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41章 別れの日(3)

 

 ラファエルと別れてから、どうやって駅まで辿り着いたのか、ノエルには分からなかった。彼の頭は空っぽだった。そして足取りは鉛のように重い。けれども駅はこの小さな町では、直ぐそこだった。
「お兄様!」と言う甲高いアンの声で、ノエルはやっと我に返った。駅の小さなプラットホームでは、既にバトラー夫人と二人の義妹達が立って、ノエルを見送ろうと待っていたのだ。すでに汽車も止まっており、何人かが乗り込むところだった。  

「どこへ行ってらしたの?」とアンが無邪気に尋ねると、ノエルは首を振りながら何食わぬ顔で嘘をついた。
「ああ、ちょっと散歩。この土地を離れがたくて……」
 ノエルはわざと微笑み返し、自分の新しい“家族”を見つめた。
「わたし達、随分前からここで待ってて居たのに、お兄様がいないので心配していたのよ。でもここを離れがたいのは仕方ないわよね、ねぇ、アン? 18年間、ここに住んでいたんですもの」
 サラが言うと、妹のアンは黙ったままノエルの胸に顔を埋めた。そして少し目を潤ませながら、囁いた。
「又いつか会えるわよね、お兄様?」
「もちろんだよ、アン。そしてサラ。それから、母さん……」 

 ノエルはそれからサラと、そして母のバトラー夫人と暫く抱き合ったが、やがて警笛が聞こえ出し、蒸気の発するシューシューと言う音がした。ノエルはグリーン先生からもらった古びたカバンを二つ持つと、汽車に乗り込んだ。
 ふと振り返ると、バトラー夫人と義妹達が、強張った顔でノエルを見上げていた。
「それじゃ……」とそこまで言うと、バトラー夫人の顔が歪んだ。
「元気で……ノエル……わたしの……息子」
 真っ白いハンカチをぎゅっと握り締めると、バトラー夫人はじっとノエルの方に視線を注いだ。
 

 ガタンという音と共に、汽車が動き出した。と同時に、ノエルの心臓もカタンと波打つ。
「お兄様〜〜〜! お手紙ちょうだいね〜〜〜!」
 アンの声が駅のホームに響く。ノエルは頷くと思いきり手を振った。次第次第にノエルの家族が小さくなっていった。そして、こじんまりとしたウオーターフォードの町も少しずつ離れて行く……。
 ノエルはこの上ない後悔にふいに襲われたが、けれどもきりりと口を閉じ、ひたすら手を振り続けた。家族がやがて豆粒大になり、そしてカーブを曲がると、もう見えなくなった。
 

 その時、どうしようもない寂寞感がノエルを襲い、ノエルはその場に崩れ折れそうになった。涙が溢れかかる。けれどももう泣かないと決めたノエルは、その涙をぐっと飲み込んだ。その涙は、苦くしょっぱい、海の潮のような味がした。
 家族、神学校のみんな、そしてラファエルの顔が走馬灯のように浮かんでは消えた。  

 ノエルは懐かしい故郷を離れ、一人異国へと、そして未来へと巣立って行った。

 

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2011/1/25