ミケーネとティリュンスの考古遺跡

(アルゴリス県。文化、1999登録)

 ミケーネもティリュンスもペロポネソス半島の北東、半島の玄関口コリントスに近いところにある。いずれもドイツの考古学者シュリーマンが発掘した遺跡で、BC12世紀頃の遺構と推定されるから、ギリシャの考古遺跡でもずば抜けて古いものである。ティリュンスはミケーネの支配下にあった町とされるが、私は見ていないので、ここではミケーネについてだけ述べる。
 ミケーネの歴史は古く、BC20世紀頃に北西から南下したミケーネ人はクレタ文明を受け継いで、BC1613世紀頃に最盛期を迎え、エーゲ海一帯に独自のミケーネ文明を作り上げた。トロイ戦争のギリシャ軍総大将アガメムノンはBC123世紀頃の在位と推定されている。
 BC12世紀頃からミケーネは急速に衰え、BC10世紀頃ドーリア人によって滅ぼされる。以後、1876年シュリーマンによって発掘されるまで、ミケーネは歴史上から完全に忘れ去られていた。
 遺跡は城砦のあるアクロポリスの丘と、手前にある「アトレウスの宝庫」の箇所に分かれている。
 アトレウスはアガメムノンの一族のこと。俗に「宝庫」と名づけられているが、実際は陵墓らしい。別名「アガメムノンの墓」と呼ばれるが、むろん誰の墓か明らかでない。長さ36m、幅6mの通路の奥に直径13.5m、高さ34mの円錐形の墓室がある。内部には棺が置かれたらしい凹所がある以外はがらんどうで何もない。
「宝庫」へ通ずる通路 内部はがらんどうで、ほとんど真っ暗 これが入口
 上部に獅子の浮彫が刻まれた「獅子門」を潜って城砦に入る。円形墓地Aの脇を通って坂道を登って行くと、頂上に宮殿跡がある。崩れた壁や礎石程度しか残っていないので、想像をたくましくして往時の隆盛を推測するしかない。シュリーマンは円形墓地Aから有名な「黄金のマスク」(アテネ考古学博物館蔵)を発見し、これをアガメムノンの墓と推定したが、現在ではもっと古い時代の墓所であると考えられている。
 城砦の外にも円形墓地Bのほか、(アガメムノンを殺した)クリュタイムネストラやアイギストスの墓と名づけられた墓があるらしいが、これらの命名もかくべつ根拠はなさそうだ。
(採点)なにしろ古いものだからほとんど原型を止めないが、アガメムノンの居城だった(?)と思えば、それなりの感慨はある。歴史的価値を評価して60点。
アクロポリス全景 アクロポリスを上から眺める
獅子門 円形墓地A
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