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BLIND+LOVE
【番外編弐】
レクイエム
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リバプールの聖公会のカテドラル、『セント・マーク教会』から、ガブリエル・フォーレの『レクイエム』の中の『ピエ・イェズ』のボーイ・ソプラノが響き渡った。
この『レクイエム』は昨年1900年のパリでの万国博覧会で演奏され、絶賛された曲だった。もっと前から演奏されはしていたが、万博で演奏されて以来、この曲は遥かに有名になっていたのだ。
特に『ピエ・イェズ』の曲は最も有名であり、ソリストがソプラノかボーイ・ソプラノかで、意見が分かれていた。(注:現代は、ほとんどボーイ・ソプラノが歌うようです)
今歌っているのは、栗色の髪に透き通った碧い瞳を持つ、とびっきりの美声の少年で、年頃は10歳か11歳ぐらいだった。美声だけではなく、その白い聖歌隊の制服を着て歌うその少年は、はっと人目を引く美少年でもあった。
指揮をする司祭の顔も、満足げに輝いている。少年は全部歌い終わると、ほーっと一息ついた。
「ブラボー、ショーン!」と司祭は叫ぶと、パチパチと手を叩いた。「素晴らしかった! ソプラノが歌うよりも、遥かにフォーレの意にかなっていると思うね。すなわち、『永遠の安らぎの中にある』と表記されている通りのレクイエムだよ」
最前列のその少年、ショーン・オーウェルは、にっこりと微笑んだ。
この司祭、チャンドラーは、9歳で母親に連れて来られたショーン・オーウェルの事を思い出していた。ひ弱そうで、神経質で繊細、というのが最初の印象だったが、けれどもショーンの歌の才能を一番最初に見抜いたのも、チャンドラー司祭本人だった。
母親と言うのは、アメリア・モリソン盲学校の教師で、眼鏡を掛けた理知的な女性だったが、どこかいつもショーンを見てハラハラしているような態度が見て取れた。
その理由は後で分かったのだったが、ショーン・オーウェルには父親が無く、そして口さがない噂では、ウェールズのとある町で処刑された謀反人の忘れ形見であるというのが、もっぱらだったのだ。
けれども、チャンドラー司祭にとっては、神の与え賜うた才能を発見したという興奮の前では、そんなことはどうでも良かった。ショーン・オーウェルはまごうかた無き“天才的な”ボーイ・ソプラノで、恐らくこのセント・マーク教会、いや、ここリバプール一と言っても正解かもしれない。
そして歌っている時のショーンは、日頃の脆弱な所など微塵も感じさせない堂々とした態度と、そして幸福感を表していたのだ。
「6月のコンサートでは、ショーンのボーイ・ソプラノで『レクイエム』をやろう。女声は必要ない。バックは、ここの聖歌隊だ」
司祭のこの声に、少年達がざわついた。聖歌隊の少年達は、ショーンの実力を認め、そしてチャンドラー司祭が、我が子のように大事にしているのを知ってはいたのだが、ある“悪い噂”を、年かさの子ほどよく聞いていたせいか、奇妙な嫉妬のようなものを持っていた。反して、幼い子達は、皆単純に喜んでいた。
「市長主催の毎年行われるコンサート、今年は新世紀(*20世紀)初めての年だからな〜、大いに盛り上げなくてはね」と司祭は、子供達の複雑な溜息を物ともせずに、にこやかに言った。そしてさり気なくショーンに目配せする。
ショーンは、この司祭様が大好きだった。父親が居ないショーンにとって、一番信頼できる大人と言えば、この司祭だったからだ。
ショーンは、なぜ自分に父親が居ないのか、と言う事を最近になって気にするようになった。幼いときには、母のサラから「あなたの父は、いい人だったわ」と言う言葉だけで満足していたのだが、次第次第に、他の友達にはあって、自分には居ない“父親”がどういう人だったのか……。それが聞きたかった。
けれどもそれを問い詰めると、母のサラは、途端に何とも言えない哀しそうな表情をするので、それ以上ショーンは問い詰める事が出来なかったのだ。
ショーンは、細やかな気配りのある子供だった。見かけはサラよりも、父であるジェームズに似ていた。けれども、性格は少し違う。そしてサラともジェームズとも違う“何か”を持っていた。
そして、自分にはレスターに祖父母が居るという事を知ってはいたが、その祖父母と会った事は、今までに一度も無かった。
*〜*〜*〜*〜*〜*〜*
聖歌隊は解散し、ショーンはウキウキした心で、外に出た。一番仲の良いベンと一緒に帰路に付いていたが、やがてベンとは道が違うので、バイバイと別れた。
そして、ショーンは直ぐに後ろから付けて来る、ヒタヒタという足音を聞いたのだ。振り返ると、同じ聖歌隊の中でも、少し年上の子達が数人、両手をポケットに突っ込んで坂道を上がっていた。その目は、獲物を追う目付きで、ショーンは逃げても無駄な事に直ぐに気が付いた。その中には、市長の甥のクラレンスも居る。彼は12歳で、第二ソリストだった。そしてクラレンスのダチ達が、数人彼を囲んでいる。
ショーンは無駄だと知りつつも、坂道を駆け上がった。けれども、彼らも又走り出し、息を切らせながら、ショーンの前に走りこんで前方を塞いだ。そこはどこかうら淋しい場所で、粗末な家々が建っている地区だ。
「ショーン、おい、待てよ!」
「何か用?」とショーンは獅子っ鼻のクラレンスに、上目遣いで尋ねる。
「お前、父親の事知っているかい? 知らねぇよな、多分」
ショーンは俯いて黙り込んだ。
「父親の名前を名乗っていないんだものな、それはなぜか知ってるか?」
「知らない……」とショーンは小さな声で答えた。
「それはな、お前がバスタード(*私生児)だからだよ、ショーン! お前の父親は罪人だったそうだぜ」
「そんなこと、嘘だ!」
ショーンは叫んだ。
「嘘だよ!」
「何なら、母親に聞いてみなよ。罪人の子供が、『レクイエム』を、リバプールの市のお偉方や、貴族達の前で歌えるのかってさ。おまけに、私生児の子が」
ショーンは真っ青になり、それ以上聞く気も起こらず、一目散に駆け出した。
「バスタード!」と言う蔑みの罵り声が、背後から聞こえた。そしてバラバラと小石が飛んで来た。
その時、ショーンは幼い子供から少年へと、一遍に飛躍してしまったのだ。駆けながら、ショーンの瞳には涙がジワリと浮かんでいた。
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