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第18章 風雲の予感(2)
ノエルが施療院に辿り着いたのは、夕食前だった。しばらくノエルはウェックスフォードの海岸線を一人でぐるぐる廻っていたのだった。今日の至福な時間を辿る為に、すぐに戻るのが惜しかったからでもある。
ラファエルとの激しい口付けや、そして語らいの余韻は、ノエルをただただぼんやりさせていた。
ようやくラファエルとの逢瀬の余韻を消し去って始めて、ノエルは一神学生として、施療院に向う事が出来たのだった。今日もらった美味しいスコーンは、メアリに上げるつもりで、懐にしまいこんでいた。
「メアリ!」とノエルは勢い込んで、彼女のベッドに急いだ。けれども途端にノエルは凍りついた。そのベッドには、誰も居なかったのだ。取り替えられた真新しいシーツが、次の患者を待っていた。
「メアリ……」
「ああ、ノエルなの?」
とシスターの一人が、ゆっくりとノエルに近寄った。そして、至極感情を出さないように静かに語り始めた。
「メアリは昼過ぎに天に召されました。苦しまず、静かな最後でしたよ」
ノエルは暫く声が出なかった。
「嘘だ……」
「嘘ではないわ。もともとメアリは明日かあさってには……」
「そんな……。又僕のせいなんだ! ぼくのせいだ!」
ノエルの脳裏には、流行り風邪の時に亡くなった一人の生徒の事柄が瞬時に浮かんだのだった。
あの時も、ノエルはラファエルにそっとキスをしていた……。
「ああ〜!」
ノエルは両手で顔を被った。今までの幸福な思いは、消し飛んでしまった。何と罪深い事をしていたのだろうか! メアリがノエルを求めていた時に、自分がやっていたことは、再びラファエルとの甘い口付けの最中だったとは!
ノエルの悲嘆が余りにも大きいので、そのシスターはノエルの肩を抱くと、赤ん坊のように揺らした。
「本当に! あなたがたまたま居ない時にこんなことになるなんて、さぞ悲しいでしょうね」
「違うんです! 僕が罪深いからこんなことになるんだ!」
ノエルは叫んだ。
「僕のせいだ!」
「あなたのせいでもなく、あなたが罪深いからではありませんよ、ノエル! しっかりして! あなたは精一杯メアリにしてあげたじゃないの。メアリも喜んでいますよ。今頃天国で、あなたに感謝しているわよ、きっとそうよ!」
「あなたは僕の罪深さを知らないんです! 僕がどんなに罪深いかをご存知なら、そんな気休めは言わないはずです!」
「まあ、どうしましょう!」
そのシスターは困ったように、別のシスターを呼んだ。その内にブラザー・ポールが何事かとやって来た。ブラザーはノエルが常軌を逸すほどに嘆き悲しんでいるのを目の当たりにして、奇妙な気がしたが、あえて深くは考えなかった。
今までにも、若いブラザー達が患者の死にショックを受けた事が、何度もあったからだ。
ブラザー・ポールはノエルの肩を抱きながら、その部屋から外へといざなった。それは、ノエルは一見しっかりしているように見えるが、まだまだ未熟な少年に過ぎないということを悟った瞬間でもある。そして又繊細な若者にはよくありがちな事なのだと。
けれどもノエルは何時までも泣き続けていた。そして持って来たスコーンをゴミ箱に捨てた。ノエルの心の中を、その時何かが吹き抜けて行った。
(主は、僕がラフィーを愛する事をお許しにはならないんだ……きっとそうなんだ! でも、僕は、僕はラフィーを愛する事をやめることは出来ないんです! どうすればいいのですか! どうすれば……)
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