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第33章 運命の日
マークの消息は不明だった。誰もが心配で不安になっていたが、けれども誰もつとめてマークのことを話題にはせず、ラファエルは腹立たしい思いに駆られていた。
先日マークの母親らしい田舎っぽい中年婦人が神学校を訪れ、青ざめた顔で出て行くのが一人の生徒によって目撃された。
少年だからといって容赦しないのが、当局のやり方なことぐらいラファエルには分かっていたが、どうすることも出来ないのだ。けれども11月も末のある日、マークへの面会の許しが出た、とオハイラン先生が告げた。
だからと言って、今頃マークに面会を申し込む者など居るだろうか? オハイラン先生は訝しがったが、突然ラファエルが授業終了後に立ち上がるとこう宣言したのだった。
「今度の日曜日の午後、僕がマークに面会に行きます! 許可を下さい」
飛び上がったのはオハイラン先生だけではない。皆ラファエルの無謀とも言える勇気に賞賛の気持を抱いたが、ただ一人ノエルだけは不吉な予感に襲われて、思わず顔をしかめた。けれども黙らざるを得ないのだ、今はまだ……。
「それはいいが、けれどもラファエル、君はその足で一人で大丈夫かね?」
「大丈夫です。町へは馬車で行きますし、そこからは何とか警察に辿り着くでしょう。そんなに大きな町ではないし」
「そりゃ、ダブリンほどは大きくないけど」
と誰かが茶化した。けれどもラファエルが振り返ってその生徒を睨みつけたので、その生徒は黙り込んだ。
「マークのお母さんは、一度だけ面会出来たそうだ。けれどもお母さんは遠い所からだからな、何度もマークに面会は出来ない。わたし達神父は、当局から面会許可は下りていないんだ。
ラファエル、もしもマークの様子が分かったらわたし達に是非知らせて欲しい。お母さんは、ただただ涙にくれて、マークの今の有様についてはほとんど話してくれなかった。ただ一言、『ひどい』とそれだけで泣きじゃくって」
教室に居る全員が黙り込んだ。マークが一体どうなっているか、確かに知りたい気持は皆同じだったのだ。けれどもノエルはマークよりもラファエルの方が心配だった。かれは何とかして、口実をつけてその日自分も外出できないか、と画策した。
そして遂にいい方法を思いついた!
ノエルはグリーン先生のところに出向き、
「バトラー婦人と会いたいので、町に行かせて欲しい」と告げた。その日は実はラファエルが町へ行く日なのだった。
けれどもグリーン先生は何も疑わなかった。ノエルの今までの状況を最も知る先生だ。すぐに許可が下りた。ただし、バトラー夫人への手紙を預かり、その返事を欲しいという。
ノエルは計らずも、実母スザンナ・バトラー夫人に会いに行かざるを得なくなった。それは偶然の思いつきのように見えたが、実はそれはノエルの深層心理の切なる希望でもあったかもしれない。
そしてそのことは誰にも言わない事として伏せられた。
「知っているのは、わたしとグリフィス先生とオハイラン先生、ウォーレス先生達だけだよ。安心して行って来なさい」
グリーン先生はにっこりと笑った。
「君が訪問することを知ったら、バトラー夫人はきっとお喜びだろう。君が一時の怒りを解き、再びバトラー夫人と静かに語り合える日が来るのを期待していたのだよ。何と言っても、あの人は君のお母さんだ。君の将来の行く末も非常に心配していらした」
「行く末?」
「そうだよ。彼女は息子である君がどの大学の神学部に行こうと、その学費は自分が出すと仰っておられる。君が息子であることを認めようと認めまいと、それはどうでもいいのだ、とまで言っておられた。多分……彼女の中には君に対する贖罪の気持があるのだろう」
「礼を言うべきかも知れません」
ノエルは複雑な気分になりながら、そう答えた。グリーン先生は特別外出許可証をノエルに渡すと、肩をポンと叩きながら優しく言いかけた。
「行っておいで、ノエル」
一方ラファエルもオハイラン先生から特別外出許可証をもらったが、ノエルが同じ日の午後に町に出掛けて行こうとしているとは夢にも思わなかった。ラファエルはただ、本心から湧き起る義侠心と正義感、それにマークに対する心配のあまり、不自由な身体を奮い立たせていたのだ。
その日、ハラハラと落ち葉が散る肌寒い日だったが、昼食の後、ラファエルは馬車を雇って町まで出掛けた。少し後には、ノエルが託された手紙を持って、てくてくと歩いて町までの長い坂道を下っていた。
運命のその日、二人には何かが待ち受けていた……。
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