|
第28章 秋風
以前はあんなに仲が悪いと思われていたノエルとパトリックが、二人仲良く並んで喋っている姿がよく見られるようになった。
ラファエルはそのような二人を見て、複雑な苦悩に捕らわれ出した。ノエルの“愛”を疑い始めたとしても不思議ではない。過ぎ去りし夏の嵐のもと、あの瀟洒なサマーハウスでの契りは一体なんだったのだろうか……。ラファエルの胸に、“絶望”という文字が見え隠れしだした。
ラファエルは少しずつ、学力も低下して来た。年少なのに、飛び級でノエルと同じ最上のクラスには行けたものの、今はそれすら厭わしい。クラスでノエルの姿を見る度に、胸が張り裂けるような哀しみと嫉妬が、ラファエルの身を焦がすのだった。
授業中もぼんやりとして、時には先生に指されても答えられないことが多くなった。マークが心配そうにラファエルを見つめているのも知らず、ラファエルはただただ口を真一文字に閉じ、うなだれていた。
祈祷書が破かれ、火に焼かれたことで、聖書の中に紙を忍ばせる事も出来なくなってしまった。ノエルに向って何か確かめようにも、何一つ出来ない無力感が押し寄せる……。どこか知らない場所で一人で泣き喚きたかった。
アイルランドでは妖精が居ると言う森に入り、一人自然の中で自分を取り戻したかった。けれども足の悪い彼にはそのような自由な行動も取れないのだ。
一方イアンは自分から離れて行ったノエルを、淋しそうに遠くから見つめているだけだった。自分にとっては、所詮高嶺の花だった上級生なのだ。神学校中の人気者のノエルが、自分に好意を抱くはずがない……。あの夏休みに出した二通の手紙は、結局読まれることもなかったのだろう。
そう言い聞かせても、イアンの小さな胸はいつまでも晴れることはなかった。彼もまた、ノエルとパトリックの二人が、授業中以外のあらゆる場所で一緒に居るのを見て、泣きたい思いを必死になって堪えていたのだ。
けれども収穫感謝祭も間近になった頃から、パトリックがある少女と恋仲であるという噂が立ち始めた。誰が最初にその噂を立て始めたのか誰にも分からない。
「女たらしのパトリック・女とイチャイチャする不信心者」
そうタイプライターで打たれたビラが、何枚か秋風に舞うようになった。
ノエルは、自分と親しくする者に対して嫌がらせをする“ある者”に対して、激しい憤りと又非常に危険な匂いを感じるようになった。
ハラハラと落ち葉の舞う校庭の楡の木の下で、ある日の午後ノエルはパトリックから質問をぶつけられた。
「僕がアン・バトラーと愛し合っていることを知っているのは、君と僕だけだよな」
「それと……チャペルの左翼の祈祷室に居た“何者か”も居るのを忘れちゃいけないよ、パトリック!」
「そうだね。あの時背後に誰かが祈っていたんだ。暗がりだったし、多分そいつは物音一つ立てずに僕達の会話に耳を傾けていたんだろう」
「僕が大声で、君の愛する人の事を叫んだからだろうか? 僕が余計なことをしたらしいな」
「違うよ、ノエル」とパトリックは、枯れ枝を蹴りながらつぶやいた。
「誰であろうと、悪意がある者でなきゃ何もしない。そいつはきっと君と騙って、例の手紙を書いた者と同一人物だ。そして君やラファエルや僕を恨んでいるんだ! そいつの心はサタンのように邪悪で、人の不幸を喜んでいるんだよ!」
「そのサタンを僕は探し出したいんだ! 君やラファエルや僕の為にも」
と、ノエルは必死になって言った。
「一体誰なんだ、そいつは!?」
パトリックは忌々しそうに叫んだ。
「ちくしょう! そいつが分かったら、そいつの首を締め上げて、何もかもばらしてやる! そんな奴が神父になる資格などないよ!」
「パトリック!」とノエルは微かに咎めるように言った。
「きっとそいつには、神の罰が下るだろうよ。だけど、このままでは居られない。何だか不安なんだ。もっと悪いことが起こりそうで……」
「ちぇっ、僕達は無力だな」
パトリックは枯草色の髪を振り乱しながら首を振った。
「無力だ……」
「きっとその内にボロを出すさ。その時にそいつの化けの皮を剥がしてやろう!」
「うん」
そうつぶやくと、ようやくパトリックは口元に笑みを浮かべた。
「今度、収穫感謝祭の休暇に、バトラー夫人の所にお茶に呼ばれているんだ。君も来る?」
「あ、それはダメだよ」
慌ててノエルは拒否した。
「君はアンと一人で会いたいんだろう?」
「僕達は結婚するまでは、純潔でいたいんだ。それにバトラー夫人は君のこともよく聞いていたし……」
「バトラー夫人……」
再び愛しく懐かしい思いが、ノエルの心に溢れ出した。
「ね、行こうぜ!」
「いや……やめるよ。僕には他にすることがあるから」
「うん、君はもっと勉強するんだったね」
「宜しく言っておいてくれたまえ」
「分かった」とパトリックはあっさりと答えた。ノエルの胸には、穴の開いたような空白が広がって行った。
秋風が吹き抜けていくような、肌寒い寂寞感がどっと押し寄せてくる……。
|