生物多様性(biological diversity) 福岡伸一 日経広告 2009年12月15日(火曜日)

生物界で多様性が保たれている理由とは

〜生物学における「多様性」の定義をお聞かせください〜

福岡:生物学でいう多様性は、大きく2つに分けられます。1つの種の中にさまざまな個性があるという意味での多様性と、種そのものの多様性です。最近語られることの多い「生物多様性」は、後者を指しています。種、つまり動植物の種類は、地球上に1千万種あるとも2千万種あるともいわれています。どんなに極限的な環境にも生物は生存していて、酸素が希薄な高山にも、水圧が非常に高い深海にも生き物はいます。多種多様な環境で、多種多様な生物が生きているこの状態が、すなわち生物多様性です。

それほどの多様性が保たれている理由は何ですか?

福岡:私は子供のころから昆虫が好きで、チョウを自分の手で育てていました。そのころに気づいたことがあります.例えば、アゲハチョウの幼虫は、ミカンやサンショウの葉しか食べません。一方、アゲハチョウにたいへん近い種のキアゲハの幼虫は、パセリやニンジンの葉しか食べません.いずれも、どんなにおなかがすいても、決められた食べ物以外は決して食べないのです。

このように、あらゆる生物は自分が食べる食べ物の種類を厳しく限定しています.これは生物が生存する場所、あるいは発する声の周波数にも当てはまります。ほかの種の領域を侵さないように自分の分際を守る。そして、ほかの種との無益な争いを避ける。それが生物多様性を支える厳格な基本原理です。

では、なぜそれほど厳しく生物多様性は保たれているのか。それは、地球全体の「動的平衡」が崩れるのを防ぐためです。動的平衡とは、すべての物質が絶え間なく循環しながら、なお全体のバランスが保たれている状態を意味します.

 例えば、地球全体の炭素の総量ははるか昔から大きく変化していませんが、それぞれの炭素は常に動き続けています。ある時は誰かの体の一部となり、ある時はミミズの体の一部となり耐ある時は大気中の二酸化炭素となる。このように炭素の分子が絶えず出たり入ったりしているにもかかわらず、人やミミズは依然として人やミミズであり、地球全体も依然として地球であり続けている。それが動的平衡です。この動的平衡は、個体から個体、ある状態から別の状態に分子やエネルギーをバトンタッチし続ける地球上の生命活動によって維持きれています。リレーの走者が多ければ多いほど、循環は活発になり、地球環境は健全に保たれる。それが、生物多様性が必要な理由です。

生物の多様性に関する条約