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4 地獄への扉?
医学部コースは国語や地歴はない。英数理、それも理科の内二科目を選択しなければならないのだ。地歴が好きだった芳人は、何か割り切れないものを感じていた。その上、予備校は過酷を極め、5月を待たず、すぐにへとへとになった。
それは淳平も同じ様子だった。
ある日、予備校が終わった後、二人はふらりとマクドに寄って、今まで溜め込んでいた愚痴を散々言い合った。
「あ〜あ、僕ら20歳になったら、思い切り酒を飲み明かしたいがな、な、淳平」
「どーも予備校の奴ら、好きになれへんなぁ」と淳平もぶーたれた。
「女断ち、遊び絶ち、か。あ、それからゲームも! もぅお、それやったら人生楽しみなんか、何もないやんか」
「“欲しがりません、勝つまでは!”やで、芳人」
そう言うと、小柄な淳平はハンバーガーに喰らいついた。華奢なのにも係らず、案外淳平は痩せの大食いなのだ。
「ああ、腹減ったな〜。けど、なんか味気ない」
と芳人は愚痴る。
「そう言えば芳人、カノジョの方が先に大学卒業するけど、大丈夫かぁ?」
「何が大丈夫かぁ、やねん?」
「先にカノジョが大人になって、もうお前を待つのがやになって、て言うか、痺れ切らしてもうて、“もう、あんたなんか待てへんわ”って言われるんとちゃう?」
「うん、それが問題やな」と芳人は妙に同意した。
「以前は、友里菜の方が子供っぽいと思っていたけど、なんせ女子大になんか行ってもうたら、もうすっかり大人びて、僕みたいのには相手にされんかも」
「心配か、芳人」
「ああ、ちょっぴりね」
「大丈夫やて。医者になったら、女の子達がわんさと寄って来るって」
「そんな簡単なもんや無いと、僕は思うんやけどな〜」
「確かにね」と淳平は、急に大人びた顔付きになって相槌を打った。
「親父なんか見ていると、ほんま大変やもん。お袋なんか、医者と結婚したから、遊んで暮らせると勘違いしてたんやって。けど、ほんまは物凄く大変で、朝は早いし夜は遅いし、若い頃は週一ぐらいで当直があって、家には帰れんかったし。騙された、と言うてた」
「ははは! それはとんだこっちゃ」と芳人は嗤った。
「親父さんは、確か内科? 外科?」
「本当は外科。あんな、医学部では成績のいい奴は内科、ボーっとしている奴が外科なんやて。テレビでやるんは、ほとんど外科医がむず〜い手術をパッパッとやってカッコよさそうやけど、ほんまは違うんや。外科はほんま、大変やで。せやから親父は、僕に絶対に産婦人科と外科にはなるなって」
「そんなもん?」と芳人は二つ目のハンバーガーを食べながら聞く。「僕んちの家系には、医者はおらんからなぁ」
「だから、芳人は純粋やな」
「なんやて?」
「純粋なんや。羨ましいほど。僕んちは、親父の跡を継げとかそういうしがらみがあるけど、お前は純粋に医者になりたいって思った。それも、病気のオカンを見てそう志望したんや。僕から見たら、ほんま立派や」
それから淳平はニタリと嗤った。
「けど、いつか後悔するでぇ。僕は他の職業になりたかったな」
「後悔する?」
「うん、まじで」
「そうかなぁ。医者は大変そうやけど、人の命を救うんやで」
「けど、助からへん患者の方もぎょうさん居るんや。そういう患者さんの最後を看取るのも、医者やで。坊さんは、全てが終わってからあとから来るだけや、といつも親父はブツクサ言っとるけど、それはほんまや」
「う〜ん、因果な商売やな〜」
「その上、あんまり休みも取れへん」
「そうかもな」
「お袋なんか、いつか暇になったら、二人で世界一周の船旅しようと、いつも言ってるけど、それが実現できるかどうかも分からへん」
「おいっ、淳平。そんなん知ってんのに、なんでお前も医者になるねん?」と芳人は淳平を小突きながらニタリと嗤った。
「うん……それはやな〜」と淳平は一瞬口ごもる。「やっぱ、親父を尊敬してるっちゅーかな」
「へええ?」と芳人は淳平の顔をまじまじと見つめた。
「地獄を天国に変えたいっていうかな〜」
「お前、結構まじやんか」
「ん、まぁそうかもな。そうでないと、この地獄の特訓なんか毎日出来へんわ」
淳平は、へへへっと照れ笑いした。芳人は淳平の本心を知って、心から嬉しいと感じた。二人は幸せそうに、ハンバーガーを食べ続けた。将来への夢だけが、二人を優しく包んでいく。
けれども今はまだ、地獄の扉に居るに過ぎないのだった。
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