皆さんご存知の通り私、松岡は3月に卒業旅行で単身アフリカに乗り込みキリマンジャロ山を登頂しました。今回その旅であった出来事、事件、裏話をテキストにして残したいと思い、松島さんに載せていただくようお願いしたわけです。多少長く、自慢話になるかもしれませんがお暇なときに読んで頂けれたら幸いです。


1.出発するにあたって


「キリマンジャロに登ったことがあります」4月、就職活動の集団面接で隣のやつがそう言ったことに衝撃を受けました。
それから「植村直己」、「田部井淳子」「野口健」と言った大陸最高峰を極めた登山家の本を読んだりしてキリマンジャロについて調べたんです。それによるとこの山は各大陸最高峰の中で唯一特別な技術がいらない、気合いで登る山らしい。
そして後期試験が終わってなんとか卒業のメドがついた時、俺も海外行くぜ、どうせなら日本人ばっかいるとこより何か達成して帰りたい、と思っていました。
そやから

別に同期の何人かが海外へ婚前旅行なんぞに行きやがっているのがうらやましかったわけでは決してない。

そして2月の始めに以前一度キリマンジャロに行ったことがある11代の伴宏一さんに相談したんです。
そしたら「じゃあ俺が見積もり作ってやる」とのこと。
そこからようやくキリマンジャロ登頂の計画が具体化するようになりました。

出発は1ヶ月後の3月1日に決まりそれまでにパスポートや各ビザの取得、黄熱病の予防接種などの初めての海外に行くための準備とその合間をぬってひたすら日雇いバイトで資金を貯めていて、金銭面ではなんとかメドがたった時、電話がありました。
それは日頃仲良くしているワンダーフォーゲル部の同期の主将からでいきなり

「宮之浦に登んべ」

お前、俺がアフリカ行くの知ってたくせに誘うな。

そして俺も即答でOKするな

というわけで出発2週間前に1週間の屋久島旅行に行くという愚挙を犯し(いや、屋久島はマジ楽しかったっすよ。宮之浦岳で私の32個目の百名山登頂になったし、YHで友達もできたし、温泉やカヌーも楽しかったですよ)日程的にも金銭的にもいっぱいいっぱいになってしまった…。<あたりまえや

ケニア、タンザニアの大使館へそれぞれビザの取得申請に行った時なんかタンザニア大使館なんか「今日は大使が不在なので明日来てください」とのこと。
ちなみに各大使館とも目黒、世田谷の住宅街にひっそりあって遠いわ、わかりにくいわでほんまめんどかった。
で、結局ビザなど必要なものがそろったのは出発前日というあわただしさ。<だから自業自得です
お金に関しては見かねた両親がいくらかカンパしてくださりさらには妹までも
「兄ちゃん、金足りとんのか?」
と諭吉札を差し出してくれる始末。

ああ、俺に似て(顔は全く似とらんが)心優しい妹を持って兄ちゃん幸せです。うっうっ(泣)<情けなくないんか己は

というわけでようやく出発の態勢が整った。

ちなみに私、海外は初であり私の英語能力は大学受験で止まっている…、いやむしろ中学生レベルまで退化してると言った方が適当でしょう。
なんせ経済学科は英語取らなくても卒業できますから。<これでいいのか?大学教育!
つまり僕、英語は鬼のようにできません。
まあこの状態を敢えて例えると…
アリアハンからスタートしてぜんぜん経験を積まずバラモス城にのりこむようなものです。
しかもルイーダの店にも寄らず。

で、出発直前までとにかくナイロビ国際空港まで着くことを目標に伴さんに飛行機のトランジットのやり方、トラブル時の対処の仕方を教わってまして英語を勉強しなおす時間がまったく無かったんですぅ。<言い訳じゃないない!!

WANDERING TOPへ   次へ