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その14
「な、そちらさんたち」と蘭は立ち上がると、語り始めた。
「あたしらは、浪速会とは昔からの敵(かたき)同士。だから、そっちからこのシマに逃げて来たあいつは、どんなに性悪であろうがそうでなかろうが関係ねぇってこと。もううちの舎弟なのさ。
つまりは……おめえらには、渡さないってこと! それが仁義ってもんじゃないですかね、浪速会の方がた」
高橋がパチパチと手を叩こうとしたので、隣の内藤が高橋の軽はずみさを制した。
「あたしらは弱小だが、卑怯なマネはしませんよ。それが我が父、滝川組長の意思ってことです。それを代行のあたしも守ります」
しばらくの間、高坂は黙り込んでいた。
「ま、いいでしょう。代行の心意気は感じまっせ。けど、所詮そちらの組は、いずれどこかと組まへんと、やっていけんようになるでしょう。なら、うちらの配下になったほうが、得とちゃいますか」
「そういう事は、あたしの父が決めること。あたしはただの……」
「へっへっ。組長さんが、もしも生きていらしたら、のハナシでしょうが」
と小男が口を差し挟むと、
「土井っ、ぶっ殺すぞ! それ以上は言うな!」と高坂が止めた。土井はハッとして、口に手をやる。という事は、滝川組長の失踪は、既にばれているらしい。
「それじゃあ、あっしらはこの辺で」と高坂はルイ・ヴィトンを、中身を見もせずに持つと、立ち上がった。
「待てっ!! あんたら、あたしの父のこと、知ってるね! そうだろ、てめえら!」
蘭の金切り声に、高坂は冷笑で返す。
「それは、教えられっこないやろ。な、代行はん」
「じゃ、姐のやよいと、そちらの組長さんとの間柄は?」
蘭が鎌をかけると、相手はすこしひるんだようだった。
「敵の奥さんと、うちの組長が手を組むわけあらへんでしょ」
と土井が又うっかりと言ってしまう。
「土井っっっっっ!! てめえ、まじぶっ殺す!」と高坂が血相を変えて叫んだ。その時、蘭はやはり母やよいと堂本伊佐夫の間に、何かあると確信したのだった。
チラッとこちらの幹部たちを見やると、乙部が微かに頷いた。
― やっぱり! ……信じたか無いけど、姐と堂本とは……。
強がっているものの、蘭の心は悲しみで張り裂けそうだったのだ。
「どけどけ〜! こんなけったくそ悪いところは、もう来る気がないわぁ! ぼけ〜」
と高坂が去ろうとしている背中に、蘭が呼びかけた。
「伊藤って野郎、そっちに居るでしょ!」
「伊藤? そんなん、おまへんわ。ほな、さいなら」
「そうか……じゃあ、もう二度と来るなよ!」
「お互い、これでさっぱりしましたなぁ。ま、そちらさんがどうなっても、うちらは何も知りまへんってことで」
高坂は捨て台詞を吐くと、余計なことをべらべら喋る、お喋りの土井を引きずるようにして、足音も高く階段を降りた。
「ほらっ、塩を撒け! 清めの塩をっ」と蘭が言うより早く、乙部がバラバラと塩を撒いた。
「全く、ヤな奴らだ」と蘭はフーっと吐息を付きながら、そうつぶやく。
「ところで代行、伊藤って何だか分かりました?」と仲谷が聞いた。
「分かんない」と蘭はボソリと答えた。「名前なのかどうかも……あたしにはさっぱり」
「いとうは、伊東温泉ですって」
元相撲取りの高橋が言い張った。
「どうしてだよ? あそこに、お宝でもあるってか」
と蘭は鼻で嗤った。「美味しい料理と、女しか居ないんだろ、どうせ」
蘭の嘲笑に、高橋は黙り込む。
「それより、脱税のファイルまで盗んでいたんだな、あの野郎!」
田島はえらくおかんむりだ。
「けど田島、あたしあいつのヴィトンを調べたけど、どこにもファイルらしきものは無かったよ。USBも全部見たけど、何も無かった」
「ひょっとして、あのカバンの底敷きにでも?」
「底まで見たさ。裏地もね。だけど、無い。何もなかった……」
「きっと、又あいつそれだけどこかに隠しているんでさ。まじ怪しい野郎だぜ」
「ですよね、若頭っ! あいつ、信用出来ねぇです。それなのに、代行は……」
そこまで言うと、亮は蘭の鋭い視線を感じて、口に蓋をした。
「あっ!」と突然亮は電気が走った様に、何もかも理解した。
「どした?」
「あの、新宿であいつがコインロッカーからカバンを出した時……旅行者らしき若い女の子たちが、そのコインロッカーに居て、カバンがなかなか出ずに困っていた……そこに、あいつがでしゃばって手伝った。そこだ!」
「手伝っている振りして……その女の子たちのロッカーに、それを入れた!?」
「そうっす」と亮は勝ち誇ったように言った。
「そうか……。あいつ、そのロッカーの鍵持っているな。あたし、帰るから。そいであいつをとっちめる!」
蘭はまたまた騙されていたことに気付いて、歯噛みしたのだった。
「ところで、代行」と乙部が躊躇いがちに言いかけた。
「何だよ〜」
「代行……なかなかどうして別嬪さんですな。代行も、やはりそんな服を着れば、可愛い女だったのか〜」
「それって、あたしに対する誉め言葉?」
蘭は奇妙な喜びを覚えて、けれどもそれを照れ隠ししながらそう言った。
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