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〜9〜
梨紗と牧人は、翌朝裸のままベッドに寝ていた。牧人は無意識に梨紗の長い髪を撫でていたらしい。ふと目覚めると、室内は暖かだがカーテンの陰から見える外はやはり雨のようだ。
牧人は梨紗の横向きの寝顔をじいっと覗き込んで、我知らず微笑んでいた。激しく愛し合った昨晩が嘘のようだ。けれども現実に愛する人は直ぐ側で寝息を立てている。
牧人は梨紗を起こさないように、自分はそっと起き上がった。
けれどもこの平和な静寂を破るものが……。それは梨紗のケータイから鳴り響く着メロ。
梨紗はハッとして目覚め、それから手探りでベッド脇のテーブルに無雑作に置いていたケータイを掴んだ。そして着信の相手を一瞥すると、一呼吸しケータイを耳に当てる。
「あ……はいはい。宮本でございますが」
「ああ、宮本先生? 今どこに? これから直ぐ学校に来られますか?」
「ええっ!? 校長先生……今からですか?」
「無理ですかね」
「ええっと……午後からなら何とか行けそうですが、何か?」
「君の元の生徒、萩原花菜(かな)が家出したそうですよ。今朝、お母さんから血相を変えた電話がありましてね〜」
「萩原……ですか」
梨紗は裸のまま、居住まいを正した。牧人は心配そうに梨紗を見つめているばかりだ。
「どうやらカレシと失踪したらしいってね、そう仰っておられましたが」
「カレシと!? でも萩原はそんな感じの子ではなく……」
「先生っ、ご存じないんですか? お母さんのお話だと、萩原花菜は妊娠中絶したんだそうですよ、最近」
「中絶!?」と梨紗は絶句した。「そ、そのようなことは聞いておりませんでしたが」
「とにかく出来るだけ早く学校にいらして下さい。わたしも待機しておりますから」
「あ……はい、分かりました」
最後は尻すぼみになったが、梨紗の声が終わる前に、校長は電話を切っていた。
「どした?」と牧人は、呆然としている梨紗の肩を優しく抱き締めた。大体経緯は分かっていたのだが、そう尋ねざるを得ないほど、梨紗は今悄然としていたのだ。
「わたし、早くここを出なくちゃ」
「教師も大変だね、最近は」
「ごめんね、牧人。もっとゆっくりしたかったのに」
「いいよ。昨晩のことだけで充分……と言いたいところだけど、やっぱり少しは残念かな。けれど、僕の仕事も似たようなもんだから」
梨紗は少し慌ててベッドから出ると、散らばった下着を着始めた。その赤と黒のレースの透けた下着を見ると、牧人は再び欲望の疼きを感じて強引に梨紗をベッドに引き倒した。そして形のいい梨紗の腰を撫で、覆いかぶさるように口づけする。
「ごめんなさい、牧人……」
「もう一時間でいいから! だって僕はもう直ぐ遠くに行くし、君とは暫く会えなくなるんだよ。だから……」
「ダメよ。ダメ……」
そう心では抗いながらも、梨紗は自然に牧人のされるままになっていく身体を制することなど、もはや出来なかった。
「牧人……もう一度……欲しい……」
梨紗の片手から、ケータイが床に落ちていった。
―― ☆ ◆・・・◆ ☆ ――
朝食に食堂に降りた時は既に現実に戻り、梨紗は教師、牧人は牧師になっていた。二人はシャンと背を伸ばすと、慌てて朝食を食べた。
「昨晩は良く眠れましたか?」とオーナー夫人が腰を屈めて囁くと、
「はい、よく」と梨紗は答えるのが精一杯。ちらっと見回すと、後の若いカップルはほとんど居ず、ただ窓際で初老のカップルだけがゆったりした時間を愛しむように、窓から雨の降るたたずまいをじっと見つめていた。
時折微笑みながら会話する初老の夫婦が、梨紗には眩しく写る。
「ねぇ牧人」
「ん?」
「あの窓際のご夫婦のように歳を取りたいわね、わたし達もまた」
牧人もチラとそちらを一瞥すると、「うん」と頷いた。
「ステキなご夫婦だね」
「そう思う?」
「思うよ」
「わたし達の理想の姿ね……そうなるかしら?」
「なるよ! なる! 努力しなくちゃダメだろうけどね。けど僕も又、ずうっと梨紗を愛して共に居たいから」
「何があっても、離れちゃ嫌よ、牧人」
牧人は梨紗の手を取ると、言った。
「昨晩、誓ったじゃないか!」
「ああ、そうだったわ」
ふいに梨紗は涙ぐんだ。本当にこんな幸せが、ずっとずーっと続くのだろうか? 梨紗は懐疑的な自分を呪った。
「信じたいの、わたし。でも……」
「信じて生きていかなくちゃ」
「そうよね」
「人間が愛し合えるのはね、梨紗、それは神様がまず僕達に愛を下さったからだよ」
一瞬の内に、梨紗はそれを確信した。
「いつかわたし……洗礼を受けるわ! だって牧人と共に歩きたいから」
「ああ、それまで又待っていようかな〜」
と牧人はふふふっと含み笑いをした。
「牧人って本当に雨男っ! だから今日も雨だわ」
梨紗の声に、オーナー夫人が振り返った。
「残念でしたわね、今日は雨で」
「いいえ、いいんです。わたし達、もう戻らなくちゃ。仕事が待っているので」
梨紗はキッパリと答えた。
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