戦前の昭和

大正リベラリズムの残照に照らされる昭和モダニズム。昭和という響きには多少の悲しみが含まれます。前の大戦で実際に戦災に遭われた方もまだたくさんいらっしゃると思われます。その悲惨な戦争が始まる前、或いは激化する前の、まだ平和だった頃の日本の風景に、ノスタルジーを覚え、制作しています。
 地下鉄が走り、ジャズのメロディが流れ、ネオンサインの輝きに、広告塔の電光ニュース。ラッシュアワーの喧噪と自動車の濁流。東京〜大阪間は旅客機が飛び、スチュワーデスならぬ 「エア・ガール」が活躍していた当時。カラーフィルムが小西六さくらカラーとして売り出され、テレビの試験放送さえされていたのを御存知ですか?
 そんなに現代化されている情景の中、女性の風俗もまたしかりですが、まだまだ日本特有の文化は色濃く、梅田・心斎橋間を結ぶ大阪市営地下鉄に乗っている人々も半分以上は和服で、日本髪を結った人が已然目立つ様相でした。タイトスカートにハイヒール、髪はもちろんパーマネントという職業婦人と、丸髷を結った主婦が同席していたのです。当時独特の和洋混沌という様子でしょうか。
  そんな平和な文化も長くは続かず、昭和16年12月の真珠湾攻撃を皮切りに、太平洋戦争に突入した日本は、日常生活が日々苦しくなり、昭和19年末から始まった本土爆撃によって、殆ど全てが瓦礫と化します。
 最近、昭和レトロとしてブームになっていたようだが、当時を知る人の思い出、或いは当時を全く知らない若い世代の人々に、新鮮なニュアンスとして興味をもって御覧頂ければ幸いです