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39 今宵は発表会
まだ肌寒い早春の宵、友里菜と有紀の担任教授、佐藤先生の門下生達の発表会が行われた。一応、ワンコインの入場券が発売されて入るが、所詮は門下生達 ― みなセミプロか音大生達の発表会で、「コンサート」と銘打つのも恥ずかしいぐらいだ。
けれども、一応「桜会」と名付けられた毎年開かれるコンサートで、家族のみならず一般人達もちらほらとは居る。もっとも、八割がたは家族や友人達と言った知り合いばかりなのだが、音楽を志す学生達には、必ずこういう場が必要なのだ。
それは、度胸を付けると言う意味もあるし、佐藤教授の門下生達が如何に多いかを知らしめるためでも有る。けれども結局は、知り合い達の集まりで、和気藹々としたものだ
いっぱしの音楽家ぶっていても、まだまだひよっ子に過ぎない若い女性ばかり。その中では、佐藤教授はやはり貫禄がある。大昔(?)はオペラにも出ていた事が在るとは言うが……友里菜達の生まれていない頃なので、あまりはっきりとはしない。少なくとも、「わたくし、『カバレリア・ルスティカーナ』のサントゥッツァ(*1)を歌ったことがあるのよ〜。お相手のテナーは、昔は有名だった何々さんで……」と言うのが、佐藤教授のご自慢だった。
とにかく、どこかの教授の門下生にならなければ、なかなかこのクラシックの歌の道には遠いのが実情だ。
けれども、その日、緑ホールの小ホールにやって来た友里菜は浮かない顔をしていた。手には、着替えるべき衣装を持ってきてはいるが、表情は冴えない。
「あれ? 今日のカッキー、どこか変」と早速お化粧中の、のりっちが気付いた。
「え? そぅお?」
「そうだよ。いつものカッキーらしくないって」
「うふふふふ。実はね、これには訳があるのさ」
と、悪戯っぽく有紀が囁く。
「やめてよ、ゆっき」
と慌てて遮る友里菜だが、もとより有紀が聞くはずが無い。
「なになに?」
「あのさ、今日、カッキーのカレシ二人が揃いも揃って、雁首下げてやって来るの」
「はあ?」
「やめてよ、二人とも! あの人達って、カレシじゃないから! 何だかネットで見たりして、招待もしていないのに勝手に来るんだって!」
「何よ、ムキになって。だよね〜〜、カッキーのカレシって、将来のお医者様なんだもんねぇ」と、少し羨ましそうなのりっちだ。
「違うわよ」と言ってから、友里菜はしまったと思う。
「まだわたしにはカレシなんて居ないって! それに……大阪のあの幼馴染、落ちちゃったから、又医大に再挑戦するか分んないの」
「ありゃぁぁ、そうだったんだ」とのりっちが舌を出した。
「その通りよ」と経緯を知っている有紀が、めっと睨む。
「とにかく誰が来ようと、頑張りましょ。テストではないけど、やっぱ、緊張するしぃ」
そんな声を聞きながら、友里菜は自分で選んだ白いレースのドレスを着た。あちこちにビジューが散りばめられた、清純そうだがどこか色っぽいドレスだ。
「わぁ、綺麗ね〜。このドレス! 白、なんて、まさかウェディングドレスじゃないよね」
「やだ〜、のりっちったら、”綺麗”ってわたしの事じゃないの!? ドレスのことなの?」
「当たり前じゃん」と事も無げにのりっちは言ってのける。二人を見つめていた有紀が、
「本番前は、余りだみ声は出さないようにね」と慎重にたしなめた。
「ゆっきは、高音が綺麗に出せるから、プッチーニの『ラ・ボエーム』のムゼッタのワルツね。いいよね、あれ(*2)」
「いつか、『ランメルモールのルチア』の狂乱の場、を歌いたいわ(*3)」
「出来るわよ、ゆっきなら」
「いいなぁ、二人とも才能あってさ。あたしだけは、まだベッリーニの歌曲だもん」
とのりっちはふくれた。
「ところでのりっち……もち、あんたのカレシ、来るよね」
「決まってるじゃん!」と得意そうにのりっちは宣言した。
しけた小ホールなので、もちろんカーテンなどは無いし、歌う生徒達も終われば、聞くほうに廻るのだ。
一年生のこの三人は、比較的早い番に終わってしまうので、三人は舞台の袖で今か今かときょどっていた。
ちらと観客席を覗くと、友里菜は途端に「うぐっ」と喉を詰らせた。
「ちょっとぉ〜、どしたの?」
「ゆっき! あの二人、来てるぅぅ!」
「あ、やっぱりかぁ」
「それも、どっちも正面の舞台に近い方に陣取ってるよぉ。席も近いし……どうしよう」
「どうしようって、、、、歌うだけじゃんか、わたし達って」
「何かあったんですか?」と伴奏担当の小嶋というクラスメートが覗き込んできた。
「いや、あ、別にぃ」と友里菜は手を振る。
「ほらほら、もう直ぐ開幕だから、カッキーもその辺で引っ込もうよ」
とゆっきは無理やり手を引っ張っていく。
いよいよ始まり、のりっち、友里菜、ゆっきの三人は無事歌い終わった。けれども、友里菜の番に、思わぬことが起ったのだ!
友里菜がモーツァルトの『フィガロの結婚』の中の、スザンナのアリア(*4)「とうとうこの時が来た」だったが、それが終わるや否や、舞台にスススーっと駆け寄る人影があった。なんとそれは……大滝洋平。それも、手に花束を持っており、さっと気障っぽく差し出したのだ。
「あ! えっ!?」
(うっそー! まじぃ?)
友里菜は大いに慌てたが、舞台の上ではその素振りは見せず、にこやかに微笑みながらそれを受け取った。
「良かったよ! 素ん晴らしい」と囁く洋平に、
「あ、あ、どうも……」
そう言いつつ、チラリとへたれプリンスの方を盗み見ると、寛之は唖然として洋平の芝居がかった気取った行為を見つめているだけだった。
閑話休題〔曲目紹介〕
*1『カバレリア・ルスティカーナ=田舎物の騎士』
マスカーニ作曲のシチリアを舞台にした、三角関係の悲劇。間奏曲は、かなり有名です。
サントゥッツァは、捨てられた女の役で、かなり重厚なソプラノ、ないしはメッゾ・ソプラノ。嫉妬の余りチクり、愛する人を殺させてしまう、結構犯罪性の強いオペラ。
*2『ラ・ボエーム=ボヘミアンたち』
プッチーニの有名なオペラ。貧乏な若者達の愛と別れを描きます。ムゼッタはその脇役で、高音のアリアが有名です。
*3『ランメルモールのルチア』
ドニゼッティの、悲惨極まりないオペラ。政略結婚の為、狂ってしまったルチアが歌うハイトーンボイスの難曲が、「狂乱の場」と呼ばれます。
*4『フィガロの結婚』
御存知、モーツァルトの代表的なオペラ。フィガロの婚約者の、可愛らしい小間使いスザンナに横恋慕した、女好き伯爵を懲らしめようと伯爵夫人は画策し、小間使いのスザンナをニセ伯爵夫人に仕立て上げる。結局、最後はハッピーエンドとなりますが。
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