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〜9〜

 

 あと一週間で、クリスマス礼拝。……そしてイブの晩には、キャンドル・サービスと外でのキャロリングが待っている。去年、そのキャロリングで牧人に出会ったのだ……。

 CSでのクリスマス会の余韻がまだまだ残っている三日後、梨沙はウィンドウ・ショッピングに出かけた。  
 友人へのギフトや自分への「ご褒美ギフト」を買うため……と言うのは、本当でもあり嘘でもあった。財布にはそんなにお金も無い。まだ学生の身なので、家庭教師のバイト代だけでは、大した物は買えそうにはなかったのだ。

 けれどもそんなことはどうでも良かった。母とアパートに一緒に居るのが嫌だったのだ。  

 梨沙の母、香里は今日火曜日が休みだった。  
 香里は48歳で、結婚アドバイザーという肩書きがあった。さる外資系の結婚斡旋所のような会社に勤めていて、自らの不幸な離婚後、梨沙を女手一つで育て上げたのだった。  
 歳よりも若く見える凄腕のアドバイザーだが、昔で言うと「見合い業」のようなものだ。けれども今は“婚活”という風潮のせいか、結構流行っており、憧れの職種でもある。
 それも、ちょうど香里のような中年女性がピッタリ嵌る職種だ。
 

 けれども、母香里は今年の夏に恋人を亡くしてからは、その余りの嘆きの故に、家での状態はおかしくなっていた。
 
飲めない酒を飲む、梨沙には当り散らす、そぐわない高価なブランド品を買う、派手な化粧をして出かけるが、家に居る時はパジャマのままで、昼からワインやウォッカのがぶ飲み。
 そしてぼんやりと見ているか見ていないか分からないテレビの前の、母の背中を見ているだけで、なぜか梨沙は苛々してくるのだ。  

 何よ! 悲劇の主人公気取ってるトシかよ。  

 梨沙はそんな母親を見るのが、そして一緒に住むのが嫌になっていた。だからと言って、行くあてなどどこにも無い。10年以上前に離婚した父親は、他の女性と再婚していて、実の娘の梨沙に会うことも、現在はほとんど無かった。

 けれども全くの音信不通ではない。梨沙は時々、父の働いている世界的に有名な電機メーカーの近くに寄ると、父の携帯電話にかけて、夕食を共に食べることが年に一、二度あったのだ。
 
ただし、父子の間には情の通った会話らしいものはほとんどなく、父はさり気に万札を数枚渡して去るだけだった。
 

 今の梨沙はそういう父も、そして飲んだくれている母も大嫌いだった。  
 友達は今、色々なことで忙しい。梨沙も暇ではないが、けれども今年のクリスマスは、今までのような“奇跡”が起るとは、到底信じられなかった。

 梨沙はぼんやりと華やぐショーウィンドウを見つめた。ストレート・ヘアに、黒いダウン。そこから伸びる、自慢の細い足には、スキニージーンズ。けれども冴えない表情は、どこか疲れている女の顔だ。  

 元カレの多田穣(みのる)は、梨沙のストレートな黒髪が好きだった。  
「な、絶対に染めるなよ。梨沙……俺はそんな梨沙の黒髪が好きなんだからさ」
 そう甘くとろける様に呟きながら、穣はいつもセックスの前には梨沙の髪に自分の顎を埋めていた……。それからおもむろに、梨沙の服を脱がせるのだ。

 それが梨沙にとっては、至福の時だった。その愛が永遠に続くと思っていたのは、それは真っ赤な嘘。自分は子供だったんだ。

 もう二度と、誰かを愛することなど無い、と誓ったのに、けれども今、梨沙の頭の中には牧人の姿が棲みついてしまっている。牧人との愛は、ホンモノになるのだろうか? そして永遠に続く愛なんて……この世にあるのだろうか? 永遠に続く愛は、やはり神の愛だけなの?

その愛を説く牧師である牧人は、一体どんな髪が好きなんだろう……?  

ーーー◇・◆・◇ーーー

 

 ふと気付くと、美容院の前だった。今まで入ったことも無い高級な感じの店だ。  
「カットとカラーリングとパーマで、14000円かぁ。お呼びじゃないな」  
 そう思った一瞬後、梨沙はその高級な美容院に衝動的に入っていた。昨日ボーナスだと母からもらった三万円があるのを、急に思い出したのだ。

「なによ、これ! これがわたしへのプレゼントのつもり!?」と毒づいたものの、梨沙はそれをカバンに入れていたのだ。くしゃくしゃになった万札が三枚……。  

「いらっしゃいませぇぇ〜」と甘い声で、若い女性の美容師が迎える。「始めてでいらっしゃいますかぁ?」  
「ええ? あ、はい」
「今日はどうなさいます?」  
「あ……カットとパーマ。それからカラーリングも。今風の、あの……肩でくるっと巻いた感じの、あの……」  
「はい、分かりました。今皆さん、流行っているんですよね〜」
「ええ……それで」  
「それじゃ、コートとバッグはこちらで」  
とその若い店員はニッコリと微笑む。梨沙と同じ年頃だ。キビキビと立ち働いている姿は、生き生きして美しく見え、何だか羨ましい……。
 

「クリスマス前だから、カレシとお出かけですかぁ?」  
「いえ。まさか……わたしは……でも」
「綺麗になって、あっと言わせたいんですか」  
「そうかも」と梨沙は正直に答えた。「と言うより、自分を変えたいの」  
「分かります、その気持ち」と美容師が相槌を打つ。

「なんか今までのイメージを変えたい」  
「今のヘアスタイルもいいですけど、パーマかけたらきっとお似合いになりますよ。カラーはどういう感じで?」  
 美容師は緑色のビニールをかけながら、問いかける。
 

 梨沙はハタと考えた。牧人なら、どんな女を好むだろう? 多分清純そうな感じなのかな? でも、わたしは……わたしは、真逆になりたい! 牧人に嫌われてもいい。でも、あっと言わせたい。ただそれだけ……。

ー 自分に目を向けて欲しいの! 先生……こっちを向いて欲しいの。そして、穣が好きだった髪型なんて、もう嫌っ! 変わりたい……。そう! チェンジ、したいの。  

「今流行の色で」  
「少し薄めのブラウンなんかいいと思いますよぉ」  
「それじゃ、お任せします」

「任せておいて下さいね!」と美容師はハキハキと答えた。  

― 失恋したりすると、女は髪型をかえると言うけれど、ほんとね。わたしがそうなっちゃうなんて。でも、先生はきっとこういう髪型、嫌いだろうなぁ〜。  

 二時間半後、梨沙はその店を出た。  
「ステキですよ。物凄くよくお似合いですぅ!」と美容師は自画自賛していた。 カットは別のベテラン美容師がしたのだが……。

 鏡の向こうの自分は、確かに今までの自分ではなかった。薄茶色の派手なガーリーなロングヘアが肩で揺れている。
「きっと、カレシが気に入りますって!」  
「そうかしら……?」
 

― きっと、先生、わたしのこと、もっと嫌いになるわ。でもいいんだ。これはわたしへの、ご褒美ギフトなんだから。  
 でも、こんな格好で礼拝に出席したら……ま、いいや、どうでも。
 

 梨沙は暗くなった夜道に出た。向こうから来る若い男が、梨沙の方を振り返った。そして他の幾人かの感嘆の視線を浴びた梨沙は、少なくとも幾らか満足していた。そう。数秒間だけは……。

 突如、この髪型で牧人を永遠に失うのではないだろうか……という恐怖で、梨沙はその場に立ちつくしてしまっていた。空には星が瞬いているだけの、孤独な夜に。  

 

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2009/2/17