- C−5.コメント 狂信的に敵意を持つ環境保護論者に挑む(H.11.4.25)
Mr.足立ホームページ・ニュースフラッシュ990411の中国三峡ダムに対する、 Morgan Stanley 銀行の記事を見ると、Morgan銀行やBankAmericaは何を考えているの でしょうか?
彼らのビジネススタンスから見ればちょっと矛盾するとも見えますし、 中国の15億人を考えれば2百万人の水没はそれほどと思えないし、環境についても 具体的な大問題はないように思える。
大袈裟ですが石油資本による謀略とでも考える より他にしようのないように思へます。IRNの運営費はどこからでているのでしょう か?
このようなことが広がると日本の環境団体は元気をだしますし、経済界や政府部内でも追従する人がでるかも知れません。まさか日本政府は同調しないでしょうね?
- A.筆者所見 (H.11.4.25)
目次
【1】.ICOLDの考え方
【2】.ダム撤去の事例
【3】.アランの言葉 「悲観(pessimism)は情緒、楽観(optimism)は意志」
昭和40年代前半、私は国際大ダム会議日本国内委員会の理事会で「この会議は技術の啓蒙発展には大きな功績を果たしているが、これからを考えると技術の議論だけではダムは出来なくなるのではないか。環境問題、資金調達など世論の理解を得るような方策を同時にやらないと、進められなくなるのでは無いか」と提案したが、専務理事と一人の理事以外は関心を示さず、私の意見が採択されずにしまった事があった。
最近パリーに本部のあるこの国際大ダム会議(ICOLD)の広報委員会が「ダムについての便益と問題点」と題して論文を発表した(大ダムNo.164、1998−7及びNo.165、1998−10)。これはダムに関する情報を専門外の聞き手に効果的に伝え、なかんずく反ダム団体によって流布される偏った情報にさらされる人々を啓発するために作成されたもので、まさにコメンテーターが気にしている事柄である。次に要点を紹介して諸兄の参考にしたい。
【1】.ICOLDの考え方
1.人類の利益と生存に必要な水を供給するために、又、壊滅的な自然洪水による人命と財産に対する脅威を減ずる為に、変動する自然の河川流況を調節する唯一の効果的方法は、河川にダムを造ることである。水は人類にとってもっとも貴重な天然資源であり、世界人口の急激な増加を考え合わせると、信頼できる水供給へのニーズは急速に増大している。
2.天然資源は有限であり、現在も枯渇しつつある。従って、「持続可能な発展」には、後続の世代に人工及び自然の富(土壌・水・植物及び動物)の充分な量を引継ぎ、総ての人々が生活の質を継続的に改善出来るようにする必要がある。
3.ダムと住民; 地球上にある約14億立方Kmの水のうち、97%以上は海水か汽水であり、約2.5%が淡水であるに過ぎない。全淡水のうち、約77%は極水と氷河に蓄えられている。23%程度が地下水として存在し、いつも河川に現れて居るのは、0.01%(1500立方Km)未満にしか過ぎない。
人口の急増と都市集中により必要となる都市用水や食料確保の為の灌漑用水の増、更には生活条件改善の為に安価な水力発電の利用など、大規模水プロジェクトの開発は影響する範囲が広く、直接的なプロジェクト対象地域やプロジェクト建設期間を超えた、地域的、国内的さらには国際的な問題にまで波及したり、長期的影響まで及ぶことがある。こうした理由から、水プロジェクトの社会・経済評価の総ての過程で、地域住民に対し直接参加・公開協議が望まれる。
4.ダムと水供給; ダムや貯水池に反対を唱える人は、ダム建設が既存の(自然の)水供給(例えば農業や地下水)に及ぼす悪影響に関して懸念を表明している。
●ーダム貯水池は農地を水没させるので、水の供給を必要とする遠隔地の人口集中地域のニーズの間で対立を解決する必要がある。
●ー貯水池が地下水に及ぼす影響について懸念の声がある。しかし地下水貯水池に地下水の涵養が強化されることで、地下水の水質が現に改善されている事は多くの事例で明らかである。
●ー工業用水は汚染の原因になると言うが、工業用水利用システムを処理施設と一体化して工業用水の再利用を最大化する事により解決可能。
5.ダムと洪水調節; ダムと洪水事象の関係はダム反対論者との論争の的になっている。
●ー洪水吐ゲートの誤作動などによる貯水池の急激な放流は、自然洪水を超える人工洪水を招くことになるが、これが一般受けする反ダムの論拠となっている。ゲートを維持管理して正確で信頼ある運転を確保するのは所有者の責任である。
●ー洪水時浮遊物によるダム運転設備に脅威を与える事がダム反対論者の懸念である。設計上これらを防ぐために、塵除スクリーン、流木網場と言った流芥収集構造物によって保護されている。
●ー土砂堆積による洪水調節能力の減少が懸念される。堆砂により貯水容量を失う割合は予測可能なことであり、世界的に見れば平均概ね1%程度である(ダムと堆砂参照)。ダムが下流側における洪水のリスクを減少する事は証明されている。専門家に明白なことが必ずしも一般公衆に明白であるとは限らない。重要なことは洪水調節によるダムと貯水池の便益はもとより、既設ダムが存在しないとしたら直面したであろう結果について、一般公衆に啓発する事である。
6.ダムと安全;
世界に現在高さ15m以上のダムが約39000基ある。内過去50年に建設されたものが33000以上ある。歴史的には約1%のダムが決壊している。しかしこの40年間に著しく減少した。1950年以前に建造されたダムの合計決壊数は2.2%であるが、1951以降のものは0.5%未満である。
ダム決壊の最大の原因は大洪水によるダムの越流である。訳者注として次のように述べている。「我が国のダムは厳しい基準に基づいて設計され、適切に施工され、また計測を伴う適正管理が行われているので、その安全性はしっかり確保されている。世界の歴史的ダム決壊のパーセントが記載されているが、個々のダムの設計・管理が不十分なもので、我が国では考えられない背景での統計であることを明記しておく」としている。
7.ダムと環境;
人類のニーズは天然資源を開発利用することと結びついており、それゆえ、自然はこれまで不変の状態には維持されてこなかつたし、それは現在も同じである。
開発計画には色々な目的があり、それぞれ初期の目的を達成し、経済的社会的に好ましい結果を生みだした。その反面、伝統的な景観が変化し、中には生活の質が影響を受け、悪影響も現れたものもある。
●ー「自然環境」の定義; 一部の科学者が概念として使用している自然環境即ち「手つかずの自然」は、現在では希な特性である。住民によって「自然」と見なされている大多数の地形は、現実には、これまでの世代によって影響を受け作り上げられてきた、いわば人手の加えられた自然環境なのである。
「保護」と「保全」を明確に区別する必要がある。「保護」とは、あるもの(この場合では環境)を損なったり変化なしに当初の状態を保つことを言う。「保全」とは、新たな平衡状態へのある程度の適応を許容するものである。これには乱開発や破壊或いは無関心を防止する為の天然資源の計画的管理も含まれる。
現代に於いては人が自然に与える悪影響は多くの場合入念な計画または様々なミティゲーションの実施によって最小化や削減が可能である。それゆえ、自然に対する影響の議論と、望ましくない影響を低減または削減出来る可能性とを区別する事が重要である。このことは需要だが、屡々無視されることが多い。
●ー貯水池と美観; 美観は極めて主観的問題であるが、各人の異なる見解に対し注意と理解と敬意を持たなければならない。但し、或る程度の一般的見解は認められている。
●ー環境上の懸念; 作り替えられた環境では、生態系が変わるなど影響が広まる。貯水池計画者は貯水池建設に関する便益と懸念の両方に取り組む為には、「大きな見通し」をもったアプローチを取るべきだろう。こうしたアプローチはバランスのとれた見方から、ミティケ゜ーションを行うことにより、計画の初期の段階で、総ての当事者に受け入れ可能な解決策を提供する事が出来る。
●ー貯水池と気象変動; 亜寒帯や寒帯気候では、大規模な水域が植物成長にマイナスの影響を及ぼすフロスト・フォグを招くことがあるという。これは発電所からの水中放水口が効果的であることが実証されている。
●ー貯水池と魚類・野生動物; 湛水効果があり、平衡状態には30年掛かるという。湛水効果は藻類の成長・富栄養化など必ずしも望ましく無い結果ももたらす。
生息場所の動水性から静水性への変化は必ずしも有利とは見なされない変化も招く。ミティゲーションによる処理は、事業計画として作成可能であろうが、貯水池の用途を制限するかも知れない。
●ー貯水池による水質の変化; 浮遊物質や懸濁物質の処理は可能だが、それによる下流域の肥沃な土砂堆積の減少がある。これには人工的に栄養素を供給しなければならない。
●ーダムと持続可能の発展; ダム計画は@.上・下流の環境、A.地域の人間を含む動植物相、B.地域の地形に対して大きな影響を持つ。加えて貯水池には内部生態系がある。
経験が示すように現代工学により、予想外の影響や受け入れられない影響を最小限にしてダムを計画し建設することが可能になった。極めて重要な事は、環境への悪影響とダムから期待される便益を比較考慮することである。
●ー公的機関の役割; ICOLDでは「環境委員会」を設けて活動を継続しており、又各国の政府も着工を許可する前に計画と施工法についてその妥当性を審査する権利を有している。
プラス、マイナス両方の総ての社会的、環境的及び経済的影響に付いては、総ての人に受け入れられる方法で解決する事は極めて難しい事柄である。しかし、経済的ニーズは強力な原動力であることが多い。
8.ダムと堆砂 ;
堆砂には沈降による透明度が増加して利水者の浄水処理が手軽になるなどのプラスの効果がある一方、貯水容量の減少、下流河川の浸食の進行、下流氾濫原のシルト堆積物に含まれる肥料の喪失などのマイナス面と両方ある。世界的に見れば堆砂は年平均1%程度である。
堆砂によって復旧困難になった例もあるが、何百年もの間その利用価値が殆ど減少しなかった例も数多くある。堆砂によるマイナス効果を相殺し、資源の持続性を向上させるために、ダムの計画、設計、運用に幾つかのミティゲーションを組み入れることは可能である。
堆砂軽減の為の有効な対策としては、流域管理・貯水池バイパス・スルーシング・フラッシング・浚渫などがある。特殊な排砂方法と流域管理手法を用いれば、堆砂を防止して、所要の目的を達成する貯水池の能力を確保する事は可能であり、現にそれが実施されている。
9.ダムとエネルギー;
エネルギーは、文明の繁栄のみならず経済発展にとっても必要不可欠なものである。実際に我々は照明・調理・暖房・産業の発展など様々な形でエネルギーに依存しており、長期的な経済成長を促す為に最も重要なものである。
世界の一次エネルギーの3/4が化石燃料であり、賦存量は限りがあり、又CO2などの公害があり、化石燃料への脱却が叫ばれ、その第一歩として再生可能エネルギーの利用が求められている。その中で水力が最も経験と実績を持ち、信頼性が高い。10万Kwの水力は年間60万バレル(9.5万Kl)の石油に相当する。
●ー水力発電の役割; 世界全体での水力の潜在力は15兆Kwhと見積もられているが、現在利用しているのはわずか2.1兆Kwhで14%に過ぎない。世界の水力の潜在力が完全に開発され効果的に分配されれば、現在の世界の総電力供給(12兆Kwh)を容易に賄うことが出来るだろう。
そのほか水力の特徴には、クリーンで、燃料価格高騰による発電コストの上昇はなく、耐用命数も長く(半永久的)、負荷変動に対して適応性が高いなど多くの優れた点があり、他に類のないエネルギーである。
●ー水力の推進; クリーンエネルギーとしての水力発電に対する期待は、今後より一層高まるだろう。利害関係者・子供・学生に水力発電のメリットを教えることに力点を置くべきである。米国北西部では、水・エネルギー教育基金が、水力利用とエネルギー生産に関する情報を一般に普及させることを目的とした教師の為のカリキュラムを提供している。
10.ダムと舟運;
ダムは水路上の舟運に対して障害物を造ることになるが、貯水池は水流を弱めて危険を削減し、貯水池から放流されて流況改善された流れは、新たな可航水路を造る。従って、輸送船をロックによって通過する欠点は、舟運を改善することによって相殺される以上の結果をもたらす。
11.ダムとレクリエーション;
歴史的に見て、人類は水に引きつけられて来たが、それは水が有するレクリエーションの潜在力と美的な快適さの為である。多くの場合人々はこれらの便益に気付かず、そして湖が自然のものか人工のものかについても混同してしまっている。従って所有者から公衆へのこれら便益についてコミュニケーションが必要となる。
人造湖の計画立案が、レクリエーションの成功を確実にするため極めて重要である。所有者はこの計画立案に参加する「道徳的義務」さえ持っている。
私の意見
以上が狂信的に敵意を持つ環境保護論者を論破するためのICOLDのテキストの要約だが、国際機関もここまでまで来たかと感慨無量である。又各国の事情がそれぞれ異なるので上記のテキストを再構築して当たりなさいと述べている。私どもは国内のみならず海外でも行動すべき立場にあると思うので、日本国内に限定すべきではないと思う。
しかしながら、日本国内で環境保護論者を説得できないで、海外で出来るわけもない。上記ICOLDのテキストは大変示唆に富むが、2〜3私の意見を述べたい。
@.ダムとエネルギーのところで、日頃の私見とほぼ同じ内容が述べられているので意を強くした。国際機関でこの様に水力の評価が活字になっていることは大変希望が持てるが、一般に電力会社が全く関心を持たないのが最大のガンである。世論は電気の専門家である電力会社が無視しているものを何故関心を持てようか。
では何故電力会社は関心を持たないかと言うこと私のHPの至る所に書いてある。そして原子力一辺倒である。最近学士会会報(No.823、1999−U)の世界のエネルギー革命(森永晴彦・ミュンヘン工科大学正教授)を読んで驚いた。要旨次のとおりである。長期のエネルギー見通しは混沌としている。
「地理的条件から言うと、日本は海岸線が長く原発に向いた國であり、当分の間必要に応じて伸ばして行くのは正しい路線だと思う。しかし核融合や高速炉ば見込みはない。<原子炉を眠らせ、太陽を呼び覚ませ>と言う論文を作成し、太陽光発電の基地として南方の乾燥地を考え、水素テクニックや長距離送電技術により世界のエネルギー革命を起こす」
A.河川の流況調節利用の必要性と経済評価が基本であること。
相手側から見れば、都市用水には代替えがないが、水力はエネルギーとして代替えがあり比較される。洪水調節は堤防建設など代替え施設が考えられる。其処を明確にしないと論争がはっきりしなくなる。特に洪水調節事業は事業の裁定許可権を持つ国が、同時に計画立案者であり、施工者であることが問題を難しくしている面はないだろうか。
B.環境の「保護」と「保全」の差異について思想統一
C.利害関係者・子供・学生に水力発電のメリットを教える為のカリキュラムの作成
【2】.ダム撤去の事例
最近ダム撤去の事例がアメリカで2件あった。その経緯を概略述べてその意味を考えてみたい
@.エドワーズダム(エドワーズ工業社)−−電土協海外調査団報告書(H.11.1)
アメリカ北東部のケベック川の最下流、集水面積14000平方Km、高さ12.8m、3500KWのダムである。
1837年建設時には条件により魚道を設置したが、効果が十分でなかったので、1870年ダム再建時には魚道の設置をしなかった(魚道設置条件撤回)。1960年代に入り、魚道設置要求運動が起こる。1986年エドワーズ社は代案を出したが、魚道回復運動グループはダム撤去を要求し、FERCへ提訴。1993年水利権許可期限。1997年FERCはダム撤去を命令。エドワーズ社は聴聞会開催を要求し告訴したが、1988年5月8日和解合意が成立。
以上が簡単な経緯だが、FERCの方針は、当ダムの発電電力は地域内の他の発電施設で容易に埋め合わせる事が出来ること等であったが、次のように釈明している。「この命令は、環境社会経済をバランスをよく考慮したものであるが、水力発電は大気の汚染防止と言う観点からエネルギーミックスの重要な一部であると言う事を強調しておきたい。今回の命令は非常に特殊なものである」。
一方エドワーズ工業社の言い分は 「今回のFERCの決定は、排他的に河川の非開発を指示するものであるとともに、無補償で財産を奪うものであり、FERCの権限を越える問題である。告訴まで考えたが和解したのは、弱小会社で経費的に絶えられなかった為である。水利権許可期限ま間近で、環境団体の狙い打ちにあった」。
A.エルワダム −−現代フォーラムVol.83、1998.1
アメリカ西部ワシントン州エルワ川最下流、集水面積831平方Km、ダム高さ32Mのダムである。
1776年独立を果たした米国は、1850年頃は西海岸までの大陸を領土化し、原住民の権利を侵害し続けていた。1913年エルワダムが建設されたが、漁業権は無視され、侵害された。1968年電力会社がエルワダムに発電事業認可の申請をしたところ、環境団体が異議を申し立て、ダム撤去を求める訴訟を起こした。先住民も同調。訴訟が長引いたが1994年ダムの撤去が必要且つ最善であるとの結論に達し、内務省長官の発令待ちになっている(ダム撤去費の予算が連邦議会で否決された)。
エルワダムの撤去が決定された理由について一般に ・ ダムが原生の自然環境を破壊している ・ 国立公園の中にある ・ 鮭の遡上を妨げている ・ ダムの安全性 ・ 先住民の漁業権を確保する等が考えられる。
ダム撤去の真相は、国民一般を当事者とする自然保護や魚類など生態系の回復を計ると言うことではなく、連邦政府が1855年の契約に基ずく原住民の漁業権を完全に回復する責務を、州や一般国民でなく、この原住民に対して負って居り、その責務はダム撤去によってしか果たせなかったと言うことである。
撤去を可能にしたした最大の理由は「ダムを持つ電力会社以外に利害関係者が居なかった」「この地域には電力の余剰があり容易に代替え電源が得られること」、「エルワダムの安全性を高めることが困難である」などが背景として上げられる。
以上アメリカにおける最近のダム撤去事例を知ってショックを受けたが、矢張りそのダムの必要性、社会経済的貢献度や安全性が論戦の武器となる。上記2事例を見ても、弱小会社で環境団体からねらい打ちされたこと、漁業権対策などやるべき事をやっていないこと、ダムの物理的安全性維持の疑念、水力のエネルギー価値に無関心であること等が根本を為す。
【3】.アランの言葉 「悲観(pessimism)は情緒、楽観(optimism)は意志」
岸田純之助氏の「科学と社会・21世紀へ」と言う講演会で、岸田氏は第一次産業革命は鉄の使用、第二次産業革命は電気エネルギーの使用、第三次産業革命は情報化社会の深化で、次の第四次産業革命は「生命」を中核技術とする世紀となろうとし、自分は必ず成功するであろうと楽観している、と述べたのを受けて、司会者はアランの言葉 「悲観(pessimism)は情緒、楽観(optimism)は意志」を引用して、彼の楽観は多くの科学的思索の結果得られた「意志」であろうと評価した。
私は「楽観が意志」と言う言葉に衝撃を受けた。例えば身近な問題としても、バブル時代に問題を先送りして、何とかなると楽観した総ての日本人はバルブ崩壊後の後遺症に四苦八苦している。いたずらなる楽観は良くないと心に沁みる込んで反省していたからである。
しかしよく考えて見ると、「失意泰然・得意冷然」と言う言葉がある。と言うことは裏返せば、調子の良い時は手綱を引き寄せ反省し、何事もうまく行かない時こそあらゆる可能性を探り、一縷の望みを頼りに楽観的な気持ちを持ち、その実現に向かって突き進む。
コメンテーターの言うとおり、ダムや水力に対する環境団体の攻撃は戦略的で陰湿てある。IRNのごときは裏に回って、銀行屋に手を回して資金ソースを断とうとしている。どうして其処までしなければならないのかと思う。地球全体を何故考えないのか。歴史的に眺めてみても、川の流れは人間に取って切り離すことの出来ない最も密接なものの一つである。川の流れとうまくつきあい、うまく利用することが私たちの主張だ。
「狂信的に敵意を持つ環境保護論者」を必ず説得出来るという豊富な素材をベースにして、「楽観的な気持ち」を持とう。そのために色々な手だてを考え、研究する必要がある。これがコメンテーターに対する答えだ。
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- C-6.コメント 水力と水質 (H.11.7.20) 私は仕事上、水について調べています。特に汚染や環境について調べています。水力は水が汚染されていたりしていては、駄目なんでしょうか?
- 筆者所感 (H.11.7.20)
お尋ねの件、ご趣旨に合わないかも知れませんが次の通り解説してみます。
水力は河川水を導水し落差を利用して水車を回転させそのまま元の河川に環流するものです。従って原則的には水質はとくに関係すると言う訳ではないが、2っに分けて問題を提起しよう。
【1】.外的問題
@.非常に希ですが、火山地帯などで「死の川」と言われて酸性がく魚も住まない川があります。酸性水のため水圧鉄管や水車が腐食するので水力発電所の開発は出来ません。例えば利根川支流吾妻川の支流湯川は水力に利用されて居ませんでしたが、群馬県が石灰質材料を連続投入する中和工場の実験に成功し、昭和37年品木ダムを着工した。このダムは上流に設置する中和施設による中和生成物の収容及び中和緩衝池とした。品木ダムを利用して湯川水力発電所が建設されました。(8100KW)
A.日本でも世界でも始めての海水揚水発電所(3万KW−沖縄)が今年(株)電源開発の手により完成した。これは太平洋の海の塩水を利用します。太平洋を下池にして建設費の節減を計つて居る。これには2つの問題があった。
一つは上池に塩水を溜めるため、漏水その他による環境への悪影響もう一つは水圧鉄管・水車などの腐食である。これらは上池にゴムシートを敷く特殊なダムを、水圧鉄管や水車には特殊な材料やメタルを開発して成功した。
B.土砂の流入による水力施設の被害。取り入れダムが小さく低い場合は土砂の一部が水路に流入し、水路底に堆積し流水断面を縮小して流水量を阻害する。また電力用水に土砂が含まれていると、に水圧鉄管・水車を摩耗する。このために馬鹿デカイ沈砂池を設置して水路への土砂流入を防いでいる。
貯水池の土砂埋没が問題になっているが、ダムとしては永遠の課題である。設計としては有効貯水量の下に死水量(dead water)を設け、100年間の堆積を考慮して対処している。堆積した土砂の処理について種々研究されているが決め手はない。
これには上流の流域管理が極めて重要である。この貯水池土砂堆積については私のホームページ「その後の情報F−5」を見て欲しい。
【2】.内的問題
水力、特にダムを造ることにより河川水に水質上の影響を与える。しかし発電には差し支えない。
@.冷水、
貯水池の下の方で取水すると通常河川の表流水より温度が低くなる。この問題は流域の生活環境の中で社会的問題化している。これには貯水池に表面取水設備を設置するなどして解決している。
A.濁水
特定の川で洪水期の濁水が貯水池に流入して、長期に沈澱しないで発電、或いはダム放流すると常に河川が濁り、清流が得られないと言う現象が起きる。ダムが無ければ通常は洪水時濁るが後は清流に戻る。
一般に選択取水設備により対処しているが、更に有効な対策の研究が必要とされている。 これも上流の流域管理の徹底が望まれる。
B.富栄養化
貯水池に生活排水等が流入し、藻類の生殖が増殖される。対策としては、曝気循環、選択取水、生物学的手法などがあり、中でも曝気循環等の水理学的方法が有効で実績もある。
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- C-7.コメント 水力と環境 (H.12.2.28) 附、佐賀発電所撤去騒動
はじめまして、私はトシと申します。水力についてお聞きしたいことが有ります。実は今、水力の欠点の一つ、環境問題について考察しています。ですが分からないことが多すぎて出来ません。それは次のとおりです。水力の建設条件(何通りかアルト思うのですが)、発電のメカニズム(モーターの位置・ダムの構造)、アユなど川を上ってくる魚への配慮、その他環境に対する配慮、などがさっぱり分からず途方に暮れています。環境により優しい水力を考えたいのでぜひ教えて下さい、お願いします。お返事待っています。
- 筆者所感 (H.12.2.28)
目 次
【1】.3っのHP
【2】.追記:最近の新聞情報
【3】.筆者所見
ご質問について「水力の機構、魚」の問題の他、具体的に何を指すのかよく判りません。先ず、最初に問題を具体的にしないと一般的な啓蒙では理解のすれ違いが出る可能性があります。
したがって、具体的に、逐条問題項目を質問者に整理してもらうか、問題点と実状を両論表示するのがよいと思いますが、質問の趣旨から推測すると其処まで整理分析するにはまだ十分な知識が無いようなので、とりあえず入門的な内容から入りたいと思う。
行く行くは、考え方としては、環境に変化を与えるのは事実ですから、二者択一でなく、プラス、マイナスの両面を客観的に評価すると云うことになるのではないのでしょうか。
以上のようなスタンスで次の三段階で説明しましょう。
【1】.3っのHP
@.水力のなんたるかを概念的に把握して貰うために、次のHPを開いて「水力」又は「発電・送電」をクリックして下さい。
資源エネルギー庁: http://www.enecho.go.jp/suiryoku/index.html
Japan Power News:インデックス http://www.fepc.or.jp/index.html
A.私のHPを開いて「その後の情報 C−5狂信的に敵意を持つ環境論者に挑む」をクリックして下さい。これには河川開発の環境諸問題の取り組み方(国際大ダム会議「ダムについての便益と問題点」)ついての世界レベルでの指針を紹介しています。勿論個々のダムについて地域の特性を考慮して適用する事は当然である。
世界のエネルギー: http://www4.justnet.ne.jp/~tasuzu/
B.四国電力、佐賀発電所のHP 佐賀発電所の水利権更新について
: http://www.yonden.co.jp/denryoku/suiryoku/saga/saga.htm
以上です。
【2】.追記:最近の新聞情報
この佐賀発電所については、来年4月に水利権の期間更新を迎えるに当たって、地域住民との間で議論が起きており、各種の集会がある。Adachi’sHPや新聞の報ずる所によると
1.(共同通信、2月21日)
堰のゲート開け清流復活を 高知で四万十川シンポ
二○○一年四月に水利権の更新を迎える四万十川の佐賀取水堰(高知県窪川町)について考える「清流四万十川 水と緑のシンポジウム」が二十日、同県大正町で開かれた。武内一・大正町長はあいさつで「堰はゲートを開いてくれさえすれば取り壊す必要はない」などと、四万十川に水を流すよう訴えた。
シンポには地元住民や、新潟、三重、静岡、香川、徳島、愛媛県からダムの反対運動をしている地方自治体の関係者ら約二百人が参加。武内町長は「堰の残がいを残すべきだ。国家権力の押しつけの標本として二十一世紀の教材になる」と話した。
岡本雅美・日本大教授(水利調整論)らが講演し、水利権更新の手続きや現状などについて参加者から質問が相次いだ。
同堰は四万十川本流の流れを唯一遮っており、通称家地川ダムと呼ばれる。水力発電用に取水後に水を四万十川と別水系の川に流し、冬季など渇水期は堰の直下の大正町内で水が流れない。そのため大正町や地元漁協などが「清流を取り戻そう」などと水利権更新に反対している。
2.(共同通信、2月23日)
四万十川ダム撤去求め決議 高知・十和村、流域で初
日本最後の清流と呼ばれる四万十川が流れる高知県十和村の臨時村議会が二十三日開かれ、四万十川本流の流れを唯一遮る家地川ダム(同窪川町)=正式名称佐賀取水堰(ぜき)=の撤去を求める決議案を全会一致で可決した。
四万十川流域の八市町村で、ダム撤去を議決したのは十和村が初めて。決議では、家地川ダムを撤去して四万十川を自然の川に戻すことを求めている。
ダムの水利権更新は二○○一年四月で、ほかに大正町などで同様の決議案を出す動きがある。
ダムをめぐっては、放流口があり、六十年以上農業用水などに利用してきた同県佐賀町の町議会が昨年十二月、撤去反対の決議案を全会一致で可決している。
3.(朝日新聞、2月18日)
”最後の清流”を考える、最後のチャンスです。
我が国で、”最後の清流”として知られる高知県・四万十川。しかし近年この川も、多くの日本の川が巻き込まれた流れと同様に、時代と共にその姿を変えて来ました。−−−近い将来”最後の清流”の最後の時が来る−−−いま地元では、そんな危機感を肌で感じながら、一方でこの川を次の世紀にも清流として生き残させるための、あらゆる方法が模索されています。
折しも来年4月には、本流にある唯一のダム・家地川堰が水利権の更新を迎えることになります。環境に与える影響が少なくないこの家地川堰は、21世紀においても本当に必要なのか。残された時間の中で、私たちは正しい答をみつけなければなりません。
”最後の清流”が何時までも清流で有り続けるために、私たちと一緒に四万十の未来を考えて下さいませんか。そして、川と、川に生かされてきた計り知れないほど多くの生命にとって正しい選択が為されるように見守って下さいませんか。
「よみがえれ四万十シンポジウム」3月12日開催
主催:「よみがえれ四万十」実行委員会
後援:朝日新聞、高知新聞、高知放送ほか
日時:3月12日(日)午後1時〜5時
場所:高知県幡多郡大正町「きらら大正」
ゲスト:筑紫哲也、近藤正臣、宇井純、天野礼子
(家地川堰って?)
四万十川の源流より河口へ約三分の一下がった地点・家地川(地名)に、昭和12年(1937年)に完成した四国電力の発電用堰堤(高さが8メートルなのでダム十は呼ばれない)が、家地川堰です。(正式名称は、山向こうの佐賀発電所へ送る水を溜めるために、佐賀堰堤)
現在この堰から取水された四万十川上流の清冽な水は佐賀発電所に送られ、四万十川に戻って来ることは有りません。堰から四万十川下流への水は、一年の内188日は毎秒1d以下しか流されず、90日は一滴も流されないのです。
四万十川はこの堰の他に、大支流の檮原川にも4っのダムがありますが、それでも”最後の清流”と呼ばれるのは、流域が開発されず、四万十もあると称されるほど沢山の支流が有る〜でしょう。95種の川と海の魚が、この川には生かされて来ました。
もし21世紀の始まりの年に、この川の本来の水が戻ってきたら、どんなに素晴らしい川によみがえる事でしょう。日本中の人々が希望をもつて、21世紀を「自然再生の世紀」と実感゛きるに違いありません。
このほか、ハガキ一枚運動の他活動資金の募集を行っている。
参加団体:四万十川漁業協同組合連合会、高知県内水面漁業協同組合連合会、東津野村、大野見村、窪川町、大正町、十和村、西土佐村、中村市、高知県友釣り連盟、四万十リフレツシュ津野山協議会、21世紀の四万十川を考える会
【3】.筆者所見
以上がマスコミの情報です。四国電力のHPによれば、家地川堰で全流域の1/3が佐賀発電所の取水の対象になるが、魚の朔上のため魚道には必要な河川水を常時流し、又豊水期の発電所使用水量以上の河川水は、本流に流すので年間では70%が本流に放流され、堰以下の2/3に当たる流域の水は総て本流に流れるので、年間全体として本流には90%の河川の水が流れていることになる。
日本のエネルギーの海外依存度は85%と言われ、大気汚染を緩和するため、更には化石燃料の枯渇の予想から循環型のクリーンな自然エネルギーへの転換を迫られている現状を見ても、特に問題もなく稼働中の水力発電所を廃止する等という話は想像することも出来ない。
新聞情報では四万十川の清流が失われていると云うが、流域全体の90%の河川水が流れている事を考えれば、それによって、人間の生命が維持できないとか、社会生活に混乱をもたらすとかと言うような事にはならないだろう。何処までなら、受認出来る限度なのだろうか。しかしこれから色々議論がかわされることと思う。
21世紀は人口・食料・エネルギーの諸問題とこれらが地球環境との関わりの度合いをせめぎ合う時代ではないだろうかと思う。ある新聞報道で見たが、原子力に反対するグループが文明の恩恵を全く浴くしない原始生活を志し、タイの北部の未開の部落を訪問して実状を調査しようとしたところ、人を馬鹿にするのもほどほどにしろ、侮辱である、失礼千万であるとして、追い返されたとある。
NHKのホームページに「地球法廷」と云うのがあり、色々の角度からテーマを取り上げ一定期間真剣な討論が続けられております。此のNHK「地球法廷」プロジェクト事務局から私のHPの読者にも参加するようおすすめがあり、その<討論の主旨>を次のように述べております。
『世界経済の発展は、多くの人々に豊かさをもたらす一方で、地球環境の急激な悪化を招き、その解決を目指して国際政治の舞台では数多くの協議がなされてきました。しかし、「かけがえのない地球」という認識は共有できても、その一方で、経済的利益を重視する考えも強く、合意の形成は未だ充分にできていません。
環境の危機を打開するために、何ができ、変えられるか、「地球法廷」では環境の問題を経済の視点からも議論を深め、私たちの社会や暮らしのあり方を根本から問い直したいと考えています』
続く 目次へ戻る ホームページ表紙へ