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【プーケットへ出航!】

 

その1

 

「なんでこういう風になっちゃうんだよぉ、全く」と翔吾がブツクサ言えば、
「あんただって、騙されちゃったんじゃない!? あいつらに利用されてさ。こうなったのも、あんたのせいだよ!」と今度は蘭が罵る。
「俺が騙されたのは、初めて……でもないか」
「そうさ、あんたって本当に間抜け! ちゃんとT工大出てんの?」
「出てるさ、けどあいつらが小早川だったとはね〜。さすがの俺様も、まんまと喰わされたぜ。蘭ちゃんだって、わざとらしい姐さんのUSBの文面見て、信じたくせに」
「小早川って?」
「知らねぇんですかい、代行。武将、武将! 豊臣を裏切った若い武将のこと、翻って“裏切り者”の代名詞っ!」
「あたしって、もう代行じゃないしぃ。それに、歴女でもないからっ!」
「代行は、やっぱり蘭ちゃんですよ、今でも。少なくとも俺にとっちゃ〜ね」
 

 それから二人は黙り込んだ。船底から聞こえて来る微かなタービンの振動が身体に響き、ここが陸ではなく海上であることを嫌でも思い出させるのだ。丸い窓からは夕暮れどきの鉛色の空しか見えない。
 そして二人は背中合わせにロープで繋がれていた!
 

「で、小早川って誰?」と沈黙に耐えかねて、蘭が唐突に言いだす。
「あ〜あ、そんな事も知らねぇのかよ」
「だって、日本史大嫌いだったし」
「だからさっき言ったでしょ。豊臣を裏切ったって奴。関が原の合戦で、怖くなって徳川家康のもとに付いた。けど勝利した後には、病魔が待っていて直ぐに死んだけどさぁ」
「じゃあ、浩次もきっとそうなるさ。それからあいつの実の父、堂本たちも」
「って……代行は本当に楽天的だな〜」
「だから〜、あたしはもう代行じゃないって言ってんでしょーがっ」
 

 またまた二人は黙り込んだ。黄(ホアン)とその部下たちに捕まって丸一日だ。とうとうホテルに帰ることも無く、荷物もホテルに置いたままで二人は目隠しされ、黄(ホアン)のアジトに連れて行かれたのは昨日のこと。
 当然のことながら、二人のパスポートやいかがわしいマーライオンのフィギュアは没収された。
 

「アナタタチ アサノサント タキガワランサンネ」
とけばけばしい椅子に座って猫なで声で言う黄(ホアン)という男は、40代後半の優男(やさおとこ)だった。周りには大勢の人種国籍不明の男達が居る。
「ワタシ アナタタチノ テキデハナイ」
「じゃなにさ!」と蘭は威勢よく言い放った。それはほとんど虚勢なのだったが。
「ミカタデモナイ」
「ほれ見ろ」と翔吾は嗤った。「こいつら詭弁ばかりだぜ」
 

 途端に一人の屈強な部下からの拳骨が飛んできて、翔吾の頬に炸裂した。
「き、凶暴……」と慄く蘭は、縛られた手を何とかして動かそうとしたがビクともしない。その側には、翔吾が情けなく転がった。
「いでぇぇぇ〜」
「ワタシノテキハ アノアズマタチト ムー ネ」
「何で?」と苦痛で言葉も出ない翔吾に変わって、蘭が聞く。
「アズマタチ ワタシノ ヤク ヌスンダネ ソシテ カクシタ」
「あ……そう」と蘭はとぼけた。
「ソノヤク ドコニアルカ ワカラナイネ」
 

 それからどこか気障な服装の黄(ホアン)は、煙草をすーっと吸ってこともなげに言った。その横顔は、色白の銀行マン風だ。
「サッキ アズマノトコロ イッタ。サガシタケド ナイカラ アイツラ ミンナコロシタネ」
「殺した……!?」と翔吾が痛む頬も忘れて叫んだ。「まさか」
「ワタシ ウラギリモノト ヌスット ダイキライネ」
「あ、あ、あ、あたしも嫌いだけど」とだけ蘭はやっと答えたのだった。
 

― やべえ! こいつら狂ってるよ。まじでヤバイ……。なんとかせにゃあ〜。  

 蘭と翔吾は期せずして同じことを感じていた。

 

 その頃、日本では……。
「てへぇ! 酷えもんだね、これは」
という藤堂デカの言葉に、古田刑事が覗き込んだ。パソコンの画面に、惨劇の跡が写っている。
「あれぇ! これって、藤枝組の東南アジア事務所の東夫婦ですよね。あ〜あ、無残だなぁ」
「あいつがシンガポールから、これ転送してきたのさ。先ほど行ってみたら、こうだったってよ」
「で? あのかわい子ちゃん組長代行と、いけ好かないがイケメンの浅野は?」
「居ないそうだ」
 藤堂デカはぼそっとつぶやいた。
 
「あいつらも危ねえな」


「ところで次に出てくるこのバアサンは?」
「こいつ……ババアじゃねぇ。良く見ろ! ジジイだ」
「へ!???」
「山田太朗さ」
「ああ、あの爆破魔か! けど、随分と老けましたね〜」
「ジジイがババアに化けるのはいとも簡単だ。が、ババアがジジイに化けるのはちょっと無理だがね」
「うまく変装してますね〜」
「誰のまわし者か、お前分かるか?」
「う〜む」と古田刑事は腕組みした。
 

「昨日ですか……滝川組にクーデターがあったそうですね。あ! ひょっとして?」
「そうさ。滝川浩次の差し金じゃないかって、俺はそう思ってるんだがね」
「ふ〜む」とまたまた古田は腕組み。「内紛ですか?」
「元々滝川浩次は、あの小娘蘭の義理の弟。それも、父親は浪速会の堂本伊佐夫だっていう噂があった。……そしたら、だな」
と途端に藤堂はヒソヒソ声になった。
「何ですか?」と古田刑事も耳を寄せる。
「あの小娘とイケメン野郎がシンガポールに行った直後、堂本組の舎弟たちが何人か、秘かに滝川組の事務所に入ったそうだ。ま、事務所と言っても、ガタの来た倉庫に毛が生えたような代物だがね」
 くっくっと藤堂は手を口元に当てて、嗤う。
 

「あの小娘を騙すのは簡単だったようだな。あとはお定まりの、跡目争いだ」
「でも、大元締めの東西会東郷組は、滝川浩次を組長として認めるでしょうかね?」
「今の東郷組は、組長不在のまま代行の東郷剛史が牛耳っているが、実は弟が二人居るんでね」
「一人は、全く関係ない職に就いているっていいますね。確か……警官?」
「そう。そしてもう一人が、あの糞野郎さ」
「糞……?」
「そう。あの浅野翔吾。腹違いだそうがね」
「へえ〜!?」と古田刑事はのけ反った。

「お袋さんは、大分前広島で死んだってよ。エイズにかかってたが、今の薬が間に合わず、東南アジアからの密輸の薬を飲んでいたものの、逆に副作用で亡くなったそうだ」
「そうだったんですかぁ」と古田刑事が、つぶやいた。「なんか、フクザツだな」
 

 

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2011/4/15