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第24章 過ぎ去りし夏
施療院に戻ったノエルは、入り口で倒れた。高い熱があり、ノエルはすぐに部屋に運ばれた。
「雨に打たれたせいです。だからすぐに治ります。済みません……」
手当てしているブラザー・ポールに、ノエルは消え入りそうな小声で言ったが、ブラザー・ポールは勢い良く手を振って彼の言葉を遮った。
「ただ雨に打たれただけではないよ、ノエル。今まで君はここで一生懸命やりすぎたのだ。少しは休めという神様の御心だよ。安心してゆっくり休養していなさい。新学期はまだだろう?」
けれどもその言葉とは裏腹に、実はブラザー・ポール自身、ノエルの持つ脆さに気付いていたのだ。そして又、8月1日にウォーターフォード神学校に戻って以来、以前のノエルのキラキラと輝いていた瞳が著しく翳り、光を失っているのも感じていた。
ブラザー・ポールはこの優秀な生徒の中にある、ある種の闇と、そしてノエルが決して言わなくとも、彼が何かしらの秘密を抱え込んでいる事を、実は鋭く見抜いていた。
けれどもこの聡明で慎ましやかなブラザーは、決してその事には言及しなかった。若いうちは誰しも完全な者ではない。事実、ブラザー・ポールも若い頃に散々悩んだ経験があったからだ。
ノエルは生れて初めてと言っていいほど消耗しきって、ただ昏々と眠っていた。けれどもその夢の中では、常に黒い雲がラファエルを被い、そして去って行く黒いベールの女性の背中があった。
― 行かないで〜〜!
ノエルは悪夢の中で叫んだ。
― 行かないで、……母さん!
けれども、やがて数日すると、若いノエルの肉体は快方に向かって行った。
ある日、ブラザー・ポールが明るい顔つきでやって来て、手紙を手渡した。
「君の友人からじゃないかね?」
無言で受け取ったノエルは驚愕した。その差出人はラファエルだったからだ。けれども落ち着いて見てみると、消印は『ダブリン』なのだ。
ノエルはガウンを羽織りながら起き上がると、誰も居なくなった部屋でそそくさと封を切った。
愛するノエル
この手紙の差出は気にしないで。これはアレッド兄さんがダブリンに帰る時に、そっちで出すように頼んでおいたからね。
今、君がもしかしたら病いでベッドに臥せっているのではないかと心配だ。僕の提案であの陰鬱な気候の中、サマーハウスまで行ったのは間違っていたのかも知れない。そうでなくとも、あの日の君の表情は絶望的に暗く、顔色は真っ青だったから……。
けれどもサマーハウスでの“あの”出来事を、後悔してはいないだろうね? 僕にはそれが一番の不安の種だ。君が激しく後悔しているのではないか……そう考えるだけで、僕の胸は痛む。
僕は思うけれど、君はある種の暗示に掛かっているんだと。僕を愛する事が罪である、という暗示に。だから誰かが亡くなると、自分のせいにしてしまう。
でも僕は違うよ、ノエル。僕は決して後悔なんかしていない。むしろ……むしろ、僕はあのような幸福を味わった事は、今までに一度も無かった! 僕の全てを愛し、そして包んでくれたのは君だけだった。
その事だけは君に言いたいんだ。姉の婚約者がソマリアで亡くなったのは、あの手紙のずっと前だった。だから君のせいじゃない。たまたま同じ日に軍から訃報が来たのは、単なる偶然なんだよ、ノエル。
神様はそんなに無慈悲だろうか? 僕達の愛を否定しているのだろうか? そして君を罰する事が、それが神様の御旨なのだろうか? もしもそうなら、僕は信仰を捨ててもいい。そして再び、政治結社に入ってもいい。君を忘れ去るぐらいなら、君から捨てられるぐらいなら、僕は信仰を捨てる! 独立運動に、再び身を投じるつもりだ。
だから、僕の覚悟を分かって欲しい。でも多分、君はもうここには来ないだろうね。分かっている。
僕達は20日には、ウェックスフォードを去るつもりだ。もしも君が来たいのなら、いつでも僕は歓迎するけれど……でも君はもう……。
今の僕が出来るのはただ祈る事だけ。
ミゼレーレ ノービス ドミネ(主よ、我らを哀れみたまえ)
君の永遠の友
ラファエル
ノエルはこの手紙を握り締めると、激しく泣いた。
けれども、ノエルはもう二度とラファエルの別荘には足を運ばなかった。
そして、夏が過ぎ去った……。
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