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9 妖艶な従姉

 

 ツーツーツーとケータイは無情に鳴っているだけ。けれども友里菜は出ない。
「ちぇっ、なにしてんねん、友里菜は? 最近、あっちからも何の連絡も無いやんか」
 腹立たしげに芳人はケータイを切った。メールを出しても、そんなにレスは無い。パケットの無い時代なので、そんなにしげしげと出せないのが、尚更シャクだ。
 

「なんや、芳人、カノジョのこと怒っているんか?」と電車の隣に立っていた淳平が冷やかした。
「べ、別に怒ってなんかいないけど……」
「ほんま?」と淳平は更に小突く。「ほらほらほらぁ、顔が赤くなってるぞ、芳人。カノジョのこと信じられへんのん?」
「そりゃ……信じてるよ。けど、遠い所やからなぁ。この連休にも帰ってきぃへんし」
「やっぱり……疑ってんのやな。けどしゃーないよ。僕ら、まだ予備校生やし。お前が医学生になったら、カノジョも又振り返るって!」
「変な慰めはやめてんか」
「むふふふ……」と淳平は意味深な笑いを浮かべながら、「じゃ」と言って手前の駅で降りた。

 

 芳人が何だかもやもやした思いを抱きつつ家の玄関扉を開けると、そこには麗々しい女性の高いヒールのサンダルがあった。(*当時、流行っていました)
「あれ? 誰や?」
 不思議に思いながら居間に入ると、そこには見慣れぬ若い女性がソファに座って、母親と笑いあっている。
「誰や……ねん?」と芳人はつぶやく。
 

「あ、芳人か。美里(みさと)ちゃんが来てくれはったで」
「美里ちゃん? ……あ、従姉の美里ちゃんのこと?」
「当たり前やんか。従姉に美里って子は、一人しかおらんがな」
と母親は手を口に当てて笑う。その時、後姿だった美里が振り返った。
 

「あ、芳(よし)ちゃん? 久し振りやね」
 芳人は美里を見た瞬間、ハッと身を強張らせた。その余りの変化に、そのろうたけた妖艶な娘が、よもや自分の従姉だったとは信じられなかったのだ。
「な、兄さんがしばらく関東に居たけど、戻って来はってん」
「そうよ。最近越して来た。今は山崎に居るわ。又よろしゅうな」
「あ……はいぃ」
「なにボーっとしてんねん、芳人は。あ、分かった。美里ちゃんが余りにも別嬪さんになったさかい、びっくりしてんねんやろ? 何しろ、前に会ったんは……」

「もう7年前やよ、叔母さん」と美里は微笑んだ。「ちょうど芳君が……まだ小六やったから」
「そやね〜。時の経つのは、ほんま早いわ」と母親は感慨深そうに相槌を打つ。
「それがね〜、あの小学生が今では医大の予備校生なんて! あの頃、芳君って結構ゴンタやったさかい」
「中学では、それこそ不良一歩手前やったし。心配したけど」
「それが立派になったわねぇ」
 

 年上の従姉の艶っぽさに、思わず芳人はくらくらしてしまう。さっきまで友里菜の事ばかり考えていたのに、友里菜は到底この従姉の色っぽさには叶わないと確信する自分が居た。
 昔芳人が見ていた美里は、少し年上の高校生のお姉ちゃんって感じだった。確かに側に来るとどぎまぎしたが、所詮親戚。“女”として見ていた訳ではなく、又美里だって“ただのガキに過ぎない従弟”だったはずだ。
 けれども美里は芳人よりもう五つ上の成熟した娘であり、幾ら親戚と言えど、今度は違った意味でどぎまぎしてしまう。
 

― いかん、いかん! 従姉に変な感情を抱くとは! 僕としたことが、なんてこった。  

 けれども芳人のジュニアは奇妙にそそり立っていた。芳人は慌てて、
「あ、自室に行く〜」と叫ぶと、階段を上っていった。
「芳人〜! もう直ぐ夕飯やで! 一緒に食べよ〜な」
と階下から母親の声がしたが、芳人は自室で胸を上下させていた。
「あ! 分かった!」

 芳人はどっとベッドに大の字になって倒れ込んだ。  

― 女は怖い〜。たったちょっとの間に、ああまでも変化してしまう。蛹が蝶になったように……違う、そういう陳腐な表現じゃなくって! ただのお姉ちゃんが、妖しいオンナへと憑依するんや〜。ああ、こわぁぁ。
 まっさか、友里菜……あっちでこういう風に変化してんのとちゃうやろか……。
 

 芳人が要らぬ妄想に懊悩していた時、ドアが突然開いた。
「あ、芳君。寝てたん?」と言う声は……美里! 芳人は、こうして寝ながら見上げると、美里はスタイルも抜群だという事が分かった。それは、親戚として誇らしくもあるが……しかし。
「ああ、いやいや。別に。ただちょっと疲れてもうて」
「予備校生は辛いよなぁ」
 そう言うと、美里は臆面も無く少しずつ近寄って来たのだった。

 

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2010/8/4