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第3章
ノエル(2)
ラファエルの左隣の二人の生徒達のひそひそ声は、まだ続いていた。
「ねぇ、ジャック。ノエルの親は、きっと飢饉で赤ん坊を育てられなかったんだぜ」
「あの頃、飢饉がすごかったんだってね。捨て子や餓死した子供も多かったんだろ?」
「親はもてあましたんだよね、きっと。口減らしさ」
「そうじゃない!」
突然ラファエルからそう言われて、二人はびっくりして目を見交わした。
「そんな言い方、失敬だよ、君達!」
大富豪的なかなりぞんざいな語り口で、ラファエルはなおもむきになって言い続けた。
「親から捨てられたのは……何か事情があったからだ。ただ口減らしのためだけじゃないと思う」
「そうかな? 君のような大富豪様には、貧乏人のことが分かってないんだよ。あの時、一体どれくらいの人達が餓死したと思う?」
左隣の生徒のパトリックもムキになって言い張った。
「ノエルは、見捨てられたんだ、どっちにしても」
「パトリック、もうやめようよ」
とジャックがたしなめた。
それからジャックとパトリックの二人と、そしてラファエルも黙り込んだ。なぜなら、ノエルの眼差しが自分達三人の醜い言い争いに注がれていると言うことに気付いたからだった。
ノエルの褐色の瞳が涙で潤み、黒っぽい巻き毛が、ブルブルと震えている。
左隣の二人はばつが悪そうに、何かを食べる振りをした。けれどもラファエルだけは毅然として、二人を睨みつけた。ノエルの代わりに、二人を責めているように。
「さ、食べよう」とノエルがラファエルを促した。そして静かに語る。
「彼らが言っていたことは真実だよ。僕は……捨てられていた。クリスマスにね。
だから僕は……クリスマスが誕生日なんだ。今日17歳になったんだ。主と同じ日にね。それはとても喜ばしいことだと思う」
それからノエルは食べ始めた。けれども何を食べても、それは砂のような味でしかなかった。
ラファエルは黙っていたが、注意深くノエルの横顔を盗み見ていた。やがてノエルはラファエルの視線を感じたのか、そっと振り返った。穏やかな暗褐色の瞳、誰からも好かれそうな暖かい口元、すっきりした鼻……。
ラファエルにとって、それは初めてちゃんと見たノエルの顔だった。良く見ると、彼は背も高く姿形も申し分ない、どこかラファエルの心を動かされる容貌だったのだ。
けれどもその中には、ぬぐい難い諦観と哀しみがあった。ここに来て初めて、ラファエルはノエルに向って微笑んだ。ノエルもまた微笑み返した。
この瞬間、二人は何かを共通して持っていることに気付いたのだ。それは二人にとって、真にクリスマスの喜ばしい出来事だったかもしれない。けれどもそこから、ノエルとラファエルの苦難が始まって行ったと言っても過言ではないのだ。
クリスマスの祝福は、また荊の道だった。主が祝福の内に生まれ、やがて苦しみの内に息絶えたように……。
ノエルとラファエルの前途にもまた、祝福と祈りと愛と……そして苦難が待ち受けていた。
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