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3 プーケットへの道険し
蘭の危機を救ってきた翔吾は遂に滝川組の舎弟に納まる。ところがある者に翔吾は拉致されてしまう。果たして蘭は翔吾を救うことが出来るのか?
その1
浅野翔吾が、敦賀亮の目の前で椎野という何者かに拉致されたという衝撃は、蘭ならずとも滝川組全体に広がっていった。なぜならそれは、蘭だけではなく、よそ者の一匹狼の翔吾も又狙われているということに他ならないからだ。
超弱小ヤクザの集団である滝川組にとっては、厄介な事柄が又一つ増えてしまったのだ。
「ですがね、代行」と乙部だけは、落ち着いていた。
「何だよ!」と蘭は噛み付くように怒鳴った。
「浅野さんは拉致された。代行は、問答無用に命を狙われている。ってことは……この二つは、関係がありそうで実はそうではないってことでは?」
「その通りですぜ、代行」と、満を持したかのように、田島が話し出した。蘭は落ち着きなく、そこら中、ウロウロと歩き回っている。
「椎野、というのは、もしかして新宿を根城にしている暴力団、神進会の奴かも知れねぇです。神進会というのは、まあ擬似右翼のような団体ですがね、結局はフィリピーナたちを売りさばいたり、いかがわしいホストクラブやオカマバーなどから、寺銭をせびっているような奴らですが、その中に椎野というのが居まして……これがなかなか凶暴な奴でね。
ま、所詮は暴力団。うちらのような、小さくても老舗の極道とはそこが違う所でね」
蘭には、いまいち、暴力団とヤクザと極道の区別は付かなかったが、乙部が頷くのだから、間違いは無いだろう。
「その、椎野って?」
「名うてのヒットマンで、残忍極まりない野郎」
と田島は一刀両断に言い捨てた。蘭はそれを聞くと、ぶるっと身震いする。
「その椎野って糞野郎が、なぜ翔吾を?」
「恐らく、ホストクラブ関係では?」と乙部が目を細めながら言ったので、蘭はギクリとした。翔吾が新宿でホストをしていたことは、黙っていたからだ。
「それと、浅野はどこかの姐御と寝たとか寝ていないとか……ま、噂ですがね」
と突然仲谷が言い出した。
「寝た!?」
「もしかすると、神進会の親分の姐かもとか。もう中年ですが、結構いけてる色っぽい女というもっぱらの噂でしてね」
「中年女……」
蘭は呆然とつぶやく。
「所詮あいつは、そんな下司です」と仲谷は冷たく言い放つ。「信じちゃいけませんよ、代行。ま、代行好みかも知れないが」
「あたしは誰とも寝ないよ」と蘭は誇りを傷つけられて言った。「だってあたしって……バージンだもん」
それを聞いて、みんなは奇妙に黙り込んだ。
「一つだけ言っておく。あいつ……結構インテリらしいってことを。大学出の」
そう告げると蘭は黙り込んで、ソファに座り込んだ。そして鳴らないケータイを握り締めると目を伏せた。嫌な予感に胸が掻き毟られる。こんな気持ちは初めてだった……。
「おい、こら〜! あのタクシーを逃すなっつ〜の!」
とその頃、亮はがなりながら、例のタクシーを追っていた。
「ですがね、お客さん」とタクシーの運ちゃんはおずおずと言いかける。
「わたす、一ヶ月前に東京に来たばかりで。なにしろ、わたすの地方はもう寂れ果ててね〜、仕事もなんないし、仕方ないから東京さ、出てきたとこで」
「そんなこと、俺の知ったこっちゃねぇぇぇぇ!」と亮は喚く。
「とにかくあのタクシーから目を離すなよ。道なんか、どうでもいい。赤信号でもぶっ飛ばせぇぇ!」
「はー、もう東京のあんちゃんは、目茶目茶だ〜」
「じゃあ、これ終わったら田舎にけえんな」
亮はタクシーの後部座席で半分尻を浮かせていたが、ずしりとした翔吾のカバンに気付くと、上のジッパーを空けた。途端、「うぐっ」と小さく叫んだ。
「なんだ、こりゃあ!?」
中は札がぎっしりと積みあがっていた。帯封が無いところを見ると、とにかく詰めるだけ詰め込んだという感じだ。
「ちっくしょう、あいつめ! やっぱり!」
「お客さん、あのタクシー、急にターンしました〜! ターンしちゃ駄目なところなのに。もうこれ以上は、無理だす」
「んだとぉ!! ……じゃ、これやっから」
と亮は勝手にカバンの中の万札を数枚掴むと、運ちゃんに突き出した。
「ほらほら、これで土産でも買ってやって、戻りゃいい。とにかく、ターンしろ! 早くぅ〜〜〜〜!」
「もう東京という所は、目茶目茶だわさ。くわばらくわばら」
タクシーは仕方なくUターンし始めた。後ろの車から、怒りのクラクションが鳴り響く。びびった運ちゃんがやっと廻り終わった時、例のタクシーは何処かへ消えていた。
「バッキャろ〜〜! 見失っちまったじゃねえか、てめえ!」
亮はタクシー内で暴れ出す。
「け、けんど、後ろの車、ヤクザみたいな人が乗ってましたし」
「ヤクザはそいつじゃない。ヤクザって言うのは、この俺だ〜! 勘違いすんな! このへぼ田舎運転手の野郎がぁ」
その時、亮のケータイが鳴り響いた。蘭の震えるような声がする。
「亮か? どう?」
「それがぁ」と亮は情けない声をあげた。
「それが?」
「逃げられやした」
蘭の声は数秒止まった。けれども、その後、猛烈な罵倒が待っていた。
「てめぇ〜〜〜! 能無し! まじアホ〜! 馬鹿馬鹿〜!」
亮は思わず顔をしかめながら、デジタル音が歪むケータイを耳から離した。
「す、済みません……」
「済みませんで済むと思うなよ、ぼけなす! けど、ちゃんとタクシーの会社とナンバーを控えてんのか?」
「それは大丈夫でっす」
「じゃあ、降りて電車で戻って来いっ」
「は、はぁ」
ケータイはプツンと切れた。
「おい、俺降りるぜ」
「はいはい」と答える運ちゃんの声は、どこかホッとしていた。
「お釣りは……」
「要らねぇ。取っとけ」と亮は自分が大物になったつもりだ。
亮はどこか分からない場所で降りたが、ふと翔吾のカバンの中身を誰にも渡したくなくなったのだった。
「ふっふ。翔吾の盗んだ金なんか、誰にも渡すもんか。あいつなんて、くたばりゃいいんだ。そうだ! 俺、この金で別のタクシーで戻ろ」
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