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2 何もかも違って

 

 入学式はパイプ・オルガンの奏楽と共に、厳かに始まった。国旗など何も無く、正面には簡潔な木の十字架と校章があるだけの質素な式かなと思ったのも束の間、背後からオルガンの華やかな音色と、清冽な賛美歌が聞こえて来る。校歌はあったものの、それよりも賛美歌の調べの方がより勝っているのだ。初めて感じる、心に沁みる音……。
 
院長、校長などの祝辞と共に、チャプレンと呼ばれている“学校付き牧師”の短いが意義深い説教があった。友里菜はただただ驚いて、身体を硬直させて聞いていた。
 

 直ぐ隣の伊藤有紀が、友里菜を少し突いて囁いた。  
「あなた……こういうの、初めて?」  
「え、ええ。ミッションは初めてで。その上、わたし、公立高校出だから」  
「ふぅん」とだけ有紀は言うと、直ぐ真正面を向く。その横顔は、少しだけだが高慢にも感じる。けれども友里菜はそんなことよりも、この場の雰囲気に完全に呑まれていた。
 

― 隼人って、こういう雰囲気で育ってたんだ……。道理でどこかわたしらとは違う感じがしてたなぁ〜。  

「あなた達は自分の意志でここに来たと思っておられるのでしょうが、それは違うのです」  
と背の高い、30代とおぼしきチャプレンが喋っていた。

― 自分の意志じゃないって? じゃあ、誰の意思?  

「あなた達をここに導いたのは、神です。言わばそれは、約束されていた事なんです」  

― 神様が!? じゃあ……それって、運命だって言うの?  

「いちいち驚いちゃダメよ」と有紀が囁いた。余程友里菜はそれと分かるほど緊張し、又狼狽もしていたのだろうか……。  
「うん、分かった」と友里菜は、頬を赤らめてうなずいた。
 

 式後、叔母と母と共に電車に乗った友里菜は、どこか解放されたような、けれどもワクワクする気持ちを抱きながら語ったのだった。  
「なんか……何もかも違うんやね〜、ミッションの女子大って。今までずうっと男子と一緒だったから、何か変な気持ちになっちゃった」  
「授業が始まるのは、三日後からだけど、わたしは明日大阪に戻るわ。いい?」  
と母親が言った。  
「うん」と答えた友里菜だったが、ちょっぴり不安が出て来てしまう。

明日から叔母の家で居候するのだ。余り気が進まなかったが、とりあえず半年は叔母の家から通う事になった。本当は一人暮らしがしたかったのだが、それも仕方ない。  
 
ピアノが置けるマンションは余り無かったし、さりとて寄宿舎に入るのも躊躇われたからだ。
 

叔母は母の妹で、叔父と結婚しているものの、子供が無かった。にも係らず、かなりの邸宅で、ピアノもあるし、部屋も8畳の部屋が空いていたからだ。少しでも父母の負担を軽くしてあげたいと、その時は友里菜もそう思っていたのだが……。  
 
少し高級なレストランで食事をした後、三人は横浜の郊外の叔母の家に帰った。
 

友里菜がホッとして、あてがわれた自室へと戻ると、メールが来ていた。芳人からだ。  
『入学式、どうだった?』  
 直ぐに友里菜はレスをする。  
『疲れた。けど、凄く綺麗なキャンパス!通うのが楽しみ^^』
 

― そうだ。今日から芳人も予備校だったんだ……。  

 

 その頃、大阪の豊中にある予備校では、芳人と羽島淳平が医学部志望クラスに入り、何とか一浪で医学部を目指して席を並べていた。  
「メール、どや? 来てた?」と淳平が芳人の携帯を覗くと、  
「うん、まぁな」と芳人はニタつく。「楽しそうやな〜」
「いいなぁ。志望校に入った女子は! お前のカノジョ、音楽家になるん?」  
「まあそう言ってたけどな……将来は分からへん」  
「離れていたら、その内新しいカレシが出来るんとちゃうか? 気ぃつけな、芳人っ。カノジョって、美人やろ」
「美人って言うより、賢いって顔やな。そして……可愛いぃ」  
「ふふん、にやけやがって。もう」  
 淳平は芳人を突いた。
 

「そら。先生が来たぞ」
との淳平の耳打ちで、芳人はやっと我に返り、携帯の電源を切った。  
 やって来た新栄ゼミナールの数学の教師は、いがぐり頭の若い教師だったが、開口一番こうのたまったのだった。

「みんな、来てるか! いいか、最初に言っておく。自分達がエリートではない、と思うものは、即刻ここから出て行け〜! 卑しくも、ここ新栄ゼミに来る者は、一般人とは違うという認識にたってもらいたい。  
 よって、君達は人の上に立つエリート集団である。以後、そのつもりで。いいな!!
 

 全員が呆気に取られていたが、やがて、  
「は、はい」  
「あー、はい」と言う間の抜けた返事が返ってきた。
「何だぁ、その返事は。日本人男子たるもの、もっとちゃんと返事せんかい!」  
とがなる教師に、生徒達は一斉に「はいっ!」と答えたのだった。
 

 この高橋という数学教師に対して、芳人はふと奇妙な違和感を覚えた。けれども、四の五の言っていられない。確かに、そのような気構えが無ければ、この受験戦争は勝ち残っていけないかもしれないのだ。

 芳人の家はまあまあの中流なのだが、淳平のように財政豊かな家でもない。よって、どうにかして、国立か公立の医科大に入らなければならないのだ。自分の為にも、そして友里菜という女性を射止める為にも……。  

― けど、何か想像とは違ったな〜。僕ら、右翼的エリート集団じゃないと思うんやけどな、医者って。僕は甘いのかな?  

 それが芳人にとっての鬼教師、高橋先生との出会いだった。  

 

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2010/5/22