• F-5. コメント(H.10.3.23)      

     ホームページを拝見いたしました。水力発電についてこれほどまとまった知識に触れたのは初めてでした。  認識を新たにさせられた点は多々ありましたが,主な点は,

    ●水力の発電コストが揚水発電とおそらく恣意的に混合されていて,コストが非常に高めに報告されていること。

    ●水力を食い物にしている団体があり,地球の将来のために傷害になっていること。

    ●ダムに溜まった土砂は排出できること。(私は数十年もしたら土砂の溜まりすぎで使いものにならないのかと思っていました。砂防ダムと間違えていたか?

    ●発電用には高度差と流水量だけが必要であるので,必ずしも大面積の貯水池は必要でないこと。したがって,環境破壊(といわれていること)は,かなり小規模に抑えることも可能であること。

    などです。分からない点,認識を新たにさせられた点ともに私自身の無知によるものですが,とにかく非常に役に立っております。
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    • A;筆者所見(H.10.5.6)    NEW

       「ダムの土砂堆積」を論ず

       
      ダムに土砂が堆積すると言うことは、経済構造物としての水力を計画する技術者としては極めて重大な世界共通の問題である。終戦直後のことであるが、中谷宇吉郎と言う科学者が昭和26年の文芸春秋に「ダムの埋没」と言う論文を発表した。著名な学者だけに反響が大きく、直ちに水力技術者安藤新六から反論が同誌に発表されると言う一幕があった。

       電気事業法106条に基づき総貯水量100万立方m以上で高さ15m以上のダム(発電用)を持つ者は「貯水池及び調整池土砂堆積状況年報」を提出する事になっている。平成6年3月現在の資料に基づいて若干の解説をしてみたい。

       貯水池・調整池には総貯水量と有効貯水量と言う区別があつて、満水位から発電所の取水水位までの水深を利用水深と言い、その利用水深の間に貯水される量が発電に利用可能だから其の量を有効貯水量と言う訳である。特に調整池は日間調整のため利用水深が比較的小さいのが普通で、洪水時に土砂吐ゲートを開いて流入土砂を下流に流すような機能になっている。総貯水量と有効貯水量の差を死水量と言い土砂が堆積してもダムの機能には影響しない。年間の流量を調整する大貯水池の場合、死水量の設計は計画時の年間推定土砂流入量の100年分以上を考慮するのが通常である。

       提出された全国の地点数は371で、総貯水量の総計109億57百万千立方mに対して、堆積土砂量9億74百万立方m、堆積率8.9%で、有効貯水量の総計82億64百万千立方mに対して、堆積土砂量3億59百万千立方m、堆積率4.3%となっている。
       全体的な分析では、中央構造線の通る中部地域が多く影響を受け、北陸地域、東北西部地域がこれに次いでいる。

       371地点の有効貯水量の堆積率の分布を次表に示す。
      堆積率 地点数 構成比率% 堆積率 地点数 構成比率%
      0≦〜<10 286 77.1 50≦〜<60 2 0.5
      10≦〜<20 46 12.4 60≦〜<70 4 1.1
      20≦〜<30 17 4.6 70≦〜<80 2 0.5
      30≦〜<40 6 1.6 80≦〜<90 1 0.3
      40≦〜<50 5 1.3 90≦〜<100 2 0.5

       この表から見られるとおり、堆積率50%を越える地点は2.9%、11地点に過ぎない。この11地点を次に示す。 これら11地点はいずれも小規模な調整池であり、最近10年間の平均堆砂量がマイナスになってるのは、掃流力か浚渫によるものと思われる。調整能力は落ちるが発電は可能である。                                              (*千立方m    **過去10ケ年間平均千立方m)
      所有者 発電所名 ダム高m 完成年 有効貯水量* 堆積率% 平均堆砂量**
      東北電力 梵字川 34.8 S.8.8 85 100 −1.7
      中部電力 湯山 64.0 S.10.10 4.439 98.6 −3.3
      中部電力 大間 46.1 S.13.12 741 83.1 −4.1
      東北電力 上条 27.0 S.2.2 469 74.8 1.8
      山梨県 西山 34.5 S.32.4 1.034 73.9 −2.7
      東京電力 鬼怒川 33.9 T.1.12 1.160 68.3 −19.6
      日軽金 角瀬 80.5 S.42.2 11.000 67.4 968.5
      関西電力 黒部川第二 51.5 S.11.10 505 65.5 −17.4
      関西電力 大牧 31.0 S.19.5 923 60.6 −2.2
      東北電力 藪神 23.0 S.16.5 671 54.6 −0.1
      北海道電力 春別 27.0 S.38.10 320 54.3 14.4

       有効貯水量1億立方m以上の大貯水池について調べると次のとおりで、井川、佐久間を除いて堆砂の影響は極めて少ないことが分かる。
      所有者 発電所名 ダム高m 完成年 有効貯水量* 堆積率% 平均堆砂量**
      北海道電力 新冠 102.0 S.49.8 117.000 0.2 35.5
      北海道電力 高見 120.0 S.58.8 149.000 0.2 不詳
      電源開発 糠平 76.0 S.31.1 160.560 1.8 37.9
      電源開発 奥只見 157.0 S.35.12 458.000 1.1 27.3
      電源開発 田子倉 145.0 S.34.5 370.000 0.1 79.7
      中部電力 井川 103.6 S.32.8 125.000 17.0 314.8
      電源開発 佐久間 150.0 S.31.4 205.444 22.7 1.693
      中部電力 馬瀬川第一 127.5 S.51.7 100.970 1.6 13.0
      電源開発 長野 128.0 S.43.5 203.193 0.6 78.8
      電源開発 手取川第一 153.0 S.55.1 192.620 0.8 125.6
      北陸電力 和田川第一 140.0 S.34.6 205.000 0.4 8.2
      関西電力 黒部川第四 186.0 S.36.11 148.843 7.6 253.0
      電源開発 池原 110.0 S.39.9 230.088 0.6 132.6
      九州電力 一ツ瀬 130.0 S.38.8 155.500 3.8 440.0

       始めはダムの規模も小さく、また大ダムの築造も渇水補給用として河川の最上流に設置するケースが多く、例えば木曽川の最上流にある三浦ダムは昭和20年の完成で50年以上経ているが、ダム高さ84.6m(当時日本最高)、総貯水量62.216千立方m、堆砂率10.1%、有効貯水量61.600千立方m、堆砂率9.9%、過去10ヶ年平均堆砂量は0.3千立方mに過ぎない。

       ところが戦後になって、佐久間ダムの成功により大ダムを河川本流の中流部以下に設けるようになり、上流部の乱開発や森林の荒廃と相まって土砂堆積が問題視されるようになった。諸外国でもボツボツ50年以上経過するダムがあり、堆砂が問題となっているケースが報告されている。

       対策としては、掃流、浚渫、掘削、特殊排砂ゲート或いは砂防ダムの設置や上流に大ダムの建設計画などの他スラリー輸送などの水理的な実験が行われている。

       関西電力(株)が黒部第四ダムについて、土砂堆積ゼロの場合と満杯の場合について試算*したところによると、80%堆砂迄は発電の出力には殆ど影響はないが、満杯では年間電力量で0.5%減、有効出力で32..1%の減となる。即ちピーク調整能力は落ちるが、年間の発生電力量の影響はほとんどない。有効貯水用量が減れば、渇水補給が減り、渇水期の電力量は減るが、豊水期のそれは増える仕組みだ。                                                      * 電力土木1978−5 No.154「ダムの堆砂が発電に及ぼす影響に付いて」千田実

       発電の場合、このように影響は少ないが、有効貯水量の機能そのものを利用する洪水調節・灌漑補給・水道などは深刻な問題であり、上流の開発管理や砂防工事・水源涵養林などの整備に官民あげて協力する必要がある。  戻る

       (部分追加、H.10.5.15) 三峡ダムの土砂流入が話題になっているが、、http://www.adachi.net/hayao/threeG.htm(足立氏のHP)よると、三峡ダムは流域面積108.4万平方Km、土砂流入5.3億トン/年で、年間平均総流入量4500億トンに対し、有効貯水量は220億トンで5%にも満たない。大規模と思われているが、水力計画としては普通の調整値式水力に位置づけられる。だから土砂吐きにはダム下流側に7m*9mのゲート23門を設け、6月〜9月の洪水時に175m満水位から35m水位を下げて洪水と共に土砂を排出する計画になっている。

    • A1;筆者所見(H.10.5.6)    NEW

       「アスワンハイダム」を論ず

       世の中は経済でも思想でも振り子のように片方に行き過ぎればまた反対方向に揺れるのが歴史の示すところだ、と言うのは言い過ぎだろうか。上記の「ダムの埋没」と言うことが世間には深く浸透しているように思う。特に著名な学者や新聞などで語られると、反論してもなかなか元に戻らない。土砂が流れ込むことは確かだし、世界でもダム技術者の最も頭の痛いことも事実だが、「もうダムは駄目だ」と言う事になってしまっては実体に反する事になってしまう。

       たまたま最近、富山和子の「水と緑と土」(中公新書)、宇沢弘文の「地球温暖化を考える」(岩波新書)を読む機会があったが、その中でそれぞれ「アスワンハイダムの失敗」及び「アスワンハイダムの悲劇」と言う記述がある。富山女史は水に関する労作を数多く発表している著名な作家だし、宇沢氏は環境経済学と言う新しい分野に道を開く優れた学者だが、アスワンハイダムに関する記述は少し問題があるような気がする。少し古いが土木学会 誌(1994−4別冊増刊)にB.エンツ/抄訳井手慎司が「アスワンハイダム湖(その建設か及ぼした影響)」を投稿しているので、この3者の記述内容を併記して諸兄の参考に供するのも意義があると考えここに掲載することとした。 B.エンツ氏は動物・科学・鉱物学博士でハンガリー科学アカデミー・バラトン陸水学研究所名誉教授である。(財)国際湖沼環境委員会のガイトラインブックシリーズ第8巻「危機にある世界の湖沼」に寄稿した論文を井手慎司が抄訳したものである。
      著者 1.問題に対するスタンス
      富山和子  1902年英国はアスワンロウダムを建設したが、上流の乱開発のため森林などが伐採され、ダムが土砂で埋まり失敗した、この失敗にも懲りず1971年にハイダムを造った。
       完成直後に各マスコミから「世紀の愚挙」「ナセル湖は決して砂漠を沃野に帰ることはない」「20世紀最大の失敗」とまで評された。
      宇沢弘文  地球温暖化を引き起こした原因の内、開発によるものが一番大きい、アスワンハイタ゜ムがその良い例として引用されます。
       此のダムは200万KWを越える発電能力を持ち、エジプトの未来に明るい夢と光を与えたものです。ところが建設した後で大変な環境破壊をもたらし、経済に逆に大きな負担をかける事が分かり、夢と光を無惨にも壊れてしまった。
      B.エンツ
      土木学会
       アスワンハイダムを語るとき、いつも繰り返される設問、それは「ハイダム湖の建設はエジプトにとって好運だつたのか、不運だったのか?」である。
       ハイダム湖は多くのものを我々に残した。そのうちいくつかは肯定するもの、いくつかは否定するものである。私自身現地調査(1969〜1974)等に基づいて、設問に答えたい。
       ここでは、まず、ハイダム湖を観察し、その後、その建設の及ぼした特に重要な影響に付いて、否定的なものと、肯定的なものと分けて検討する。

      著者  2.塩  害
      富山和子  ハイダムの建設によって、青ナイル・白ナイルから送られてくる沈積土・腐植土はナセル湖の底深く沈められ、もはや永遠にエジプトの土になる事はなかった。
       流域農地では大量の科学肥料が必要になり、その必要量は毎年1億ドル以上にのぼる。
       洪水が洗い流してくれる土壌中の有害塩分も蓄積されるばかりだ。このままでは1970年代のうちに数百万エーカーの土地が不毛になるだろう。
      宇沢弘文  ハイダムが出来てから、上流から肥沃な泥土が運ばれなくなり、また洪水も起こらない。
       周辺農地には新しく化学肥料を施さなければならない。その化学肥料を造るに必要な電力はハイダムの発電量よりも多い。
       新しい灌漑用水路の建設費も巨額になる。その上、ハイダムで洪水を調節するから、下流の広い範囲に、地中深くにある塩分がしみ出してきて、塩害が起きる。
      B.エンツ土木学会  一部の灌漑耕地では塩害が深刻になっている。これは湖水中の天然炭酸ソーダが高濃度になったことに加えて、ダムによって上昇した地下水位、更には年3000mmを越える砂漠の強力な蒸発作用(毛管現象)によって天然炭酸ソーダが灌漑耕地表面に晶化するからだ。耕地に限らず、地表面温度の日変動が時として33℃にも達するダム湖岸でも白い帯状の天然炭酸ソーダ晶化現象が見られる。
       ◎灌漑用水の確保;季節変動の大きかったナイルの流れ(低水時4千万トン/日、洪水時7億トン/日)が調節・貯留されることで、アスワン下流での灌漑が1年中可能となった。これによって現地では冬作物に加えて、より高価な夏作物が栽培出来るようになった。
       ◎灌漑耕地面積の増加;ハイダムの造成は、2000平方キロメートル以上に及ぶ”灌漑農法が可能な”耕地を湖岸沿いに作り出した。しかし、問題は”これらの新たな耕地が経済的にも耕作に見合うかどうか”だった。これに対し期待の持てる実験結果(小麦で2.1倍、大麦で1.3倍、エジプト豆で3倍など)が得られている(1973)。この実験はアスワン地域の(ナイル流域では典型的な)肥沃な土地とアブ・シンベル(アスワンから約250キロメートル上流)の砂漠土壌を収穫量で比較したものだ。
       この実験は、ダム湖の水で灌漑のみを施したもので、人工的栄養分をほとんど与えていない。従って、この良好な結果は、湖水の高い栄養分による。
       ◎水力発電による電気エネルキ゜ー;ハイダムは210万Kwの発電能力を持ち、発電された電気エネルギーはエジプト全体のエネルギー供給に重要な役割を果たしている。またこのエネルギーによって人工窒素肥料の大量生産が可能となり、これら窒素肥料は、ダムの建設によって供給不足となっている肥沃なナイル途上の代替となっている。

      著者 3.寄生虫などの生態系の変化
      富山和子  ダム建設に伴い、灌漑水路網が整備されると、住血吸虫病という寄生虫病が爆発的に蔓延し始めた。この寄生虫は川に住む巻貝を宿主として成虫になり、皮膚から人体にはいって肝臓の中に卵を産み付ける。
       この病気で直接死ぬことはないが苦痛にあえぎながら生き続け、ひどい場合は脳が犯される。
       かつてナイルの氾濫が定期的にやってきた時代は、巻貝は洪水が一掃してくれた。現在年中ゆったりした流れの灌漑用水路は巻貝の絶好の住みかである。灌漑網を広げれば広げるほど病気もまた拡大した。大量の硫酸銅を使用したが殆ど効果はなかった。
       1970年には低エジプトの住民約250万人がこの病気にかかったと言われ、その2年後にはエジプト人口3000万人のうち1400万人が感染した。この病気による生産力の低下だけでも、ダムによる農業近代化事業の全利益が帳消しとなった。
      宇沢弘文  ナイル河沿岸では寄生虫が大量に発生した。これまでは寄生虫の卵は洪水により流されていたのが、ダムの建設により、寄生虫の発生を防ぐことができなくなったからです。
      B.エンツ土木学会  湖の造成が生態系に及ぼした影響は多様である。例えば、ダム築造により湖岸周辺の動物相はわずかの例を除いて消滅した。これに対し、湖岸周辺の植生は旺盛な復元力を示し、次第に以前のナイルのそれに類似してきた。
       湖では、湛水過程で流れが殆どなくなったころ、湖底に生息するユスリカの幼虫が爆発的に繁殖し始めた。湖で発生したユスリカは主な発生年(1969〜1973)には10万トンに達したと推定される。
       藻類としては珪藻類がまず優占種となり、沈水性植物としては1971年からリュウノヒゲ、1973年からイバラモが水面下を占領、低性動物相として旧河床は無数のムラサキ貝の絶好の住みかとなっている。
       また、ハイダム湖造成のため住血吸虫症の蔓延が懸念されたことも特記すべきだ。

      著者 4.下 流 浸 食  
      富山和子  澄んだ水はナイル河の河床を洗い、河床は刻々と低下している。それは下流にある3つのダムと550の橋を脅かしている。ナイルの河を緩やかにするには、下流に10ヶ所のダムを建設しなければならない。
       澄んだ水はまた、海岸線をも浸食している。そのためエジプト第二の都市アレキサンドリアは脅かされ、ソ連の援助で行われる筈であったナイル河のダミエッタ分流河口の港湾建設計画は中止された。
      宇沢弘文  ナイル河口のデルタ地域も早いベースで消滅しつつあります。アスワンハイダムによって、上流から泥土が運ばれなくなってしまったからです。
       IPCCの予測によると、2050年には、地球温暖化の影響でエジプトの海水面は78センチ上昇すると見込まれています。此の結果、ナイル河口のデルタ地域は、河口から30キロメートル近くまで海面下に没し、エジプトの全農地の約15%が消滅し、800万の人々が定住地を失って環境難民となってしまうと考えられている。
      B.エンツ土木学会  ナイル河は、年間1.34億トンの土砂を運んでいる。この大量の土砂をダムは堰き止めた。土砂の供給を失ったアスワン下流域(ナイル三角州をふくむ)では、河川や海流による浸食のために大量の土砂が消失している。
       一方、大量の土砂を留めるハイダム湖での土砂堆積の影響は小さい。これは、湖に流入してくる土砂(懸濁物質)の殆どが「峡谷地区」とよばれる地域をぬけヌピア湖に入って来て堆積するからだ。懸濁物の9%が峡谷地区で、90%がヌピア湖で堆積する。このためナセル湖での土砂堆積は増加しているものの、無視できる程で、現在発電タービンは全く土砂の影響を受けていない。(此の状況はおそらくは、そのままで数百年続くだろう。理論的にはダム湖全体が流入土砂で埋め尽くされてしまうには約1700年位要すると言われている)
       ◎洪水による災害の消滅;ダムの建設によりアスワンから下流域での、ナイル氾濫による災害は消滅した。

      著者  5.蒸  発
      富山和子  1630億立方メートルと言うナセル湖の貯水量は、1970年に満水になるはずであった。しかし水は計画通りに貯まってくれず、1970年には予定の半分にも満たなかった。一説では、大量の水の上では風速が増し、年間150億立方メートルもの水が蒸発してしまうからだという。その上ナセル湖の西岸ば多穴質の砂地なので、地下にも水を吸い取られてしまう。
       結局のところ、ナイル河からダムに流れ込む水の1/3は、蒸発や浸透で失われている。ナセル湖が満水になるには、今後200年を要するだろうと言う専門家もいる。
      宇沢弘文 記述なし。
      B.エンツ土木学会  ナセル湖の最大の特徴は、年間の平均降雨量が4ミリメートルを越えない砂漠の真ん中に造成されたことだろう。降雨はまた非常に不定期で、時として100ミリもの雷雨があつたかと思うと、それ以降は一滴も降雨のない年が20年から25年間も続く。
       湖は熱帯湖で、4月〜11月に掛けて成層条件が発達する一循環湖である。また、湖の開水面水温の日変動幅は4〜6℃を越えることはなく、季節変動は15〜30℃の範囲で通常の温帯湖より小さい。
       湖面蒸発は、年間流入量860億トンの場合、水位が160メートルと180メートルについて次のとおり計画している
        水位160メートルの場合  92億トン/年
           180メートルの場合 189億トン/年
       アスワンハイダムは高さ110m、敷巾98m、堤頂巾40m、堤頂長3600mのロックフィルダムである。ダムの建設は1957年から始まり、1975年には175mの運転可能水位に達した。ハイダム湖は造成された時点でアフリカで3番目、世界で5番目に大きな人工湖であった。
       ハイダム湖は、北のエジプト側がナセル湖、南のスーダン側がヌビア湖と呼ばれる2つの湖から構成されている。
       次に湖の緒元を示す

       水位(m)           160      180    (ハイダムの年間水位変動幅は25m)
       表面積(平方Km)    3.087    6.287
       容積(10億立方m)     65.9    156.9 
       最高水深(m)        110      130 
       蒸発量(10億立方m)     9.2     18.9   (年平均流入量860億立方mの場合)                                 

      著者 6.ナイルの恵みと富栄養化  
      富山和子  白ナイルは1/7の流量だが腐植土を、青ナイルは6/7の流量で無機物を含んだ沈積土をエジプト平野に年平均1/20インチで堆積させた。
      宇沢弘文  ナイル河は毎年規則的に氾濫を起こし、その両岸にある広大な農地は洪水によって覆われます。この洪水は、ナイル河上流の有機物を一緒に運んできます。洪水が引いた後には、肥沃な土壌が農地に残されます。また、ナイル河の洪水を巧みに利用して、灌漑用水路が網の目のように造られていました。ナイル河の洪水は実は、流域の農地に肥料と水を供給する自然の恩恵をもたらしていたのです。
      B.エンツ土木学会  ダムが堰き止めたのは土砂だけでは無かった。土砂に含まれていた栄養分も堰き止められた。エジプトにおいて、ナイル流域の耕地は総て「ナイルの賜物」だった。ナイル河は毎年氾濫した広大な地域を水浸しにしながら、太古からその地に新たで肥沃な土壌を供給してきた。しかし、ダムの建設によって人々はこれを失った。
       ナイルの運ぶ肥沃な土壌は、また湖に栄養塩を運び、湖の富栄養化 を進行させた。峡谷地区の合流点では藍藻類の大発生が起こり、ミクロキスティスのアオコが100平方Km以上覆った。また、湖の成層期間中、深水層では無酸素状態が5〜7ヶ月間も続く。これも富栄養化の進行を示す顕著な例である。このため、ハイダム湖南部では茶色の底泥が、嫌気条件(硫化鉄成分)のために、湖を北に昇るにしたがつて次第に黒くなり、最終的には、ハイダムの直前で真っ黒となる。

      著者 7.強 制 移 住 
      富山和子  記述なし
      宇沢弘文  記述なし。
      B.エンツ土木学会  ダム湖造成の為に、約4万人の人々が、水没する町村から退去せねばならなかった。結局1000平方Kmに及ぶナイルの旧河岸が水没し、その豊かな植生、小麦畑、家庭菜園、そして約50万本の貴重なナツメヤシが消滅した。
       水没したエジプト人達のためには、アスワンの北のナイルに沿って新しい居住区が造成され、失った財産の補償として新しい家屋と、よりよい居住環境が提供された。同様の補償は、退去したスーダンの人々にも与えられた。

       
      著者 8.漁  業
      富山和子  ダムは東地中海のイワシ漁業に大きな打撃を与えた。栄養分の不足している地中海の中で、これまでただ一つ豊かな資源を誇ってきたのが、ナイルの有機沈泥の放出される東地中海であった。
       それが、今では水揚げは激減してイワシ漁業は壊滅状態となり、3万人の漁民が生計の道を奪われた。東地中海のプランクトンは1/3に減り、代わってて塩分が増えている。
      宇沢弘文  アスワンハイダムはまた、ナイル河口の漁業にも致命的な打撃を与えた。ナイル河口はかって、地中海で一番豊かな漁場でした。ナイルが上流から有機物質を運んできました。そして河口に大量のプランクトンの生息を可能にし、魚介類を育てていたからだ。
       しかしダムが出来てから水は澄んでしまって有機物質を含まず、河口海域のプランクトンを育てることが出来なくなってしまった。
      B.エンツ土木学会  エジプトの地中海(ナイル三角州沖)における漁業は、ハイダムの締め切り以降、流入する栄養分が大きく減少したために、激減した。漁獲量は1962年の38000トンから1979年20000トンに減少した。
       ◎ハイダム湖における漁獲量の増加;このようにハイダムは地中海での漁獲量の激減を引き起こしたが、一方ではその減少量を補って余りあるほど、ナセル湖での漁獲量を増加させた。湖では、ラテビアが優占種となり、1968年には全水揚げの量の27%、1981年には90%以上を占めるに到った。総漁獲量は、ハイダム湖が造成される以前のナイル河水域で1966年に750トンに過ぎず、ダム造成後、ナセル湖での漁獲量は増え続け1974年で12000トン、1981年では33000トン以上に達した

      著者  9.結  論
      富山和子  米国の農学者T.デールの「文明人は長年住んでいた多くの土地を掠奪した。これがいわば、なぜ進歩的な文明があちこちに移動したかと言う重要な理由である。−−−−それが古い安住地において文明人の文明が衰亡した主因であり、歴史の著述家たちは土地利用の重要性について全然注目しなかった。−−−歴史家は、死滅した文明の検屍を怠っている」を引用し、エジプトは6000年以上も文明を培養し続けることが出来たのは何故か。
       ピラミッドやアブシンベル宮殿の代償としてエジプトが支払ったのは、その生態系のほぼ完全な破壊であつた。にもかかわらず今日まで、エジプトは文明を絶やすことなく、昔より多い人口を養っている。 その秘密こそ、ナイルの氾濫が定期的にかつ適度の量で、水と沃土を補給し続けたからである。
       この適度の贈り物を補償したのはナイル水源地域の太古のままの森林であったが、エジプトに破局が訪れたのは多くの探検家による上流地域への文明の侵入による環境の破壊であった。これによる洪水と沈積土を防ぐためアスワンロウダムを築造したが、農民達はこれが取り返しの聞かない失敗と気が付くのだが、歴史家は「検屍を怠り、更にアスワンハイダムを計画」したのである。
       アラブ連合の工業化と言う目的が一方にあるにせよ、ハイダムは見方によれば造られるべくして造られた巨大なダムであった。その計画を促したのはロウダムによる破壊であり、ロウダムの建設を余儀なくさせたのは、ナセル水源地帯での森林の荒廃であった。森林の荒廃にはじまる手直しと破壊の悪循環が、いまエジプトを有史以来の試練に立たせている。
      宇沢弘文  エジプトは現在、その食料品の半分以上を輸入している。その大きな原因は、アスワンハイダムの建設がもたらした環境破壊によるものと考えられる。1970年終わり頃には、エジプト政府はダイナマイトを使って、ハイダムを壊すことを考えたという。しかしあまりにも巨大で断念したと言う。
       ハイダムはこのようにして、巨大な経済開発が、自然環境を大きく破壊して、経済社会にも取り返しの付かない打撃を与えることになった。しかしアスワンハイダムは決して例外ではない。アスワンほどの大規模ではないが、世界中至る所に、ダムや道路などの建設によって、自然環境に大きな破壊をもたらし、人々の生活にも決定的な打撃を与えてきたと言う現象が見られます。それは、地球温暖化をもたらした現代文明を特徴づけるもののように思われる。
      B.エンツ土木学会  ハイダムの造成は様々な影響を及ぼした。これらの影響は多岐に渡り、互いに関連しあい、時には肯定・否定の両面を持つ。このため影響を全体として見た場合の評価(特に定量的な評価)は難しい。あえて、私の主観で評価することが許されるならば、ハイダム湖造成の及ぼした影響を総体で100とした場合、肯定的な要素が60で否定的な要素が40、総合的にみれば差し引き20の肯定だろう。
       近年、北東アフリカを襲った干ばつにもかかわらず、エジプトがダム湖のお陰で飢饉を回避する事が出来たことを考慮すればハイダム造成はもつと高く評価されて然るべきだろう。  

      •  3者3様の記述を読まれて、どのようにお感じになりましたか。是非率直なご意見を賜りたい。

         色々な意見が出ることは当然だが、例えば富山女史は作家だから多少フィクションの入った文学的表現で読者を魅了することは許されるが、その内容の与える影響の大きさは計り知れないことを知ってほしい。隠されていることを、摘出することは「情報の公開」で是非必要なことと思う。正しくやってほしいのである。
         
         宇沢氏にしても、今までの経済学が大量生産・大量消費・大量廃棄と言う「容貌怪異な化け物」を育てるのに手を貸してきたと言う罪悪感にさいなまされた結果、新しい環境経済学を生みださねばならぬと言う気迫を感ずるが、やはりもう少し、実体を観察してほしいと思うのである。

         文明を維持し、発展して行くためには、新しい組織と技術と開発が必要です。総てがプラスと言うわけには成らないので、マイナスを如何にカバーするか、分析し、知恵を絞ることが肝要であると思うがどうか。

         (富山・宇沢両氏の論調はマイナス面ばかりだが、B.エンツ氏(土木学会誌)はその記述の中で◎印はプラス面を示している)

          続く    目次に戻る      ホームページ表紙へ