• A−27. 筆者提案(H.13.6.) 閑話休題  21世紀末・日本の「脱」化石燃料は可能か

    【1】.第1話 (人間30人集まると必ず1人変な奴がいる)

     私の職場で、なかなかユニークな発想をし、行動力のあるTZと言う先輩がいた。私どもは3奇人の1人として畏敬の念を持っていた。ある日、30人ほどの集まりがあって、経緯はよく覚えていないが、TZ先輩が立ちあがっていきなり喋り始めた。「−−−−、人間30人集まると必ずと言っていいほど1人位変な奴がいるものだ、(大爆笑)−−−−」その後どういう話になったか全く覚えていないが、一斉に大爆笑が起こった。というのはその座にいた人々は皆TZ氏はまさにその変な奴の1人であることを承知していたからである。或いはTZ本人が自分は奇人とは知らずにこの話を持ち出したのを聞いて吹き出したのかは判らない。

     私は早速、不謹慎だが、所属している職場のクループを点検してみると確かに程度の差はあれ数人はいる。それから私は転勤したり、職場を変えたりする度に、この話を思い出し、しばらく白紙で様子を見ながらチェックして、これを標的にして、付き合い方を研究して円滑な業務を遂行することにつとめた。必ず1人位変なのがいると割り切って対処すれば、ストレスは起きない。あるケースで数ヶ月かけてチェックしてもどうも該当者がいない。少しあせったが、よく考えれば自分がその1人であったのだ。それ以来、転勤や転職が楽しみでたまらなくなった。

    【2】.第2話 (俺は普通だ)

     学生時代の事だ。友との人生論争に疲れ、意見が合わず消耗していたときに、YTと言う寮の室長と月の明るい真如堂あたりに霞みながら色々な悩みを話したことがある。月光に鈍く光る石畳を歩くと本堂に到る。階段に腰掛けてしばらく無言で雲の走る月影を眺めていた。ややあってYTは口を開いて、短いある哲学的寓話を語ってくれた。

     「早春のある晴れた日、一匹の哲学猿が野原を歩いていた。突然断崖絶壁に出くわし、驚いて上を仰ぎ見ると頂上に何か異様なものがいる。猿だから断崖絶壁はお手のものでスルスルと上り詰める。なるほど頂上には容貌魁偉、口は裂け、目は飛び出し、髪もぼうぼうの得体の判らない怪物が天の一角をにらんで傲然と構えている。猿は驚いて<おまえは何者か!>と誰何しても、一顧だにせず、傲然として天の一角を睨みつけたままである。恐る恐る再び<おまえは何者か!>と誰何すると、ようやく振り向いて<俺は普通だ!>と一喝した」

     この小話は、以前このHPでも紹介したことがある。即ちこの小話の意味するところは、自分は普通だと思っていても、第三者から見れば変わった奴だと見られることがある。自分は普通の意見だと思っていても世間一般からすれば異端者かも知れない。しかし何を持って普通となし、何を持って異端となすかは、乱世と平時では異なる。

     
    私は私の提案する「21世紀末脱化石燃料は可能か」を検討するのは普通だと思っている。断崖絶壁頂上の怪物に相当する。何となれば、資源は有限だから必ず脱化石燃料時代が来ると言うことはわかり切っているからだ。未確認のデータの積み上げ、政治的な圧力など、誰も恐ろしくて手がつけられないだけであると信じている。


    【私の提案】.21世紀末・日本の「脱」化石燃料は可能か


    【目 次】

    【1】.人口推定
     
    (1).人口減少の実体。
     (2).少子高齢化の恐怖
     (3).少子高齢化のメリットあるのか
    【2】.1人当たりの一次エネルギー消費量の傾向
    【3】.一次エネルギー需要計画
    【4】.21紀末日本の一次エネルギー供給計画
    【5】.まとめ

     
     我ながら
    どえらいテーマだナと恐れをなしている。 しかし考えてみると「資源がいつまであるか、いつかは無くなる」と言うことは約30年前のローマクラブの「成長の限界」以来いろいろな人々が口が酸っぱくなるほど言っているけれども、これと言った対応策は皆無だ。「何時までもあると思うな親と油」だ。

     確かに人口・食料・エネルギー・環境の4っのキーワードをどのように安定して確保するか、即ち【Renewable】で【Sustainable】な状態で、豊かさと安全を享受する事が出来るかと言うのがこれからの人類の課題だと思う。

     21世紀末に「脱化石燃料」は可能か、と題して私のHP
    {その後の情報 A−22}に報告した。これは世界全体を対象にしてマクロ的に解析したので、細かいアラが出ず、問題をほじくり難く、かえって良かったのですが、これをブレークダウンしたら大変なのである。総論は良くても、各論になるといくつかの個別の疑問が目に付く。少し逡巡していたのだが、言い出した以上、袋たたきを覚悟の上で、各論として日本の問題を取り上げてみた。特に日本の場合は2100年に人口が半減することがほぼ確実なのである。

     21世紀初頭、国家経済の破綻が目の前にあると言う状況に落ち込んだ日本政界に小泉革新内閣が誕生し、切り込み隊長の竹中平蔵大臣が「骨太の基本構想」を打ち出したが、それを下支えするバツクデータはかなりあるようだが、2〜3年程度に重点を置いており、それすらやってみないと判らないと言うのが実体のようだ。それほど経済予測というのは難しい。

     私もインターネットの他いろいろの文献を読んでみたが2030年を越えたものは見当たらなかった。人口が減少し、低成長が100年も慢性的に続く等と言う経済社会を社会不安も起こさず維持して行く方法等は誰も予想できない。特に資源小国の日本の場合は、キーワードの人口は半減、食料の輸入は60%、エネルギーの輸入は80%強、狭い国土で自然環境の保持が難しい。

     色々迷った末、1人あたりの一次エネルギー動向を分析して、ターゲットとするエネルギー総要供給量をを想定する。経済はこれに見合うGDPをエネルギーとの弾性値との相関を考えて、将来の経済構造を考えてもらう事で割り切った。



    【1】.人口推定
     COSB131.gif 1997年の人口問題研究所の中位推計値を図−1のAのカーブで示す。2007年には1億2778万人をピークに、以降は減少し、2025年には1億2091万人、2050年には1億50万人、2100年には6737万人となり、以降2150年には5000万人になるであろうと言う。 

     しかし人口の減少は国力を損ない滅亡につながるとも言われる。人口学者古田隆彦教授は日本の歴史・地形から勘案して人口の受容容量は8千万人程度であろうと言っている。1−図のBのカーブとなる。

     【注】.ここに重要な問題が隠されている。2100年で減少する人口を1260万人をどのようにして回復して8000万人にするのか。合計特殊出生率を引き上げる施策は殆ど効果はないとされる。それなれば移民の受け入れしか無い!日本国にその覚悟ありや。

    (1).人口減少の実体。

     この減少は先進国の特徴である合計特殊出生率の低下によるもので避けられないと言う。その中身は少子高齢化の恐怖をもたらす。



    1.15才から64才までの生産労働人口はすでに1995年の8726万人をピークに減少しており、2025年には7189万人、2050年には5490万人間で減少するという。実に55年間で37%減、3236万人の減少である。

    2.0才から14才までの年少人口は1995年2003万人から微減し、2025年には1600万人をきり、2050年には1314万人となる。

    3.65才以上の老年人口は1995年の1828万人から増加をつづけ、2021年には3337万人、2050年には3245万人となる。

    このような急激な少子高齢化は社会経済に深刻な影響を及ぼすことは想像に難くない。

     (2).少子高齢化の恐怖

     最近の少子化問題で高橋英之日大教授が面白い見方をして次のように述べている。「最近の少子化論議の傾向として、文系と理系で発想の違いがあるように見受けられる。主に(文系)は少子化とその弊害をいい、(理系)は大人口とその弊害を言う傾向がある」。即ち文系は近未来の困難、例えば経済的・社会的な困難を考えるのに対して、理系は長期的な困難例えば科学的環境の悪化やその結果として食料やエネルギー問題の困難を見るのだと言う。

     なるほど私は理系だから21世紀末のエネルギーに関心を持ったのかと自問する。しかしその割には世間の理系の論者には100年先の食料やエネルギー問題に関して具体的な解決方法の提案が見受けられない。ましてコンマ以下のGDP成長率の上下に一喜一憂し、時の政府の安定が揺さぶられるような状態では、マイナス成長が100年も慢性的に続くかも知れない経済を社会不安も起こさずにやれる経済学や社会学の仕様書が期待できるのだろうか。

    1.子供が減るとどういう現象が起きるか。
     ・産婦人科、小児科の医者が減る
     ・保育園、幼稚園、学校、学習軸、予備校の閉鎖統合
     ・教育産業、幼児向け産業の衰退

    2.若年層が減るとどういう現象が起きるか。
     ・貯蓄能力が減退する
     ・労働の生産性が低下する
     ・労働の流動性阻害(ミスマッチ)
     ・農業従事者が減少
     ・技術力が停滞する(国際競争力の低下)

    3.高齢者が増えるとどういう現象が起きるか。
     ・若年層減少の現象の裏返しである 
     ・高齢者負担が増大する
       (年金、医療、社会保障、老人福祉など)

    4.人口が減るとどういう現象が起きるか
     ・消費市場の縮小(貯蓄率の低下は消費と投資を減退させる)
     ・住宅需要の減少
     ・耐久消費財の需要減
     ・ニュータウンはゴーストタウンになる
     ・インフラ整備縮小
     ・不動産市場の崩壊

     (3).少子高齢化のメリットあるのか
     ・エネルギー需要が緩和する
     ・1人あたりの土地利用が緩和(公園緑地等社会資本の増加)
     ・交通渋滞緩和
     ・食料自給が可能
     ・廃棄物が減少し環境悪化抑制
     ・競争社会緩和(受験地獄解消など)

    【2】.1人当たりの一次エネルギー消費量の傾向

     COS3272.gif 1990年の実績値から1997年までの実績平均値に達する年増加率を計算すると0.5%と言う数字を得たのでこれを2050年までのばすと、図−2となる。

     左の図の1965年から2000年までは実績である。このカーブの信頼性を確かめる参考資料として、標準と省エネと記載した短いカーブを添えた。これは中村洋一著「ゼロ成長の日本経済−2025年の経済構造をよむ:日本経済研究センター(編)1998」の資料のうち2010年〜2025年の標準(トレンド)ケースと省エネケースについて詳細な分析をした結果得られた資料を借用してプロツトしたものである。

     これを見ると、標準ケースは0.5%増のカーブに近く、省エネケースは、後で述べる効率革命と省エネで、豊かさ倍増・資源は半分という考えに近い。

     注、TOEは「TON OIL EQUIVALENT」の略で石油換算の意味
     
     


    COS6313.gif 
     ワイゼッカー他著「ファクター4−豊かさ2倍に、資源消費は半分に」の手法によって、図−3のカーブの2100年時点での1人当たりTOEを半分にする。その変換点は2050年とし、それまでの間に熟慮検討、実績を積み重ね、2100年の1/2TOEに向け諸施策を断行する。   

     それを図示したのが図−3である。標準ケース、省エネケースの短いカーブが示されているが、これは上図の2と同じの物である。

     即ち年率0.5%でのばして行く標準ケースを図−3のカーブaで示し、ファクター4の方法で資源諸費半分は図−3のカーブbで示す。

     カーブaは上昇傾向であるが、これは産業界は増えないが、民政面・運輸面が増えて行く傾向にあると言われる。しかし現状の技術開発を見ても、省エネや効率革命によってこのように伸びるとは信じがたい。 
     




     【3】.一次エネルギー需要計画

    COS2001.gif 従って、一次エネルギーの需要予測は、人口カーブAとB、1人当たり一次エネルギーTOE/人のカーブaとbの組み合わせの4通りとなる。即ち、A・a、A・b、B・a、B・bとなる。

     私はこの中であえて移民受け入れと言う問題を含むB・bを取り上げて研究テーマを提案したい。

                                                                                                                                               
                     





     



     下の参考図−1及び2は、上記図−4のB・b需要曲線がどのような認識を得られるかチェツクしたものである。 即ち参考図−1のカーブは資源エネルギー庁「エネルギー2000年」より編集したもので、

     @.1人当たりの一次エネルギーは1965年の約1TOE強から1997年の役4TOE強になっている。これは図−3のカーブの根拠となっている。そして1人当たりのTOEの伸びを考慮して人口を乗じて総一次エネルギーを求めたのであるが、それに関わるGDPを求める方法が判らない。

     A.そこで過去の1人当たりGDPの傾向を調べると、GDPは1995年の約百万円から1997年の約4百万円弱となっている。従って私としては、減速経済で国全体として低成長でも、1人当たりのGDPが約4百万円維持出来れば良いのでは無いかと言う仮定をおいた。それを図化してみたのが、参考図−2の黒色のカーブである。前のほうに緑色の中村報告のカーブかあるが、これは前記「ゼロ成長の日本経済」の資料を拝借したものである。

     中村報告は強力な組織と多くの専門家による緻密な積み上げによる研究成果であるが、なんと言つても2025年までの分析でそのころの人口はまだ1億2千万もあるので、経済に及ぼす悪影響は急激に直撃するとは思えない。おそらく人口暫減の波が現実のものとなって具体的対策の樹立に懸命になっている時期ではないか。

     即ち、(1).人口を維持すべきや否や、維持するとすれば、合計特殊出生率をあげる政策を採るか、移民受け入れ対策をとるか。
     
     (2).持続可能な社会を維持するために、どのような社会・経済体制を取るべきか、そしてアジアの一員として、どのように世界との付き合うのか。


    COS5013.gif 









    COS7130.gif 
















     【4】.21紀末日本の一次エネルギー供給計画

     以上のように、日本の一次エネルギーの総需要計画(図−4のB・bカーブ)を策定したので、その供給対策を考えることとする。

    COSB394.gif @.水力は残存水力約400億KWHを100年間ですべてを開発する。

     A.石油は2050年で半減、2100年で0とするる

     B.天然ガスは2050年で倍増、2100年で0とする。

     C.石炭は2050年まで横這い、2100年で0とする。

     D.バイオマスエネルギーは長崎大学坂井正康教授の説によると、1ha当たり石油換算で10トン/年(10TOE)で、日本には現在作付けとして使われている面積は約400万ha(休耕田を除く)であるが、1960年当時の作付け面積が813haであるから、約400万haはバイオマス生産可能な耕地と考える事が出来るとされ、石油換算4000万トンのバイオマスメタノール燃料を生産出来る。

     さらに坂井教授は全国林野の間伐材や、その他農産廃棄物を原料にして石油換算約2000万トンのバイオマスエネルギーが得られるとしている。

     2100年には計6000万TOEのバイオマスエネルギーとする。

     E.自然エネルギー及び輸入エネルギー

     太陽光:依田氏によると1700万TOE、池内氏は7000万TOEの可能性があるとする。平均して2100年に4000万TOEと推定。
     風力:池内説で2100年までに開発可能1200万TOE
     地熱:池内説で2100年までに開発可能1200万TOE

     輸入エネルギー:日本は地続きでないのでパイプラインや送電線が必要となるが、2050年前後までの未来ヴィジョン具体化運動の中で、天然ガス導入のための大陸間パイプラインの敷設、或いは大陸の電力彼我融通の為の超高圧送電ネットワークの設置等のエネルギー輸送インフラ整備が世界規模で行い、勿論日本もその一環をなす。それらの設備は後に、脱化石燃料時代に変わるバイオマスや水素時代に奏功する。一応意志表示の意味で1000万TOE程度のものを考慮する。

     以上合計7400万TOEとなるが、余裕を見て70%を対象に考えると5200万TOEとなる。

     F.原子力

     需要カーブから上記水力・石油・天然ガス・石炭・バイオマス他を差し引いたものが必要原子力エネルギーとなる。2100年に原子力はほぼ倍増となる。

     以上の結果を総括して表にまとめるとつぎの通りとなる
    。ただし2150年以降は【Renewable】で【Sustainable】なエネルギーばかりだから平行レベルで供給するとした。これを図化すると図−5の通りで、脱化石燃料の様子が分かる。


    •     21世紀末日本の一次エネルギー(百万TOE)
      2000 2050 2100 2150
      水力 22 28 33 33
      原子力 77 107 137 137
      石油 275 107 0 0
      天然ガス 70 140 0 0
      石炭 102 102 0 0
      バイオマスメタノール 0 10 60 60
      自然エネ。輸入エネ 0 0 52 52
      合計 546 494 282 282
  • 【5】.まとめ

     最近のエネルギー論議を眺めると、2っの道筋があるように思う。その1つは地球温暖化から入る筋であり、もう一つの道は化石燃料の枯渇から入る筋である。

     (1).第一のの地球温暖化から入ると、

     先ず温室効果ガスの90%がCO2であり、そのCO2の90%はエネルギーが原因と言われる程エネルギーが攻撃されている。CO2はなんとしてでも減らさなくてはならない。しかし日本は消費エネルギーの約80%強が輸入であり、かつCO2を排出する化石燃料である。

     現実の経済政策としては、民間であればせいぜい10年先、国家にしても25年先が限度であるといわれる。幸い化石燃料の枯渇はしばらくは(50年くらい?)心配無さそうである。企業にしても、国の政策としてもせいぜい10乃至30年を考えれば良いし、また現実の政策としてもそれが当然だし、これに取り組んでもらわねばならない。

     そうすると、CO2排出を押さえるために、各種エネルギーの経済性と供給の安定を含むベストミックスが求められることになる。定性的には原子力や自然エネルギーの拡大であり、石油・石炭を減らして天然ガスの拡大導入となる。アジアには天然ガスの輸送インフラ(パイプライン)が欧米に比べて零に等しく、最近この話題が浮上している所以である。企業も政府もリスクを怖れて及び腰であったが、最近ようやく総合エネ調でも大陸間のガスパイプラインの敷設について積極的に取り組む方針を鮮明にしている。

     量の問題としては、エネルギー消費の削減、効率革命の技術開発がある。しかし叫ばれている割には毎年エネルギー消費は減少していない。これは産業用よりも運輸・民政用が増え続けている為と言う。人間はどんなことがあっても一度得た「豊かさ」を失いたくないし、さらに一層求めて行くらしい。

     これらの供給を不安定にする要因の最大の問題の一つははエネルギーのコストである。特に輸入エネルギーは外交戦略に深く関わり、強大なメジャー資本や資源大国の間にあって大海の木の葉のようにもみくちゃにされて、打つ手も後手後手のようだ。対策として、せいぜい備蓄を拡大することが当面の課題としている程度を越えない。 

     この部類に属する人達は非科学的な考え方が多い。むしろ逆に科学の力を過信または盲信している嫌いがある。たとえは石油はずつと以前からその都度後40年と言い続けたではないか、探せば技術の向上もあつて何とかなると主張する。18世紀以来の近代文明を開いてきたアングロサクソンの自負がある。たとえその根拠に不安があっても、メタンハイトレートがあるサと言う次第である。懲りない面々と言うべきか。

     さらには地球温暖化などあり得るのかとも、またその原因がCO2であると言うことも信じない。燃料電池はエネルギーーの救世主であるかのようにマスコミでもてはやされるが、確かにエネルギー史上燦然と輝く技術で、エネルギー構造を一変させると評価されるが、所詮水素を生産する元の物質はいずれ枯渇する天然ガスなのである。

     (2).次に化石燃料の枯渇と言う認識から入ると、

     
    1972年5月ローマクラブが「成長の限界」を発表して以来、資源は有限でいつかは無くなると言う警告が資源の浪費を戒めてきた。エネルギーについて見ると約80%が石油や石炭のような消耗資源であり、何とかしなければいけないと思い始めた。電中研は「トリレンマ」と言うテーマで、経済成長・エネルギー・環境が3ッ巴になっていると警告を発し続けている。.

     確かに化石燃料は20世紀までに人類に多大の豊かさをもたらした功績は大きい。しかしそれは人口の増大、大量の生産・消費・廃棄をもたらし、それがまた温暖化などと地球の未来を脅かすまでになり、過去の世紀の反省をふまえて、21世紀の「持続可能」な新しい世界を開こうと言う方向となっている。

     これだけ石油漬けの世界に生きていると石油が無くなる等という実感はどうしても湧いて来ない。しかし総消費エネルギーの90%が化石燃料で占めているから、これが無くなったらどうなるかは誰でも検討して見たくなるだろう。3年ほど前、日本エネルギー経済研究所が「2100年の世界のエネルギー需給」を計算して日本経済新聞の紙面に掲載した。

     これを見て驚いたのは、供給力として石油は2070年で枯渇、天然ガスは2100年で枯渇するとしているが、水力は1.76倍、原子力は1.32倍程度で殆ど期待されていない。一方バイオを主とする新エネルギーや石炭の期待度は大きかったのである。私は直ちに水力や原子力の評価が低すぎると思うがどういう訳か、と意見を求めた。

     早速、水力は環境問題で、また原子力は安全性で期待が出来ないとしたと言う意見であったが、後日水力を2.5倍、原子力を5.2倍とする見直し案を送ってきたが、石油・天然ガスの代替として石炭の液化・ガス化の必要があると言うことで、石炭への異常な期待を持ったため、この図案は石炭で真っ黒となってしまった。この関係はこの私のHPの冒頭にある論文(21世紀後半の世界の一次エネルギー、主として水力)に詳しい。私は水力を5倍(世界の包蔵水力の70%)、原子力も5倍として試案を作成し提案している。これでも石炭が1/3以上占めざるを得ないのは納得できないと泣きを入れている
    。これが私のHPの原点である。

     実は眠れる獅子「未開発包蔵水力」を何とかしてクローズアツプしたいと言うのが私の真意であるが、私が何故21世紀後半のしかも世界のエネルギーに拘ったのかと言うと、21世紀前半ではまだ化石燃料がかなり存在し利用可能であること、また場を世界に広げたのは日本の場合を議論すると約70%の水力は開発され、残存水力は山奥の中小水力で量的にも400億KWH程度と少なく、原子力や大火力に比較されると極めて惨めなものになってしまい、存在感が薄れてしまうからだ。

     即ち世界の規模で水力と原子力を比較すると、量では水力が2.2兆KWH(1991年)で原子力の2.0兆KWHより少し多い、設備出力では水力が6.5億KWA対し原子力は3.5億KWで2倍となっている。

     また世界の包蔵水力は14兆KWHもあり、この量は現在世界の総発電電力量に匹敵する量であり、そのうち既開発水力は2.2兆KWHで16%に過ぎず、80%以上が眠っているのである。世界最大と言われる現在工事中の中国の三峡ダムはこの未開発の中にカウントされている。このような未開発大水力が発展途上国で目白押しである。

     またこの14兆KWHは石油に換算すると約35億TOEに相当し、現在世界の総石油消費量の約33億TOEを上回る大きさである。人間は化石エネルギーを使い捨てているが、一方で水力と言う循環するクリーンな自然エネルギーを創造する可能性を持っているのである!


     21世紀後半になり、化石燃料が枯渇してくると、水力と原子力が浮きぼりになるのである。こうすれば100年後の脱化石燃料時代を想定してエネルギーの基本戦略を考えることが出来る。水力・原子力・バイオマスのエネルギーを確保しようと強行しようとすれば、必ず環境保護団体からの反撃が予想されるが、新しい理念でこれらの開発と環境と言う問題を冷静に論議しなければならない。必要ならばあえて戦を避けるべきではない。万民が「豊かさ」と「安全」を享受するためには越さなければならない一線である。

     1.先進国はお概ね包蔵水力の70%以上を開発しているから、未開発水力の大部分を保有する途上国は地球のエネルギー対策として自国の包蔵水力の70〜80%以上を開発する義務を持つ。自国で余剰が出れば隣国に売電して財政に充当すれば貧困対策に貢献できる。むしろ隣国に売る為に積極的な水力開発も考えられる。

     2.原子力は高速増殖炉、核融合を含め人類の新しい火としての初心を変えずに開発を進める。その量は上記水力と同じ程度のものを想定する。運転や廃棄物処理などの安全面は当然自他ともに確立する。

     3.風力・太陽光などの自然エネルギーやバイオマスメタノールの開発を具体化する。

     4.エネルギー輸送インフラの整備を行う。中間地点の2050年前後は天然ガスの利用が極大にに達し、ガスパイプランンが四通八達する。また奥地の水力資源の開発のため、超高圧直流送電ネツトを電力大消費地に結ぶ。このネットは東・西・南・北の広がりを持つから、夜と昼或いは気候変動による電力需要の時間差を平準化し、発電所の稼働率を国際的な観点で向上する事が出来る。また広域的に結ばれたガスパイプラインも脱化石燃料時代には、水素ガスやバイオメタノールなどの輸送に利用される。

     5.省エネや効率革命は、どんなシナリオでも必要で「豊かさ2倍、資源消費半分」をターゲツトに2050年までに一部実席を積みながら研究を重ね、万を持して2100年に向かって消費エネルギーを半分の社会に突き進む。

     6.このように化石燃料が無くなると言うテーマに対してメジャーは色々な政治的妨害が加えられることが予想される。ブツシュ米国大統領が京都議定書を否定するのは石油資本がバツクにいると言われる。


     以上の6項目だけでもどえらいことだが、世界を問題にしている場合はマクロ的になるので目障りな不整合が現れて来難いが、国のベースにブレークダウンすると解析は不可能に近くなる。日本の場合も当然不確実で難しくしかも判らない事象がある。次の3っである。

     1.人口減少を容認するのか、何とかして復元の努力をすべきか、復元する方法の一つとして移民受け入れがあるが大丈夫可能性有りや。

     私の提案は2050年頃から逐次移民を受け入れ、2100年に8000万に復元する案をあえて提案した。二・三世や混血を含めて約2000万人を移民でうめるのですょ。私はかねてそもそも日本人は生い立ちや民族性から移民を受け入れる素質があるのかと言う疑問を持ち、私のHP(その後の情報H-1、H-2、H-3)に志を立てて勉強し、日本人の起源から説き起こして解説的論文を書いたが、中世のところで挫折して中断している。しかし大変勉強になり知らないことを知ったし、いつか再開したいと思っている。

     現在約60万人の外国人が日本にいるが、それでも犯罪が多いと石原東京都知事が訴え、また地方参政権を与えろ等と大変やかましい。滔々たるグローバル化の浪は押し寄せて来るに違いない。アメリカは遂に白人が半分を割ったと言う。EUは経済のみならず、軍事・政治までもバリアフリーになると言う。

     2.人口が半減し、低成長が慢性的に続く経済社会が、暴動も起こさず政治が出来るのだろうか。エネルギーの需給バランスを検討するのにどのような経済活動になるのか判らないのでは作業は出来ないのではないか。1人当たりのエネルギー消費の趨勢に人口を乗ずるというイージーな方法を取った。

     GDPは1人当たりのGDPとして至近年次の実席である4百万円とすると言うあまり意味のない考え方(参考図−2)である。このひとり当たりのGDPも年率1乃至2%くらいUPを考えても良かったかなと思う。しかし「豊かさ2倍、資源消費半分」と言うワイゼツカー氏の「ファクター4」に見合うものであるかどうか皆目見当が付かない。どこか専門のところで積み上げの計算をしてくれないかとお願いしたい。

     3.「豊かさ2倍、資源消費半分」と言うワイゼツカー氏の「ファクター4」は本当に実現可能か。小宮山宏東大教授も著書「地球持続の技術」の中で3分の1にしろと言っている。現実には省エネや効率技術の向上は数多く進んでいるが、環境税のような問題はまだモタモタしている。私は2100年の需給をバッサリ半分にしたときは断崖絶壁から飛び降りた気持ちであつた。


     多少重複するところもあり、また分析も不十分で誤りもあると思うが、これをベースに尚研鑽を積みたいと思うので、忌憚のないご意見を賜りたくお願い申しあげます。


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