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〜2〜

 

 今年のクリスマス礼拝は21日だ。その一週間前の日曜日に、教会学校のページェント(=小劇)がある。梨沙は、そのページェントを英語劇にしたくて、脚本を書いていた。  
 その事で、梨沙のパソコンにメールが入っていた。牧人からだ。
 

『宮本梨沙様

 ページェントの英語劇、大変よく出来ています。ですがあと少ししかありませんが、果たして中学生達にそれが出来るでしょうか? 今から、日本語に直してもいいのではないでしょうか?         橋爪牧人』

                                     

 メールは単純で無機的なものだった。最初メールの名前を見た時の梨沙の歓喜は、たちまちの内に消え果ていた。  

― 先生って、結局わたしを単に、CSの都合のいい教師としか見ていないんだわ……。  

 哀しみと怒りが少し湧き起こったが、梨沙は直ぐに頭を振った。  

― ばかばかっ! 梨沙ったら、利己的なことしか考えていないんだ。これは単なる奉仕活動。自分のエゴは捨てなくちゃならないくせに……。一体、何のために教会なんかに通っているんだろ?   

 梨沙は自分の身勝手さに、自分自身が許せなくなった。いつまで経っても、自分は“本物の”クリスチャンになんかなれそうもない……。

 梨沙はパソコンに向かった。  

『橋爪先生へ

 英語が難しかったのなら、済みません。少し考えさせて下さい……』

 梨沙の手が止る。  

『ところで、先生がご結婚なさるって、本当ですか? 『ユースの会』のみんな、噂してますよ^^

                           宮本梨沙』

 

 なんて意地が悪いんだろ、と梨沙は自己嫌悪に陥った。けれども、しばらくそのデジタルな字を眺めていたが、削除せずそのまんま、さーっと送信をクリックする。あっという間に、そのメールは電子と共に牧人のパソコンに入って行ったのだ。  
 瞬間、梨沙は後悔した。けれどももう遅い。明後日の日曜日に牧人に会うのが怖い。いやその前に、牧人から返信メールが来るかもしれない。いや、来ないかも……。  

 梨沙は両手で自分の長い髪をかきむしった。そして額を覆う。深い溜息……。疲れがどっと押し寄せて来る。梨沙は暗い夜空を窓越しに見上げると、サーッとカーテンを引いた。  
 多田と別れてからの一人寝はどこか淋しいが、それももう過去の話だ。梨沙はそのまま、眠りについた。
母は隣室でいつまでも、テレビを見ている。それが、恋人豊岡を亡くしてからの母の日課だった。多分、そうしないと眠れないのだろうか……。  

 結局、メールは来なかった……。そして日曜日がやって来た。

 

ーーー◇◇◇ーーー

 

いつもの日曜日のように、梨沙は早起きして教会学校へと向かった。まだ11月だというのに、どことなく肌寒い雨の日だ。
 
日本のプロテスタントの教会の建物は、どれも素っ気無い。人々が考えているような、古いヨーロッパの建築物ではないので、見た目は余りロマンを感じないのだ。梨沙が通っているS教会もそんな雰囲気の教会だった。
 

けれども一歩中に入れば、それはやはり神聖な場所の佇まいが、そこかしこにある。カトリックのような仰々しいステンドグラスの窓や、マリア像やキリスト像は皆無だが、今日の担当のオルガニストがオルガンを練習しているのか、会堂からは微かにその響きが聞こえ、教会学校のある部屋は子供たちで賑やかだ。

長老(*教会の役員)の一人である、恰幅のいい林と言う60過ぎの信者のオジサンが、いつものようににこやかに梨沙を出迎えた。  
「ああ、お早う、宮本さん。ご苦労さんです」  
「いいえ……」  
 梨沙は何とか挨拶して、その場をすり抜けた。どうも、この林と言うオジサンは苦手だ。
 

 ふと目を上げると、目の前に牧人が立っていた。牧人は余り背が高い方ではないが、けれども圧倒的な存在感があるのだ。それは“オーラ”と言い換えてもいいかも知れないが、けれどもかえってどことなくとっつきにくい。  
 いつものように、何の躊躇いも無い微笑を浮かべてはいるが、けれどもそれがどこまで本当の微笑で、どこまでが営業用なのか、今の梨沙には皆目分からない。
 

「おっ、宮本さん、お早う」  
「あ、先生」と梨沙の足が止る。  
「この間はメールをどうも。色々忙しかったので、お返事が出来ずごめんなさい」  
「あ、いいんです。それよりも、はいっ、先生」  
 梨沙はカバンから、何かを探し出して突き出した。

「なに、これは?」  
「先生の言った通り、日本語に訳し直したページェントです」  
「あ」と牧人は、一瞬だが本音を見せた。「ああ、ごめんごめん。あんなこと書くんじゃなかった。あのままでも良かったのに」  
「いいえ。よく読んだら、確かに難しかったし」
 それは嘘だった。ただ何となく、むしゃくしゃし、見返してやりたくて書き直しただけだ。  
「それは……」と牧人は黙って受け取った。「どうも、ご苦労さん」
 

― あの林さんと同じように言わないでよ、先生!  

 思わず梨沙の口から、次に又しても出てきた言葉。
「先生……あのハナシ、ほんとなんですか?」  
「え? ああ、あれね〜」  
 微かに牧人の心が揺らいだようだった。がしかし、直ぐに笑顔を取り戻すその素早さは、さすが牧師だ。
 

「色々噂はあるみたいだけれど、今は僕はその気は無いから。勘弁して欲しいな」  
「でも、先生ももうそろそろ、でしょ?」  
と梨沙は心にもない作り笑いを浮かべながら、尚も問いかけたのだった。  
「だって、お一人じゃ、牧会(*教会での仕事のこと)も大変だし。牧師先生は、早く結婚しなくちゃだめなんでしょ、この世界では」  
「う、うん、まぁそれはそうだけれど、立場は色々だから」
 

 数秒の沈黙。けれどもちょうどいいことに、鐘が鳴った。
「さ、始めなくては」  
 そう言うと、牧人は教会学校の部屋に急いで入った。小さな電子オルガンが鳴り出し、前奏が始まったのだ。  
 牧人の背中を見つめながら、梨沙は深い吐息をついていた。
 

― だからわたしって、嫌われるんだわ。嫌われることしか言えないんだ……。元カレの穣(みのる)とも……そのあと出会った男の人達とも……。結局、友達止まりか知人としてしか付き合えなかったのは……。

 

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2008/12/23