|
その18
蘭はケータイで撮った翔吾の写真をプリントアウトすると、乙部に渡した。
「はいっ。ちょっとボケてるみたいだけど、いいかな?」
「ま、それは幾らでも修正可能です。て言うより、本物より美形になってません?」
「かな?」と蘭は写真を覗き込む。写真での翔吾の姿は、幾分フォーカスがボケているせいか、どこか気だるさと憂いが漂う美青年と言ったところだった。
「なんか……ヤクザには見えねぇね〜」と蘭は唸った。それから蘭はチラチラと翔吾と写真を見比べる。「あ? 誰かに……似てる気がするけど……?」
その言葉にビミョーに反応した翔吾の有様に勘付いたのは、一見アホ面した亮唯一人だった。
亮は、恋敵とも言えそうなこの男に、どこか不可解なものを抱いていたのだ。頭はいくらかとろいが、勘だけは鋭い亮だ。けれども、恐らく亮の進言など今の蘭には通用しそうもない。亮は歯噛みしながら、フーっと人知れない溜息を付いているのみ……。
出来上がった運転免許証は、ニセモノとはとても思えぬ代物だった。恐らくほとんどの警官なら騙せそうなものだ。乙部は、贋作用七つ道具をいつも持っていたのだ。
滝川組の、負け犬組員たちは、ほーっという溜息と共にそのニセ免許証をジロジロ見つめまわしていたが、
「さ、もう帰るよ、あたし」と蘭が言い出したので、不承不承その免許証を翔吾に手渡した。翔吾はニンマリしながら、それを受け取る。
「代行っ、それでは行きますか」
「気安く言うな。あたしはまだ、あんたを心底信用してるわけじゃないから」
「ちょい、浅野さん」と田島が凄みのある声で、いそいそと金色の竜の刺繍のある、亮のど派手なパーカーに着替えている翔吾を呼び止めた。
「なんでしょう?」
「代行をもしも拉致ったりしたら……お前さん、命ねえぜ。分かったか、ぼけ〜」
それから田島はチャカを掌で転がした。
「ほんとだよ、浅野。こいつ、チャカにかけては名人級。仙台の何とか組の裏切った奴を一人、拳銃で殺(や)ってんだよ。それで、三年ムショに入ってたからな」
と蘭は得意そうに言った。
「こう見えて、こいつら結構凶暴なんだ」
「そ。俺を売った奴は、決して許さない主義なんでね、浅野さん」
「俺も許さねぇっ」と亮もいきがった。「それと俺のパーカー、返せよ。それ、高かったんだからな」
「拉致るわけねぇでしょ」と翔吾は言った。「こっちも命がけなんっすから。それにこんな下品なピラピラしたパーカー、こっちから直ぐお返ししますよ」
「じゃ行くよ」
舎弟たちは、一斉に身を正して90度に一礼した。
「それじゃお気を付けて、代行。ご苦労さんでっす」
「うん」
「プーケットのことは、も少しお考えになった方がいいですぜ」と乙部が蘭の耳元に囁いた。けれども蘭は何も答えず、組の裏口のドアを開けて、タタタと階下に軽々と下りた。
「さ、寒っ」
「三月末は、まだまだ寒いっすからね〜」と翔吾はおべっかを使う。
「るせえ! あんたはただ車転がすだけでいいんだよ」
そう罵りつつ、蘭と手下たちは当たりに細心の気を配っていたつもり。
下町の場末の路地裏には、誰も居ずシーンとしている。夜空には星が瞬き、寒い夜更けの空気が冷たい。
「誰も居ないようですな」とキョロキョロ見回しながら、田島が抜かりなく言った。
「今朝の親分宅の爆発と言い、髑髏会の奴らが来たりといい、ろくな日じゃなかった。代行も、まだまだ気をお付けなさいまし」
「分かったよ、あたしはもう子供じゃないんだから」と蘭はうざそうに言った。
ぶすっとした亮からキイを受け取った翔吾は、端に置いてある小さなマツダに乗り、恭しくドアを開けて、
「さあさ、どうぞ、代行」と頭を下げた。蘭は何も疑わずに、それに乗り込んだ。亮はそれを見ながら、顔をしかめる。不吉な予感にふと襲われ、思わず、
「代行っ!」と叫びそうになったが、その声は声にはならず、かび臭い闇に吸い込まれて行った。
|