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その12
夕暮れ時、蘭は一人で翔吾の病院へ訪ねた。
翔吾はやっと起き上がり、ナースに抱えられて廊下を歩く練習をしていた。背後に蘭が居るとも知らず、翔吾は何やらそのナースに向って軽口を叩いているらしく、ナースはホホホと笑い出している。リハビリをしていると言うよりも、むしろじゃれ合っているという感じだ。
「ちっ、あのナース、今度はホンモノかな? ところでやっぱし相変わらずだな、あいつは。けど、さっきの話を聞いてきたばかりでは、あながち翔吾だけを責められないし」
女誑しで無邪気な翔吾を見つめるにつけ、蘭はふとそう思ってしまう。
「いけね、いけね〜、あいつは稀代のワルだぞよ。そう肝に銘じなくちゃ」
そう思うと蘭は「エヘン」と咳払いをした。翔吾はハッとして振り返ると、ナースに何か囁いた。ナースは不承不承去って行く。
ナースが去った途端、翔吾はシャンと立ち、蘭を直視した。
「な〜んだ、翔吾ったら、ちゃんと立てるじゃんか。またまた騙しやがって! 稀代のペテン師とはやっぱり的を得てるわ」
と蘭は、わざと大袈裟な素振りでむすっと言い捨てた。
「あ、代行ですか。いや、まだまだ痛みはあるんですけどね」
と翔吾はなにやら言い訳っぽい。
「その病は、色んなことでなるんだってね。それで、慢性化するって聞いたけど」
「まあ、そうっすかね」
「力仕事は無理でしょ、翔吾。だから口八丁手八丁だったのかよ。例えば……女を騙すとかさ」
「人聞きがお悪い事を」
「ま、いいさ。とにかく……あたし、あの若いデカから聞いたよ」
蘭はここで声をひそめた。
「あたしたち、囮捜査の肩代わりをするんだってね。だからあたし、釈放されたんだろ?」
「昨日そう取り決めました。代行をお救いするにはそれっきゃ方法が無くってね」
「嘘つき」と蘭はピシャリと言った。けれども、「仕方ないけどさ」とも付け加える。
「結構危険ですよ、代行。いいんですか」
「ああ、受けて立つよ。じゃあたし、もうホテルに戻る」
「え、もう?」
「あんたは、あのナースといちゃつきなよ」
蘭はすっとくるりと背を向けると、スタスタと去って行った。
「2日後ですよ、いいですね!」と翔吾は蘭の背中に呼びかけたが、蘭は黙ったままだった。
「ねぇ代行。俺のカバンの中に、代行へのプレゼントがあるんです。欲しがっていたキティのボールペン」
「えっ、キティのっ!?」
やはり、蘭はキティグッズにだけは弱いキティラーなのだ。嫌でも蘭は振り返ってしまうのが、我ながらいぎたない。
「エへへ、代行のお好みはちゃんと把握してます。仲直りにそれをあげますよ。ちょうど充電器の側にありますから」
「なにぃ、充電器?」と蘭はせっかく買った充電器だったが、翔吾が代わりの物を持っていたのでがっくりだ。何の為に充電器を買いに出かけたんだか……?
「けど、仲直りはしねぇよ、あたし」
「それでもいいっすよ。じゃあ……」
翔吾は片手を挙げようとしたが、蘭の方は跳ねる様な足取りで振り返りもせず、病院を後にしたのだった。
蘭はいそいそとホテルに戻り、翔吾のカバンを開けた。確かにキワドいパンツの近くに、充電器とキティのボールペンがあった。
「あれぇ〜、か、可愛いっ」と蘭はそのボールペンに頬ずりする。
何か魂胆があるとも知らず。
その頃、警察署の一室では、蘭の部屋を探っていた警官が一本のUSBを江口刑事に差し出していた。口紅型の奇妙なUSBだ。
「うっふふふ、やっぱりあったか! 即パソコンに繋げ」という命令で、部下がUSBをパソコンに入れ込んで見ると、日本語が一行現れた。
『あっかんべー』
「ち、ち、ち、ちっくしょう! あいつめ!!」
江口は部屋中を、憤怒の余りにぐるぐる廻ったのだった。やはり江口は、義兄翔吾を甘く見ていたらしいと感じた。
「見事にしてやられたよ、義兄さん!」
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