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第19章 不吉な知らせ
ウェックスフォード修道院長オニール神父の嫌な予感は、残念ながら当たってしまったようだ。メアリが亡くなった翌日から、ノエルは施療院には来なくなった。自分の部屋でじっとしているか、それとも修道院奥の祈祷室で長い間祈ってばかりだったのだ。
ノエルの持つ快活な笑みは影をひそめ、血色の良い肌は青白くなってしまった。完全な“挫折”……。けれどもオニール院長には、ノエルの持つもっと奥深い懊悩を知らなかったのだ。ノエルは単にメアリの死に衝撃を受けただけではない。彼は更に、底知れぬ罪悪感に悩まされていたのだった。
― 主よ! 僕のしていることは、そんなに罪なのでしょうか? 僕がラファエルと愛し合わないで居たら……もっと清らかなプラトニックな愛だけで居たら、メアリは死なずに済んだのでしょうか?
ああ、いいえ! シスター達は、僕がどこに居ようと居まいと、所詮メアリは亡くなっていたのだ、と言っています。それは本当かも知れません。
けれども僕の使命は、他人に尽くす事です。神の愛を持って、人々に、特に苦しんでいる人々に尽くす事です。だのに僕は……不純な愛の動機で、ラファエルに近付いているような気がする。ラファエルがあんなに美しくなかったら……僕は彼をあのように好きになっただろうか?
いいや、違う! ラファエルの美しさに酔ったのは事実だ! けれども今は、今はラファエルを守りたいだけ。彼の疎外された心を癒したい。そして彼の不自由な足の杖になってあげたい。それだけなんです。
ああ……違う……。それだけではないんだ、やっぱり。
僕はラファエルの全てを愛しているんだ。心だけではなく、彼の肉体をも欲しているんだ……。幾ら自分を誤魔化していても、主よ、あなたには誤魔化す事が出来ません。やっぱり、僕はサタンに呪われた者なんです。卑しい心しか抱いていない者……。
だから、あなたはわたしを相応しい者とは思っていないんだ、主に仕えるに相応しい者とは!
ああ! どうすればいいのですか!? ラファエルを諦めろ、と言うのですか? 彼とは全てにおいて縁を切り、そして……。
そんなこと……無理だ! できない! 彼の瞳や唇を忘れる事は出来ない。彼を抱く時、口づけする時のあの至福の時間は、僕にとってはかけがえのないものなんです……。それが無くなれば、僕はもう……。
*********
祈りが空しいものだと知ると、ノエルは上半身裸になり、自分で鞭を当てた。何度も何度も。けれどもラファエルの面影は消えるどころか、益々鮮明に脳裏に浮かんできて、一時なりとも離れる事は無かったのだ。鞭の苦痛は、結局何の役にも立たなかった。
オニール院長は、若々しい神学生の余りの苦悩振りに、胸を痛めていた。これでは、ウォーターフォードに戻した方がいいのかも、と思っていた矢先、思いがけなくウォーターフォード神学校から手紙が来た。
「すぐにこちらに戻るように!」という願ってもない内容だったが、訳は書かれていない。ちょうど同時にイアンからも、ノエル宛に手紙が来ていた。
当時は電話も無い時代。人々の通信手段と言えば手紙しかなかった時代だが、けれどもその当時手紙はちゃんとした住所に、すぐに届いていた。人々は手軽に手紙を書いては、互いの意志の疎通を計っていたのだった。手紙は最大のメディアで、必要不可欠のものだったのだ。
自虐的な鞭で背中をいつも傷だらけにしていたノエルが、オニール院長から呼ばれた時、には、彼はもう自暴自棄になっていた。外に出ないので、更に青白くなった頬に、黒っぽいこげ茶色の髪が、更に耽美的なコントラストを投げかけていたので、オニール院長ですら、ノエルの大人になりかかっている微妙な美を意識しない訳には行かなかった。神父になったら、さぞかし様々な人達を魅了するだろう……。
ノエルはオニール院長から、8月1日に一時ウォーターフォード神学校に戻って来るようにという手紙の内容を聞かされた時には、息苦しい位の不安に陥ってしまった。
「その日でなければならないのですか?」
「うむ、そうのようだな」
「で、話というのは何でしょう?」
「知らないね。何も書かれていなかった」
穏やかに答えるオニール院長の前で、ノエルは今にもぶっ倒れそうに見えた。
(誰かが僕達の事を、言いつけたのか? それとも何か他のことが……)
「分かりました。1日はあさってですね。すぐに支度を致します」
いずれにせよ、ノエルにとってはその帰還命令は恐慌以外の何者でもなかった。礼儀を持って出ようとしたものの、ノエルは出口で躓きそうになった。心臓が早鐘のように打っている。
「ああ〜〜、僕達はもうダメかもしれない。僕達のことがばれてしまったとしたら……」
自室に戻ると、ノエルは本当にクラクラッとして倒れそうになった。
ノエルはラファエルに短く書いた。
『 愛するラフィー
僕に一時ウォーターフォードに戻れという手紙が来た。どうしてなのかは分からないが、もしも僕達のことがバレてしまっていたのだとしても、僕は君を守るからね。このことは全て僕が仕組んで君をそそのかした、と言い繕うつもりだ。
僕はもうどんな懲罰をも恐れない。火に焼かれても、皮鞭で打たれても恐れは無い。けれども、君を失う事だけは絶対に嫌だ。そして君が傷付くのを見ることは、もっと嫌だ。
けれどもことによったら、僕達とは全く関係の無いことかもしれない。これが杞憂だったらいいのだが。その時には、僕はすぐにここに戻って来て、3日の君の誕生パーティには必ず出席するつもりだよ。
ラフィー、どうか心配しないで。そうではなく、僕に力を与えて欲しい。そして支えてくれるのは、君の愛だけだってことを覚えて、僕の為に祈っておいてくれたまえ。
君を愛する
ノエル 』
ノエルは急いでこの返事を書くと、投函に出かけた。けれどもこの前と同じ様に、イアンからの手紙は、封も切らずに引き出しに置かれているままだった。
その日の内にこの手紙を受け取ったラファエルは、夕食にも出ず、長い間ベッドに伏せっているばかりだった。
(主よ! どうか僕達のことで、これ以上ノエルに罰が降りませんように!)
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