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第2章       新入生

 

 この新しい新入生の噂は、学校中に広まった。それで初めて生徒達が昼食時に食堂に集まった時、だれもが固唾を飲んで新入生を待ち望んでいた。大富豪の子弟だということは、来る前から分かっていたので、大抵は貧しい出身のここの生徒達は、興味深々だったのだ。  

 13歳から18歳までの幅広い年齢層の総勢50人ほどの神学生達は、全員が地元のアイルランド人で、その中にはイギリス人は一人も居なかった。支配階層のイギリス人はほとんどが英国国教会の信者で、地主や家主と言った裕福な層だったからだ。
 なぜなら、1801年の併合以来、カトリック教徒には土地の所有は認められず、カトリックの農民達は、長い間ずっとプロテスタントの地主の小作人に過ぎなかった。

彼らは小麦や大麦ではなく、大抵はジャガイモを作っていたが、1845年の大凶作で多くの農民達の餓死者が出た。また、ジャガイモを売って生計を立てていた彼らの中には、家賃が払えずに路頭にさまよう者も大勢出ていたのだ。  

 けれども彼らはカトリックの信仰を捨てるくらいなら、新大陸アメリカに移住する方がまだましだと考えた。大勢の飢えた人々は、祖国アイルランドを泣きながら後にし、船の三等室に乗り込んで、もう戻ることは無いだろう母国に別れを告げていた。
 かろうじて母国に居残った人々にも、過酷な生活が続いていた。
 そのような状況のもと、ダブリンの毛織物商という恵まれた家庭の子弟が、このような辺鄙な修道院付き神学校に入学して来たのだから、皆が驚いたのも無理はなかった。
 

 鐘が鳴って生徒達が食堂の席につくと、暫くして扉の開く音とともに、一人の小柄で金髪の少年が松葉杖にすがるように、足を引きずりながら現れたので、彼らは二度びっくりした。すぐうしろには、ノエルが神妙な重々しい足取りで、その少年に付いて来ている。
 席に就いていた生徒達の間に、ざわめきが広がって行った。

「静かに!」
と寮長の聖書学のオハイラン先生が怒鳴った。
「さあ、ラファエル、君の席はここだよ」
という猫なで声で、先生はラファエルに前方の端っこの席を示した。ラファエルは非常な努力をして、前の方まで歩いて来た。
 

「みんな、紹介しよう! 今朝ここに入学して来たラファエル・マイケル・マクブライド君だ。年は15歳。ダブリンの生まれで、信仰深い両親のもとに育ち、二人の兄と一人の姉が居る。今日からは君達の仲間だから、親切にしてやってくれたまえ!」
 それから、オハイラン先生は、少しだけ咳払いをした。  

「まあ……君達にも分かる通り、マクブライド君は少々足が悪い。幼い頃に、小児麻痺(=ポリオ)を患ってこのようになってしまったが……まさか君達の中に、オハイラン君の弱点をあげつらう者などここには居ないだろうね」
 それは柔らかく真綿に包んだ言い方だったが、それはほとんど脅迫に近い言い方だったので、生徒達は黙り込み、「ううん」と全員首を振った。  
 一見柔和に見えるが、このがっちりしたオハイラン先生は、何か信仰に反する事や悪さをやった生徒達には鬼のように恐れられていたのだ。

「今の君達の昼ご飯にしても、このようなマクブライド君のご両親のような方の、多大なご寄付によって賄われている事を忘れてはならないのだよ」
 生徒達は益々黙り込んで、ある者は下を向いたり、ある者はそっとラファエルを盗み見たりしていた。

 ラファエル一人が毅然と頭をもたげてはいたが、この幾らか毒を含んだ言葉に傷つけられ緊張していた。彼には何も見えず、何も聞こえなかった。ぼんやりしているラファエルを、ノエルが気遣って椅子をずらしてあげた。  

「さあ、君の席だよ、マクブライド君」
「これからはラファエルと呼んで下さい」
とラファエルは淡々と言った。
「え? あ、いいよ、ラファエル。さあ食べよう。僕は君の右隣だけど、いいかな?」
 ラファエルは前方を見つめたまま、「うん」と頷いただけだった。それから彼は自分の松葉杖を椅子の横に立てかけた。
 

 食前の祈りの後の食事は粗末なものだった。けれども大抵の生徒達はお腹をすかせていたので、ガツガツと食べだした。けれどもラファエルにとっては、それが粗末であろうとご馳走であろうとどっちでも良かったのだ。彼はただ少しだけ皿をかき回しただけだった。食欲は全然なかった。  

 右隣のノエルは、時々ラファエルの様子を観察していた。ノエル自身もそれ程お腹がすいては居なかった。
 ノエルはこの左隣のちょっと変わった新入生が、ここに馴染むかどうか心配になっていたのだ。恐らくこの子の両親は、この貧しい神学校に莫大な寄付をしたに違いない。そういう篤志家によって、この修道院や神学校は成り立っていたが、それでもお金はいつも足りなかった。  

 校長や修道院長は、いつもお金の工面に東奔西走をしていたのだ。だからラファエルに対して礼儀を尽くすのは当たり前だった。けれども、馴染まない生徒達は時々出現するものだ。そして彼らは又、元の家に帰って行く。
 残っているのは、帰る事の出来ない事情にある者か、本当に真実聖職者になりたい、と考えている希少な少年達だけだった。  

 ノエルは珍しくその両方の理由を持った少年だった。ノエルには戻る場所もなかったが、幸いな事に彼には信仰心があった。ノエルは心底、将来は神父になるつもりだった。そして幸か不幸か、ノエルにはその選択しか残されていなかったのだ……。  

 午後からは、数学と教理学の授業があったが、そのどちらもラファエルは出席したものの、ほとんど口をきく事はなかった。けれどもノエルは、ただそっとラファエルの側に寄り添って過した。

 その日の夕暮れには、珍しく夕陽が差し込んだものの、夜になると冷え冷えとした大気が修道院や神学校の校舎を包んできた。明日はもっと寒くなるだろう、とノエルは思った。
 そしてノエルは、すぐ隣の寝台に横になっている小さな頭を、星空の明かりで見つめていた。

 あと三日でクリスマス・イブが来る……。

*当時のアイルランドはイギリス領で、カトリックの農民達は小麦を作ることを許されてはいませんでした。また、ポリオは今でこそ、予防接種のおかげでほとんど居ませんが、少し前までは日本でもポリオにかかる子供は多く、その為に手足が不自由な子供達は結構居たのです。
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2009/6/25