せせらぎは、やがて俳句の海原へ至る
・・俳句にめぐり逢い、俳句に親しみ、俳句のメッセージを発信するページ・・
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俳誌「黒姫」見本誌をご希望の方は、下記”せせらぎ句会”投句用紙を使いご連絡下さい。
(黒姫主宰 神田北童)
「せせらぎ」 開設の言葉
今、日本の俳句人口は一千万人とも言われています。その大半は60才以上の人達が占めています。
一部を除けば、どこの結社でも若い人は多くはありません。社団法人・俳人協会(日本最大の俳句集団)
ですら、平均年齢が70歳を超えています。 それは、悲観的なことではありませんが、世代交代と共に
俳句が忘れ去られてはならないと思います。 高齢化世代の生き甲斐の一つとして俳句の果たす役割は
納得できますが、その生き甲斐を次の世代に残すつとめも、忘れてはならないと思います。
そこで、次の世代の人達への接点として、このホームページを開設することにしました。
俳句は作るだけではなく、作られた作品を読んで、作者との心を通じ合うプロセスががあることを、
次の世代に理解してもらいたいと思います。この作者と読者を結ぶ絆が、他の文芸より一番強く太いのが
俳句です。 作者が読者になり、読者が作者になるのが、この文芸の特徴です。
とかく、俳句は花鳥諷詠に終始し、現代世相に無関心な文芸と思われがちですが、
この作者と読者を結ぶ絆を使えば、現代社会の矛盾や、弧絶された人達へも色々なメッセージが
発信できると思います。
むしろ、そのためのツールとしての意義を俳句に発見すべきと考えます。
この俳句の存在意義と楽しさを、次の世代の人達に是非共、理解して貰いたいと思います。
今、私の所属している結社に、親子の会員はいません。 俳句を通して、親子の絆が結ばれてない
のは何故でしょうか。 もう一度、私も考えてみたいと思います。
このホームページへアクセスした若い世代の皆さん、貴方の父母は俳句を作っていますか。
先ずは、俳句を通して親と子の絆を結ぶことが出来ないでしょうか。
もうひとつ、次の言葉を通して、俳句は長い歴史を持った、素晴らしい国民詩であることを
知ってもらいたいと思います。
「俳句という国民詩には長い歴史がある。俳句の誕生は明治時代、正岡子規が俳諧連歌の発句を
独立させたことで決定的になったが、それ以前には俳諧連歌の数百年の歴史、さらに、それ以前の数百年
ひょっとしたら千年以上の連歌の歴史がある。・・・俳句五七五音律は日本文芸、日本詩歌の行き着いた
究極の形式で、世界規模でも、これ以上短い定型詩は考えられない。高橋睦郎著・百人一句、より」
この言葉の様に、千年の歴史を持った、世界で一番短い短詩形文芸の素晴らしさに誇りを持ち、
次の世代へつないでいきたいと思います。
それには、私達、高齢化世代も、若い世代の人達に負けぬ様に、いつも青春の気概を持つ必要があると思います。
幻の詩人、サムエル・ウルマンの「青春という名の詩」の一節に
When the aerials are down,and your spirit is
covered with snows of cynicism and the ice
of pessimism, then you are grown old,even
at twenty,but as long as aerials are up,
to catch the waves of optimism, there is hope
you may die young at eighty.
霊感が絶え 精神が皮肉の雪で被われ、悲嘆の氷に閉ざされる時、
二十才であろうと人は老いる。
頭(こうべ)を高くあげ、希望の波をとらえる限り、
八十才であろうと、人は青春にして已む。 (作山宗久訳)
この一節では、「青春は人生のある期間ではなく、心の持ち方を言う。年を重ねただけでは、人は老いない。
人は理想を失う時にはじめて老いる」という事を教えてくれてます。 人は心の持ち方次第で、年齢に関係なく
青春であり得る訳です。
さあ、人生の先輩達よ、今日から心の持ち方を換えて、
次の世代の人達に声をかけてみよう。
五、七、五、の短いメッセージでも
思いは深いことを伝えよう。
きっと、その声が、新たな谺となってかえって来るでしょう。
五七五のメッセージのせせらぎは
やがて、俳句の海原へ流れ着き、大きなうねりとなってゆくでしょう。
(2008.1.1 神田北童


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