の人口は60億人で100年後には115億人に達し、それ以降は減少すると一般に言われている。いろいろな意見や統計上の数字があるが、これが無難な平均的なものと思う。2100年以降も増えると言う意見も当然あるが、世銀の下位推定では2150年で50億人と言う数字もある。私は地球の受け入れ可能限度とする人口は約80億人と言う説を採用したい。これが上記の図の青色のカーブである。

      A.一次エネルギーは現在約80億TOEであるから、人口60億人でPercapitaは1.3TOE/人である。先進国は高く、途上国は低い。

       【注】.ここでTOEの説明をしておく。

       TOEは Ton of Oil Equivalentの略で石油換算値を示す。ところがこれは不可思議なことに、IEAの基準なのだが、火力の場合1000Kwhあたり0.225TOEだが、水力のKwhに対しては1000Kwh当たり0.086TOEと1/3の評価しかしていないのである。

       即ち、火力のKwhはそれを発生する熱効率によって異なり、現状では熱効率を38.1%として860Kcal/0.381=2250Kcalとしているのである。1Kwh=850Kcal、石油1t=107Kcalから計算すると、火力の1Kwh=0.225TOE/1000Kwhとなる。

       IEAのエネルギーバランス表では原子力0.26TOE/1000Kwh、地熱0.86/1000Kwhとしているが、水力は0.086TOE/1000Kwhとしている。原子力の熱効率を33%、地熱は10%で水力は100%としているのである。即ち水力のKwhは熱効率には関係なく発生するというのである。このことに関しては、いろいろの本で換算値には注意するよう述べ、特にカナダのように水力の多いところは判断を誤るとしている。

      B.将来このPercapitaがどのようになるかは難しい問題だが、長崎総合科学大学の坂井正康教授は人口安定化の一つの条件として一人あたりのエネルギー消費量を各種統計の組み合わせから2TOEと提言しているのを採用する。従って2100年のそうエネルギーは115*2=230億TOEと計算される。

      C.しかし最近のエネルギーの使用、発生のメカニズムに革新的な概念が登場し、すでに一部実践に移っている。ワイゼツカーの「ファクター4」や小宮山東大教授の「地球持続の技術」などか先駆的著書といえる。前者は「豊かさは2倍・資源は半分」と言うキャツチフレーズで具体的事例を分別して詳細に解説している。後者はもつと大胆に資源を1/3にしろと言っている。

       そこで私はこの革新的な概念の実践が2100年に達成するものとして、想定エネルギーの推定を1/2とした。私はこの決定をするときに高い絶壁から海に飛び込む思いがした。即ちPercapitaを1TOEとしたのである。即ち230億TOE/2=115億TOEとなる。これは私の当初に検討した維持可能の計画として作成した2100年のエネルギーバランス表では2100年の所用エネルギーは200億TOEであった。

       2050年は過渡的の中間点として、Percapitaを1.65とした。即ちこの時までに「ファクター4」に示すところの「豊かさ2倍・資源半分」に向かって、一部は実践しながら、将来の実行の準備態勢を確立して置くことが求められる。

       これが上図の赤線である。



       



    • COS6374.gif図のEOTはTOEの誤り

       前図のエネルギー総需要カーブを上図にプロットして、逐次供給ソースを投入して行く。。

       @.2000年のエネルギー消費実績値がないので1998年の値を利用する。出来るだけ単純化するため数字は概数で表現した。

       A.水力・原子力はほぼ同量でそれぞれ6億TOEで、100年後はそれぞれ5倍の30億TOEに増強する。水力の30億TOEというのは世界の包蔵水力の約80%に相当する。原子力は1500基位となる。大変な規模だ。その後はSustainable Energyだから平行線となる。

       B.石油は34億TOEが、2050年で減り25億TOEとなり、2100年で0億TOE。

       C.天然ガスは20億TOEが、2050年で増え35億TOEとなり、2100年で0億TOE。

       D.石炭は22億TOEが、2050年まで現状維持で22億TOEで、2100年で0億TOE。

       E.その差額(不足分:緑色の部分)はバイオマスメタノールを当てる。0億TOEから2050年で15億TOEとなり、2100年で55億TOEとなる。
      バイオマスメタノールの生産には、前記の坂井正康教授の研究によると、1haあたり石油換算で10TOEが可能と言う。即ち2100年で55億TOEを生産するには5.5億haが必要となる。

       当然穀物耕地とバイオマス耕地とは競合する。Johansson氏の資料を元にした2100年を展望した耕地の競合関係を研究した物がある。それによると、穀物耕地を確保した後に利用できるバイオマス耕地は8.9億haと推定したいる。人口も減少するし、バイオ耕地の余地はありそうである。 
          バイオマスについては、 私のHP「その後の情報G−14」参照

    • 【解説】

       1.世界の人口推定の確からしさは可成り高い。ただし2100年以降については、地球の収納能力から見て適正人口が80億人だと言う願望値である。

       2.石油換算計数が種類によって異なり、差が大きくなるので、1000Kwh当たり0.25TOEと仮定した。

       3.水力や原子力、さらにはバイオマスメタノールが果たしてこの数量を生産出来るのか、研究した人はいるが、保証する人はいない。願望値である。水力の30億TOEというのは現在の世界の石油消費量にほぼ近い数字だから、量的にも大きく、極めて重要な役割を持つことになる。
        
          バイオマスについては 坂井正康長崎総合科学大学教授著「バイオマスが拓く21世紀エネルギー」森北出版ほか。

       4.将来の一人あたりのエネルギー消費量(TOE)を2TOEとしたのは、可成りの確からしさがあるが、それを省エネと効率革命で1/2にすると言う決断は、極めて衝撃的な取り扱いであるが、これをサポートする意見は支持できる。

         ワイゼッカー著「ファクター4」省エネセンター
         小宮山宏東大教授著「地球持続の技術」岩波新書

       5.穀物耕地とバイオ耕地の鬩ぎ合いについては、言語同断・ナンセンス・飢餓解決後に考えろ等激しい反論にあっている。私は専門家でないので、直ちに反論出来ないが、FAOが1991年に途上国91カ国について調べた報告書や1992年に環境サミットに提出したJohanssonの論文を日本エネルギー経済研究所が計数的に整理した文献を参考にして反論するしかない。茅陽一氏等も結論を急がず、その可能性について気を長くして研究すべきだと述べている。 

       6.2050年が一番重要な岐路である。即ち21世紀末の目標達成の為の具体的戦術を一部テストを含めて、2050年までに確立して置かねばならない。この50年間の準備の成果如何によって21世紀のエネルギー問題の解決が定まる。 

       7.以上によって完全に「脱化石燃料の時代」が来る可能性が示された。

      【結語】

       前文でも述べたが、この3月末スペインのValenciaで開かれたIEAのPA(Public Awaerness)のWorkshopで各国のプレゼンテーションの一つとして、「私見であるが」として発表した。私見としたのは、国内で認知された、或いは発表した内容でないことと、繰り返すが、2っ大きな問題を孕んでいたからである。

       その一つは、一つ一つのキーワードに数多くの不確定要素が積み重ねられていることである。全体の信憑性が得られにくい。

       もう一つは、非常に政治的な問題を含んでいることである。21世紀末には化石燃料の使用が零になる、或いは零にする。と言うことは、化石燃料の大資本の息の根を止めることを意味する。最近アメリカのブッシュ大統領は京都会議COP3の議定書を否決することを宣言し、世界中が驚き、猛反撃が起きている。大統領に宣言させたのは、報道によると、石炭業界の圧力によるという。水力業界にそれだけの圧力があるか。

       私がOHPで説明を終わると、カナダのK氏が駆けつけてきて握手を求め「大変関心を持った、IEAでも2050年の長期エネルギー見通しをやったが見たか。バイオマスは重要なテーマだと思っている。しかし脱化石燃料というのは大変政治的な問題がからむ」と言うコメントを戴いた。

       今IEA加盟の25カ国のうち水力部会は9カ国の先進国が主となって動いる。先進国の水力開発はおおむね70%以上で、包蔵水力の多い途上国では10%以下の水力開発状況である。したがつてアメリカでは500のダムが撤去され、ノールウェーでもダム不要論が台頭していることから、既設水力をいかに「守る」かと言う点に力点が置かれて議論が進められがちである。日本も人ごとではない、四国電力の佐賀水力のダム撤去運動が起こっている。これは水利権期限更改をきっかけにして起きているので、これから陸続として誘発するおそれがある。

       この「守り」の対応とは別に、大量の水力か途上国に存在するので、環境・社会・経済面で受け入れられやすい「攻め」の形で対応し、途上国として必要なエネルギーはもちろんだが、余剰があれば、地下資源を輸出するのと同じように、水力エネルギーを隣国に売却し、得た利益を自国の経済発展に資すればよい。途上国を水力部会に参加するよう呼びかけが始まっている。そうなると大陸間を結ぶエネルギー輸送インフラ整備の必要性が議論されねばならないが、パイプラインを含めて別途の話になる。

       この「攻め」のシナリオでは水力の位置づけ、役割の重要性の説得が必要なのだが、これは10〜50年先程度のエネルギーバランスからはなかなか引き出しがたい。化石燃料業界が代替エネルギーを警戒し、既存のエネルギー例えば石油の値段を出来るだけ安定させ、息長く生産消費をつつけようとしている。こういう状態では水力の話は浮上しないばかりが、自然破壊の元凶とたたかれるばかりだ。

       そこでどうしても100年程度先のエネルギーバランスを議論しないと水力の位置づけ、役割の重要性が引き出せないと言うことになる。将来のエネルギーの確かな一部を確保するためにRenewableでSustainableな水力を創設することを考えたい。水力も腕を組んでいるだけでは駄目です。水力はSustainableではないと言う定義が欧米では流されているという。

       私は2っのキーワードを考えている。

       一つは「古典的水力」:水力はSustainableではない。

       もう一つは「水力の危機管理」:水力か破壊されるのは地震や洪水だけではない。



         
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  • A−23.コメント(H.13.4.16) 将来の供給電源に意見あり

     足立論文に対するご見解興味深く拝見しました。少々過激なな考えかも知れませんが、私は今後の世界のエネルギー特に電力について次のように変化するのではないかと考え始めました。

    原因として

     1.今後の気象変動: 温暖化砂漠化、海面の上昇
     2.人口の爆発的増加: 水資源の不足、食糧の不足

    これらの問題を解決するために

    1.灌漑用水、工業用水、飲料水等の確保のためのプロジェクトが優先されるよ うになる。
    2.水力については、水資源の確保に必要な設備(ダム)に付属して開発され、 特別な場合を除いて、水力主体の開発は減少してゆくのではないかと考え られる。

    しからば今後のエネルギー問題はどのようになるか? (発電設備の多様化)

    1)燃料電池: 現有の大規模発送電のシステムに加えて、熱電併用の分散型発電システムである燃料電池による発電が大きく伸びるのではないかと考えられる。 燃料電池については未だ効率の面で若干問題はあるものの、自動車エンジ ンのか開発の進捗とともに先進国において特に大きく伸びるものと考えら れる。
    2)風力、太陽光発電:   主力にはなれないが、相当の比重を占めることになろう。
    3)現有のシステム: 水力、原子力、火力等の現有設備の、ベースとしての役割は、改めて述べるまでもない。

    以上のように今後10年から50年の間に、世界のエネルギーの発生源は大きく変化するのでは無かろうか?

     (4/16  M) 

    • 筆者疑義を提案(H.13.4.29)

       久しぶりにお元気なE-mailを戴きました。

       おおむね貴兄の意見に賛同するものであるが次の4点について私の疑念を述べたい。ご賢察を乞う。

       1.欧州では水力はRenewableではあるが、ダム式水力はSustainableなエネルギーではないと言う定義付けがなされている由を聞いて愕然としている。

       @.流れ込み式は根こそぎ開発しなければならない。
       A.ダム式水力は、自然劣化を防ぐあらゆる対策を考え、Sustainable なエネルギーとして認知されるように努力するのか我々の役目。

       2.燃料電池の普及は期待されるところ大なるものがあるが、その原料 をどこに求めるのか。

       3.現有水力はこのままでは危ない。水利権更新の度に廃止要求が出てくるだろう。四国電力の佐賀水力発電所廃止運動の対策に各電力会社
      はどのような応援をしたのだろうか。

       4.エネルギー問題は、最終的には「脱化石燃料」が可能かと言うことにつきるのではないか。

       4月15日から10日間トルコツァーに行って来ました。大変疲れましたが、やはりエジプトの印象の方が断然すごいと思いました。

         以上


    • コメント.(H.13.4.30) 意義あり、2題

       しばらくご無沙汰しています。このところ、趣味の音楽や遊びのほうで穏やかな日々を過ごしています。それでも足立氏や鈴木さんのHPはすべて拝見しています。気になることもあるのですが、そのままになっています。

      【1】. 気になることの一つは、足立氏も書いていましたが、アゲインストといわれながら中国を除く大水力が欧米の資本で開発されつつあるように思われることです。このままいきますと、気が付いたときには、有望な水力プロジェクトは欧米の資本で開発され、日本が気がつく頃には採算性のよくない地点しか残っていないという事態になりかねないとも思えます
      。金も技術もありながら、「ダム反対」の近視眼的な呪文にひっかかって、手も足も出ないというのが今の日本の現状でしょう。日本人は真面目で単純なところがありますので、頭のよい欧米人にしてやられるのでしょう。そのうち力がつくと中国が国外の水力開発に乗り出すでしょう。その頃になってやっと日本が乗り出すということになるのでしょう。

       何故そうなるのでしょうか。日本人の真面目で単純なこともありますが、日本の国策としての理念と戦略がないことにも原因があるように思います。バブル崩壊で左前になった企業を買収するのは決まって外資です。
      どうして有り余った金を持っている日本人が買わないのでしょうか。国としての国策がないように日本の企業も、戦略と勇気をもたないためでしょう。皆がいかないと一人では行かないのです。

       今のような時期には、より以上情報が大切です。鈴木さんが主張されている「世界の包蔵主力調査」をどうして政府はやらないのでしょうか?せめて、極東・東南アジアだけでも基礎的な包蔵水力を調査し、固有地点情報を公開して、民間の投資を誘導するような施策を早く講ずるべきだと考えます。政府自らが国の金だけで努力しても知れてます。しないよりもましでしょうが、
      農村電化に明け暮れていては役人の自己満足だけでしょう。そのうちに、東南アジアはおろか、白頭山・沿海州の水力も欧米と中国にやられてしまいます。

      【2】. 長くなりましたが、もうひとつ気になることは鈴木さんのおっしゃる「キーワード」ですが、「ダムはSUSTAINABLEでない」という欧州の見解とはどういうものでしょうか。本当に定着しているのでしょうか?一部の人が言っているだけではないのですか?日本人は真面目ですから「欧米で云っている」となると無批判・無条件で同意する人が少なからずいるので恐ろしい.。130年ほど前、会津磐梯山が噴火し周辺に何百という自然湖ができ、いくつかは壊れ、いくつは残り、現在では自然の姿を残しています。ダムも、自然の材料コンクリートと鉄でできたものでやがては土に返っていくでしょう。短期間・局地的には環境問題も生じるでしょう。しかし、長所を考えると短所を補って余りあると思われます。「ダムは永久だといわれているが、堆砂のため有限である」、したがって、決して持続可能なものではないという意見をどこかで見たことがあります。ダムはやがて役に立たなくなるから無駄だという主張ですが、あたりまえの話しで、役に立たなくなった時は償却済みでしょう。経済的な評価と感覚的な嗜好をごじゃまぜにしたような意見でよくわかりません。いずれにしても、これはあまり気にしなくてもよいのではないでしょうか。

       最近は、すこし集中力がなくなり、裏付けデーターを付け加える意欲はありませんので思いついたままメールします。御健闘を祈ります。

                                         (4/30 S.)

         
      目次に戻る     表紙に戻る 

      • 筆者の意見(H.13.5.2)

         S.さんご意見有り難うございます。 全く思いは同じです。少し角度を変えて論じてみます。というのは、私のHPに関連していろいろな人からのコメントがありました。その中に大学の教授で大変丁寧な方でしたが、「鈴木さんは自分の都合の良い資料だけ利用している!」と指摘され、自分では露そんなことは考えていなかったので愕然としたことがあります。

         IEAの会議でも、水力を論ずるに当たって、「
        正確で、バランスのとれた水力の情報を集体系し、世界に理解してもらう」と言う表現をしています。バランスのとれたというのは、水力には良いところもあるが悪い所もあると言うのです。

        【1】. IEAの会議でも、水力の建設は世界で年間で1億KW位やっているという話があった。私のHP(その後の情報 G−23)に解説してるが、足立氏のHPの世界の新聞情報から抜粋集計すると2000年の1年間で約
        50地点で7600万KWの水力が完成・工事中・着工していることがわかった。

         確かに日本のエネルギー関係者は、政・官・財・マスコミを含め、世界でこれだけの水力を開発していることをどこまで理解しているのだろうか、と疑問を抱かざるを得ない。特に途上国は経済浮上に必要なエネルギー増強が、財政難で思うように進まず、軒並み民営化或いはIPPなどによる民間資本の導入に依存し、それに便乗して外国企業が進出している。

         この点については、すでに私のHP(その後の情報 A−19、A−20、A−21)に悲憤慷慨の報文を発表しているので参考にして欲しい。

        【2】. 流れ込み水力はrenewableであり、かつsustainableだが、
        ダム式水力はrenewableであるがsustainableではない。だからダム式水力をsustainableにするためのガイドラインをIEAは作成しようとしている。BP(Best Practice)やPA(Pablic Awareness)等かそれに該当する。日本の電力会社は絶好のチャンスだからこの資料作成に協力し、その成果を利用のが賢明である。

         耐用年数を経てもなおかつ、能率も落ちないで半永久的に稼動すると言うのが水力エネルギーとして、他に絶対追従を許さない最大の特徴であると思っていたが、そうではないと言うので驚いた。

         私のHP(その後の情報 G−17)では、我が国の発電ダムで総貯水量1億トン以上の26貯水池について土砂で満杯する年数を調べてみると、畑薙第一(159年)、佐久間(193年)の2ダムが例外で殆ど500年以上であった。最長は有峰ダムの2.7万年であつた。1億トン以下だが、三浦ダムは21万年、岩洞ダムは70万年である。

         しかし之も大学教授の指摘するように、都合のいい解釈しか取らないと言う批判にもなる。いつかは埋まるのである。私は土砂流入を減らす為の流域管理、排砂の為の技術開発等、時間と維持管理費に余裕があのだるから(減価償却のすんだ後は原価が下がる)十分な対策をとることが可能と考える。

          目次に戻る      表紙に戻る                                           以上

         

  • A−24.コメント(H.13.5.10)     日本の政治・外交・公共事業に不満(A−23に関し)

     
    鈴木さんのご意見について

    1.燃料電池の水素については、当面天然ガスからの分離で賄うのがよいのではないかと考えます。天然ガス資源は石油に比べて豊富に存在するとのことですので、当面の需要には十分対処可能と考えられます。水素の分離方法や、貯蔵運搬方法については、現在自動車業界での研究と連携して電力業界も本腰を入れるべきではないかと考えます。

     天然ガス以降については、深海に存在する、何とかハイドレート(名前を忘れました)とうの開発も魅力的ではないでしょうか?


    S.さんのご意見について

    2.S.さんのご意見全くその通りです。

     とくに近頃の中国の思い上がりは、全く嫌悪そのものです。日本の政治家や外務省官僚の歯がゆさには、腹が立ちます。

    3.今後のダムについては、田中長野県知事のような、狂信的且つオッチョコチョイ的なえせ環境保護者が喜ばれるような世間(海外を含む)の風潮では当分逆風が吹くことを覚悟しなければならないものと考えます。

     これは単に反対派だけの責任として考えるべきでなく、調子に乗って如何かと思われる地点に次々とダムを造っていった、政治家と官僚(私も一筆かみましたが)に対する反動でもあると考えられ、比較的根が深いのではないでしょうか。

    4.然し世界の人口の増加は、現実であり、気象の変動の兆候も現れ始めて居るように思われます。

     実際に渇水が続き人々が飢えを感じ、ダム以外に利水の方策がないと分かるまで、ダム反対論の精算が行われないのではないかとも考えられます。ダムを盛んに作り始めてから現在で約50年であることを考えると、反対論の精算にはやはり30〜50年を要するような気もします。


        (5/2  M.)      

    • 筆者所見(H.13.5.10)     日本の公共事業と外交について思うことあり

        目 次

      1.燃料電池
      2.ダムと自然破壊
         
      【人間と自然と】  
         【多目的ダム小史】    
         【公共事業の批判】
         【緑のダム法案】
         【結語】

      3.中国と日本と
      .

       1.燃料電池

       燃料電池の期待は大きいが、ベストな技術か認知されて普及に至るまではまだ色々紆余曲折がありそうです。私が関心を持つのは水素の原料をどこに求めるかである。天然ガスやガソリン等に求めるのでは、結果的には化石燃料に頼ると言うことでエネルギー問題からすると代わり映えしないと言うことになる。

       メタンハイドレートも最近クローズアップされているが、20世紀で懲りたことをまた懲りずにやるのか。懲りない面々だと言うことになるが、当面はまだ従来型の化石燃料がかなり存在するから、それ等を使って燃料電池の技術開発が完璧になるよう頑張ってもらって、後は
      バイオマスメタノールに移行するのはどうか。

       2.ダムと自然破壊

       
      【人間と自然と】 

       この100年を振り返って見ても、人類は地球上でまさに一人勝ちであつた。また私達のわずかな知見からしても、人間の文化・文明の向上の為に自然をうまく利用することに専念してきた。自然は資源として人間の為にあるものとした。従って地球を人間の為に改造する等と言う言葉もあまり抵抗なく使つていた。日本列島改造計画などと国の基本計画としてすらまかり通っていた時代はつい最近のことだ。

       ダムについて言うと、水力はエネルギーとして優れた特色を持ち、循環資源であるばかりでなく、燃料にはコストがかからず、発電原価も安く仕上がるのて水力エネルギー開発に大変な期待がかかった。燃料である河水を有効に利用するためにはダムが絶対必要で、高ダムを安全に安く建設することがエネルギー問題解決の最重要の課題と見なされた。

       そこで世界動力協会は、昭和3年世界の知識を集めて、ダム技術の向上を達成すべく国際大ダム会議を協会内に設置し、本部をパリーにおいた。日本も直ちにこれに応じて、国内委員会を日本動力協会内に設置し、昭和8年加盟した。戦時中一時期電気協会に統合されたが、戦後日本動力協会に復活した。このような事情のため、歴代電力会社の社長が会長をかねて運営されていた。

       後に昭和37年に機構を改革して、(社)日本大ダム会議を新たに設立した。世界の技術を吸収して次々と新しいタイプの大ダムが建設され、大変な成果を上げた。アーチタ゜ムなど保守的な河川管理者の強い反対を押しのけて遂行された。しかし後になって、水力ダムが低調になり、国のダムが火のように燃えさかると、日本大ダム会議は建設省とゼネコンに乗っ取られてしまう。

       その建設省がやるダムは大体、許可権を持ち、また資金を調達する者が計画を立て実施するのであるから、内輪同士のやりとりであり、計画の中身について透明性が欠けるのは止むを得ない。経済性もタイムスケジュールもすべて闇の中である。これでは説明責任を求めようがない。このように偏見を持たれている日本大ダム会議では環境論者と堂々と戦えない。

       しかし、一方で、人間に生きる権利があるなら、自然にも生きる権利があるという思潮が流布されつつある。即ち人間も自然の一部に過ぎないと言う訳である。だから稀少動物保護の法律や地球温暖化問題、自然破壊問題などなとか世界的レベルで議論されることなる。ダムについては可成りの効用があり、サクセスストーリィがあるのだが、残念ながらそのステータスがまだ十分な議論がなされているとは思えない。

       世界銀行が音頭を取って、世界の権威者を集めて2年間をかぎつてWCD(世界ダム委員会)を編成し、報告書を作成して世界にばらまいた。詳しくは別途に紹介する予定だが、表面的にはダム賛成・反対両者の言い分を述べていることになっているが、一般的にはダム反対の報告書として評判は良くない。たとえは報告書第5章には
      「本報告書では、需要側管理(DSM)とは、消費者の電力消費を抑制することで、発電必要量を減らし、ダムの建設ニーズの発生を抑える方法を指している。」と述べている。DSMをねじ曲げている。まさに確信犯である。 このWCDの報告書に対するまとまった公式意見はまだ公表された物がない。

       私見だが、動物愛護で保護すると、例えば鹿・猿のたぐいはすく大繁殖して人畜に被害を及ぼすようになる。そうすると、すぐ狩猟解禁となる。蛋白用の食料として可能な限りあらゆる動物を飼育し屠殺して人間の食料にする。原始林も必要とあれば間伐して生き返らせることも必要となる。欧州の車窓から見る美しい草原・牧草地は原始林の伐採地の跡である。所々に林が残っているのがその証拠だ。人間様は勝手な者だ! 動物種が増えすぎれば殺して食ってしまえばすむが、人間様は増えれば殺すと言うわけにはいかない。自然の資源を拡大利用するか、あらかじめ人口抑制をしなければ大混乱を来すこと必定である。

       ところが最近恐ろしいことが起きている。米国のブッシュ大統領が温暖化京都会議議定書を離脱すると世界に宣言したのである。
      人間や自然の権利よりも「企業」が大事だと言うのである。力は正義だと言うが、強い米国の言いなりになって行くのか。新しい世紀には新しい理念をと考えている世界の大多数の考えに反して前世紀以前に逆行するものだ。

       過去の世紀でやって来たことを新しい世紀で同じことをまたやろうというのも反省が足りないと言うものだ。

       
      【多目的ダム小史】

       国のダムは次のような歴史を持つ。建設省(元内務省)はアメリカのTVAの成功、物部長穂博士のダムによる河水統制論から、昭和の初期からダムによる洪水調節など河水統制事業を企画した。鬼怒川の五十里ダムがその第1号であったが、ダムサイトに大断層が見つかり、
      ダムか堤防か大論争となったが、結局ダム計画を断念した経緯があつた。国のダム計画はこれで一頓挫したが、戦後復活する。(注、五十里ダムは戦後ダムセンターを変更して再開されている)

       河水統制思想の高まる中で、治水、利水(水力・農業)官庁間で議論された記録がある(電力河川新報社、昭和11年)。洪水を貯留して渇水期に放流することは好ましいとされながらも、電力側は常に貯水池を満水しておきたいが、治水の為には常に空虚にして置かねばならない。また農業も10月〜5月頃までに満水し6〜10月まて使用するが、8〜9月の洪水には効果があるが、6〜7月の洪水には効果がない。内務省の宮本武之輔は単なる利水の調整なら水利統制であって河水統制の一側面に過ぎないとし、洪水も2山も来ることを考えれば大貯水池を必要とするが、日本では地形上難しいので、一定の水位まで利水で確保し、それ以上に治水の容量をあてるというドイツの方法を提唱している。当時から問題になっていたのである。

       戦後電力不足で大規模な水力が続々建設される中で、一方では国による国土総合開発が進められ、その内容は河川の総合開発が大きなウェイトを占めていた。それは電力不足による水力の開発促進、食料不足による農地の整備並びに灌漑用水の確保、戦時中放置していた荒廃した治水事業の3点セットで総合開発ダムが時代の要請に合致し、ものすごい勢いで多くの多目的ダムが遂行された。

       建設省はダム・水路を実施する水資源公団を自省の特殊法人にすべく、昭和36年水資源開発促進法を制定し、5大水系を指定したので、計画中の水力ダムが中止に追い込まれるケースもでた。しか
      し水公団の実施した矢木沢ダム・武蔵水路と東京都の実施した小河内ダムの3点セツトによって、東京オリンピック開催時期の東京砂漠と言われた危機を脱する事が出来た。現在も東京の水問題は全く心配はないが、それはこの事業のお陰であり、この事業を計画通り遂行した水公団の功績であり、忘れることは出来ない。しかしこのほかは見るべき者がなく、もうぼちぼち解散した方がよい。

       工業用水法と言うのがある。これには主務官庁(通産省)は工業用水の供給計画を調査してはいけないとしている。即ち河川管理者である建設省が用水計画を作成すると言うことを意味する。これは建設省の都合で施設を造ってダム負担金を徴収して水を売ると言うことだ。タイミングにお構いなしだから、県や市がその時点で返上することもしばしば起こることになる。しかし需要者は一方では用水不足が何時起こるるか判らないと言う恐れを常にかかえている。

       水力については、電気事業法で主務官庁(通産省)は水力調査を実施すべしと規定されている。通産省(逓信省時代を含む)は明治以来5回の全国包蔵水力調査実施しており、時代の電力政策の要請に的確に対応してきた。

       この辺までは(昭和40年代前半)、振り返ってみて実施したダムは殆どだ
      ましな計画であつたと思う。その後は総合開発ズレした計画が多くなって、マスコミで色々報道されるような利権まみれ・金まみれの様相を呈してきた。目的にかなっていないばかりか、経済性がむちゃくちゃだ。これは技術者の責任だと思う。許可する者と実施する者が同一であると言う二重人格も絶対良くない。チェックバランスがとれない。

       たとえは、今問題になっている
      徳山ダム(水公団)は35年前約300億円の工事費であつた。電力もこの事業に参加意志表示し、約20%の負担比率であったが、現在まだ着工していないばかりでなく、工事費は約10倍の3000億円に膨れ上がると言う。それでは電力は何もしていないのに、負担金は60億円から600億円になってしまう。これでは採算性を至上課題とする電力経済は成り立たない。

       それにしても、何故こんなに工期が延びてしまったのだろうか。2度も石油ショックに当たれば工事費も上がるが、一説によると、工事資金や技術者や管理費の重複を避けるため、長良川河口堰の工事完了後まで徳山ダムの工事着工をのばしたと言うことを聞いたことがあるが、本当だろうか。当事者や監督官庁は何をしているのだろうか。長良川河口堰では地方自治体は用水の負担を拒否していると言うではないか。

       
      【公共事業の批判】

       私は45年程昔、各省間にまたがる多目的ダム事業の計画を合理的に進めるために、多目的ダムの費用負担の方法を法律化する為、経済企画庁を中心にして、作業をしたことがあるが、その際電力界の長老に参考意見を聞いた。その長老から「国と一緒に仕事をして損することはあっても得することはない」と大批判されたことがある。それに対し、私は旧体制を打破し、合理的で透明性のある、近代的な方法を考えているので、そのように恐れは防げると大いに論陣を張った覚えがある。その後そのような危機は若干あつたが何とか克服して来た。しかし徳山ダムのようにこんな巨額なものは見たことも聞いたこともない。

        こんな事業計画では、環境論者と熾烈な戦いは出来ない。堂々とした説明責任は持てない。水力のダムはこれらのダムと同一視されているのではないか。県知事にはいろいろな考えを持っている人がいるようだ。脱ダム宣言の田中長野県知事、原子力立地拒否宣言の北川三重県知事等は極めて独りよがりだが、我々はまず「正確で、バランスのとれた情報」を自分のものにすることが先決だと思う。

       やはり今横行している公共事業は良くない。最近NHKのニュースによると、計画中の24ダムを中止したと言う。立案したり、実施する技術者の責任だ。第三セクターの仕事も悪い。私はある会社の副社長から聞いた話でなるほどと思ったことがある。「事業を興すとき、絶対に赤字にならない方法がある。それは、収入を出来るだけ堅く、即ち低めに押さえる。支出は出来るだけ余裕を見る、即ち多めに算定する。それで収支か黒であれば事業を進めても良い」。と言うことは、事業を進める過程で収入は低めに見ているから、努力によって増やせる可能性がある。また支出は多めだから危なければ削る余地がある。役人や素人はこれを逆にするから、チョツトつまずくとすぐガタが来る、と言う説明であった。

       
      【緑のダム法案】

       今年の4月民主党が緑のダム法案構想を打ち出した。それに対し国土交通省河川局はそのHPで「緑のダムが整備されれば、ダムは不要か」と題して次のように反論している。

       河川局は、森林による土砂流出防止・景観・リクリエーション等には価値ある機能を持っているが、ダムの建設を「緑のダム」に代えることは非現実的であるとして、@.現在森林面積は高い比率を保っており、治水計画は之を前提にして検討されている。A.森林は蒸発を増加させ、渇水時には河川流量を減少させる、としている。

       ある一定限度を超えた豪雨に遭うと、保水能力を超え、それまで貯めていた分を含め一挙に流出して洪水を加速すると言う話を聞いたことはあるが、私は上記のような話は初めて聞いた。森林は一般には雨水をため、渇水にも洪水にも効果があると言うように思おわれていたが、突然河川局から「全く効果なし」と宣言されてはとまどうばかりだ。しかし私も反省してみると、水力は世間から全く見放されているのに、水力こそ将来のエネルギーの救世主だと歌い上げれば、世間の人達は「エツ!?」と、とまどうばかりかも知れない。以前にも述べたか、ある大学教授のコメンテーターが、私のHPについて、鈴木さんは都合の良い資料ばかり取り上げていると批判されたことがある。自戒したい。

       
      【結語】

       私が
      古典的水力と名づける所以は、過去の世紀で世論の応援を背にして、高らかに水力開発を行ってきた背景はもはや無いからだ。しかし地球の宝物である世界の包蔵水力の80%が未開発で眠っているのを黙って見ている訳にはいかない。古典的水力観から抜け出して新しい大道を見つけ無ければならないと思うからだ。

       ダム式水力は環境を破壊するから
      Sustainableでないと言われている。Sustainableなエネルギーと言うのが水力が他のエネルギーと異なる最大の優れ者の証拠なのであるから、水力は自然と一体になれるものであることの証(アカシ)をたてなければ堂々と戦えられない。勿論「量」・「経済性」・「質」の問題も一体として評価されなければならない。

       
      3.中国と日本と

       中国は以前、海外の強大国を「覇権を求めている」と非難するのが口癖だつた時期があつたように思うが、最近の海外論調の中には、中国自身が最も「覇権」を意図しているのではないかという意見が見られる。私は中国がこのように見られていること自体を情けなく思う者である。

       外交には大変な歴史・経験と豊富な情報分析と国としての戦略があるはずなので、素人がとやかく言っても始まらない面がある。しかし世論を形成する一人として何らかの考えを持っていることは大切なことである。

       日本にとって東アジア(南アジア・シベリアを含む)は極めて重要であることは言うまでもない。中国と日本がお互いに覇権を争っていては、その結果がどうなるかは明白である。ラティモアはその著書「中国」(岩波新書)で「中国がうまくいけばアジアは安定する、中国がしっかりしないとアジアが乱れる。中国とは一口で言えばそういう国である」と述べている。

       中国の国境は半分がロシアに接し、後半分ずつ南アジアと東シナ海に接するという大国中の超大国である。歴史も文化も古くて優れている。人口も日本の10倍以上もある。土地も資源も豊富である。中国は何もしなくても王者の風格があるし、実力もある。ラティモアの言うように、とにかくしっかりして欲しいと思う。覇権を狙っているなどと陰口をたたかれるようなことをしてくれるな、と願うばかりだ。

       古今東西の歴史や地政学から見ると、大国がますます強大になると、周辺の小国は吸収されて行くのが常であると言う。日本は少子化現象で2007年頃から人口が減少し、100年後には半分の6000万人になることはほぼ確実のようだ。従って移民受け入れなどが話題になる。

       
      (注).人口が減少すれば、食料やエネルギーは楽になるのではないかと言うが、エネルギーについては日本は80%以上を輸入しており、なおかつ化石燃料である。大気汚染問題ばかりでなく、枯渇する心配もある。だから人口が減少してもRenewableでSustainableな代替えエネルギーの確保に努力しなければならないのである。

       それでは日本は、どういう姿勢で中国に望むべきか。確かにMさんのコメントにあるように、最近の日本の外交には小手先の対応しか見られない。本当に筋さえあれば、多少の迂回があっても、行く先が決まっておれば納得するのだが、その本筋を政府は示してくれない。

       台湾の李登輝氏の件もそうだ。北朝鮮の金正男氏と見られる人物についてもその措置は納得がゆかない。日本外交の本筋が判らないからだ。勿論中国も関係する事件であるがが、今更持って回るような言い方をしている。外務官僚では無理。政治家の問題ではないか。例えば書生論だが、アメリカと距離をおいた外交シナリオを検討して見たらどうなるか。冷戦が終わったのに、米国は何時までも教育ママのように、アジアに口を入れるのは勘弁して欲しい。日本の政治家も口を開けば、米国との安保体制は基本だと言う。ボツボツ
      「脱米入亜」はどうか。中国や朝鮮半島の態度は一変するだろう?



         
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