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PAST DAYS
〜過ぎ去りし日々・大学編〜
1 桜の園
柿沢友里菜は、憧れの女子大の門をくぐっていた。天気はまあまあの晴れ。
まず最初に友里菜が目にしたのは、淡いピンクのソメイヨシノの花が、学園全体を覆っているメルヘンな風景だった。
― やっぱり、女子大は雰囲気が違うわ〜。前の高校とは偉い違いや。
「どうしたの、友里ちゃん。足を止めちゃって」
と母方の叔母が、覗きこみながら聞く。
「そうよ、どうしたの?」と叔母の隣の母親もそう尋ねた。
「いや……なんか、嘘みたいで。本当にここに入ったんだなぁって思って」
「か・ん・ど・う?」と叔母が茶化したように言うと、上品に微笑んだ。
「うん、まぁそうかな」
友里菜は照れ笑いをしてしまう。
1999年4月の入学式のR女子大は、まるで桜の園だった。校門目指して、友里菜達だけではなく、様々な新入生達が母親や両親と思しき中年の人々に付き添われてどんどん中に入って行くのだ。その有様は優雅でかつ壮大、そしてどこか友里菜には気後れする。
このR女子大は、明らかに中流から上の家庭の女子生徒ばかりだと思われる。あちこちに、控えめに各クラブの先輩達が、これまた控えめに勧誘の看板を持っていたり、チラシを配ったりしていたものの、全体に落ち着いていて全然騒がしくは無く、やはりまごうかたなき“女子大なのだ”という気がするのだ。
そして程なく歩くと、真正面にチャペルがそびえ立っていた。辺りは芝生。そして周りの建物は、どこか古風な修道院を思わせる。それは以前友里菜が付き合っていた、肝付隼人の居たミッション系学園を彷彿とさせるのだ。ここもミッション系で、どこか静謐な趣が全体のキャンパスを支配していた。
そう言えば、隼人も今頃そのまま高校と同じ大学に進学したはずだ。彼との思い出は少し酸っぱいが、けれどもいい経験だったとも思う。
― でも、やっぱり芳人がいい。芳人……今頃、何してるのかな? 予備校に入ったのかな?
けれどもその思いは、直ぐに打ち破られた。
チャペルの荘厳さ、女子大特有の女性だけの園の甘い雰囲気が、友里菜を酔わせる。入口で、新入生と父母の列と分けられたのだ。これからは一人。そして未知の世界が友里菜を待つ。
入口の新入生用の席には、上級生達が立って出迎えていた。
「いらっしゃい。あなたの名前は?」
ハキハキした関東弁で、大阪から来た友里菜は少しだけちぢこまった。けれども、その上級生の物腰は穏やかで、ニッコリと笑い、友里菜の緊張した心をほぐして行く。
「あ、わたしは音楽学部の柿沢友里菜です」
なんと誇らしい響きなのだろう。“音楽学部の柿沢友里菜”……。まるで突然少女から、大人の女子になったみたいに。
「ようこそ、柿沢さん。音楽学部の席は右よ。17番の椅子。あの人に案内してもらって」
指差されたそこには、背の高い美しい上級生が手招いていた。まるで春霞に包まれているような、ろうたけた佇まいの人……。友里菜は、同性である女性に対してうっとりとしたことは、生まれて初めてだったので、少しだけうろたえた。
「じ、17番です」
「ああ、こっちよ」とその美しいとしか言い様の無い上級生が、微笑みながら友里菜を案内する。まるで夢の中のような気がした。
案内のままに、友里菜は講堂になっているチャペルのその席に座った。すぐ右隣には、一人の小柄だが少しふっくらした少女が座っており、その少女はチラッと友里菜を見上げた。どこか、ツンとした雰囲気の少女だった。
「ここが17番」
そう一言告げると、その美しい上級生は去った。
「あなた、17番?」と隣の席の少女が尋ねた。甘ったれたような、どこか上から目線の言い方だ。
「ええ。あなたは?」
「わたし、16番。あなたも音楽部? ピアノ科?」
「いえ、わたしは声楽」
「あれ? 試験の時、あなた居たっけ? わたしも声楽なのよ」
「そうですか? はい、わたし居ましたけど……」
「その言葉、どこか訛りがあるわね」
「大阪から来たので」
「あ、そう」
それだけ聞くと、その少女は真っ直ぐ前を向いたままになった。
「あのう……貴女のお名前は? わたしは、柿沢友里菜と言います」
「え? 名前? わたしは、伊藤有紀」
「いとう ゆき?」
「そう。有るという字に、何世紀の紀。あなたは?」
「柿の木の柿沢に、友達の友がゆで、里の菜の花の菜で、ゆりな」
「ゆきとゆりな、か」とその少女は少しだけ笑った。笑うと案外可愛い。それが、伊藤有紀との最初の出会いだった。
「名前はね、ABC順になっているのよ、ここでは」
と有紀が囁いた。「ミッションでは、大抵そうなのよ。だから、いつも隣になるわね」
桜の花に囲まれたキャンパス。そして、ここはまさに桜の園と言った趣があった。友里菜はじっと座りながら、まるで夢の中に彷徨っているように入学式に臨んだのだった。
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