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第27章 恋心(2)
ノエルが一心に祈っていると、密やかな足音がして、すぐ隣に誰かが跪き十字を切った。
「ノエル?」とパトリックの小さな声がする。
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Bunratty
Castle Window
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「そうだよ。ところで何の話?」
「僕は……」
パトリックは暫くためらった後、唐突にノエルの方を見ずに尋ねた。
「君は、ここを出た後どうするの?」
「もちろん……どこかの教会の助祭になるか、それともベルファストかダブリンの大学に進学するかも知れない。まだ決めてないけど」
「そうか……」
パトリックの声は沈んでいた。
「パトリック、君は違うの?」
勘の鋭いノエルがはっとして問うと、パトリックは始めてノエルの方を向いた。
「みんな、やっぱり神父になるんだね……」
「ここを出た者が全て神父にならなくては、と言うことではないが」
「そりゃそうだけど。けれども僕は奨学金を貰って入っている。だから本来は神父にならなくてはダメなんだよ! でも……」
「でも?」
「僕は……やめようと思う」
「何だって!?」
ノエルは絶句した。と同時になぜパトリックがこのような大事なことを自分に言うのか、不思議に感じもした。
「どうして僕にそんなことを……」
パトリックは両手を組みつつ黙り込だあと、静かに告白し始めた。
「ノエル……僕は愛してしまったんだ」
「誰を?」
「君なら分かってくれると思って。だって君はラファエルを……」
「だから誰だって言ってるんだ!」
ノエルの苛立ちは頂点に達した。
「バトラー夫人の娘の内、妹のアン」
「アン!? バトラー夫人の末娘……」
ノエルは思わず祈祷室には相応しくない大声をあげると、慌てて口をつぐんだ。妹のアン……それはノエルの父親違いの、自分の妹でもあるのだ。
「僕は……僕は抱いてはいけない心を抱いてしまったんだよ。神父になる者は、結婚は出来ないというのに! それなのに僕は彼女の美しさ、気高さの虜になったんだ!」
「その、アンというお嬢さんは君の気持を知っているの? それにバトラー夫人は?」
ノエルは囁くように尋ねた。
「僕達は……すでに誓いを立てたんだ。将来結婚しようって! アンは、つまりまだ15歳だけど、『誓います』と言った! 僕達は愛し合っている! それにバトラー夫人も気付いていて、そっとこう言ってくれた。『あなたのいいように』と……。バトラー家には今男手がなく、跡取も探していたみたいだし……」
「渡りに舟ってことか!」
「そうじゃないよ!」
跡取を探しているだけだ……と言うラファエルの言った言葉が、脳裏に鮮やかな真実をまとって思い出されて来た。
「そうだったのか!」
「何のこと? ノエル?」
「いや……何でもない」
ノエルは淋しく微笑んだ。そしてポツリと言い足した。
「愛し合うことは……罪ではないと思うよ」
「ありがとう。君ならそう言ってくれると思った。でも、僕は何か背信行為をしているような気がするんだ。何かから逃げているって」
「自分の将来は自分で決めなきゃダメだよ、パトリック。それが神学校を欺いているかどうかは、それは自分次第だ。最初は神父になるつもりでも……でも途中で進路が変わる事だってあるさ」
「君は、ノエル? 君は変わることは無いの?」
「僕は変わらない。やっぱり、神父になるつもりだから」
「そう……でもラファエルのことは今も好きなんだろ?」
ノエルは暫く黙り込んだ。オルガンの音もいつの間にか止んでいて、辺りは沈黙だけが支配していた。急にノエルはパトリックに何もかも打ち明けたいような気持ちになった。
「好きさ」
けれどもノエルはそこまで言うと、あとは口をつぐんだ。
「分かるよ。僕は始めて愛を知ったから、君の気持も今はものすごく良く分かるんだ。抱いている愛情は例え相手が誰であれ、その本質は同じだって事が。相手を支え、相手を死ぬまで愛して、そしてそばに居たい……。結局そう言うことだね」
パトリックは感慨深そうにそうつぶやいた。ノエルは初めてパトリックに、ラファエルへの愛とは又違う感情を抱いた。暖かなそれでいて信頼の置ける、清々しい愛情を。それが本来の“友情”というものなのかも知れない。ましてパトリックは、将来自分の“義弟”になるかも知れないのだ。
ふと見ると、パトリックの頬を一滴の涙が流れているではないか。
「パトリック……」
「理解してくれて、それだけで嬉しかったよ、ノエル……」
「パトリック」
そう呼びかけつつ、ノエルはパトリックの肩を静かに抱いた。その時小さな足音がして、誰かが祈祷室からそっと出て行く気配がした。黒雲がノエルとパトリックの両方に覆い被さった。不吉な予感に二人は慄きつつ、けれどもそれが誰か、見当も付かなかった……。
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