松田博仁さんとの音楽談義 第5回

10月13日 松田⇒砂田
 「CDの束bQ」を準備中です。来週発送致します。


10月13日 砂田⇒松田
 「CDの束bQ」を送っていただけるとのことで、ありがたく、楽しみにしております。
 送っていただいた「CDの束1」は、3回聴きました。どれも素敵な曲ばかりです。また、知っている曲も多くありました。


10月16日 松田⇒砂田
 先ほど、退院してきました。先日お話した、『ちあきなおみ全集』の広告写真をお送りします。いしだあゆみでヒットした『ブルーライトヨコハマ』のカバー曲も入っています。また、井上陽水のカバーもいくつかあります。しかし知らない歌が大半です。値段は8枚組18,900円で、すごいボリュームです。ワイドショーでも取り上げていました。「テレビに姿を見せないだけに、近くて遠い人」であり、また、「最近の歌がつまらないから、懐かしくて購入する人が多い」のだそうです。


10月16日@ 松田⇒砂田
 昨日、一大決心をし、今月の24日(水)から29日(月)まで上京することにしました。目的はアパートの引越し(引き上げ)です。
 そこでご相談なのですが、25日(木)に、もしお時間があれば軽作業をお手伝い頂ければと思っています。いかがでしょうか。
 当日は私しかおりません。場所は中野区の大和小学校の正面です。高円寺駅または野方からタクシーで数分の距離です。


10月16日 砂田⇒松田
 退院、一先ず良かったですね。引越しの件、了解しました。ご指定の日は空いています。10月25日(木)、朝10時頃にうかがいます。終わったら、一緒に、飯でも食べましょう。
 今日の東京は、少し寒いくらいです。くれぐれもお身体を大切にしてください。


10月16日A 松田⇒砂田
 ありがとうございます。本当に申し訳ありません。
 今日は、引越し業者との打ち合わせなどで、一日過ぎてしまいました。当日の作業に関しては、追ってFAXさせて頂きます。


10月17日 砂田⇒松田
 FAX、届きました。内容も了解です。それでは、この件については、当日ということで。
今日は、私は講義です。くれぐれもお大事に。


10月17日@ 松田⇒砂田
 本日の講義、がんばってください。
 明日、「CDの束bQ」をお送りします。週末には届く予定です。また私のアパートの地図も同封しました。大まかな場所はパソコンで検索し、見ておいてください。
 明日は、飛騨の砂田君が来てくれます。楽しみです。


10月18日 砂田⇒松田
 「CDの束bP」を昨日も聴きました。とても良い歌が入っており、気に入りました。
 アパートの場所は心配しないでください。地図とパソコンがあれば大丈夫です。マスクも今週末に購入します。
 砂田君が来訪されるとのこと、楽しみですね。旧交を温めてください。


10月19日 砂田⇒松田
 私のほうは、昨日は講義の疲れがあって、ほとんど、テレビを観て過ごしました。
 今日は、以前、お話ししたことのある友人のHさん(女性)のシャンソンを聴きに、自由が丘(東京都世田谷区)に行きます。ただ、Hさんは、弟さんを脳溢血で亡くしたばかりで、今回は、唄わないとのことです。「チケットが私の手許にあるので、他の歌い手を聴きに来てくれ」との、電話でした。
 「CDの束bQ」をお待ちします。それから、「CDの束bP」ですが、聴けば聴くほど良い歌に聴こえてきます。佐野まりさんのも、茶木さんのも含めて、とても良い歌がそろっています。


10月20日 砂田⇒松田
 「CDの束bQ」が届きました。ありがとうございます。今から聴きます。
 また、アパートの地図も確かにいただきました。10月25日(木)午前10時に伺います。久しぶりにお会いできることを楽しみにしています。
 それから、昨日のシャンソンのコンサートですが、プロのほうは、古坂るみ子というシャンソン歌手http://www.furusakarumiko.com/が唄いました。文学座の役者さんでもあり、有名な女優さんらしいです。ホームページもありますので、覗いてみてください。赤いドレスを着て、きれいな女性でした。


10月20日 松田⇒砂田
 いきなり迷惑メールが殺到しまして、しばらく受信拒否設定にしていました。告知せず申し訳ありません。多分もう大丈夫です。


10月22日 松田⇒砂田
 木曜日ですが、少し時間をずらし、午前11時15分に来ていただきたいのですが、よろしいでしょうか。


10月22日 砂田⇒松田
 了解しました。11時15分に伺います。


10月23日 砂田⇒松田
 明日は上京される日ですが、体調は大丈夫でしょうか。明後日、お会いしたいと思います。今、パソコンで地図を印刷しました。松田さんが書いてくれた地図と合わせて、着けると思います。

 また、「CDの束bQ」を数回聴きました。私にとっても懐かしい曲が多くあり、とても良い気分で聴くことができました。
 その松田さんが構成してくれた「CDの束bP」と「CDの束2」を評することは、私の言葉ではとてもできそうにありません。音楽と言葉は別次元のものであり、松田さんの音楽表現を言葉で解説することは、とても無意味なことだと思います。音楽という表現の核心は音楽自体にあり、言葉で表現しようとすることは、核心に迫ることにならないばかりか、むしろ遠ざかることになってしまいそうです。

 1曲1曲それぞれの音楽が、束となって、一つの音楽観、音楽世界を作り上げています。松田さんの構成は、「松田さんの音楽世界」というアイデンティティを見事に獲得しています。私の音楽世界などは、断片をつぎはぎしており、アイデンティティがあると言えるようなものではありません。ここには、音楽を楽しんだり、慰めにしたり、生きがいにしてきた人が獲得できるアイデンティティがあります。

 「CDの束bP」の最初の曲である、茶木みやこ『まぼろしの人』について、松田さんはこの対談で「ピコピコしたキーボードの音が印象的」と語ったことがあります。この場合、「ピコピコ」というのは単なる擬音語ではなく、それ以上のものであり、言葉にはできないものです。

 これらに込められた選曲観、そのアイデンティティに対して、私は松田さんが「長きにわたる音楽愛好家」だと感じました。別に褒めるとか褒めないということではなく、このことが、松田さんの選ばれた「CDの束」を聴いて感じたことです。ユニークな音楽世界だと思いました。


10月23日@ 松田⇒砂田
 メールありがとうございます。明日の準備は整いました。今度の上京は複雑な心境です。前日にあたる今日は一層不安があります。しかし、この機会を逃すわけにはいかず、がんばるしかありません。明後日、午前11時15分頃、お待ちします。

 私の構成したCDについて、その論評を読ませていただきました。大変もったいない限りで、恐縮しております。

 私は、楽譜を読めませんし、楽器も弾けません。ただ感性に委ねて、ミュージシャンと接するタイプです。また長尺かつ複雑な曲は、基本的にダメで、分かりやすい作品に偏りがちです。そのため好きな歌はヒット曲中心になるようです。
 3回以上聴いて好きになれないとギブアップで、それ以上は疲れて、楽しめないのです。
 また音も、楽器が演奏されていれば楽しめますが、手を抜いたリズムボックスなど、コンピュータに頼ったものはダメです。アーチストのアイデンティティが伝わってこなくて、産業音楽独特の嫌らしさが見えてしまうのです。

 話は変わりますが、高円寺南口パル商店街に団塊世代を対象にしたCD屋があります。リニューアルした新星堂です。もし高円寺から帰られるのでしたら、ぜひ覗いてみてください。


10月24日@ 松田⇒砂田
 今、東岡崎を出ました。名鉄で豊橋に出て、そこから新幹線です。天気は快晴です。

10月24日@ 砂田⇒松田
 出発されたのですね。何とか、引越しをやりきりましょう。一つ一つ、目の前の作業をしましょう。明日、お会いしたいと思います。それでは、道中、気をつけてください。

10月24日A 松田⇒砂田
 ご心配おかけしてすみません。今ホテルに入りました。窓から高円寺駅北口が見えます。ただ駅に近いので、電車の振動で、部屋が少し揺れます。
 体調はまずまずです。今日はしばらく休みます。

10月24日A 砂田⇒松田
 着いたようですね。無理をしないで、休んでください。明日、午前11時15分に行きます。

10月24日B 松田⇒砂田
 今、アパートですが、予想以上にモノがあり、ちょっと心配になってきました。

10月24日B 砂田⇒松田
 大丈夫です。二人で何とかしましょう。明日は、何時までかかってもかまいません。それではおやすみなさい。

10月24日C 松田⇒砂田
 今、ホテルに戻りました。荷物の8割くらいを見まして、廃棄するものと残すものを分けてきました。明日は廃棄する本を、業者が持って行きやすいようにします。

 松田氏は、10月24日から29日までの5泊6日を、高円寺駅近くのビジネスホテルで過ごした。その主な目的は、長年住んだアパートの引上げであり、荷物の整理と発送であった。治療中の身で、かつ多忙になることが想定されたので、友人たちには内緒の上京であった。

 25日と26日は、砂田が手伝った。27日は、弟さんと、杉並区に住む友人の方が手伝った。松田氏は、抗がん剤治療によって、免疫力が下がっているとのことで、感染を防ぐためにマスクを着用。長らく部屋を閉め切っていたので、手伝いの人も着用願いたいとのことであった。
 
 松田氏のアパートの居室は2部屋で、そこには、書籍、雑誌、CD、DVD、音楽機器などであふれていた。松田氏はそれらに愛着を感じており、できるだけ廃棄しなければいけないという条件下にありながら、思い切って廃棄できないという様子だった。

 岡崎に送るもの、廃棄するものの整理はたいへんであったが、意外に元気な様子の松田さんに久しぶりに会うことができ、この2日間は、砂田にとっても楽しい時間となった。
 
 2日間の作業を終えてから、高円寺のレストランでスパゲッティをご馳走してくれた。松田氏が今年の2月まで勤務していたLECの仕事の話などをして、貴重な時間を過ごすことができた。松田氏の外見と人柄が少しも変わっていないことに気づきながら、「また、東京に来てください」とお願いして、二人は別れた。


10月26日 松田⇒砂田
 本当にこのたびはありがとうございました。
 私としては、砂田さんと再会できて、楽しく感じました。正直、作業は辛かったですが、良い思い出になりました。住み慣れた街と別れるのは辛いですが、これも宿命です。これからは、機会を見つけて上京したいと思います。
 そのときは、これまでお世話になった多くの方とお会いしたいものです。

10月27日 砂田⇒松田
 こちらこそ、ありがとうございました。報酬もいただき、感謝しております。今日はお手伝いすることができず、申し訳ありません。

10月27日 松田⇒砂田
 今日は、台風並みの天候ですね。この悪天候の中、弟が来てくれました。友人と三人で作業しました。明日はフリーですから、ゆっくりします。
 しかし荷物は大小含め50箱です。ざっと大30。
 前回も今回も自分の意志に関係なく起こった引越しです(前回とは、2年前の秋の床上浸水に見舞われたときのことです)。母と弟からは小言を言われましたけども、いずれも整理する時間が取れない、突発の事態だから仕方ありません。
 とりあえず岡崎に帰ったら、月曜夜から火曜にかけて自宅のガレージを整理し、スペースを作ることにします。それが今の私の最大の課題です。体調は今のところ良いですから、がんばります。

10月28日 砂田⇒松田
 昨日は、台風到来でたいへんでしたね。でも、弟さんが来てくれて、作業も完了したようで、良かったですね。 今日は、少しのんびりしてください。
 荷物の量は、岡崎の家は知りませんが、普通の一人暮らしの人の平均だと思います。
 それでは、気をつけて、岡崎にお帰りください。

10月29日 松田⇒砂田
 今三島を出ました。昨日の搬出は無事終わり、費用も約6万円で済みました。岡崎に着いたら、いよいよ受け入れ準備です。
 自分が約20年間住んだ場所を離れるのは本当に辛いものです。ましてや自分の本意ではない引越しです。アパートを最後にするときに、部屋の写真を撮りました。
 しかしいまだに、高円寺や野方の街とお別れする実感がまったくないのです。あれよあれよという間の運命の展開で、何か悪い夢でも見ているかのようです。
 昨日は高円寺の新星堂に行きました。グループサウンズの再発に合わせて、プロモーション・ビデオを流していました。
 これは対談内容と、偶然とはいえリンクしています。私の場合こういうことが多くあります。時代の先を読むというと大袈裟ですが。

10月29日 砂田⇒松田
 今頃、無事、岡崎のご自宅に到着していると推察します。
 20年暮らした街、自宅を去る辛さはよく分かります。20年という松田さんの歳月は、松田さんにとっては自分自身で生活を積み上げた青春期・成人期であるわけで、今回の辛さは、私のような周囲の人間にも、きっとご家族にも、本当は分からないのでしょう。私が感じるものとは違い、もっと深い哀しみなのだと、分からないなりに推察しています。
 この20年は、大人として生活した一人の人間の生き方そのものですものね。でも、人生はこれからも続きますから、気持ちをしっかり持って、病気と闘ってください。

10月30日@ 松田⇒砂田
 昨日は1時半に着いて、ガレージの整理を終えました。まあ、なんとかなるでしょう。体力の限界を越えて疲れたせいか、朝からずっと寝ていました。今回の作業は、「火事場のなんとか」だったようです。
 暖かいお言葉ありがとうございます。人生はこれからも続きますね。今回の作業は単なる作業ではなく、何か特別のイベントだった気がします。
 点滴リザーバーを胸に埋めたのですが、まだ手術の傷がくっついておらず、抜糸はおろか、また傷が開いてきました。抗がん剤の影響で傷が治りにくいのですが、もう2回縫合していまして、もうこれ以上痛い思いはしたくありません。すぐにでも病院に行かなければなりませんが、明日は搬入がありますから、早くて木曜日です。とにかく明日の搬入が無事終わることを祈るだけです。

10月30日A 松田⇒砂田
 東京最後の日曜日に懐かしい中野ブロードウェイに行きました。いしだあゆみの『シングル集』を買いました。どうしても『ブルーライトヨコハマ』を聴きたかったのです。ただピンキーとキラーズを買い忘れてしまいました。ブロードウェイは、相変わらず人でいっぱいでした。LEC在職中は、昼休みによく一人で意味もなく通いました(勤務先の所在地は、中野駅最寄りになります)。昼休みに、一人であそこをぶらつくのが、私にとっての癒しでした。
 昔から、中野の街にはお世話になりました。


10月30日A 砂田⇒松田
 ガレージがほぼ整理されて良かったですね。高円寺や中野をお歩きになったとのこと。私も業界紙の会社を退社したときに、数カ月は懐かしくてたまらず、会社のある小伝馬町や印刷所のある門前仲町に行って、街の雰囲気を味わったことが何度かあります。松田さんの場合、突発的な事態がそうさせているわけで、その想いはいっそう強いのでしょう。
 明日は荷物が届く日ですね。もう一がんばりですから、やり切ってください。無事完了することを祈念しております。

10月31日 松田⇒砂田
 ご心配おかけしました。搬入ですが、無事というか、余裕で入りました。私が空間音痴ということもありますけど、大丈夫でした。
 荷物は、さらにゆっくりと整理していきます。また明後日から入院ですが、局所の再手術をするかも知れませんので、期間は少し長くなりそうです。

10月31日 砂田⇒松田
 荷物が届いて、全てが入って良かったですね。さまざまな思いはあるでしょうが、それはともかくとして、一仕事が片付きましたね。お疲れさまでした。
 手術と治療は大変でしょうが、何とか乗り切ってください。回復を祈念しております。
 東京は、明日から少し寒くなりそうです。くれぐれもお身体をお大事にしてください。


 こうして松田さんの引越しという「一大イベント」は完了しました。私たちの誰もが感じるように、長年住みなれた街と居室を去ることは、松田さんにとっても複雑な思いを抱かせることになりました。この在京の間に、高円寺のCD屋などがある街、中野のブロードウェイなどを散策する時間があったことは良いことでした。この頃、この「音楽談義第1回」がホームページに掲載されています。

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