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その14
翔吾は持っていた重そうなカバンを、さり気なく下に置いた。数メートル離れている亮は、ポケットからケータイを取り出すと、さも蓮っ葉な感じで蘭の組専用の番号を押す。
「あー、はいはい」と蘭の声がした。
「だ、代行? マジやばいっすよ」
「なにぃ?」
組事務所で頬杖を突いていた蘭は、その亮の言葉に恐怖が宿っているのを感じて飛び上がった。
「奴、新宿駅前で、妙な野郎に絡まれています。どうやら、あいつのこと知っているらしいみたいですよ。椎野って言ってました」
「し・い・の!? そいつ、どんな野郎?」
「なんか……気味悪い奴です。ってか、ぞぞーっとする雰囲気ってか。睨まれただけで、もうビビルって言うか」
そうケータイしつつも、亮はチラチラと翔吾と椎野あにぃの様子を伺っていた。椎野は翔吾にピッタリ背後から張り付くと、引きずるようにしてタクシー乗り場に近付いて行き、直ぐに二人の声が雑踏で全く聞こえなくなった。
かと言って二人を追いかければ、ばれてしまいそうで、亮はどうしていいか分からない。
けれども、翔吾が置き忘れたらしい、あるいはわざと置いていったのかも知れないが、そのルイ・ヴィトンのカバンに近付くと、さっとそのカバンを手に取ることだけは忘れなかった。
もしも注意深い人間が直ぐ近くに居たら、亮が翔吾のカバンを置き引きしたように見えただろう。けれども、亮はその点にかけては、プロだ。それは一瞬だったし、その上、ここに注意深い人間など居るはずがない。
椎野ですら、そのことには気付いていなかった。けれども、亮には椎野のド派手な上着のポケットが膨らんでいることを察知して、ドキリとした。言葉が出てこない。
「どした、亮!? 何してんだよ!」
蘭の声がキイキィ響く。それは又、悲鳴のようにも聞こえる。
「あの……浅野さん、そいつに連れて行かれやすぜ」
「なにぃ〜っ!?」
「どうやら、チャカで脅しているらしいです。ポケットからのね」
「チャカで!? まじ、新宿のど真ん中で? あ、雑踏だから余計分からないのかな」
「あっ、タクシーに乗り込んだぁ!」
「落ち着け、亮。そのタクシー、チェッカーか? それとも別の会社? 会社名とナンバー記憶しろよ。ちっ、お前みたいな馬鹿には無理か」
「そんな! ちゃんと見てますよ」
ブツブツと亮はつぶやく。
「んなことより、お前もタクシーに乗り込め!」と蘭がはっぱをかけた。
「ぅぇええ?」
「追いかけるんだよ」
「けど……」
亮が答えるより早く、翔吾と椎野を乗せたタクシーは、出て行った。亮はケータイを持ったまま、次の次のタクシーに乗り込んだ。確かにカバンが重たい。
「お客さん、どちらへ」と人の良さそうなタクシーの運ちゃんが聞く。
「あの、あの前方を走る赤いタクシーを追いかけてくれ」
と亮は叫んだ。
「ええ〜っ? 厄介ごとは嫌ですよ、お客さん」
「てめぇ〜!!」と亮は凄む。「乗車拒否なら、今時流行らねぇぜ。分かってんのか、ぼけ〜!」
不運なタクシー運転手は、何やらブツブツとぼやきながらも、渋々翔吾と椎野の乗り込んだ赤いタクシーを追い駆ける為に、ぐぐっとアクセルを踏んだ。
「あいつらを取り逃がしたら、どつくぞ、コラ〜〜!」
「亮、堅気さんを脅すな」と蘭は、ケータイの向こうから命じた。
「へい、代行」と亮はケータイにペコリとお辞儀をすると、パチンとその蓋を閉じた。
「ずぇった〜いに逃すなよ、てめぇ!」
蘭は組事務所で、パタンとケータイを閉じた。唇が僅かに震える。
「どうしました、代行?」と乙部が心配そうに顔を覗き込む。
「浅野が……拉致されちまった」と蘭は静かに答えた。「椎野って野郎にさ」
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