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〜3〜  

ページェント(降誕劇)では、梨沙は解説の役だった。  
 マリア役の子とヨセフ役の子はどちらも女の子で、極めて不自然なのだが、男の子が圧倒的に少ないのだから仕方が無い。それも、親が信者だから嫌々来ている子も居るので、本当に面倒だ。
 けれども梨沙は来年は本物の教師になる。だから、中学生達の扱いには、場慣れていた。いや、慣れなければならない立場なのだ。必死に教えている時は、少なくとも牧人の存在を忘れることが出来る。
 

 けれども今朝は違った。  
『ユースの会』のメンバーではないが、一人孤高を通している若い女性で、吉田リカコと言う、年齢すらも若いのかあるいはもう30代なのか分からない求道者(*信者になる前の段階の出席者)が、ツカツカと牧人に近寄って、誰にも聞こえるようにキッパリと述べたのだった。

「先生、あたし、今度のクリスマスに洗礼受けますから、宜しく!」

 その言葉には、梨沙だけではなく、もう一人の『ユースの会』のメンバーでもある、女子大2年の山口葉麗(はれい)も、口をあんぐりと開けた。  
「え!?」と驚いたような、牧人の声がした。「そうですか……それはそれは」
 
「なんなんでしょうね、あの人。まだここに出席して、三ヶ月ぐらいですよね〜」  
 急に信仰に目覚めたんじゃない?」と梨沙は皮肉っぽく答えた。

「三ヶ月ぐらいで目覚めますかぁ? わたしの大学はミッションだけど、まだ洗礼受ける気持ちはないけどなぁ」  
「ひとそれぞれよ、多分」と梨沙も、チラッと牧人とその求道者の若い女性を見つめながら、素っ気無く言った。
 

 牧人と吉田は、尚も長々と端のほうで何か喋っていた。吉田の瞳は真剣そのもので、単に気まぐれで言っていないのだけは確かだ。  
 見まいとするが梨沙の視線は、自然にそっちに行ってしまって、ページェントの方はいい加減になってしまっていた。
 

 ふと梨沙は自分が何のために教会に通っているのか、振り返っていた。  
 洗礼と言う行為は、「私はクリスチャンです」と、皆の前ではっきりと公言するサクラメント(=秘蹟)の行為だ。それを誰かにカミングアウトするかしないかは関係ない。自分自身の問題である。  
 だから梨沙は洗礼など受ける気はさらさら無かった。

 この1年、教会に通って、祈り勉強し、様々なイベントを経験した。教会の中の有様も、次第に分かり、周囲とも打ち解けてきた。  
 けれども肝心なことが分からない。何を信じているのか、信仰とは何なのか……と言う事が。理屈では分かる。けれども自分の身体の一部にはなっていない。まだまだだと思うのは、そのせいだ。  
 けれども、なぜかその世界にどっぷり漬かっていると、いつの間にか自分の心の何かが、確実に変わって行っているのも感じるのだ。
 

 それは人間は生きているのではなく、なにものかに生かされている……という感覚だ。そして生や死が、運命と言う名の元に、実は「神の支配」に置かれている、と言うことも感じてくる。
 理不尽な生や死は、人間の意志ではどうにもならない、という意識だ。それが、信仰なのだろうか……? 今の梨沙には、まだ分からないことだらけ。それを吉田は、既に知ってしまったのだろうか? それとも?
 

 教会学校のあとの、本礼拝でも心は虚ろで、まるで説教は耳に入らなかった。吉田リカコのことばかりが気になって仕方ないのだった。そして、真剣に吉田に耳を傾けている牧人の姿を見るのが、耐えられないほどだ。自分の邪な気持ちに、梨沙はつくづく嫌気が差す。  

― 何度、やめようと思ったことか……。けれども、橋爪先生に会いたいと言う熱望だけは、どうしても押さえることが出来ない。  

 

 梨沙は、今日は早く教会を出た。自分が惨めだ。何となく、疎外感すら感じる。
 駅に近くなって来た頃、ケータイが鳴った。見ると、親友の明日香だった。自然に顔がほころぶ。

「もしもし、わたし。あれ、明日香〜、なに?」
「へへへっ、別に。ただ、いつか梨沙と会えないかな〜と思ってさ。最近、なかなか会えないよね」  
「な〜んだ。クリスマスには、カレシと会うから、その前にわたしに会うっての?」  
「じゃないよぉ。お互い、進路が別々になってから、なかなか会えないじゃん。同じ大学に通っているのに」
 

 梨沙と明日香は、東京にあるT教育大の同学年だったが、明日香は教師になるのを辞めたのだった。卒業すると、郷里に帰ると言う。

「じゃ、明日でもいいよ、いや、明後日でも。わたし、最近おヒマでさぁ。ていうか……実は明日香に聞いて欲しいことがあったんだ」  
「へえ? 何か悩み事? ……って、つまりは誰かいい人が現れたとか?」  
「かもしれない」  
「えっ!?
 明日香のちょっと驚いた声が、ケータイの向こうで響く。

「でも、到底無理なの」  
「またまた、どこかのお坊ちゃんかぁ」  
「そうじゃない。もっと深刻」  
「うん、その口調じゃ相当重症みたいだから、明日の夕方にでも」  
「ありがと」
 

 時間と場所を決めて、梨沙はパタンとケータイを閉じた。梨沙のケータイは、昔のタイプだ。新しいのを買いたいが、そのお金も持ち合わせていない。
 けれども、梨沙の心は少しだけ軽くなり、口元から自然にクリスマスの賛美歌が出た。
 

― へー? こんな時にも、出るのは賛美歌かぁ?  

 梨沙は不思議な気持ちに襲われた。そして、再び想うのは牧人のことなのだ……。  

 

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2008/12/28