戻る

目次

次へ

 

 

〜5〜

「あたしの友達に、美帆という子がいたの。高校の時の同級生で、彼女はあたしよりも金持ちで、ま、どちらかと言うと“お嬢さん”ってかんじ。少し派手で、いつもブランド物を持ち歩いているような子。
 つまりぃ、毎月、お気に入りのファッション雑誌を買いに、真っ先に本屋に行くような子。もちろん、他の小説とか難しい哲学とか政治とか、まるで興味の無い女子大生。あ、短大生でね。でもどこか素直で憎めないって感じの子で、あたしとは妙に気が合って、時々映画見たりショッピングしたり、だべったりしてたんだ。
 

 で、高校出てから一年目の春、3月に、あたしと美帆は一緒に裏日本の何とかって言う温泉に行ったってわけ。
 それも美帆が雑誌に書いてあったからって、結構強引に誘われてあたしも行く気になったの。美帆は最初から温泉とか興味なくて、ただ物珍しかっただけかも知れないけど……。  

 美味しい蟹とか食べたり、上等の温泉宿に泊まって、夜通し色々話したりしたわ〜。うん、すごく楽しかった。帰りには金沢に寄ろう、と話し合ってそっちの方へと足を伸ばしたの。そのつもりは無かったんだけどね。  

 で、金沢の少し手前の所に有名な名刹があると言うので、あたし達はバスを降りた。林の中のひっそりと立つ、その地方じゃ結構有名なお寺だというけれど、あたし達にはさっぱり。  
 でキョロキョロしていたら、境内から若いお坊さんが出てきて、『どうぞどうぞ』と話しかけてくるわけ」
「お坊さん?」
「そ。黒い袈裟着て、紛れも無くそこの住職よ」  
「ま、まさか……?」


「ふふふふっ、話をはしょらせないで。  
 そこであたし達二人はそのお坊さんと、境内で色々話をしたってわけ。坊主頭だけれど、背がスラリとして、案外イケメンなのさ。で、仏陀のなんやらかんやらって話を延々と聞かされて、あたしはもううんざりしてたのよ。  
 そしたら! 直ぐ横の美帆は、まるで魅入られたようにその若い住職を見つめているの! その目付きは今までに無い真剣そのものだったんで、あたしは本当にびっくりしたわ!」
「恋したの!?」と思わず梨沙も身を乗り出していた。
 

「美帆はね、きっと法話なんか聞いてなかったんだと思うのね。ただ、そのぅ……ま、一目惚れっていうのかしら、そんな感じだった。  
 だって、話が一段落した時、美帆が言ったのは、『あのぅ、住職様は、独身ですか? あ、そんなことないか、まっさかね〜』なんて聞くんだもの!」  
「で?」
「『僕は独身です』とそのイケメン坊主はのたまったわ。『こんな山里に来てくれる人なんか……居ませんよ』と」  
「ひぇ〜、でもなんかロマンチック」
「そう思うのは、美帆とかあんたぐらいよ」
と明日香は笑った。
 

「でも、結局わたし達、その場は別れたの。美帆は人が変ったように、無口になってた」  
「だって……そういう行きずりの恋って、なかなか成就しないじゃない、ねぇ」  
「そうだね、最初は美帆もただ旅先の思い出と、諦めちゃってた」  
「だよね〜」  
「でもそうじゃなかったんだ!」
「うそっ!?
 

 そこで明日香は、ウェイトレスが運んで来たソーダを飲んで、一息ついた。
「今の時代は、ITだよ、IT」  
「それ、『イット』と呼んでた中年が居たっていうよね」
「アハハハ! ばっか! そう……確かにね、そう読めるけどさ。  
 さて、戻ってから、美帆ったらそのお寺をパソコンで検索したらしいの。そしたら、ちゃんとホームページがあって、メールアドレスも付いてた。で、美帆はそこに、『あの時は、色々ご説明ありがとうございました』って書き込んじゃったんだ。
 そしたら、返事が来たんだって! 不思議なことに、相手も美帆のこと、一目で気に入ってたらしいの。後々にその坊さんが言うには、『これも仏縁です』ってさ!」  
 明日香はくっくっくっと、口を開けずに笑い出した。
 

「仏縁、かぁ。なかなかやるな、そのお坊さん」
「でも……二人の気持ちは結構マジだったんだね〜」
「そうなの、梨沙。お坊さんと言っても、所詮はオトコ。禅宗でもない限り、結婚はできるし恋もできる。てーか、奥さん募集してたみたいよ」  
「はーっ、でさ、その美帆って人、今は?」  
「今年の春、結婚しちゃった、そいつと」
「へぇぇぇ、やるねぇ。でも勇気あるじゃん、その子」

 明日香は意味深に哂った。
「実はね、あのあと一人で彼に会いに行ったんだって」  
「ふへぇ」  
「でさ、あとで散々聞かされちゃったんだけど……お寺の伽藍の中で愛し合ったんだって!」  
「ぐぇっ! マジ〜?」  
「うん」と含み笑いをしながら、明日香は答えた。「もともと、人里はなれた寺だもん。誰も来なかったみたい」  
「積極的〜〜! てーか、バチ当たらない?」
「当たらなかったみたい。それどころか、もう無我の境地だったんだって! すごい快感で! ぶはっは。
 ま冗談はさておき、そう、なんかね、縁って不思議よね。あんなに俗っぽい美帆が、お寺の奥さんに収まっただなんて、今でも信じられない」
 

「でも、わたしは……無理……」と梨沙はつぶやいていた。  
「何でぇ? 梨沙だって……」  
「違うの」と梨沙は消えいりそうな声で言った。「だって、先生、わたしを愛してないし、それに障害が多すぎるよぉ。
 美帆って子は、所詮仏教徒だったわけでしょ。いや信じる信じないは別としてさ、日本人はすべからく仏教徒じゃん。でも、牧師の奥さんって、クリスチャンじゃなきゃダメなのよ……」
 

 明日香もまた黙り込んだ。  
「まず、梨沙の方にその牧師の目を振り向かせなきゃね」  
「相手が多過ぎる。それにその人、結構ポーカーフェイスだし」
「だって……梨沙って、可愛いじゃん。ていうか……普通よりずっと綺麗だよ。色白だし、頭もいいし、スタイルだって。男なら、ほっておかないって感じだな」  
「そんなんじゃない……」  
 梨沙は虚しく、ストローでアイスコーヒーをかき回した。

 けれども脳裏には、寺の中で愛し合っている、絡みつく男女の残像が消えないのだ。
 だからと言って、教会のチャペルで牧人と愛し合っている自分なんて絶対に嫌だ! チャペルは神聖な場所。もちろん純粋に愛し合っている男女の愛も神聖だが、それをもっと超えた愛が、そこにはあるのだから。
 それは、エロスではなく、アガペー……。

「本当の信仰を持たないと……先生は振り向いてくれないさ」
 少しやけっぱちに、梨沙は呟いていた。  
「本当の信仰……か。確かにね」と明日香も相槌を打った。「むずいな〜、この恋は」  
「でしょ?」と梨沙は口を歪めて、妙な笑いをした。ふと泣けてくるような頼りなげな自分が、漂っている……。そのずっと先に、牧人が立っているような気がした。幻のように。
 

 

戻る

HOME

次へ

2009/1/11