| 堆積率 | 地点数 | 構成比率% | 堆積率 | 地点数 | 構成比率% |
| 0≦〜<10 | 286 | 77.1 | 50≦〜<60 | 2 | 0.5 |
| 10≦〜<20 | 46 | 12.4 | 60≦〜<70 | 4 | 1.1 |
| 20≦〜<30 | 17 | 4.6 | 70≦〜<80 | 2 | 0.5 |
| 30≦〜<40 | 6 | 1.6 | 80≦〜<90 | 1 | 0.3 |
| 40≦〜<50 | 5 | 1.3 | 90≦〜<100 | 2 | 0.5 |
| 所有者 | 発電所名 | ダム高m | 完成年 | 有効貯水量* | 堆積率% | 平均堆砂量** |
| 東北電力 | 梵字川 | 34.8 | S.8.8 | 85 | 100 | −1.7 |
| 中部電力 | 湯山 | 64.0 | S.10.10 | 4.439 | 98.6 | −3.3 |
| 中部電力 | 大間 | 46.1 | S.13.12 | 741 | 83.1 | −4.1 |
| 東北電力 | 上条 | 27.0 | S.2.2 | 469 | 74.8 | 1.8 |
| 山梨県 | 西山 | 34.5 | S.32.4 | 1.034 | 73.9 | −2.7 |
| 東京電力 | 鬼怒川 | 33.9 | T.1.12 | 1.160 | 68.3 | −19.6 |
| 日軽金 | 角瀬 | 80.5 | S.42.2 | 11.000 | 67.4 | 968.5 |
| 関西電力 | 黒部川第二 | 51.5 | S.11.10 | 505 | 65.5 | −17.4 |
| 関西電力 | 大牧 | 31.0 | S.19.5 | 923 | 60.6 | −2.2 |
| 東北電力 | 藪神 | 23.0 | S.16.5 | 671 | 54.6 | −0.1 |
| 北海道電力 | 春別 | 27.0 | S.38.10 | 320 | 54.3 | 14.4 |
| 所有者 | 発電所名 | ダム高m | 完成年 | 有効貯水量* | 堆積率% | 平均堆砂量** |
| 北海道電力 | 新冠 | 102.0 | S.49.8 | 117.000 | 0.2 | 35.5 |
| 北海道電力 | 高見 | 120.0 | S.58.8 | 149.000 | 0.2 | 不詳 |
| 電源開発 | 糠平 | 76.0 | S.31.1 | 160.560 | 1.8 | 37.9 |
| 電源開発 | 奥只見 | 157.0 | S.35.12 | 458.000 | 1.1 | 27.3 |
| 電源開発 | 田子倉 | 145.0 | S.34.5 | 370.000 | 0.1 | 79.7 |
| 中部電力 | 井川 | 103.6 | S.32.8 | 125.000 | 17.0 | 314.8 |
| 電源開発 | 佐久間 | 150.0 | S.31.4 | 205.444 | 22.7 | 1.693 |
| 中部電力 | 馬瀬川第一 | 127.5 | S.51.7 | 100.970 | 1.6 | 13.0 |
| 電源開発 | 長野 | 128.0 | S.43.5 | 203.193 | 0.6 | 78.8 |
| 電源開発 | 手取川第一 | 153.0 | S.55.1 | 192.620 | 0.8 | 125.6 |
| 北陸電力 | 和田川第一 | 140.0 | S.34.6 | 205.000 | 0.4 | 8.2 |
| 関西電力 | 黒部川第四 | 186.0 | S.36.11 | 148.843 | 7.6 | 253.0 |
| 電源開発 | 池原 | 110.0 | S.39.9 | 230.088 | 0.6 | 132.6 |
| 九州電力 | 一ツ瀬 | 130.0 | S.38.8 | 155.500 | 3.8 | 440.0 |
| 著者 | 1.問題に対するスタンス |
| 富山和子 |
1902年英国はアスワンロウダムを建設したが、上流の乱開発のため森林などが伐採され、ダムが土砂で埋まり失敗した、この失敗にも懲りず1971年にハイダムを造った。 完成直後に各マスコミから「世紀の愚挙」「ナセル湖は決して砂漠を沃野に帰ることはない」「20世紀最大の失敗」とまで評された。 |
| 宇沢弘文 |
地球温暖化を引き起こした原因の内、開発によるものが一番大きい、アスワンハイタ゜ムがその良い例として引用されます。 此のダムは200万KWを越える発電能力を持ち、エジプトの未来に明るい夢と光を与えたものです。ところが建設した後で大変な環境破壊をもたらし、経済に逆に大きな負担をかける事が分かり、夢と光を無惨にも壊れてしまった。 |
|
B.エンツ 土木学会 |
アスワンハイダムを語るとき、いつも繰り返される設問、それは「ハイダム湖の建設はエジプトにとって好運だつたのか、不運だったのか?」である。 ハイダム湖は多くのものを我々に残した。そのうちいくつかは肯定するもの、いくつかは否定するものである。私自身現地調査(1969〜1974)等に基づいて、設問に答えたい。 ここでは、まず、ハイダム湖を観察し、その後、その建設の及ぼした特に重要な影響に付いて、否定的なものと、肯定的なものと分けて検討する。 |
| 著者 | 2.塩 害 |
| 富山和子 |
ハイダムの建設によって、青ナイル・白ナイルから送られてくる沈積土・腐植土はナセル湖の底深く沈められ、もはや永遠にエジプトの土になる事はなかった。 流域農地では大量の科学肥料が必要になり、その必要量は毎年1億ドル以上にのぼる。 洪水が洗い流してくれる土壌中の有害塩分も蓄積されるばかりだ。このままでは1970年代のうちに数百万エーカーの土地が不毛になるだろう。 |
| 宇沢弘文 |
ハイダムが出来てから、上流から肥沃な泥土が運ばれなくなり、また洪水も起こらない。 周辺農地には新しく化学肥料を施さなければならない。その化学肥料を造るに必要な電力はハイダムの発電量よりも多い。 新しい灌漑用水路の建設費も巨額になる。その上、ハイダムで洪水を調節するから、下流の広い範囲に、地中深くにある塩分がしみ出してきて、塩害が起きる。 |
| B.エンツ土木学会 |
一部の灌漑耕地では塩害が深刻になっている。これは湖水中の天然炭酸ソーダが高濃度になったことに加えて、ダムによって上昇した地下水位、更には年3000mmを越える砂漠の強力な蒸発作用(毛管現象)によって天然炭酸ソーダが灌漑耕地表面に晶化するからだ。耕地に限らず、地表面温度の日変動が時として33℃にも達するダム湖岸でも白い帯状の天然炭酸ソーダ晶化現象が見られる。 ◎灌漑用水の確保;季節変動の大きかったナイルの流れ(低水時4千万トン/日、洪水時7億トン/日)が調節・貯留されることで、アスワン下流での灌漑が1年中可能となった。これによって現地では冬作物に加えて、より高価な夏作物が栽培出来るようになった。 ◎灌漑耕地面積の増加;ハイダムの造成は、2000平方キロメートル以上に及ぶ”灌漑農法が可能な”耕地を湖岸沿いに作り出した。しかし、問題は”これらの新たな耕地が経済的にも耕作に見合うかどうか”だった。これに対し期待の持てる実験結果(小麦で2.1倍、大麦で1.3倍、エジプト豆で3倍など)が得られている(1973)。この実験はアスワン地域の(ナイル流域では典型的な)肥沃な土地とアブ・シンベル(アスワンから約250キロメートル上流)の砂漠土壌を収穫量で比較したものだ。 この実験は、ダム湖の水で灌漑のみを施したもので、人工的栄養分をほとんど与えていない。従って、この良好な結果は、湖水の高い栄養分による。 ◎水力発電による電気エネルキ゜ー;ハイダムは210万Kwの発電能力を持ち、発電された電気エネルギーはエジプト全体のエネルギー供給に重要な役割を果たしている。またこのエネルギーによって人工窒素肥料の大量生産が可能となり、これら窒素肥料は、ダムの建設によって供給不足となっている肥沃なナイル途上の代替となっている。 |
| 著者 | 3.寄生虫などの生態系の変化 |
| 富山和子 |
ダム建設に伴い、灌漑水路網が整備されると、住血吸虫病という寄生虫病が爆発的に蔓延し始めた。この寄生虫は川に住む巻貝を宿主として成虫になり、皮膚から人体にはいって肝臓の中に卵を産み付ける。 この病気で直接死ぬことはないが苦痛にあえぎながら生き続け、ひどい場合は脳が犯される。 かつてナイルの氾濫が定期的にやってきた時代は、巻貝は洪水が一掃してくれた。現在年中ゆったりした流れの灌漑用水路は巻貝の絶好の住みかである。灌漑網を広げれば広げるほど病気もまた拡大した。大量の硫酸銅を使用したが殆ど効果はなかった。 1970年には低エジプトの住民約250万人がこの病気にかかったと言われ、その2年後にはエジプト人口3000万人のうち1400万人が感染した。この病気による生産力の低下だけでも、ダムによる農業近代化事業の全利益が帳消しとなった。 |
| 宇沢弘文 | ナイル河沿岸では寄生虫が大量に発生した。これまでは寄生虫の卵は洪水により流されていたのが、ダムの建設により、寄生虫の発生を防ぐことができなくなったからです。 |
| B.エンツ土木学会 |
湖の造成が生態系に及ぼした影響は多様である。例えば、ダム築造により湖岸周辺の動物相はわずかの例を除いて消滅した。これに対し、湖岸周辺の植生は旺盛な復元力を示し、次第に以前のナイルのそれに類似してきた。 湖では、湛水過程で流れが殆どなくなったころ、湖底に生息するユスリカの幼虫が爆発的に繁殖し始めた。湖で発生したユスリカは主な発生年(1969〜1973)には10万トンに達したと推定される。 藻類としては珪藻類がまず優占種となり、沈水性植物としては1971年からリュウノヒゲ、1973年からイバラモが水面下を占領、低性動物相として旧河床は無数のムラサキ貝の絶好の住みかとなっている。 また、ハイダム湖造成のため住血吸虫症の蔓延が懸念されたことも特記すべきだ。 |
| 著者 | 4.下 流 浸 食 |
| 富山和子 |
澄んだ水はナイル河の河床を洗い、河床は刻々と低下している。それは下流にある3つのダムと550の橋を脅かしている。ナイルの河を緩やかにするには、下流に10ヶ所のダムを建設しなければならない。 澄んだ水はまた、海岸線をも浸食している。そのためエジプト第二の都市アレキサンドリアは脅かされ、ソ連の援助で行われる筈であったナイル河のダミエッタ分流河口の港湾建設計画は中止された。 |
| 宇沢弘文 |
ナイル河口のデルタ地域も早いベースで消滅しつつあります。アスワンハイダムによって、上流から泥土が運ばれなくなってしまったからです。 IPCCの予測によると、2050年には、地球温暖化の影響でエジプトの海水面は78センチ上昇すると見込まれています。此の結果、ナイル河口のデルタ地域は、河口から30キロメートル近くまで海面下に没し、エジプトの全農地の約15%が消滅し、800万の人々が定住地を失って環境難民となってしまうと考えられている。 |
| B.エンツ土木学会 |
ナイル河は、年間1.34億トンの土砂を運んでいる。この大量の土砂をダムは堰き止めた。土砂の供給を失ったアスワン下流域(ナイル三角州をふくむ)では、河川や海流による浸食のために大量の土砂が消失している。 一方、大量の土砂を留めるハイダム湖での土砂堆積の影響は小さい。これは、湖に流入してくる土砂(懸濁物質)の殆どが「峡谷地区」とよばれる地域をぬけヌピア湖に入って来て堆積するからだ。懸濁物の9%が峡谷地区で、90%がヌピア湖で堆積する。このためナセル湖での土砂堆積は増加しているものの、無視できる程で、現在発電タービンは全く土砂の影響を受けていない。(此の状況はおそらくは、そのままで数百年続くだろう。理論的にはダム湖全体が流入土砂で埋め尽くされてしまうには約1700年位要すると言われている) ◎洪水による災害の消滅;ダムの建設によりアスワンから下流域での、ナイル氾濫による災害は消滅した。 |
| 著者 | 5.蒸 発 |
| 富山和子 |
1630億立方メートルと言うナセル湖の貯水量は、1970年に満水になるはずであった。しかし水は計画通りに貯まってくれず、1970年には予定の半分にも満たなかった。一説では、大量の水の上では風速が増し、年間150億立方メートルもの水が蒸発してしまうからだという。その上ナセル湖の西岸ば多穴質の砂地なので、地下にも水を吸い取られてしまう。 結局のところ、ナイル河からダムに流れ込む水の1/3は、蒸発や浸透で失われている。ナセル湖が満水になるには、今後200年を要するだろうと言う専門家もいる。 |
| 宇沢弘文 | 記述なし。 |
| B.エンツ土木学会 |
ナセル湖の最大の特徴は、年間の平均降雨量が4ミリメートルを越えない砂漠の真ん中に造成されたことだろう。降雨はまた非常に不定期で、時として100ミリもの雷雨があつたかと思うと、それ以降は一滴も降雨のない年が20年から25年間も続く。 湖は熱帯湖で、4月〜11月に掛けて成層条件が発達する一循環湖である。また、湖の開水面水温の日変動幅は4〜6℃を越えることはなく、季節変動は15〜30℃の範囲で通常の温帯湖より小さい。 湖面蒸発は、年間流入量860億トンの場合、水位が160メートルと180メートルについて次のとおり計画している 水位160メートルの場合 92億トン/年 180メートルの場合 189億トン/年 アスワンハイダムは高さ110m、敷巾98m、堤頂巾40m、堤頂長3600mのロックフィルダムである。ダムの建設は1957年から始まり、1975年には175mの運転可能水位に達した。ハイダム湖は造成された時点でアフリカで3番目、世界で5番目に大きな人工湖であった。 ハイダム湖は、北のエジプト側がナセル湖、南のスーダン側がヌビア湖と呼ばれる2つの湖から構成されている。 次に湖の緒元を示す 水位(m) 160 180 (ハイダムの年間水位変動幅は25m) 表面積(平方Km) 3.087 6.287 容積(10億立方m) 65.9 156.9 最高水深(m) 110 130 蒸発量(10億立方m) 9.2 18.9 (年平均流入量860億立方mの場合) |
| 著者 | 6.ナイルの恵みと富栄養化 |
| 富山和子 | 白ナイルは1/7の流量だが腐植土を、青ナイルは6/7の流量で無機物を含んだ沈積土をエジプト平野に年平均1/20インチで堆積させた。 |
| 宇沢弘文 | ナイル河は毎年規則的に氾濫を起こし、その両岸にある広大な農地は洪水によって覆われます。この洪水は、ナイル河上流の有機物を一緒に運んできます。洪水が引いた後には、肥沃な土壌が農地に残されます。また、ナイル河の洪水を巧みに利用して、灌漑用水路が網の目のように造られていました。ナイル河の洪水は実は、流域の農地に肥料と水を供給する自然の恩恵をもたらしていたのです。 |
| B.エンツ土木学会 |
ダムが堰き止めたのは土砂だけでは無かった。土砂に含まれていた栄養分も堰き止められた。エジプトにおいて、ナイル流域の耕地は総て「ナイルの賜物」だった。ナイル河は毎年氾濫した広大な地域を水浸しにしながら、太古からその地に新たで肥沃な土壌を供給してきた。しかし、ダムの建設によって人々はこれを失った。 ナイルの運ぶ肥沃な土壌は、また湖に栄養塩を運び、湖の富栄養化 を進行させた。峡谷地区の合流点では藍藻類の大発生が起こり、ミクロキスティスのアオコが100平方Km以上覆った。また、湖の成層期間中、深水層では無酸素状態が5〜7ヶ月間も続く。これも富栄養化の進行を示す顕著な例である。このため、ハイダム湖南部では茶色の底泥が、嫌気条件(硫化鉄成分)のために、湖を北に昇るにしたがつて次第に黒くなり、最終的には、ハイダムの直前で真っ黒となる。 |
| 著者 | 7.強 制 移 住 |
| 富山和子 | 記述なし |
| 宇沢弘文 | 記述なし。 |
| B.エンツ土木学会 |
ダム湖造成の為に、約4万人の人々が、水没する町村から退去せねばならなかった。結局1000平方Kmに及ぶナイルの旧河岸が水没し、その豊かな植生、小麦畑、家庭菜園、そして約50万本の貴重なナツメヤシが消滅した。 水没したエジプト人達のためには、アスワンの北のナイルに沿って新しい居住区が造成され、失った財産の補償として新しい家屋と、よりよい居住環境が提供された。同様の補償は、退去したスーダンの人々にも与えられた。 |
| 著者 | 8.漁 業 |
| 富山和子 |
ダムは東地中海のイワシ漁業に大きな打撃を与えた。栄養分の不足している地中海の中で、これまでただ一つ豊かな資源を誇ってきたのが、ナイルの有機沈泥の放出される東地中海であった。 それが、今では水揚げは激減してイワシ漁業は壊滅状態となり、3万人の漁民が生計の道を奪われた。東地中海のプランクトンは1/3に減り、代わってて塩分が増えている。 |
| 宇沢弘文 |
アスワンハイダムはまた、ナイル河口の漁業にも致命的な打撃を与えた。ナイル河口はかって、地中海で一番豊かな漁場でした。ナイルが上流から有機物質を運んできました。そして河口に大量のプランクトンの生息を可能にし、魚介類を育てていたからだ。 しかしダムが出来てから水は澄んでしまって有機物質を含まず、河口海域のプランクトンを育てることが出来なくなってしまった。 |
| B.エンツ土木学会 |
エジプトの地中海(ナイル三角州沖)における漁業は、ハイダムの締め切り以降、流入する栄養分が大きく減少したために、激減した。漁獲量は1962年の38000トンから1979年20000トンに減少した。 ◎ハイダム湖における漁獲量の増加;このようにハイダムは地中海での漁獲量の激減を引き起こしたが、一方ではその減少量を補って余りあるほど、ナセル湖での漁獲量を増加させた。湖では、ラテビアが優占種となり、1968年には全水揚げの量の27%、1981年には90%以上を占めるに到った。総漁獲量は、ハイダム湖が造成される以前のナイル河水域で1966年に750トンに過ぎず、ダム造成後、ナセル湖での漁獲量は増え続け1974年で12000トン、1981年では33000トン以上に達した |