翌朝、六つの鐘とともに月毛は駆け出した。
領地の要所要所には下男が控え、月毛が駆け抜けると狼煙が上がる手はずになっていた。
朝陽をあびて月毛は金色の風になって駆けていく。昨日まで病に臥せっていたとは信じられない走りだった。
生駒姫は櫓の上で、ひとり祈るように佐久の山々を見つめていた。
「殿!東の牧から狼煙が!」
「月毛はもうすでに南から西の牧へ!」
「殿!月毛はまもなく山に入ります。このままでは五つの鐘がなる前に、月毛はご領地を駆け抜けますぞ!」
「なんという馬じゃ!
このままでは大切な姫を馬に…鐘だ!今すぐ鐘をつけ!!」
殿様の叫びに、ただちに鐘がつかれた。
鐘の音は牧をこえ、けわしい崖を駆け上っていた月毛の耳に届いた。
ヒヒーン…と、悲鳴のように一声嘶くと、絶望した月毛は深い谷底へ身をおどらせた。
「そうか、月毛は死んだのか…」
報告を聞いて殿様は呟いた。
「哀れじゃが、しかたがあるまい。
まぁこれで姫も諦めよう…」
だが、殿様が姫を呼び戻そうと櫓に行った時、姫の姿はなかった。
驚きあわてて殿様は探したが、生駒姫の姿はその日を境に消えてしまった。
どこへ行ったのか、知る者は誰もいない…ただ、月の美しい夜、佐久の山々から風に乗って、馬の蹄の音と若い娘の笑い声が、かすかに聞こえてきたという…
信濃の伝説より
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