り ん 先 生

-小学生のみなさんに-
宮崎長八


1会津戦争のこと2リン先生とえびな季昌3お留守番と戦争4落城の苦しみ5苦しみの後の安定
6リン先生の大決心7会津にも幼稚園を8花開く若松幼稚園9会津に女学校も10晩年のご活動


会津戦争のこと

 今からちょうど125年まえ(1868)に、この会津に、大きな戦争がありました。これは、日本の国の中でおきた戦争ですが、江戸(今の東京)と東北地方を除いた、日本のおおかたの軍勢が、このせまい会津に一度に四方からおしよせてきたという、会津にはそれまでなかった、えらい戦争でした。と、いっても、会津が決して悪いことをしたわけではありません。
 それどころか、会津のひとびとは、天皇がおられる京都のまちに、悪いものがはびこっているので、天皇とその都を六年間も守っていたのです。
 しかし、意見のくいちがいからとうとう戦争となり、おおよそ西の軍勢は、江戸を攻めてきて、その次に、会津へと攻めかかってきたのです。
 白虎隊が飯盛山でせっぷくしたのもこのときですが、そのあと、鶴ヶ城を守って、ひと月ばかり激しい戦争がつづきました。
 そのあと、会津は力がつきて、降伏しましたが、会津のまちは、おおかたが焼跡になり、大切なものは奪われ、住むにも住めない、そして貧しいところになりました。