法律のお仕事日記(5)

2002/09/03 Tue  なぜ笛を吹くのか?(1)

 企業で行われている不正行為が、内部の人間の告発によって暴かれる、という事案が、最近目につく。内部告発者保護法などというのも、その動きに拍車をかけているようだ。

 欧米では、内部告発者のことを「ホイッスル・ブロワー(警笛を吹く者)」と言って、日本よりも前から法制度が整えられていた。

 日本でも、公務員については内部告発者を保護しよう、という動きがあったけれど、「日本の土壌に『内部告発』はなじまない。」という配慮が働いて、その法案は廃案になったことがあったそう。

 私も、内部告発関連の事件で、いろいろな方に話を聞いたことがあったが、警察関係の方が、いわゆる「日本の土壌」を端的に示した発言をしたのが非常に興味深かった。

 「同じ釜の飯を食った仲間を売るようなことは絶対にしない。」

 警察の中で不正が行われていても、自分は、絶対にそれを口外することはない、と言い切っていたのだ。

 子供の頃、おとしめられていた行為は「密告(チクリ)」だった。それは日本の子供の中での事なのか、欧米でも同じなのか、非常に興味のあるところ。

 そして、子供達の中のそういう価値観は、大人達の価値観をそのまま投影しているのだろう。


2002/09/03 Tue  なぜ笛を吹くのか(2)

 そういえば、司法関係でも、内部告発しようとした検察官が、逆に告発された、なんていう件があった。
 しかし、司法関係でも、やはり根底には、「同じ釜の飯を食った仲間を売らない。」という価値観があると思う。

 自分が、例えば、同期の法曹関係者の不正行為を知ったとき、それを告発するか・・・と言えば、きっとできないだろう。
 まあ、同期の法曹関係者に対して恨み、妬みがあれば、そういう行動に出てしまうかもしれないけれど・・・。

 内部告発は、妬み、恨み、と言った個人的感情に端を発することももちろんある。

 それ以外の場合を考えると、「端から見ていて許せない!」純粋な正義感から行う、内部告発を行う、というのは、逆にあまり多くないのではないか、という気がしてしまう(私だけかな?)
 そもそも、内部告発ができるくらいの情報を得るためには、組織の中で、それなりにその不正行為に加担するか、それに近い立場にいることが必要だからだ。

 そして、普通に正義感の強い人間であれば、自分が不正に加担することに苦しむだろう。そういう場合に、内部告発が行われるのではないか。
 つまり、内部告発は、不正に加担させられる者が、苦しみから逃げるための逃げ道の1つであるのだと思うのだ。

 だから、ホイッスル・ブロワーが、端から見て「危ない!」という警笛を吹く場合ももちろんあるのかもしれないけれど、それよりも切実なのは、自分の正義感が危機にさらされるため、「助けて!」と、警笛を吹いている場合なのではないんだろうか

2002/09/18 Wed  経験だけで仕事をする弁護士

 「大人の勉強」などという言葉は良く聞くし、書店に行ってもその手の本がたくさん売っている。
 仕事を通じて学ぶことは多いから、仕事=勉強と言う側面はあるけれど、仕事のために勉強する、ということ、これはものすごく大切で、忘れてはいけないことだと思う。

 最近、私の事務所のボスが、友人の弁護士に事件(私が担当している)についてのアドバイスを求めたところ、その友人の弁護士さん、たくさんの書籍を持って、「これも読んでごらん。明日返してくれれば良いから。」と、私に勧めてくれた。

 その量たるや膨大で、とても「明日返せる」はずもなく、「コピーしておいて・・・」と事務局の方にお願いして、コピーの束に埋もれている。

 私がボスを見ていて、偉いな、と思うことは、「書物を買うのに金に糸目をつけない」ことだ。毎月、本屋からくる請求金額は「ン十万円」、私たちイソ弁(勤務弁護士)が、「この本欲しい。」とおねだりすれば、すぐにでも購入してくれるし、頼みもしないのに、「買ったから、この本読んで研究しておいて。」とやってきて、私の机の周りは常に本がうずたかく積まれている(汗)。

 ときに、前に買ったことを忘れて、同じ本を何度も買ってしまうのは、ご愛敬だけれど・・・(笑・・・ちなみに、最高で4冊同じ本を続けて買っているのには笑った・・・)

 私が弁護士になったとき、いろいろな所に送った挨拶状には、「弁護士は、自分のための勉強が、人のための勉強になる仕事」だというような言葉を使った覚えがある。

 ところが、何年か仕事をして来て、仕事に追われているうちに、仕事のために必要に迫られて勉強をすることはあっても、いつ来るか分からない仕事のために、また、自分が興味を持つ分野についての勉強を腰を落ち着けてやった、という記憶がない。

 もともと勉強が好きではない私には、仕事だけでいっぱいいっぱいになってしまって、それ以上に本を読むことは、大変な困難なのだ。

 でも、それではいけない、と、とみに思う今日この頃。

 経験だけで仕事をする無知な弁護士にはなりたくないからね。

2002/09/27 Fri  謝罪を「文書化」すること(1)

 裁判において、判決ではなく、当事者同士の合意、つまり「裁判上の和解」によって解決をする場合、裁判所の「和解調書」というものが作成される。

 和解調書の中で法的意味を持つのは、「XはYに○○円支払う。」などのような言葉。この言葉が入れば、和解調書に基づいて、差押えなどの強制執行をすることができる。

 しかし、和解で決着する以上、それ以外に、「事実上」あるいは「道義上」の言葉が使われることがある。
 例えば、「原告と被告は、今後、隣人同士として、円満に生活できるように互いに努力する。」とか、そういう類の言葉。これを守らなかったと言って、この和解調書で裁判所に強制執行を求めたりすることはできない。

 そのような内容として、「このような事実があった。」という記載がなされることもある。
 たとえば、建築会社が、住宅の欠陥を認めて損害賠償のお金を支払うことに応じたとしても、「金は払うが、【建物に瑕疵(欠陥)があったことを認める】という言葉だけは、絶対に入れない。」ということで、最後の最後になってもめて、かえって、話が前に進まなくなってしまうこともある。

 「金は払う」という局面まで来ている以上、和解での解決は後一歩なのだから、こうなると、裁判所も一生懸命である(判決を書くのと、和解の解決では、裁判所にかかる負担が全然違う)。

 例えば、和解条項そのものではなく、前書き的に、裁判所の言葉として「建物において不都合があった状況を確認した。」という言葉を入れたりする。

 今は、北朝鮮が、拉致と工作船の事実について認めたものの、公的文書には何ら残されていない、ということについて、懸念する論調がほとんどだ。
 これも、レベルは違うものの、自らの犯した過ちについて、文書化することの抵抗が強い1つの場合と言える。

 文書化するということは、それを望む者にとっては、「公的に認めた。後になって【そんなことは知らない】という言い逃れを許したくない。」
という気持ちの表れであるが、事実を認める方にとってみれば、「わざわざ文書にする、ということは、後になって、その文書の存在が、自分にとって不利益に働く可能性を心配する」気持ちが表れるのだろう。


2002/09/27 Fri  謝罪を「文書化」にすること(2)

 このように、「事実の記載」ですら、もめるのであるから、「謝罪の言葉」を和解条項に盛り込む場合には、さらに、いっそうもめることになる。

 例えば、国家賠償訴訟などで、住民が国に対して損害賠償を求め、和解によって国が損害金の支払に応じるような局面になったとする。
 住民としては、どうしても国から「謝罪の言葉」がほしいので、その言葉を和解調書に盛り込んでほしいと思う。
 ところが、国が、そのような「謝罪の言葉」を和解調書に入れるのに応じることは、まず、ない、ということだ。

 もちろん、個人同士の争いであっても、「謝罪の言葉」を一方的に求める和解調書を作成しようとしても、ものすごい抵抗にあったりする。

 裁判は、「金の問題」であると同時に「心の問題」でもあるのだろうが、残念ながら、「心の問題」を裁判所で解決することは、非常に困難だと感じざるを得ない局面だ。

 だから、良く相談で「謝ってくれれば、金なんかいらないんです。」という人がいたりするが、「謝ってくれるような相手なら、とっくにお金は払ってくれている。」し、そういう場合、相手の方もこっちに「謝らせたい。」と思っているのがほとんど。

 そういうわけで、まだまだ未熟な私としては、「相手を謝らせたい。」と強弁する事件の依頼者に対しては、やはり、「受けられません。」とお答えしてしまう場合もある。

 ところが、「和解の達人」と言われる、ある裁判官の言は、ひと味違う。

 私は、その裁判官が、「誠意は金で表すしかない。」という発言をしたのを聞いたことがある、非常に「現実的」な考え方をする方である。
 その裁判官、どうしても「謝罪にこだわる」当事者に対しては、「謝って欲しい気持ち良くわかります。こうなったら、裁判官である私が代わりに頭を下げますから!」と言って、説得するらしい。

 これが良いのか悪いのかは別にして、実際に「裁判官がそこまで言ってくれるなら。」と納得してくれる人もいるそうなのだ(!)。

 心の問題を裁判で解決することを「不可能」だとあきらめるのは、まだ早いのかもしれない。

2002/10/16 Wed  弁護士事務所の入り方

司法試験に合格し、司法修習生として1年半(私の頃は2年だった)の法曹見習い期間を経ると、普通は、裁判官、検察官、弁護士のどれかに就職する。

 弁護士になる場合、地方などではいきなり独立して自分の事務所を構える、という人もいるけれど、普通はどこかの法律事務所に「勤務弁護士(=イソ弁)」として雇ってもらう場合がほとんど。

 とすれば、当然、「就職活動」が行われるわけで、司法修習生は、自分が行きたい事務所を求めて、事務所訪問をすることになる。

 では、どんな事務所に就職したら良いのか? これがほとんどといって良いほど、良くわからない。
 私自身が就職活動をしているときに、事務所を決める前に得ていた情報は、弁護士の人数、どういう事件が多いか、そして、年収くらいのものかもしれない。

 私の知り合いの弁護士は、面接のとき、ボスから「別に3時に帰ったって良いよ。うちは自由だから。」と言われ、それで「グラッ」と来たそうだけれど、実際のところ、土日に休めることはほとんどなく、毎日午前様近くまで働きづめだ(だまされた、と言っているが、真に受ける方がどうかしている・・・笑)。

 どこの会社を選ぶときもそうだろうけれど、やはり、入ってみなくてはわからないのだ。

 ただ、弁護士の場合、普通の会社に就職する場合と違って、「気に入らなければ、やめて、次を探す。」ことが比較的容易にできる。
 だから、あまり細かいことにこだわって、「理想の事務所」を求めるよりは、妥協できる部分は妥協し、譲れない部分にだけこだわって、少し気楽な気持ちで選んだ方が良いような気がする。

 私が、今の事務所を選んだ主な理由は、「一般民事を扱っている事務所」で、「ボスがカッコつけてなくて正直そうだから。」「先輩弁護士が良い感じだったから(ついでに言えば、男前だな〜と思った・・・笑)。」というところかな?

 しかし、当の先輩弁護士は、「名前と場所で選んだ。」とキッパリ言っている。
 場所というのは、飲み歩いたりする付き合いがキライだから、銀座や新橋の事務所はイヤだったのだそう。
 それも相当変わっていると思うけれど(笑)。

 というわけで、私は、直感(に近い)で選んだ事務所に未だにいるわけだけれども、実は、一緒に入った弁護士は、早々に事務所を辞めてしまった。
 
 結局は相性の問題なのだ。

2002/10/23 Wed  仕事におけるプライド

 弁護士にもいろいろなタイプがあって、依頼者とともに一致団結、「共に裁判を闘っていこう!!」と意気軒昂なタイプ、比較的事務的に自分の持ち分を淡々とこなすタイプなど、いろいろいると思う。

 そんな話を家でしていたとき、ダンナさんに、「自分は、依頼者と一緒に熱く闘うタイプだと思う?」と問いかけると、
「どちらかと言うと熱く闘うタイプだと思うけれど、それは依頼者のためっていうより、自分のプライドのためかな〜。」と言っていた。

 曰く、「自分は、普段の生活では、全然プライドが高くないけれど、仕事に関してだけはプライドが高い。自分がその仕事に関わった以上、自分のプライドが許すような努力をし、プライドが許す質の仕事をしないと、自分が許せない。」ということらしい。

 私は、どちらかというと、自分で自分の限界にチャレンジする、というよりは、あまりバーを高くしないで、その範囲内で要領よくまとめるタイプだと思うが、ダンナさんは、端から見ていても、できるだけのことはすべてやっている(じたばたしているように見えるときもあるけれど・・・・笑)。

 司法研修所では「即日起案」という授業があって、朝から夕方の丸1日かけて裁判書類を起案する。
 そんなとき私は、締め切りの時間に余裕を持って、コンパクトに書面をまとめて早々と提出するのが常だった。
 しかし、ダンナさんは、いつも、締め切りギリギリの時間まで粘って粘って書面を作成していた。

 私が、「時間いっぱいに使うなんて、要領が悪いんじゃないの。」と悪口を言っても、「そうかもね。」と受け流されていたけれど、どれだけ与えられた時間の中で努力できるか、ということは、プライドを持って仕事をするかどうか、ということにもつながってくるのでは・・・?

 プライドが高いからこそ、仕事でジタバタする、っていうのが本当なんじゃないのかな・・・。

 そんなふうに思って、自分を省みて、私は少し暗い気持ちになっている。

2002/11/06 Wed  書面は長ければ良いというものではない

 裁判のための準備書面などの書面書き(いわゆる「起案」というヤツ)は、間違いなく弁護士の仕事の大半を占めている。
 書き上げた書面は、私のようにイソ弁(勤務弁護士)であれば、ボスのチェックを受けたりするが、うちのダンナさんのように独立している弁護士の場合、ボスがいない(というか、自分がボス・・・笑)ので、依頼者以外に書面を読んでチェックしてくれる人はいない。

 そういうわけで、私は、時々、「書面読み&チェック」をダンナさんから頼まれることがある。

 見たところ、彼の書面の傾向は、非常に論理明快でわかりやすく、なかなか良い書面だと思う。
 しかし、あえて書面読みを依頼してくるような事件は、書いた本人が、非常に試行錯誤して悩んだものであるせいか、読むのに非常に難儀してしまう場合が多い。

 事件において、こちらの主張するところに困難があればあるほど、書面も難解で、しかも長くなってしまうのだ。

 弁護士として、このうえなくラクな書面と言えば、証拠があって、その証拠に基づいた主張を簡単に行い、証拠を引用すれば、それで終わり! というような書面。
 ところが、証拠がなかったり、経験則に反した事件なんかだと、証拠がない特別な事情だとか、経験則に反しているのを「そういう事情なら仕方ないね。」と納得させる背景事実だとか、微にいり細にいり説明しなくてはならない。

 とっても難解で読むのが面倒くさい書面のできあがりだ。

 最悪なのは、「目次」まである書面だろう。

 同期の裁判官に、「長い書面読みやすくするには、【目次】つけた方がいいよね?」と尋ねたら、彼曰く「それは間違っている。俺たち、裁判官室で、『目次付の書面、来ちゃいました〜』って言ってるもん。目次つけるより、簡潔に書いてよ。あるいは書面をいくつかに分けるとかさあ。」と言われてしまった。

 そうなのだ。弁護士が、力作のながーい書面を書いても、それを裁判官に読んでもらわなければならない。
 裁判官も人間なのだ。絶対読むのが苦痛になるような書面では、その優秀な能力を発揮してもらえないのではないか??

 そう言っては、私は、ときに「もっとたくさん書いて。」とわがままを言うボスを説得しているのだが(笑)。

2002/11/15 Fri  ロースクール構想?

 司法試験の合格者数もここ数年間で1000人程度にまで増えた。
 私が受験した年は、受験者総数が約2万2000人で合格者がだいたい740人くらいなので、合格率は3.4%くらい。
 最近は合格者も増えているから、合格率も上がったのか、と思いきや、今年は、合格者こそ約1200人と増えたものの、受験者総数が約4万5000人と激増しているので、結局合格率は3%を切って、より激戦となっている模様だ(なんと!)。

 そして、2004年からはアメリカのようなロースクール制度が日本でも導入されることになるのだそう。
 
 ロースクールと言えば、「ペーパーチェイス」という映画を思い出す。ハーバード・ロースクールの学生達が、契約法の授業で良い点数をとるために必死になっている様子を描いたものだ。

 授業は、いわゆる「ソクラテス・メソッド」というやつで、教授は学生を積極的に指名し、問答を繰り返しては正解を求めていく、という方法で行われる。

 日本でも、ロースクールに入った人は別の新司法試験を受験することになるそう。
 しかし、今までの司法試験をわざわざ変えてまでロースクールを立ち上げることになったのか、はっきり言って私には「良く分からない」。
 思うに、司法修習生が増えると、もはや法務省で面倒を見切れなくなるので、大学にその教育を任せる、という、そういう意図が最も大きいのではないか。

 司法修習生のときには、都心に近い研修所の敷地内には「寮」があり、月々1万円そこらの家賃で、バス・トイレつき冷暖房完備のワンルームが与えられる。しかも、研修所にあるスポーツ施設は無料で使える。国家公務員に準じる扱いなので、もちろんお給料も出ればボーナスも出る。
 修習生が増えれば、そのような負担に耐えられなくなる、というのが、1番大きな理由なのではないか?
 
 私たち弁護士にも、ロースクールについて「啓蒙」しようとする資料が、毎日のようにたくさん届く。
 しかし、この良く分からないものに突き進んでいく気持ち悪さがあって、どうも、真剣に見つめる気が起きないのだ(もう、自分には関係ない、って思っているからだ、と言われてしまえば、それまでなのだけれど)。
 ただし、まわりで「ロースクールの講師」を仕事として狙っている人は、たくさんいる模様だ(笑)

2002/11/28 Thu  仕事が好きであることの幸せ

 今朝の朝日新聞に、知的財産権関係の有名弁護士が紹介されていた。弁護士長者番付NO.1(売上げは13億くらいあるらしい)で、とにかく仕事人間、事務所の寝袋で寝て、仕事をするのだそう。
 この方、事務所に炊飯器も置いてあって、そこでご飯を炊いて食べるらしく、家族には「自分は出家をした、と思ってくれ。」と言っているとか。

 とにかく、仕事が面白くて、楽しくて仕方ないのだろう。その点は、本当にうらやましいことだと思う。たぶん、「趣味は?」と聞かれても、特にないのだろうな。

 その点、私の事務所のボスも、「趣味は?」と聞かれると「趣味の1つもないなんて恥ずかしいけれど、やっぱり仕事。」と答える。
 曰く、「弁護士の仕事は、『勝った、負けた』という本気の勝負を仕事でできる。こんなに面白くて興奮する仕事はない。」のだと。

 そんな話をダンナさんとしていたら、「自分も弁護士になって、面白いし、本当に良かった。」と言う。その理由は「世の中の仕組みを知ることができて、自分が仕事を通じて成長することを実感できるから。」なんですと。

 というわけで、なんだかんだ文句を言っても、弁護士の仕事が好きな人は多いようだ。

 私からすれば、長者番付1位の弁護士は、「あなた、そんな生活なら独身でいなさい。」という感じ(笑)。ボスについては「趣味の意味、知ってるの?」と言いたくなる。

 思うに、男性の方が「優秀でありたい。」「仕事で認められたい。」という欲が強いのかもしれない。私など、趣味のために仕事をやっている、と言っても過言ではないし・・・(汗)。

 その点、私の先輩弁護士は男性だけど、「人間、死ぬときに、『ああ、もっと余裕を持った生活をして家族と一緒に楽しみたかった』とは思うかもしれないけど『ああ、もっと仕事すれば良かった』とは思わないから、先生(←私のこと)みたいな考えでいいんじゃないの。」と言ってくれたけど(笑)。

 しかし、やはり思う。自分の仕事が大好きであることは、それだけで幸せな人生なんじゃないか、って。
 ただし、周りの人(たとえば家族)が幸せになるか、っていうのは、また別問題なのだけどね。

2002/12/09 Mon  誰のためにやってるの・・・?!

 弁護士の仕事は、法律的にトラブルをかかえた依頼者から依頼を受けて受任し、その事件の処理にあたることが基本だ。その方法として交渉があったり、裁判があったりする。

 裁判の場合、弁護士は裁判に勝つために、できるだけ詳細に依頼者から事情を聴取し、証拠として必要な資料を出してもらうように指示する。このとき、必要な資料の作成や収集は、原則として依頼者本人にやってもらう。
 というのも、事案にかかわっている当事者でなくてはわからないものであるし、本人が1番証拠に近いところにいるからだ。

 この「必要な資料の作成や収集」を全然やってくれない依頼者が、時にはいる。

 幸いなことに、私が担当している依頼者の方々は、私が「こんな資料はないか?」「これを裏付ける証拠はないのか」と問いかければ、きちんとそれに応じてくださる方ばかり。

 しかし、非常に面倒見の良いある女性弁護士の依頼者の方は、彼女が熱心にそういう問いかけをしても、「今、忙しいから探せない(?!)」とか、彼女がわざわざ土曜日に仕事に来たときに電話で問い合わせをしたら「今日は休みの日なのに、そんなこと考えたくないのに(???)。」と文句を言う人がいるというではないか。

 これは極端な例かもしれないけれど、弁護士に頼んでしまった時点で「大舟に乗った気分」になってしまうのか、まるっきり弁護士任せにしてしまう依頼者の方の話は、良く聞くところ。

 先の、面倒見の良い女性弁護士も、その依頼者の、あまりに人任せで無責任な対応に、「あのね、誰のためにこういうことをやってると思っているんですか?」と気色ばんでしまったそう。
 打ち合わせのときにも上の空の依頼者には、「そんなに真剣に取り組んでくださらないなら、私、もう帰りますから。」と、荷物を片づけるパフォーマンスまでしたらしい(それで、ようやく依頼者の方も「すいません・・・」と真剣になってくれたそうだが)。

 そういう意味で、弁護士は、「すべてお任せを」というのではなく、最初から「一緒に協力して裁判を闘って行きましょう!」というスタンスをはっきりとさせておかなければならないと思う。

 その点、私の事務所のボスは、「弁護士が怠けたら、すぐに尻をたたいてね。」と、最初から依頼者に言っている。

 最初から弁護士が怠ける、っていう前提もどうかと思うけれどね・・・・(笑)。

2002/12/11 Wed  死刑判決は理由から・・・

 今日は、和歌山の毒入りカレー事件の判決が言い渡されている。 昼休みをはさんで、きっと今も言い渡されている最中だろう。
 午前10時に開廷し、通常の閉廷時間である午後5時まで、ずっと言い渡しは続く見込みだとか。

 判決の総ページ数は2000ページにも及び、今日実際に裁判長から言い渡されるのは、そのうちの主要な部分だけだというのに。
 それだけ慎重な認定がなされていることだろうが、そのことについては、死刑廃止について書く機会があったら譲ろうと思う。

 今日の裁判では、主文を飛ばして、判決理由から言い渡されているとのこと。マスコミでは「極刑の見込み」だと報じているが、おそらくそのとおりだろう。

 刑事事件の判決言い渡しは、普通「主文」に始まり、「被告人は無罪」あるいは「被告人を懲役○○年に・・・」という有罪判決のどちらかで、「被告人【は】」か「被告人【を】」と言った段階で、無罪か有罪かがわかる、と俗に言われている。
 そして、今までの前例で、「主文」ではなく「判決理由」を先に言い渡した場合に「死刑」でなかったことがない。

 では、なぜ、主文を先に言わないのか? 

 主立った理由として、死刑の判決を被告人が聞いてしまうと、精神的に激しく動揺して、判決理由を聞くに堪えない状況になってしまうことがあるので、それを避けるためだ、と言われている。

 しかし、定年で裁判官を退官された弁護士にうかがったところ、「裁判官は、『死刑』を言い渡した後は、『控訴できる』ということだけ被告人に伝えたら、もう、さっさと退廷してその場からいなくなりたい、という心理状態になる。そちらの理由の方が大きいと思う。」と言っていた。
 それを聞いて、実はそちらの方が本当なのかもしれない、と思った。

 裁判官が死刑判決を書くときの重圧感はそれはそれは大きいものだそうだ。
 そのうえ、自ら死刑を言い渡した被告人を目の前に、その後も延々と判決理由を述べ続けるなんて、できれば考えたくもない状況だ。主文を言い渡したら、その次の瞬間には、その場から姿を消したいに違いない。

 私の同期の裁判官達も、そろそろ独り立ちして刑事裁判の判決を書いているころ。修習生のとき、気楽に「死刑判決って書いてみたい。」なんて言っていた人たちは、今、どういう気持ちで判決を書いているのだろうか。

2003/01/07 Tue  争点を整理したい!

 この冬休みは、争点が多岐にわたった事件の「争点整理」をしよう、と思って、記録を自宅に持ち帰ったりしたものの、ほとんどそのままの状態で(汗)、明日から仕事始めを迎える。

 「争点整理」とは、裁判において「何が争点なのか。」を明らかにする作業。争点が明らかになれば、裁判所は「争点に的を絞った判断」ができる。

 この争点整理は、双方の主張がほぼ出尽くした頃に、裁判官を主導にして行われることが多い。
 最近の若い裁判官などは、非常にこの争点整理を熱心にやってくれて、エクセルなどを使って、図表形式で争点をまとめてくれた「争点整理表」を、双方の代理人に配布してくれたりする。

 司法研修所では、「争点に的をしぼった書面」を書くよう、徹底的に起案方法をたたき込まれるはずだが、実際に弁護士をしていると、依頼者の方の話を聞いて、その話をもとに書面を書くことになるため、実質的な争点のみならず、周辺事情にわたって書面を作る場合が非常に多くなる。

 依頼者としては、自分が話したことを書面に書いてほしい、という希望を持つ場合が多く、弁護士としても、やはりそれを聞いて、なるべく依頼者の方の話を書面に盛り込みたい、と思うからだ(これは、弁護士によっても芸風があるので、個人差はあると思うが、私はなるべく話を盛り込んでしまうタイプ、だと思う)。

 そして、依頼者の話をべったり書いた書面の応酬がひとしきり続くと、「じゃあ、争点は何なのか?」が、非常にぼやけてしまいがちだ。

 裁判官の方が主導的に争点整理をやってくれる場合もあるが、この「ぼやけの程度」があまりにも大きいと、裁判官から「代理人の先生で争点整理をやってみてもらえませんか?」などと、おはちが回ってきたりすることがあるので油断ならない(汗)。

 まあ、この「争点の整理」というのは、世の中で行われているいろいろな議論でも適用できるものだと思う。
 「朝まで生テレビ」などで、争点がどんどん拡散していって、収拾がつかない状態になっているのを見ると、「ああ、争点整理表が作りたい・・・・」と思ってしまう(苦笑)。

 実際、争点が整理できれば、それだけで問題の半分以上は解決できたことになる、とも思うのだが・・・。どんなものだろう?

 というわけで、結局明日の仕事始めは、積み残した争点整理を、1日がかりでやることにしよう・・・(やれやれ)。

2003/01/18 Sat  悪徳弁護士と呼ばれて・・・・(汗)

 さて、先日の裁判にて、相手方の本人から「悪徳弁護士」呼ばわりされた私である。

 そのココロは、以前私の出した書面の中で、その相手方本人が、「こんなことを発言した」と記載した台詞を、「〜〜してみろ。」とか、キツイ口調でしゃべったかのように書いたところ、「自分は、こんな恫喝まがいのしゃべり方はしていない。代理人が、事実を歪曲して述べている。謝罪の書面を出せ。」と言い始めた。そういうことにある。

 私は、自分の依頼者が、「(相手方が)こう言った。」ということを忠実に再現して書面にしただけで、そもそも「言った言わない」自体が争いになる世界なのだから、当然、謝罪などするわけもなく、まして、書面なんかとんでもないのである。
 気に入らないなら、相手方は、「そんな言い方はしていない。」という主張をして、立証すれば良いのだから。
 
 しかし、私の方も大人気なく、腹を立てて「ツンツン」した態度をとったのが、相手方の怒りの炎に油を注いだようなんだけれど(笑)。

 そんな流れがあって、その相手方本人は、裁判のたびに、私にからむこと、からむこと。今回は、とうとう冒頭の発言に及んだわけだ。

 インターネットを見ていても、「悪徳弁護士だ」と騒いでいる文章に出会うことがあるが、良く読んでみると「金を貸したのに返さないやつの味方をして、『金は返せない』と開き直る悪徳弁護士」なんていうのだったりする。
 返せないから困って相談に来ている依頼者のために仕事をしているんだから、悪徳などと言われる筋合いは全くないのだ。

 言ってみれば、弁護士は「矢面に立つこと」のが仕事、という側面もある。
 だから、本来ならば依頼者本人に向けられるべき悪口が、弁護士に向けられる、というのは、やむを得ないところだろう。
 実際、私の依頼者の方も、思い切り相手方弁護士の悪口を言って鬱憤をはらしたりしている。同じくらい、私も、相手方の本人に悪口を言われているに違いない。

 でも、それはそれで良いのだ。1番怖いのは、自分の依頼者に悪口を言われることなんだから。

2003/03/25 Tue  弁護士は裕福でなくては・・・

 清貧の弁護士、というのはとても聞こえが良くて、実際、良いなぁ、と思うが、一方で、弁護士はある程度は「裕福」でなくはならない、というのが私の持論だったりする。

 弁護士は、仕事柄、本人の代理人として行動する。従って、本人からお金を預かる場合が多い。他人のお金を預かる弁護士がもしも「赤貧」だったら、やはり、ろくなことを考えない人も出てくるはずではないか?

 実際、横領等で逮捕される弁護士は、たいていみんな金に困っている。
 金銭的に潤っているのにもかかわらず、さらに欲をかいて犯罪に走る弁護士はさすがにあまりいないと思うが、金に困って犯罪に走るのが、やっぱり普通だろう。
 ただし、これは弁護士に限ったことではないけれど。
 バブルの後始末で金に困っている人も多く、そういう人が依頼者から預かった金に手をつけて自分の借金の返済に回してしまったり、ということも起こる。

 そう考えてみると、借金があまりにも多い弁護士というのは、弁護士としての適格性が疑われても仕方がない、とも言えるのではないか。

 弁護士は、自分の着手金や報酬のための口座と、依頼者からの預り金を入れておく口座と、2つに口座を分けて持っている。
 これも、「自分のお金」と「他人のお金」をきっちり分けるために当然必要なことであると思うけれど、実際に「自分のお金」の口座が苦しくなってくると、一時的に「他人のお金」を流用して穴埋めする、というのは、比較的良くある話なのではないか、と想像する。

 やはり、弁護士はある程度「裕福」でなくては、信用にかかわる事態が発生しやすくなるのは、自明の理だ。

 今後、弁護士の人口が増えて、弁護士間の貧富の差が増えてくると言われている。それに伴って、弁護士の不祥事も今まで以上に増えてくるだろう。

 そうなった場合、弁護士の信用をどこではかれば良いのだろう。

 帝国データバンクなどで会社の業況を判断するように、弁護士データバンクなどというのが出てくる日も、そう遠くないような気がする・・・。怖いことだけれど・・・(汗)

2003/04/08 Tue  弁護士は裕福でなくては?(2)

 さて、前に、弁護士は裕福でなければ、という話を書いたのだけれども・・・。
 このことは、弁護士側からすれば、依頼者に「どう見られたいか」という意識につながってくると思う。

 私も、就職活動でいくつか法律事務所を訪問したけれど、銀座などの一等地であっても、崩れそうに古いビルの中にある暗い感じの事務所は「ちょっとね・・・」という感じだったし、逆に、応接室みたいのがあって、派手な彫刻なんかが飾られていて、フカフカのじゅうたんで足をくじきそうな事務所も遠慮したい感じだった。

 ただ、その「フカフカじゅうたんの事務所」の弁護士は、「こういう過度な装飾にはワケがあって、うちの顧客は外国人が多くて、こういうインテリアを好む依頼者が多いし、またそういう顧客を得たいから、そういうインテリアにしているのだ。」と言っていた。

 リッチな依頼者からふんだんに報酬をとって、事務所の内装もこれまたリッチになる、ということだろう。

 逆にボロボロの事務所の弁護士からはそういう発言はなかったから(笑)、たぶん、あまりお金をかける余裕がないのだろう。

 私は、まだ自分の事務所を持っているわけではないけれど、やはり金回りが悪い印象は与えたくないから(笑)、ビルは古くても良いけれども、内装は新しくこぎれいにして、裕福そうとまでは行かずとも、清潔で機能的な事務所、にしたいものだと思う。

 「裕福そうな事務所にすれば、貧乏な依頼者には敷居が高くて来られないようになるから、効率の良い仕事ができる」と言い放った、リッチな税理士さんもいるのだけれどね(汗)。

 雇われの身でいると、そういうガッツはなかなか出ないのですね、これが。

2003/04/11 Fri  私はそんなもの見てないぞ!

 一般民事を扱う弁護士なら、破産などの債務整理を扱うことはままある。普通、クレジットカードを使ったりサラ金からお金を借りるので、債務整理にかかわる事件を、通称「クレサラ事件」と呼ぶ。
 このクレサラ事件で非常にやっかいなのが、闇金融と言われる超高利(10日で1割=トイチ、10日で3割=トサン)で金を貸す業者に対する対応だ。

 支払が滞ると、金融業者は直接、債務者に対して請求をする。
 ところが、弁護士が委任を受けて債務整理をすることになると、弁護士はまず第一に債権者に対して「受任通知」を送付する。すると、金融業者は、直接債務者に請求をすることができない、ということになっている。

 ところが、最近の闇金は、携帯電話だけ、あるいはファックス番号だけしか連絡先がなかったりして、受任通知が送れなかったり、あるいは直接話をすることがなかなかできなかったりする。
 それをいいことに、弁護士が受任しているにもかかわらず、相変わらず債務者に脅しめいた請求をかけてきたりするのだ。

 最近のトレンド(?)は、債務者に、漆塗りかなんかの立派な「お悔やみ電報」を送りつけてきて、脅しをかける、というもの。

 弁護士サイドでも、闇金についての情報交換は非常に盛んに行われているため、ネットワークを通じていろいろな情報を得ることができるのが、非常に助かっている。
 こうして、弁護士達が結託して、悪質な金融業者に対抗する手段を講じると、新手の闇金業者が現れたり、と、まさにいたちごっこ。違法であることを自認して、あれこれと手段を講じてくるのだから、法律の取締りにも限界を感じざるを得ない。

 気をつけなければいけないのは、最近は、身に覚えのない債権の取立までしてくる業者がある、ということだ。

 身に覚えがない、と言えば、最近私にも「債権回収メール」が届いていた。なんでも、「アダルト・コンテンツ」への接続料金で1万いくらの請求だったけれど、ご丁寧に「もし支払わないときは、あなたの家に債権回収の代行の者を行かせます。」なんて書いてあった。

 私はそんなもの、見てない、っていうの!(笑)

 でも、身に覚えがないから、「何だこんなの!」って思えるけれど、身に覚えがあったら、1万円くらいなら払ってしまう人、きっといるだろうな。

2003/04/14 Mon  「『にくたいかんけい』って何ですか?」

 男女の関係(結婚、恋愛など)がからんでくる事件になると、時には、ちょっと聞きにくいような質問をしなくてはならない局面が出てくるもの。

 その最たるものが、「Hしましたか?」に類する質問だ(「何回しましたか?」「最後にしたのはいつですか?」等々)。

 そういう事件では、打ち合わせの段階からそんな質問を依頼者に対してしなければならないのだが、そのときからすでに照れてしまう私である。
 医者がそういう話を当然のごとく照れないで質問するのと同様、弁護士だって仕事で必要で聞いているのだから、本当は、さらりと、自然に質問できれば良いのだけど・・・。まだまだ修業が足りないのである。

 裁判の局面でも、法廷での証人尋問でそういう質問をしなければならないとき、どういう言葉で質問をしたら良いのか、悩ましいところ。
 もちろん、カジュアルに「エッチ(♪)」とか言えないので、「肉体関係」とか「男女関係」という言葉を使うことが多いのだが、「男女関係」ではあまりにも婉曲表現過ぎるので、私は、とりあえず前者を使うことにしているが、これがまた、なんだか言いにくくて、つい声が小さくなって照れてしまう(こちらもまだまだ修業が足りない・・・・)。

 実は、最近、そういう尋問が終わったばかり。そこで私が「○○さんとの【(ちょっと照れ気味に)肉体関係】が最後にあったのはいつですか?」と尋問すると、なんと、証人の女性から「肉体関係って何のことですか?」と反対に質問されてしまった。
 (「もうっ、知ってるくせにっ・・・」と思いつつも)、仕方ないので「セックスのことですよ。」と言うことに(あああ身も蓋もない・・・)。

 どうせなら、最初からそう言えば良かったよ、とぶつぶつ思いながら、事務所の同僚にそんな話をすると、「裁判官にふっちゃえば良かったのに。『裁判官、証人がわからないので、教えてあげてもらえますか?』って。」って、そんなことできるわけないでしょう(笑)。

 しかし、今回の件で、「にくたいかんけい」という言葉の音感が、照れを呼び起こす音感で良くないのだ、ということを自覚したので、今度からは「そのものずばり」で行くことにした(汗)。

 こんなことで悩むなんて、本当に修業が足りない・・・。

2003/06/04 Wed  人生の最優先事項

つい最近、事務所である相談案件を受けていたときの話。

 2人の妻がいて、1人は夫に先立たれた妻、もう1人は夫が莫大な借金をかかえている妻(しかも自分は連帯保証人になっている)なのである。

 夫に先立たれた妻に、もう一方が「まだ若いのに。お気の毒にね・・・」と言葉をかけると、「(夫が莫大な借金をしていて、しかも自分が連帯保証までしている)あなたに比べれば、ましかもしれないから、大丈夫・・・」と答えたそう。

 それを聞いたも、借金持ちの夫を持つ妻は「確かに自分は一生かかっても返せないくらいの借金を背負っているけれど、とりあえず、毎日ひもじい思いはしないで、食べて住むところもあるし、夫も生きている。だから、自分の方が幸せなの。」と思ったそう。

 うちの事務所では、良く冗談で「別れても〜保証人〜♪」(←もちろん「別れても好きな人」のパクリ)っていう歌を歌うのだけどだけど(汗)、これは、もちろん、妻が夫の借金の保証人になった場合、離婚しても、保証人としての立場だけは残ってしまう、という話。

 こんなふうに、夫に翻弄される妻達を目にすることが良くある。

 さて、借金があっても健気な妻であるが、もちろん、その境地に達するまでには苦しい期間があったようだ。
 裁判を起こされ、自宅は競売にかかり、もはやこれまで・・・と思ったところ、助けてくれる人はいるもので、競売にかかった自宅を知り合いに入札・競落(けいらく)してもらい、今は家賃を支払って賃借人の身となりつつも、長年親しんだ住まいに住むことができている。

 こうしてみると、やはり住むところがあって、毎日ご飯を食べることができているから、時間をかけて、何とか気持ちを立て直すことができたのだろう。
 そのために、夫が奔走してくれたことを知っているから、感謝の気持ちを忘れずに、自分のことを「幸せだ」と思うことができたのだろうなあ。

 こうしてこの夫婦は、借金に負けないどころか、逆に、トラブルをかかえた人達の相談に乗り、励ましているのだ。何が人生の最優先事項なのか。それを考え、それ以外のことはあきらめなさい、と。それでも何とかなるんだ、と。

 本当に困ったときには、あれもこれも解決しようとしてもできないのだからね。

2003/06/19 Thu  バッジをつけないニセ弁護士〜その1

 裁判の相手方に弁護士が代理人としてつかず、本人が裁判所で自ら訴訟活動を行うことを、「本人訴訟」という。

 こういうとき、本人の感情がストレートに裁判に表れることがよくある(裁判所で感情的な態度とったり、書面の内容が相手方に対する激しい攻撃に終始したりする)。

 知り合いの弁護士(女性)が、たまたま、そういうタイプの本人が相手方の訴訟を担当していて、毎回、裁判所で、嫌味を言われたり、食ってかかられたりしているそう。

 ちなみに、彼女は、いつも弁護士バッジをつけずに法廷に出ていた。
 私も、普段弁護士バッジはつけないで、ポーチに入れて持ち運んでいる(前は財布に小銭と一緒に入れていたら、ボロボロになってしまった・・・涙)。

 これには訳があって、男性ならスーツの胸にバッジ用の穴があってそこにネジ式のバッジをつければ良い。
 でも、女性の場合、このバッジは「ピン」でとめるようになっている。
 ピンでとめると、服に穴が開いてしまうし、スーツじゃなくてブラウスだったりすると、バッジは「とても変」。
 なもので、女性は弁護士バッジをつけない比率が男性に比べて多い、と思う。

 ところが、彼女は、相手方本人から、「弁護士バッジをつけないで法廷活動をすることは弁護士倫理に反している。本当に弁護士かどうかもわかわない、『弁護士を名乗る者』だ。」という趣旨の書面をちょうだいしてしまったらしい。

 ニセ弁護士(汗)かどうかはともかく、弁護士向けの内部規定を見ると「身分を証明する徽章を『帯用』しなければならない。」という規定があるそうだ(伝聞なのは、自分で確認していないから・・・汗)。

 彼女は、弁護士バッジは常に持ち歩いているが、これがいったい「帯用」に当たるのか? 非常に悩んでいたけれど(持ち歩けばよいのか、胸いつけてなければならないのか、『帯用』の定義が全然明らかではないので・・・)。

 実際、弁護士バッジをつけないで法廷に出ている弁護士は多いし、それが特に問題とされた節もないので、「帯用」といえば弁護士バッジを持ち歩いていればよい、ということなのだろうか?



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