2005/06/01「まどろみ」  例えば僕が動けなくなったら。 僕が生活を営めないような状態になったら。 死ぬようなことがあったら。 しんみりとした雰囲気を出さないで欲しい。 人が寂しがっているのは、生きているうちに見てただけでも、辛いから。  僕が死んだことを喜んで欲しいと思ってくれなんて言うのは、おかしいけれど。 僕が生きていけないことを悲しむのは、当然だろうけれど。 死んで当然だとは思わないで欲しいし、だからと言って悲しんで欲しいとも思わない。 そう、明るく笑っていて欲しい。どんなに我慢した笑みでも、それで僕は救われる。  まぁ、こんなことを考えていたとしても。 寝ている間がどんなに不安だとしても。 「ほら、朝ご飯出来たよー。」 僕は生きているし、まだまだ死ぬ予定もない。 こんな幸せな時を、手放すなんて出来ないから。 2005/06/02「嘘つき・リストカット」  右手首をカッターナイフで切ってみた。 勢いが良かったのか、左利きじゃないのに綺麗な一文字が走った。 赤いそれは、とても良く飛び散っていた。 最初のうちは勢いの良かったそれも、 今では鼓動と一緒に少量がこぼれる程度になった。 そして色もどす黒くなっていく。 やがては、かさぶたになる。  なんて、切った事もないのにね。 2005/06/05「夏日」  ヤシに抱きついて、水を吸い上げる音を聞いたら、元気が出てきた。 波打ち際で、足が軽く濡れる程度に水遊びをしていたら、転んでびしょ濡れになった。 綺麗な貝殻を集めて親に見せた。砂浜で山を作ってら、波にさらわれた。  夕焼けでオレンジ色になっている世界が、目に焼きついて。 月明かりでキラリと光る海が、とても綺麗で。 ジリジリと砂浜を焼く太陽が、憎らしくて。  僕は自然をかみ締めながら、夏を過ごしていた。 2005/06/13「暇つぶし・ゲーム」  ふと気が付くと、想像の中でテトリスをやっていた。 そして三駅ほど通過していた。 ちょっとショックを受けたが、いつものことなのでスルー。 想像の中では、白煙を吐いてるようなため息をして、電車を降りる。 向かい側のホームに来る電車を待っている間、 頭の中でチェスをやってみるものの、記憶容量が追いつかなくなってしまった。 テトリス程度の単純なルールじゃないと分からなくなる。 ついでに自分に都合のいいような動かし方出来るし。 将棋なんて、もっと無理なんだろうな。 単純なゲームかー。 人ごみシューティングは楽しかったな。 ピーク時は的を狙わないで視線を泳がせてるだけで、コンボヒット数が上がって。 脳内ひとりジェンガは一切倒れなかった。自分の想像力の貧困さがうかがえるな。  あ、また電車が通り過ぎてく。これは一時間目には確実に間に合わないな。 2005/06/13「言葉と現象は魔法」  言葉によって現象が起動することを魔法と呼ぶならば、 僕らは言霊によってそれを使いこなしているだろう。 それは自然界の力を目の前に発現させることだけに限らず、 誰かを、何かを連想させるだけでも、それは魔法なんじゃないのだろうか。 内輪だけで通じるギャグも、あるお笑いのネタも、 それは何かを発動させる魔法なのだろう。 歌っていうのは、歴史や地域、感情や物語を紡ぐいいものだ。 果たしてそれが聞き手にはどう感じられて、受け取られているかは、 こちらとしては一切が理解のしようがないけれど、確かに悪い物ではない。 だから、昔から音楽と言う物は愛されて僕らはそれに言葉を奏でた。 そう、言ってしまうなら声ではなく言葉でメロディを創っている。 その言葉のイメージが、メロディに影響しているとも言えるけれど。 まぁ、喋ること自体が音程になってるわけでもあるけれど。 私たちは意識せずに自ら発する言葉にメロディとリズムをつけている。 それは主観的なものでしかないけれど、私たちはそれを使って生きている。 僕らは魔法を使って生きている。