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第32章 犯人は誰?(3)
ノエルが熱にうなされていたラファエルに口付けした姿を盗み見たという、イアンの告白……。ノエルの頭は真っ白になった。
「えぇっ!」
ノエルは驚いて飛び上がった。じゃあやっぱりあの時……。
「僕は熱があったけど、でもそれ以上に嫉妬心を燃やしてしまったんだ! 君は僕の憧れの上級生で、内心ではずっと敬愛していたから」
「それじゃ、やっぱり君はラファエルに対する数々のいじめを……」
「待って、ノエル! それは違う!!」
その時、イアンは顔をあげるときっぱりとした口調で言った。
「僕は悔しくて、あの後ラファエルのスープに芋虫を入れてしまった! それは本当だ。あれは僕なんだ、僕だ……」
もしもノエルがもっと気性の荒い人間だったら、今目の前に居る下級生に殴りかかったかも知れないが、さすがにそれは思いとどまった。けれども内心の怒りは凄まじく、暫くは声が出ない。
「僕は何て下らない事をしてしまったんだろう。だけど、聞いて、ノエル! 僕はそれをやったあと猛烈に後悔してしまって、それ以上は何もしまい、と誓った。僕の卑しい心はもっと奴を、あ、その……ラファエルをいじめてやろうと思ったけど、でもそうすると君が悲しむ……そう思うともうそれ以上のことは出来なかったんだ! 本当だよ! 信じて、ノエル!」
「それじゃ」とノエルは唾を飲み込んだ。「その芋虫以外のことは、やっていないと?」
「うん」
「ラファエルに厭らしい恋文を送ったりしたことも、ラファエルの本やノートを破ったりしたことも、君はやっていないと!?」
「そうだよ、ノエル。僕じゃない! 僕は確かに、あんな子供っぽいことをしてしまったけど、恋文なんて送るはずが無いじゃないか。そんなこと……考えるだけでむかつくよ」
「それじゃあ、ラファエルの祈祷書を破って燃やしたことも違うと? それからこの手紙を書いたのも君じゃないと言うんだね」
「誓うよ! ……あ、でもそれって……君宛じゃなかったの!? じゃ、これはひょっとしてラファエルへ? 僕はてっきり……」
ノエルは重大なことを告げてしまったことに気付いたが、もう遅い。
「イアン」とノエルはゆっくりと告げた。「実はこの手紙は僕宛じゃないんだ」
イアンは驚いたように目を見開いた。
「そう、ラファエル宛なんだよ。君がタイプで打って、忍ばせたと思っていた」
「そ、そんな! これは違うよ! 違う!」
イアンは大声をあげた。
「僕がそんなことまですると考えていたの、ノエル!? 僕は、僕は絶対にしていない! ほんとだよ! 信じてくれ、ノエル!」
「そんなこと急に信じられるか! 君は芋虫をスープに入れたと白状したじゃないか!」
と負けずにノエルも叫び返した。
「それじゃ、君じゃなくて誰なんだ! これは君だけが持つ便箋なんだよ! 特注品だろ! おい、イアン・マッコイ! 君の姓のMだろ!」
イアンはノエルの迫力に押されて遂に泣き出した。
「でも、でも、僕じゃないんだよ、本当だよ、ノエル! 僕じゃないんだ……」
「じゃあ、この便箋は?」
「し、知らないよ……。僕は手紙は自習室で書くんだ、いつも。それで、その時、書き損じて破り捨ててゴミ箱に捨てることぐらいあるさ……だって……」
イアンはしゃくりあげながら弁明した。ノエルの頭に何かがひらめく。
「待って。自習室? タイプのある部屋だね」
「う、うん……」
ノエルはもう一度じっとその紙片を見つめた。破られた紙切れの一片。それは最初からクシャクシャだった……。
ノエルははっとした。あの自習室には、いつも特定の何人かが出入りしている。イアンの書き損じた便箋を、こっそりとゴミ箱から拾い出すことぐらい、容易いことだ。
「もしかしたら、僕はとんでもない間違いをしでかしていたのかも……」
「これが、も、もしもラファエル宛なら、ラファエルに対して恨みを抱いて居る者が僕以外にも居るってこと? ……あっ!」
イアンは目を細めると、口元に手を持って行った。
「もしかして、これを君がラファエルから渡されたってことは、ラファエルは本当は君のことを嫌ってはいないんだな……むしろ……」
イアンは初めて何もかも悟ったようだった。
ちぇっ、余計なことまでイアンは知ってしまったぞ……。
「そうだ。まあそういうことだな」
ノエルのこの言葉を聞いて、イアンは絶句した。
ノエルは……やっぱり、ラファエルが好きなんだ!
「この紙片はラファエルが僕に託した。犯人を捜して欲しいと言って」
それは事実ではなかったが、結局そういうこととも言える。
「ラファエルは、いつから君のことを嫌いではなくなったんだろう?」
とイアンは怪訝そうにつぶやいた。「だって、どう見ても、君達は仲が悪そうだったのに」
がっかりとした表情がイアンの青白い顔に現れた。
犯人はどうやらイアンではないようだと、ノエルは感じ出した。イアンは確かに子供っぽい悪戯、芋虫をスープに入れたことは認めたものの、それ以上のいじめの犯人ではなかったらしい……。
けれども、イアンは少ながらずショックを受けているように見えた。それは、ラファエルがノエルを好ましく思っていると言う事実を知ったからなのか?
「イアン、僕は君を信じることにするよ。全面的ではないにしろ。だからこのことについては、先生達には黙っておこう。だけど、今知ったこの事実は全て忘れろ、という条件付なんだが」
ノエルの威圧的な有無を言わせぬ言い方に、イアンは「分かった。忘れるよ」と短く答えた。けれども本当は到底忘れられるはずが無いのに、イアンはそう答えざるを得なかったのだ。ノエルは明らかに内なる憤りが激しく、その整った顔立ちがピクピクと引きつっていた。
「君はもう行っていい」とノエルは素っ気無く言って顔を背けた。
「ノエル、ごめん。それから、許してくれて有難う」
か細く言うと、イアンは立ち上がって、すぐに出て行った。残されたノエルは両手で頭を抱えて、机に突っ伏した。そして悔しそうにこぶしで机を乱暴に叩いた。
ノエルは完全にイアンを信用したのではなかった。けれども”本当の”真犯人探しは、どうやら振り出しに戻ってしまったらしい……。
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