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〜19〜
一見ぼんやりしているような芦屋以外は、全員騙されていた。いや、最もリカコを信用していたのは、他ならぬ梨沙だったのかも知れない。
あの時、隣に座って、涙ながらに亡くなった恋人の話をしていたリカコ……。それが全て偽りの涙だったとは! 梨沙は少し恥じいって、黙り込んだ。
「ふん! 分かったわ。哀れな女の振りして、同情を買おうとしていたのね。全く、なんていう女かしら!」
愛が憤懣やるかたない顔付きで、吐き捨てるように言った。
「先生は知っていたんですか?」
と今度はさやかが牧人に詰め寄る。けれども牧人は奇妙な笑みを浮かべたまま、
「まぁね」とだけ曖昧に答えただけだった。
「牧師は、信者の秘密は誰にも言えないのは知ってるでしょ?」
と愛はさやかに手厳しく言う。「ですよね、先生?」
けれども、牧人は珍しく腕組みしたまま黙り込んでいるのだ。
リカコはある種の病気なのだろう。けれども「洗礼を受けたい」と言われれば、牧師である牧人には断ることは難しい。
多分牧人は主任担任牧師である田中牧師と、リカコの洗礼についてそれが本心かどうか色々討論していたに違いない。
けれども結果的には、リカコの要望を受け入れざるを得なかったのだろうか? 梨沙にはその偽りの信仰が分からなかった。
信仰とは一体何だろう? 洗礼とは……?
「まあ、神様の目から見たら、人間は皆何らかの罪を負っているわけだから」
やっと牧人がポツンと言った。
「だから、吉田さんのことは黙って見ていましょう。それだけでいいんじゃないのかな」
「だけどあたし嫌ですよぉ。あの人をもう絶対に『ユースの会』には呼びませんからねっ」
と言葉険しく言ったのは、葉麗だった。
「誰だって罪を負ってはいるけれど、でも吉田さんはヒドイ! わたし達を欺いていたんだもの!」
「ま、ビョーキなんっすからね、あの人は。あのおとなしそうな雰囲気に、最初は皆ころっと騙されるっす」
芦屋がポツンと呟いた。
「もうっ! あの人のことはもうどうでもいいじゃないですか! どうしますか? 今度の土曜では」と愛がじれったそうに言い始めたので、みんなはやっと目が覚めたように新年会について話し始めた。
―――◆―――◇―――◆―――
帰り道、梨沙はヒュンジュンと一緒に駅に向った。
「ヒュンちゃん、どう思う? リカコさんのこと」と寒がりの梨沙は、マフラーを首にグルグル巻きながら尋ねた。
「みごとに騙されましたね。でもああいう人は、何とかって言う病気なんですよ。韓国にも居ますから」
「そうなの?」
「どの国も同じです」とヒュンジュンは静かに答えた。「人間は弱いんです。嘘だって平気で付くのが、弱い人間ですから」
「そうね〜、人間って嘘つきだもの」
「ですよね〜」とヒュンジュンは、日本人とほとんど変わらない綺麗な日本語で答える。
「先生だって、ああいうタイプの女性に騙されたんですから」
「先生って?」と梨沙は小首を傾けながら聞いた。「まさか……橋爪先生が!?」
「あっ」とヒュンジュンは小さく叫んだ。「言っちまったな〜」
けれどももっと驚いたのは、梨沙の方だった。
「何よぉ。橋爪先生、誰かに騙されてたの? どういうこと……なの……?」
梨沙の心臓がドキドキしてくる。
ヒュンジュンは困ったように、頭を掻いた。
「しまったな〜。あの時、つまり僕がアパートを探していた時、先生のマンションに数日ご厄介になっていたときでした。先生と少し飲んでいたら、先生、ポロリと言い始めて」
「何をなの?」
「大学時代の苦い思い出、ですかね」
「先生の……カノジョとの?」
「そうです。先生、カノジョが居たんです、一つ後輩の」
「で、何なのよぉ、じらさないでよ」
「言っていいのかなぁ」
「ここまで出掛かっているじゃない!?」
ヒュンジュンは暫くもごもごしていたが、やっと口を開いた。
「先生、騙されたんですよ、その後輩に」
「騙された!?」
「お付き合いはしていたけど、でも一線は越えていなかったのに……その後輩のカノジョは、クラス全員に先生とデキテいたと言いふらしたらしいです。
そのうえ、難病に掛かっている母親の為に、信仰を持ったと言っていたのに、それも嘘だったってね。お母さんはピンピンしていたんだって」
「は!?」
梨沙は目を剥いて立ち止まった。
「別れたそうですよ、結局。でも凄い修羅場だったって。
以来先生は、女性の語る悲しい身の上話や告白を絶対に信じなくなりました。信じられるのは神様だけだって言ってね!」
ヒュンジュンは単純に笑ったが、梨沙の心は凍り付いていた。木枯らしが吹きすさぶ暗い天気だったが、梨沙の心はもっと暗くなっていたのだ。
― 誰も信じない? どんな女性の言葉をも……信じない……?
梨沙の考えも知らず、ヒュンジュンはゆっくりと言った。
「本当に深く愛していたらしいですよ。そして信じていたのにって……哀しそうに笑っていました」
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