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第38章
終結(2)
ノエルは今こそ全てを悟ったのだった。
全てが辻褄が合う。なぜ早くそのことに気付かなかったのだろう? 真犯人はウォーレス先生でしかありえないことを!
あの首を吊った生徒の事件の話があった時から、先生を疑うべきだったのだ。ジャックは先生に利用されただけだった。あの話を、お喋りで軽はずみなジャックが言う事を知っていて、先生によって仕組んだのだ。
ウォーレス先生なら、全ての生徒の聖書や祈祷書を覗いていても、だれも不審には思わない。パトリックの告白を聞いていたのも、おそらく先生なのだろう。そしてウォーレス先生は以前からノエルとラファエルの関係を密かに察知していたに違いない。そして限りない憎悪を抱いて自分達二人を破滅させようとしたのだ。特にラファエルを。
けれどもなぜ?
「そうだ! ラファエルはウォーレス先生と部屋に居る。そしてラファエルは杖なしには逃げられない……。ぁああああ〜! 僕は馬鹿だ! 大馬鹿者だ!」
先生を信じていたのに……。優しい静かな、逆らう事さえ出来ない穏やかな老神父だと思っていたのに……。
けれども先生の余りにも禁欲的で優しい素振りは、今から考えると少し奇妙でもあった。人間はどこかで感情を出さなければならないのに、ウォーレス先生には喜怒哀楽というものが消え果てていた。残っていたのは、ただ淋しげな微笑みと、神への恭順だけ。けれどもそれこそが最も危険な事だったのだ。
ウォーレス先生は、愛を憎み遠ざけていたのだ。人が人を愛する事を……。
世間を知らずにいる自分達の陥る本当の罠は、罪を犯すことではない。罪を犯す事を畏れるあまり、感情が歪んでしまい、そのはけ口を別の対象に向けることなのだ。
ノエルは今、ラファエルが受けているであろう屈辱と苦痛を感じる事が出来た。どうしていいか分からぬままに、けれども馬車は止まり、玄関から心配そうなグリーン先生とオハイラン先生が飛び出して来た。そしてパニックに陥っているノエルを抱えながら、部屋の中に運び込んだ。まだ夕餉前の生徒達が、何人かやって来て驚いたようにノエルを見つめている。
「どうしたんだ、ノエル! なにかあったのかね!?」
グリーン先生の問いに、「僕が悪い! 僕が悪いんです……」としか言わないノエル。二人の先生達は目を見交わした。
「何かあったんだな、町で」
「けれどもノエルのこの取り乱しようは何でしょうか?」
「ちゃんと事情を説明したまえ、ノエル!」
とグリーン先生が叱り付けた。もはや真実を述べることしか、ラファエルを救う事は出来ないのかも知れないとノエルは悟った。例え自分の将来がどうなろうと、ラファエルさえ助かればそれでいい……。
「実は、ウォーレス先生が……」
そこまで話し始めたところだった。馬の蹄の音がした。
「待て、後で聞こう。一体誰だ!?」
思いもかけぬ者の出現で、神学校は大混乱に陥った。なぜなら、ドハティー警部が早馬に乗って現われたからだ。
ドハティー警部は、息を切らせながら馬から降りると、威圧的に早口にまくしたてた。
「ウォーレス神父は居るか! 居たら、ここに連れて来い!」
「ウ、ウォーレス神父? 今はここには……」
副院長のグリフィス先生が、慌てて奥からやって来てどもりながら答えた。
「では現われるまで待たしてもらう」
「先生が何か?」
「ハッ、呆れた先生も居るもんだな!」
「え?」
その場に居る全員が耳をそばだてた。
「あの神父はな、おたくの足の悪い生徒……ほら、お人形のように奇麗な生徒が居るだろう? その生徒を宿に連れ込んで、乱暴しようとしていたんだ。わたしはこの目で、そやつがその生徒を階段から突き落とした所を見たんだぞ!」
「―――!」
全員がショックのあまり息を飲んだ。
「まさか。で、ラファエル・マクブライドは?」
「そのマクブライドって子は、今は病院だが、危険な状態だな。階段から落ちて、肋骨を折った。その上、かなり殴られていて、今は意識不明だよ」
ノエルの悲痛な絶叫が響いた。彼は倒れこむと、床を狂ったように叩きだした。
「僕が悪いんだ! 僕が側に居れば良かったんだ! 僕が側にさえ付いていれば……」
グリーン先生は半狂乱のノエルを抱え込んだ。ノエルはシーツのように蒼白だった。正気も既に無くしかけているようだ。
「僕が悪い……」と言う絶望的な呟きだけがもれていた。
「分かったよ、ノエル。事情は何となく読めた。さ、あっちに行こう」
と言うグリーン先生はノエルを強く抱き締めた。
「君はその事を知っていたんだね」
生徒達は全員唖然とした有様だった。
「で、ウォーレス先生が何かやったという証拠は?」
再びどもりつつ、グリフィス副院長が、落ち着こうと非常な努力をしながらゆっくりと尋ねた。
「わたしが見たんだぞ! ちぇっ、ま、いい。その内あのエロ神父をとっ捕まえて、白状させるさ! そうしたら全てが明白になる」
長い夜が明けた。ウォーレス先生は戻って来なかった。やがて、生徒の内の一人が、朝靄の中、西の森の樫の大木で首を吊っている痩身のウォーレス神父の死体を見つけた。
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