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【成田は遠し】
その1
関西浪速会堂本組の幹部三人が、翔吾がパクッた金の一部を持って、とにもかくにも戻って行ったものの、後にはやはり難題続きだ。
何しろ翔吾はT工大出身で族あがり、おまけに端正な顔立ちなのでホストもやっていた。けれども結局は極めていい加減なヤクザだということが、今やバレバレになったからだ。
蘭が亮と共に、日暮れ時急いで等々力の家に戻ると、何と翔吾は部屋には居ず、ベッドは空っぽだった!
「ちっ、あいつぅぅ!」
「あの怪我で、出て行ったんでしょうかね。所詮、あいつは恩をあだで返す奴で」
と亮は、翔吾が不在だったので、内心ほくそ笑みながら言う。けれども、直ぐに翔吾には着る服が無いことに気付いたのだった。
「あれ! けど、あいつ、まさかハダカで……てか、親分の服でも分捕って行ったか……」
「馬鹿! あのボロボロの身体では出て行けないさ。きっとこの家のどこかに居るんだ」
と蘭は、相変わらずの早合点の亮を叱り付けた。
案の定、二階から薄明かりが漏れている。
「あれ? もしかして、親父の部屋からじゃね?」
「まっさか、あいつ、勝手に組長の部屋へ押し入った!?」
「何か、盗んでいるんじゃ」
二人は脱兎の様に、ぐるりと湾曲したイタリア風の優雅な階段を駆け上がる。滝川高志の部屋は、わざとなのか半開きだった。
ダダっと入ると、翔吾のパジャマ姿の背中が目に飛び込んで来た。二人の足音に気づくと振り返り、包帯だらけだがてんで悪気の無い顔付きで二人を迎える。
「て、てめえ……」
「あっ、代行。今オヤジさんのパソコンいじっていたところです」
とすかさず翔吾はいきり立つ蘭を制して、何気に言った。
「……とっ……」
「オヤジさん、全く無用心極まりないですねぇ。パスワードも付けずに、そのまんま放っていたとは! それにね、この部屋の鍵も無かったし」
しらーっと言い続ける翔吾に向って、蘭はやっと口が開くようになった。
「てーか、お前どうしてこの部屋が親父のだって分かったんだ!?」
「まあ……何と言うか……目が覚めたら退屈になって、坊ちゃんも自室にこもって出て来ないし、つまり探検を……」
「あ、厚かましい奴だ。どうせ、探って何か盗もうとでも思ってたに違ぇねぇや」
と亮も呆れ顔だ。
けれども、翔吾は相変わらず悪びれない表情のまま、不遜に微笑みながら言った。
「あれこれ調べさせて頂きやした。
確かに代行が仰った通り、中には一見何も無かった。エロい写真とか、プーケットの地図とか、そんなものばかりで。オヤジはよっぽど姐御とプーケットに銀行旅行に行くのを楽しみにしていたみたいです。
ですがね、俺って少しパソコンには強くてね。一度、奥のハードのファイルを開けてみました。そしたら、削除されていたハズの情報が出てきやしてね」
「え!?」と、もう少しで怒鳴りかけた蘭が驚愕の声を上げた。「まさか」
「それには、『サウス・タイランド・トラベル』との交信記録がそっくりそのまんま」
「は!?」
「も一つ」と翔吾は今度こそニッコリと嗤う。
「来週のプーケットへの便、予約しておきましたぜ。シンガポール経由で。二人分のね」
「へ!? それって、お前とあたしの分ってこと?」
「そ」と翔吾はあっけらかんと答えたのだった。
蘭は、翔吾に対して押さえきれない怒りに身を震わしていた。勝手に、飛行機の搭乗券まで予約してしまうとは! それも自分と二人だけの……。
幾ら自分の命の恩人とは言え、その傍若無人の振る舞いには、ほとほとあきれ返る。
「て、て、てめぇ! 一体誰の許しを得て……」
と蘭の代わりに、亮が腕をまくりながら翔吾の喉首に飛び掛った。
「ち、ちょ、ちょっと待った! 俺、怪我してるんだぜ〜!」
「それが、来週には常夏のリゾートかぁぁ! それも代行とご一緒で!? てめえ、許さねぇ! 何を企んでいるのやら、俺にはさっぱり分かんねぇけど……ぅ」
あとは尻つぼみだ。
「ちょっと、亮っ! もう二人とも、やめ〜〜〜!」
と蘭はありったけの声を張り上げた。亮はやっと、この忌々しいよそ者を殴る寸前で渋々手を離した。翔吾はゲホゲホと苦しげに咳をしている。
「とにかく、予約したなら解約も出来るんだよな」と蘭が冷たく言うと、
「ええっ〜〜。せっかく……」と翔吾はふくれっ面に。
「でも、しない」
「ふへ〜〜っ!? なんで、なんで、なんで〜〜? なんでなんっすか、代行」
もう亮は半べそ状態だ。
「とにかく、どうして翔吾がそこまでしたのか、聞きたいからだよ」
翔吾はパジャマをだらしなく着たまま、ホッとして椅子に座り込んだ。
「ね、翔吾、言って!」
「実はね、ゲホッ……オヤジは『サウス・タイランド・トラベル』を通じて、あっちの奴らと何かの取引をしようとしていたんです。それは、姐御が持ちかけた取引でした」
「え」と蘭は息を止めた。「まさか……」
「取り引きの中身は?」
「いとう、ですってさ。ま、それに関するものらしいんで」
「い・と・う!?」
「伊藤って人間の取引とか?」と思わず亮も身を乗り出した。
「違うんです」と翔吾は妙にキッパリと否定した。
「いとう、とは、ITOの事じゃないかなぁ」
「は?」と蘭と亮は二人ともポカンとしている。
「つまり、ITO。これは暗号みたいですが、俺には分かった。大概の理系の人間には分かります」
「なにぃ?」
「インジウム・ティン・オキサイド」
「???」
蘭と亮はなにが何だか分からない。
「ちょっとぉ、あたしたち馬鹿に、も少し分かりやすく言ってくれない?」
翔吾は黙って、側にあるノートの切れ端に、サラサラと鉛筆で書いた。
「Indium Tin Oxide。つまり、酸化インジウムスズ、透明導電膜、ですね」
「さっぱり分かんねぇ」と蘭は両手を広げた。
「俺も」と亮。
「お前みたいな低脳には分かりっこないさ」
翔吾は黙って、高志のパソコンの画面を指差した。
「つまり、フラットパネルディスプレイ……液晶のことですよ」
蘭と亮は再び顔を見合わせた。
「分かるか、お前」
「い、いえ。何のことやら、さっぱり」と亮は首を振ってみせる。
「オヤジさんはね、そのシェア第一を誇る日本から、東南アジアにその液晶パネルを密輸出しようとしていたんでしょうね。
それしか考えられねぇんでさ」
翔吾は噛んで含めるようにそう告げた。
「そして、それには代行の弟、浩次さんも絡んでいるんですぜ」
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