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〜50〜 香里はもう寝たらしい。静かな静かな夜だった。 梨紗は少しだけ躊躇った後、牧人のメールをクリックした。長い文が目に飛び込む。けれどもそれは無機的な文字列ではなく、既に愛のベールに包まれた文字のように見えた。本来なら、ずっと前に送られてきていたメール。それを削除したのは、梨紗自身。 『宮本さんへ 最初に言いたい。 あの日、一昨年のクリスマスの夜、道にさ迷う子羊のような宮本さんを教会に誘い入れて以来、忘れようとしていた“何か”が、再び私の心の奥に巣食ったのです。 と言うのも、私は過去二度の出会いに失敗し、そして絶望し、苦悩していたので、再び起るかも知れない失恋をこれ以上味わいたくは無かったのです。けれども、あなたはいつも孤独な私の側に居ました。現実には居ないのに、居てくれるような気がした。それは幻影だったのでしょうか? 私は臆病だったし卑怯だったと思います。あなたを愛しながら、そうではない振りをずっと続けていた。けれども、何事も限度はあるものです。あなたを見る度に苦しかった。今までのどの愛よりも、これは重症だと思いました。 宮本さん、いや梨紗と呼ばせて欲しい。今のあなたが洗礼を受けていようがいまいが、そんなことはもうどうでもいい。将来的に、あなたは洗礼を受けるかも知れないし、受けないかも知れない。けれども、わたしは今この瞬間のあなたが好きだと言う事を告げたいのです。あなたは有りのままでいいのですから。 神様は憎しみの中には存在しない。神様が存在するのは、愛の中でだけです。 その通りなのです! 信仰も希望も大切ですが、今の私にとって一番大切なのは、やはり使途パウロが述べたように、愛なのです。それこそ、早く私が悟るべきものなのでした。 私はチョコの紙切れを拾い上げ、いつまでも待っていました。あなたが又戻って来るのを。そして今でも待っています。 宮本さん、どうかこれを見たら返事を下さい。そして愚かな私を赦して下さい。あなたが私のような者を愛して下さっていたことを知って、けれどもその前から、私こそあなたを愛していたことを知って欲しい。 私は先程まで夜空を見上げ、星に祈りを捧げていました。愚かしい人間を見下ろし、そして運命の名の元に支配して下さる神よ。けれども、どうか私の愛をあの人に届けて欲しいと。そしてもしもそれが叶わない時には、全てを諦めて生きて行くつもりだと祈り続けました。 あなたからの返事を待っています。 あなたを愛する 牧人より 』 読み終えた梨紗は、呆然と、そのメールの前で佇んでいた。これ程の愛の告白だったとは、梨紗自身一年近くも露知らずにいたのだ。牧人の真実の気持ちを知らずに……。 確かに強制された洗礼は嫌だが、美帆の言うように、信仰は愛した者の後から付いて来るかも知れないではないか。そしてその時には、梨紗も喜んでそれを受け入れるだろう。いや、受け入れるに違いない。 今梨紗は、リカコを恨んではいなかった。恐怖の体験だったが、けれどもそれは次の瞬間には、喜びに変わる前の試練だったのかも知れないと、ふと梨紗は夜空を見上げた。 梨紗は襖を開けた。香里は炬燵の中で居眠りしていた。時計は10時半を示している。 ☆ーー†・・・†・・・†ーー☆ クリスマス前の大気は澄んで冷たいが、上気している梨紗の頬には心地良かった。そう言えば、大分前、ファミレスでアルバイトしていた後も、こんな夜だったような気がする。 牧人は起きていた。一階の窓から明かりが漏れていたので、そうと分かる。 「ああ、宮本さん……」 牧人は梨紗を玄関に導くと、ゆっくりとドアを閉めた。その途端、梨紗はしっかりと牧人の胴に手を廻し、無言で抱きついた。最初はおずおずと、けれども次の瞬間、強く牧人は梨紗を抱き返した。そして顎を、梨紗の髪に置いた。 「読んでくれたの」 牧人は少しだけ身体を動かすと、机の上に置いてあった小さな紙切れをそっと取り上げて見せた。 チョコの包み紙の切れ端が、はらはらと床に落ちた。それと同時に、梨紗は牧人からの始めての口づけを受け入れていた。長い間待ち焦がれていた口付けを。
<終わり>
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長い間お読みくださった皆様、ありがとうございました。
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2010/2/9 |
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