水力百年記念事業の企画が難航した理由 *印 修正追加(H.10.5.26)
- 話は横にそれるが、当時電力土木技術協会の企画委員会で水力100年の構想を練り、理事会に提案したところ、ある有力な理事か強く反対し、会長も断念に傾いたが、もう少し規模・内容、時期など構想を練り直して次回再検討してはどうかと言う多数意見が結論となり、その後断念するよう圧力もあったが、2回の理事会を経て漸く水力技術百年史編纂を中心とする計画で実施の方針が決まった経緯があった。反対理由は「誰がこんな企画を考えたのか、勝手に決めては困る」と言うことであった。推測するに、電力経営者から、原子力立地などで苦しんでいる時に「水力百年などでお祭り騒ぎするのはけしからんと」叱られることを恐れたのではないか思う。水力の技術をもって生業とする人達の協会で、なぜこんな事が起こるのか信じ難い事である。私が仮説「性弱説」を唱える所以である。
何故こんな余分なことをわざわざ言うかというと、これは我々の水力界を論ずる場合に或る重要な示唆を与えるからである。世の中には、石炭産業、石油産業など○○産業があってそれぞれ財閥や金融資本が付いており、資本が資本を呼び新たな発展を遂げるのであるが、残念なことに現在日本には水力産業と言うようなものが存在しない。強いて言えば公営電気や(株)電発がこれに当たるが、全くその自覚がない。
水力が国内の有力なエネルギーとして認められるようになったのは、当時逓信大臣であつた後藤新平による第一次発電水力調査の実施(1910年、明治43年4月)からであつたと言えよう。
紡績や鉱山の自家発水力から始まり、各地に電灯会社が多数設立された。そして長距離送電の成功に伴い経済性の高い遠隔地の水力を開発する水力会社が続々設立され電灯会社に送電された。其の水力会社の数は全国で400ちかくに及んだ。
その後統廃合が繰り返され、5大電力時代を迎え、水力の一層の有効開発を進めるために「発電水力法案」などが昭和初期に画策されたが関係機関との調整が付かず廃案となった。このころまでが水力産業と言えるものがあったのではないかと思う。
戦時下に入り総てが(株)日本発送電と言う発送電全国一社、配電は9社に分割統合すると言う国家管理体制のもとに運営されることとなる。戦後電力再編成により発送配電一貫運営の9電力の地域独占体制となるが、電源の開発が進まず停電続きで世論の非難の高まる中で、公営電気の促進、電源開発促進法による(株)電発の設立などにより大規模開発困難な水力地点が続々開発された。
国家管理以降も水力の開発に力が入り、水主火従が続いたが、水力は電気事業という大きな産業の一部に過ぎなくなってしまった。電気事業という枠を越えて水力産業を論ずることが出来なくなってしまったのである。火主水従になっては尚更のことである。
水力百年記念事業の実施について協会の理事会で反対意見が出たというのはこういう背景があったのだと思う。こういう背景は次のような事からも明らかだ。水力百年記念大会の式典には、通産大臣、建設大臣は代理でしたが、近藤資源エネルギー庁長官、岩佐土木学会会長、橋本新エネルギー財団会長、山本日本河川協会会長、川本水資源開発公団総裁、本田日本大ダム協会会長、須佐発電関係市町村全国協議会会長など本人が直に来られて祝辞を頂いたが、肝腎の電力、電発や公営電気の首脳は電事連の近藤副会長を除いては誰も顔を出さなかった。逆に言えば第三者において却って高い関心を持って頂いていると言うことかも知れない。
私はこう言う訳で、エネルギーに直接関係する1割の人口、当面の生活を懸命に生きる事に精一杯の2割の人口を除く7割の人口の識者に水力の啓蒙をするにはインターネットのホームページしかないと考えて実行しているが、苦戦している。
私がこうしてあきらめずに努力しているのは、循環型エネルギーを探し求めている時代に、何と言っても水力電気を利用している電力会社の首脳が水力の開発から距離をおいておれば、世間の人達は水力は望みなしと思ってしまうからです。水力を専業とする人々の中ですらも嫌気がさして水力から逃避しようとする者が見受けられるのは残念と言うより他ない。
*日本の電力会社の首脳がこうであるから、海外の技術・経済協力でも大ダムと言うと政府も金融機関も腰が引けてしまう。例えば中国の三峡ダムの発電所機器の国際入札に当たって、日本は政府の融資方針がなかなか決まらず、入札締め切り前日に漸く方針が決まり、日本メーカーは入札に応ずことが出来たと言う経緯があった。この種の話は表面に出ないが、潜在的に可成りある。
しかし最近日本政府もアジアの包蔵水力に積極的に着目する傾向にあると伝えられる。具体的にはメコン河支流の大ダムがいくつかJICA対象プロジェクトに取り上げられている。勿論世界各国も此の地域の水力開発に注目しており、激しい競争がくり広がれている。
また、フィリピン政府は、このアジア経済の混乱状況の中で各開発計画をキャンセルしたが、「国産再生可能エネルギーは除く」と宣言し、水力地点が生き残り、日・米共同でこれこ当たることになり、日本の電力会社が資本参加方針を決めたと新聞に報道されている。確かに大ダムには水没と言う「人権」、自然破壊と言う「環境」問題がある事を否定しないが、これから世界は出来るだけ「循環型社会」の形成に向かって行くことになる訳だから、エネルギー供給面で「再生可能の水力エネルギー」の存在を常日頃議論して認識を高めておく必要があろう。*
最近、我が国でも規制緩和、競争力導入などの施策の一つとして、IPP(Independet power product、独立電気供給事業)の設立が見られる。これは火力を主として対象としており、水力は地点特性があるので馴染まないとしている。しかし発展途上国では良好な水力地点が多く、水力をIPPの対象として多数計画されている。これらが成功すれば、資本が新しい資本を呼び、新規水力が連鎖的に開発されて行くであろう。これらは水力事業といえるのではないか。水力開発の新しい形態として検討の価値がある。
また、日本政府は「PFI」を取り上げる事を決めた。これは英国で成功している方法で、民間の資金を使用して道路や下水道などの社会資本を整備するものである。途上国の経済援助にも適用する動きがあり、既に「PFI」方式による水力の開発が進められている。「PFI」は「Private finance initiative」の略で、日本語で「民間資本を活用した社会資本整備」と訳している。
一方、インドシナ半島を貫流するメコン河はその流域面積は日本の国土の2倍強という広大なものであるが、戦後50年各国の共同調査により、その開発計画は議論しつくされたが、内乱などもあって本流筋の開発はすこしも進まず、更に最近は環境問題もあって計画の縮小化も出始め、「メコン河・開発と環境」の著者堀博博士は「暫時計画を凍結してほしい」と悲痛な叫び声を上げている。また其の一方で中国政府はそのメコン河上流の中国側の瀾滄江に2200万Kwの計画を建て着々建設を進めている。
これを見ても世界の包蔵水力が可成りあることは明らかだが、これを遂行するのも一筋縄ではいかないことも明らかである。
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中谷論文(文芸春秋・昭和26年)「ダムの埋没」抜粋
- 「−−−−、問題の困難な所以は、日本の河川の性質にある。
山岳地帯における渓流の河床勾配は極めて急であって、それに台風による豪雨でしばしば急激な洪水が起きる。強雨による土砂崩れも頻繁にあって、所によってはそれが奥地の開発に伴う自然破壊によって更に拍車が掛けられている。
水力資源の2つの要素は、雨または雪が多いこと、それが高い所に降る事である。この2つの要素は同時に、河川が急流であって、大出水が起きやすいと言う事である。即ち土砂や礫が流し出されやすいと言う事であり、それがダムの埋没を促進する所以なのである。
天はいかなる場合でも、禍福を相半ばして人間に与えるもののようである。日本の国が水資源に恵まれている事は、同時にその利用が困難である事なのである。
禍福相半ばするもののなかから、なるべく禍を除いて福を取るためには、相手の本体を知る必要がある。そしてそれをなし得るものは科学である。
水資源が豊富だからと言って、ダムを造るのはよいが、一方ダムの埋没の方を忘れたなら、それは愚者の行為である−−−−−−」
注: 電力土木誌1978−9 No156 「水力発電用ダムの堆砂対策について」 中野昭彦・望月久伯より抜粋
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土壌による収穫量の比較(アスワンハイダム)
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項目
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小麦
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大麦
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エジプト豆
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コロハ
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アブ・シンベル
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1.200
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1.440
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1.500
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780
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アスワン
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575
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1.080
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500
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475
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収穫 Kg/feddan (feddan=0.4ha) 戻る
参考資料
- 古代の日本列島と大陸間の海峡
対馬・朝鮮海峡;水深140メートル
津軽海峡 ;水深140メートル
宗谷海峡 ;水深40メートル
間宮海峡 ;水深10メートル
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参考資料
- 参考文献-1
「日本人の起源」を探るため図書館か本屋に行く前に自宅の古い書籍を探してみたら、次のように多数の参考書が出てきて我ながら驚いた。昔からこのような事柄に関心があったのでしょうか。
1.「人種とは何か」 寺田和夫 ;岩波新書
2.「日本人はどこから来たか」 樋口隆康 ;講談社現代新書
3.「日本語の起源」 大野晋 ;岩波新書
4.「日本国家の起源 井上光貞」 ;岩波新書
5.「帰化人」 上田正昭 ;中公新書
6.「血液型の話」 古畑種基 ;岩波新書
7.「日本列島」 湊正雄、井尻正二 ;岩波新書
8.「地球の歴史」 井尻正二、湊正雄 ;岩波新書
9.「古代朝鮮と倭族」 鳥越憲三郎 ;中公新書
10.「ムー大陸の謎」 金子史郎 ;講談社現代新書
11.「渤海国の謎」 上田雄 ;講談社現代新書
12.「海上の道」 柳田国男 ;岩波文庫
13.「朱印船時代の日本人」 小倉貞夫 ;中公新書
14.「故郷忘じがたく候」 司馬遼太郎 ;文春文庫
15.「人口波動で未来を読む」 古田隆彦 ;日本経済新聞社
16.「日本人の成り立ち」埴原和郎 ;学士会会報1998-VNo820
17.「古代日本と朝鮮」 司馬遼太郎・上田正昭・金達寿 ;中公文庫
18.「蝦夷」 高橋崇 ;中公新書
19.「失われた大陸」 清水邦生訳 ;岩波新書
20.「氷河期が来る」 根本順吉 ;光文社カッパブックス
21.「海底の地図」 佐藤任弘 ;中公新書
22.「照葉樹林文化の道」 佐々木高明 ;NHKブックス
23.「日本の地形」 貝塚爽平 ;岩波新書
24.「巨大古墳の世紀」 森浩一 ;岩波新書
25.「日本列島の誕生」 平朝彦 ;岩波新書
26.「考古学・西から東から」 森浩一 ;中公文庫
27.「遊牧騎馬民族国家」 護雅夫 ;講談社現代新書
28.「琉球王国」 高良倉吉 ;岩波新書
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- 参考文献−2
1.「帰化人」 上田正昭 ;中公新書
2.「日本史百章(上)」 笠原一男 ;東京大学出版会
3.「日本史百章(中)」 笠原一男 ;東京大学出版会
4.「日本史百章(下)」 笠原一男 ;東京大学出版会
5.「中世倭人伝」 村井章介 ;岩波新書
6.「韓国併合」 海野福寿 ;岩波新書
7.「物語韓国史」 金両基 ;中公新書
8.「韓国の悲劇」 小室直樹 ;光文社カッパブック
9.「日本による挑戦敷居の40年」 恙在彦 ;朝日文庫
10.「「在日」としてのコリアン」 原尻英樹 ;講談社現代新書
11.「船に見る日本人移民史」 山田廸生 ;中公新書
12.「花岡事件」 劉智渠他 ;同時代ライブリー
13.「台湾出兵」 毛利敏彦 ;中公新書
14.「華僑」 斯波義信 ;岩波新書
15.「在日外国人」 田中宏 ;岩波新書
16.「謎とき 日本近現代史」 野嶋博之 ;講談社現代新書
17.「王権の争奪」 直木孝次郎編 ;集英社
18.「紅蓮の女王」 黒岩重吾 ;中公文庫
19.「王国への道」 遠藤周作 ;新潮文庫
20.「陸奥甲冑記」 沢田ふじ子 ;講談社文庫
21.「実録・天皇記」 大宅壮一 ;角川文庫
22.「古墳の謎」 田辺昭三 ;祥伝社
23.「好太王碑の謎」 李進煕 ;講談社文庫
24.「志賀島」 岡松和夫 ;文春文庫
25.「大唐帝国」 宮崎市定 ;中公文庫
26.「謎の七支刀」 宮崎市定 ;中公文庫
27.「満州武装移民の妻」 角田房子 ;徳間文庫
28.「ジンギスカン」 小林高四郎 ;岩波新書
29.「サンダカンの墓」 山崎朋子 ;文芸春秋社
30.「難民から見る世界と日本」 オロネスティ・インターナショナル日本支部 ;現代人文社
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- 世界エネルギー会議について(WEC) (H.10.12.10)
WECと言うのは、第一次世界大戦後米国・英国・欧州主要国・ロシアが 経済復興の為、エネルギーの確保に協力することとなり、当時は電力に期待するところが大きかったのでWorld Power Cof.(世界動力協会)と言う名称で75年前の1924年ロンドンで第一回が開催された。日本も日本動力協会を設立して加盟し現在に至る。
その後エネルギーも多様化されるし、より一層クローバルな問題になって来たので、実体に即して1968年World Enwrgy Cof.そして更に1983年World Enwrgy Congresses(世界エネルギー会議)と言う名称となった。3年ごとに各地で開催され、前回は1995年東京で第16回会議が開かれいてる。
ヒューストンの第17回は6000人(内日本人は200人)が出席した。出席者の話によると、石油の町ヒューストンで行われたのは失敗だつたとしているが、前回東京大会でも日本のある大学の先生が、「2010年まで何とかエネルギー問題は大丈夫と聞いて安心した」と言うコメントを業界紙に出しているのを見て唖然としたことを憶えている。
エネルギー問題は石油メジャーが絡むので本当に難しい。特に資源の85%以上を海外依存する我が国にとつては独自の戦略をとり続ける必要が在るのではないか。世の中は振り子で、今はどちらかというと市場原理が大きく右の方に振れつつあると思う。
当時は電力の伸びか大きかったと述べたが、特に水力の開発に期待が寄せられ、水力の有効な開発には高ダムが不可欠で、安全で経済的な高ダム技術の確立のため1928年世界動力協会内に「国際大ダム会議」が設置された。日本もやや遅れて1931年日本動力協会内に国際大ダム会議日本国内委員会を設け加盟した。これが現在の日本大ダム会議である。
余談だが、以上のように日本大ダム会議は電力の水力ダムを視野に入れたものであって、会長を始め会議の運営は民間電力経営者・技術者によっていた。特に戦後の水力開発の最盛期には、新しいタイプのダム技術の導入が喫緊事であったが、保守的な河川管理者の頑強な反対を説得するのに、この大ダム会議の力に預かることが非常に大きかった。佐久間ダム・上椎葉や黒四アーチダム・井川中空ダム・御母衣ロックフィルダム等はこうして苦労した日本初の新しい型の高ダムであったのだ。その後日本の財政も豊かになって建設省でも此のタイプのダムを盛んに築造するようになったことはよく知られている。
もう一つ余談だが、建設省が沢山ダムを造るようになったため(現在は少しやりすぎだと言うことで国民や国等でも問題になっている)、大ダム会議の経営に参加させろと言うことで、会長・専務理事職を電力と交代で運営することになっている。
今世界的に流行しているCFRD(Concret Faced Rockfill Dam)と言う新しいダムタイプがある。安全で経済的で施工法に優れたダムで多くの開発実績がある。しかしまたもや日本の保守的な河川管理者は許可しようとせず、大ダム会議も以前のように機能していない。ただし最近の話では申請があれば許可する方針に変わったようだ。
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- CFRDとは? (H.10.12.10)
CFRDはコンクリート表面遮断水壁型ロックフィルダムの事です。
もともとロックフィルダムは岩石を積んだダムですので、当然水は漏れます。そこで漏水を遮断するため遮水壁を設置する必要がある。
この遮水壁を粘土材料を主とする方法とコンクリートスラブを用いる場合があるわけです。ロックフィルダムは築造後変形します。粘土材料は多少の変形は吸収し馴染むが、コンコリートはクラックが入り修復出来ません。だから殆ど粘土材料を主にして建設されております。
しかし1960年頃から、ロックフィルダムが変形しないような施工方法が検討され、世界では高さ100メートル以上のダムが既に20地点以上建設されております。中には187メートルと言う世界最大のCFRDが1993年に完成しております。
ロックフィルダムが変形しないような施工方法とは、従来の旧式方法は高巻出しと言った盛り立てで20〜30メー方法は振動ローラーによる数回の繰り返し締め固めに寄って、沈下量を大幅に減少するものである。
CFRDのメリットは
@.締め堅めによりダム断面が急傾斜で安定することとなり、堆積で60〜65%となる。コスト減となる。
A.遮水壁がコンクリート製のため天候に左右されない等施工上の多くの利便がある。
B.コンパクトな堤体のため地震に強い。
C.その他
等多くの優れた点がある。
最近河川管理者も漸く理解を示し。申請があれば審査して許可する方針になったようです。
朝日の報道によると、(株)電発が天竜川で170万KWの純揚水計画を進めていたが、電力需要の伸びが不振のため中止された由伝えている。この上池がCFRDタイプで設計されていた。誠に千載一遇のチャンスを失ってしまった。
他の電力会社も予定ダム地点にCFRDと言う考えもあるが、許可を得るのに手間がかかりそうで、工期を厳守する電力会社としては、後込みしているという事を聞いている。電力会社の水力土木陣営も嘗ての程社内的地位が高くないので、もっと元気を出して欲しいと思う。
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電源構成について (H.11.1.8)
電源構成で水・火・原子力の比率を世界と日本に、更に年間電力量と設備出力でクラフ化するとそれぞれ次のとおりとなる。
即ち世界の場合図−1と−2と比較すると水力はいずれも原子力より大きい。又日本の場合は図−3と−4と比較すると水力は原子力に較べ、年間電力量では約1/3だがピークの価値が有るので設備出力ではほぼ同じとなっている。一般には図−3ばかり説明されていて、図−4が全く表面に出てこない。水力の存在感は可成りあることが分かる。
私のHPで21世紀後半の世界のエネルギーを考えた時に、図−1で水力も原子力もほぼ量が同じだから、又困難さも大差ないと見て、世界の水力開発目標を現状の5倍とすれば、包蔵水力の約70%となるので、それぞれ現状の5倍程度の開発を目標としたのである。



