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その12
翔吾は蘭のバイクの前に乗り、後ろに蘭が乗った。暗い夜空に飛び出したバイクは、ドッキンドッキンと鳴る蘭の心臓の鼓動と同じリズムの音を立てながら、疾走して行く。蘭は前の翔吾にしがみついていた。
夜だが翔吾の運転は確かで、東名高速道路に入ると一目散に西を目指していた。
「ねえ、どこ行くの?」
「いいとこ」とだけ翔吾は答える。
「いいとこって……まさか天国じゃないよね。あたしを裏切ったりはしないよね」
「さぁね」と翔吾の答えは意味深だ。
「ええっ?」
「だからって、今更降りれないでしょ、ここでは」
横をビュンビュンと車や大型トラックが、バイクの横をすり抜けて行き、バイクも負けじとトラックを追い越す。
「やべえ」と思わず蘭は目を瞑った。
「あたし、試してんだよ、あんたを。だから脅しはよしな」
「試したのは俺の方です、代行。けど代行って、案外度胸あんだな。俺の事、半ば疑っているくせに、のこのこ付いて来るとはね」
「ま、その通りさ」
蘭は毒づくと、翔吾の背中に、ジージャンの内ポケットから取り出したナイフの切っ先を突きつけた。
「妙なところに連れて行くのなら、背中からズブリだよ、てめえ」
翔吾はこの言葉を聞くと、心持振り返り黙り込んだ。
「そうか。……代行が極道の娘だってこと、忘れてましたよ、俺。その可憐な容姿にちょっと騙されてたかな」
「なにお世辞言ってんだよ、てめ〜」
「ほらほら〜、夜景ですよ、綺麗でしょう?」
と翔吾は別の話題に素早く切り替える。
「なにが夜景だ。何も見えないよ。この辺りは、登板車線じゃね?」
「もう直ぐ箱根ですね」
そう言うと翔吾は左へと廻り込んだ。どうやら御殿場で降りる気配だ。
「どこ行くよ」
「いいレストランがあります」
「レストラン? さっきチャーハン食べたじゃないか」
「ハハハ、ロマンチックというものも必要なお年頃じゃないんですかい?」
翔吾は夜でも明るい御殿場のアウトレット付近に到着した。その近くのレストランからは、確かに昼は富士山がよく見えることだろう。そのこじんまりしたレストランは、キラキラとした電飾が窓際によく映える。
「さあ、ここです。代行、宜しかったらそのナイフしまってくだせぇよ」
蘭はそのレストランの人気の無い駐車場に降りる間際に、ナイフを畳んでポケットに入れた。
その刹那、翔吾は背後から蘭を羽交い絞めにしたのだ。
「な、なにすんだよ!?」
蘭の心臓がビクッとし、全身から血の気が引いた。恐怖が蘭を襲う。
― てめ……あたし、こんな所で殺(や)られちゃうのかな? ちっ、気を緩めるなんて……バカバカバカ〜〜!
けれども翔吾がしたことは、蘭を無理やり自分に向かせて顎を挟んでしたキスだった。蘭は一瞬目をシロクロさせたが、おとなしく翔吾のディープキスに身を委ねたのだった。
― あ、これって、ひょっとして生まれて初めてのキスじゃないか!? あたしのたった一度っきりのファーストキス!? 畜生っ、確かにこいつにしてヤラレちゃったな……。
長〜いキスの後、翔吾はなぜかいきり立つ蘭を片手で制すると、こう言った。
「これからは、密約を交わしましょうや、代行」
「んぬ?」と蘭はまだ腹立ち紛れと、夢見心地の狭間で、ぼんやりしていた。
「人前では“恋人”、人が居ない場所では、代行と舎弟の間柄ということで」
「ん……まあ、そうするか。それにしても、いきなりとは卑怯じゃんか! 承諾も得ずに」
「キスは、衝撃的なほうが激しく情熱的なんで」
「これで、女たちを次々と落としていったな。だけどあたしには通用しないよ!」
翔吾はただ暗闇でニタっと笑っただけだった。
「さ、入りましょう。食事がいやなら、ただドリンクだけでも」
「アルコールは駄目だよ。飲酒運転は嫌いだからね。法律は守るものだよ、市民としての」
「ふん。あのへっぽこ医者は、いつもほろ酔い気分でしたがね」
と翔吾はぶーたれた。「おかげで、点滴の針は間違ってあちこち刺しまくるし、痛いったらねぇや」
「でも、そのドクター小林のおかげで、あんたは命拾いをしたんだよ。ほんとなら、入院しなくちゃならない所だったんだ。ちょいとした手術もしたしね」
「ふふんだ。まだ完全とは言えないんですぜ」
「世が世なら、ドクターは天才的外科医にもなれたんだ。ま、それが良かったかどうかは分かんねぇけど」
「とにかく」と翔吾は珍しく溜息をつく。「少し休んでから、帰りましょう。高橋や他の舎弟たちが、俺たちを探し回る前に」
「それに明日は、いよいよ海外だもんね〜」
「さ、お嬢様、て〜か、蘭ちゃん、ジュースでも飲みます!?」
二人は手をつなぐと、レストランの中に入って行った。
「てか……もしかしてここ、上はホテルじゃない?」
「ん……まあ……オーベルジュって感じで……」
「てめえ!」
「お静かにっ! ここはシャバです。市民たちの憩いの場、なんっすから」
「こういうの、なんとかって言うんだよね。上が宿、下がレストランっての」
「だからぁ、さっきからオーベルジュって言ってるでしょーがっ!」
「いらっしゃいませ。お二人ですね、お泊りで?」
「ち、違うっ」と蘭は慌てて、近付いて来た支配人らしき男に言った。
「ただ飲みにきただけ。あ、ジュースとかね」
「そ、そうです」と翔吾も礼儀正しく言う。「帰るの遅くなっちゃって」
「ああ、御殿場のアウトレットね。7時ぐらいには閉っちゃいますからね〜」
「えー、はいはい」と翔吾は、人好きのする微笑を浮かべると、蘭の背中を押して端っこの席に着いた。
「わぁ〜、星空、綺麗っ」と窓から空を見上げながら、蘭は歓声をあげた。
「こんなに星が見えるなんて。物凄い数だよね〜。プーケットからも見えるのかな?」
「さあ、どうでしょうね」
そう言うと、翔吾は蘭の席にさっと移ると、片手で蘭を引き寄せた。
「だいこ……じゃなく、蘭ちゃん。明日から仲良く行きましょう」
「うん、翔っ」と蘭は答えると、ひと時“偽り”の恋人になって、翔吾に身体を傾けた。翔吾の少し汗臭い臭いがし、それがオトコの臭いだと知った蘭は、ホンモノの恋人になれたらどんなにステキか……といじらしくも、そう想像してみたのだった。
けれども……。
「ありえねぇぇぇ。離れてよっ」
「やっぱ、そうくると思った」
そう言うと、翔吾はゆっくりと腕を離した。それから二人は黙ったまま、運ばれて来たジュースを飲んだのだった。あとは無言のまま……。
真夜中、二人が無事戻ってきたので、高橋はやっと胸を撫で下ろしたのだった。
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